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「お初にお目にかかります。わたくし、シュリアイナー公爵家が長女、ナセフィアーヌと申します」
新緑の緑が映える庭園で、将来の婚約者として引き合わされた美しい少女と美しい少年。その場にいたメイドはのちに語った。「恋に落ちる音が聞こえた」と。
「う、ウルシュア公爵家の嫡男デカリアントだ……」
顔を赤く染めた少年の愛らしさに、周りの大人たちは微笑ましそうに二人を見守る。そんな大人たちの様子に気がついた少年が、ハッとしたように辺りを見回し、ナセフィアーヌに対して指を差しながら言った。
「こ、こんなブスが婚約者だなんて、嫌に決まっているだろう!」
デカリアントのそんな言葉の真意に気がついた大人たちは、「あらあら」と見守る。
しかし、言葉を受けたナセフィアーヌは即座に返答した。
「あら、ならばこの婚約は不成立でお願いしますわ。特に家同士の繋がりが必要な政略的なものではありませんもの」
微笑んで言うナセフィアーヌの言葉に、泣きそうな表情を浮かべたデカリアントを見て、大人たちがとりなすように口を開いた。
「デカリアントも緊張して、心にもないことを言ってしまったんだよ。ほら、ナセフィアーヌが美しくて照れてしまってね。だから、ナセフィアーヌは好かれているんだよ」
大人のとりなしにそっぽを向くデカリアントを見て、ナセフィアーヌは首を傾げて大人に問いかけた。その表情は外見の美しさも相まってまるで人形のようだった。
「……つまりおじさまは、デカリアント様が好意を暴言でしか表現できない、矮小な人間だとおっしゃりたいのですか? それはデカリアント様にも、それを享受させられるわたくしにも失礼ですわ」
ナセフィアーヌの言葉に、それはその、ともごもご反論する“おじさま”を見て、ナセフィアーヌはデカリアントに向き直って問うた。
「デカリアント様。おじさまの言うとおり、わたくしに興味を持ったからそのような暴言を吐いたわけじゃありませんよね? わたくしのことがお気に召さないから、おっしゃったのでしょう?」
明らかに己に興味のない様子の気になる女児に、くりくりと輝く目で見つめられて否定できる男児がいるだろうか? 少なくとも、デカリアントは否定できなかったようだ。
「そ、そうだ! お前が婚約者だなんて嫌だと思って、そう言ったんだ!」
デカリアントの言葉に頷いたナセフィアーヌは、大人たちに向き直って言った。
「ほら、デカリアント様もわたくしとの婚約を望まないようですわ。わたくしも嫌ですから、相性が悪かったということでこの婚約は破談にいたしましょう」
にっこりと取りまとめて席を立つナセフィアーヌは美しいカーテシーをして去った。
数歩進んだところで、ナセフィアーヌは華やいだ声を上げた。
「あ! ボタシアリスお兄様!」
「ナセフィアーヌじゃないか。どうしてウルシュア公爵家にいるんだい?」
花が開き咲き誇るような笑顔を浮かべたナセフィアーヌが、淑女らしさを忘れて駆け寄った先には、この国に留学中の隣国第四王子ボタシアリスがいた。
年頃に相応しい所作でボタシアリスに抱きついたナセフィアーヌが、くるくると回され、きゃあ、と笑い声を上げながら笑う。先ほどまでとの様子の違いに大人たちも動揺する中、デカリアントが目を丸くしてショックを受けたように固まっていた。そんなデカリアントの様子を見たボタシアリスが、ナセフィアーヌをゆっくりとおろしながら、ナセフィアーヌに尋ねた。
「……今日は未来の婚約者との顔合わせって言ったところかな? でも、うまくいかなかったようだね」
ボタシアリスの問いに、笑顔をさらに華やがせたナセフィアーヌが答えた。
「えぇ、わたくしもお相手も気に入らなかったから破談になりましたわ。お兄様。まだ、わたくしに婚約者がいなかったら、また一緒にピクニックに行ってくださる?」
ボタシアリスの腕に抱きついたまま見上げて問いかけるナセフィアーヌの問いに微笑んで、頭を優しく撫でたボタシアリスが、シュリアイナー公爵夫妻に問う。
「愛らしい姫君の願いを叶えてもいいかな? シュリアイナー公爵」
ボタシアリスの問いに仕方なさそうに頷くシュリアイナー公爵に、夫人が呆れたように言った。
「ナセフィアーヌを国外に出したくないからって、こんな幼いうちに婚約を結ばなくてもいいんじゃないんですか? あなた」
ボタシアリスに甘えるナセフィアーヌの姿に歯噛みしながら、シュリアイナー公爵が駄々をこねた。
「娘が生まれたら、お父様と結婚するって言われたかったのに……ボタシアリスお兄様と結婚するとしか言わないんだもん!」
ため息を落とすシュリアイナー公爵夫人に、ボタシアリスは微笑んでナセフィアーヌの頭を撫で続けた。
「ウルシュア公爵も公爵令息もすまないね。ナセフィアーヌが私に懐いているせいで迷惑をかけて」
さらりと言ったボタシアリスの言葉に、ウルシュア公爵が慌てて否定した。そして、用件を尋ねた。
「いえ、殿下にお心配りいただき光栄でございます。して、我が家へのご用件は?」
ウルシュア公爵の言葉に、ボタシアリスが胸元から書類を取り出してウルシュア公爵に差し出した。
「公爵の承認が必要な書類があって、急ぎだったから届けさせてもらったよ」
ウルシュア公爵が書類を受け取り目を通し、そのままサインを記入した。それを見て、ボタシアリスが手を差し出す。
「王宮に行く予定があるんだ。書類は代わりに出しておくよ」
ボタシアリスの言葉に目を潤ませたナセフィアーヌが言った。
「……もう戻ってしまわれるのですか?」
ナセフィアーヌの頭を撫でていたボタシアリスが、ナセフィアーヌを抱き上げると言った。
「ナセフィアーヌを借りて行くよ。前から王宮の私の部屋から見える庭に案内する約束をしていたんだ」
「きゃあ」
華やいだ声を上げたナセフィアーヌが満面の笑みでボタシアリスを見つめ、二人はそのまま出て行った。その様子をシュリアイナー公爵がぐぐぐ、と悔しがって見ており、それを夫人が慰めていた。
「……」
好意を伝えていたら婚約者になれたのに、素直になれなかったせいで王子に気になる女の子を奪われた形となったデカリアントは、唇を尖らせたまま俯いていた。
その後、しばらく失恋を引きずっていたデカリアントだったが、次の婚約者となった少女には素直に優しく接し、好意を伝えたことで良好な関係を築いたという。
一方ナセフィアーヌは父親に嫌がられながらもボタシアリスの婚約者となり、隣国に渡ることとなった。優秀な二人は隣国とこの国の友好を支える存在として活躍したという。
新緑の緑が映える庭園で、将来の婚約者として引き合わされた美しい少女と美しい少年。その場にいたメイドはのちに語った。「恋に落ちる音が聞こえた」と。
「う、ウルシュア公爵家の嫡男デカリアントだ……」
顔を赤く染めた少年の愛らしさに、周りの大人たちは微笑ましそうに二人を見守る。そんな大人たちの様子に気がついた少年が、ハッとしたように辺りを見回し、ナセフィアーヌに対して指を差しながら言った。
「こ、こんなブスが婚約者だなんて、嫌に決まっているだろう!」
デカリアントのそんな言葉の真意に気がついた大人たちは、「あらあら」と見守る。
しかし、言葉を受けたナセフィアーヌは即座に返答した。
「あら、ならばこの婚約は不成立でお願いしますわ。特に家同士の繋がりが必要な政略的なものではありませんもの」
微笑んで言うナセフィアーヌの言葉に、泣きそうな表情を浮かべたデカリアントを見て、大人たちがとりなすように口を開いた。
「デカリアントも緊張して、心にもないことを言ってしまったんだよ。ほら、ナセフィアーヌが美しくて照れてしまってね。だから、ナセフィアーヌは好かれているんだよ」
大人のとりなしにそっぽを向くデカリアントを見て、ナセフィアーヌは首を傾げて大人に問いかけた。その表情は外見の美しさも相まってまるで人形のようだった。
「……つまりおじさまは、デカリアント様が好意を暴言でしか表現できない、矮小な人間だとおっしゃりたいのですか? それはデカリアント様にも、それを享受させられるわたくしにも失礼ですわ」
ナセフィアーヌの言葉に、それはその、ともごもご反論する“おじさま”を見て、ナセフィアーヌはデカリアントに向き直って問うた。
「デカリアント様。おじさまの言うとおり、わたくしに興味を持ったからそのような暴言を吐いたわけじゃありませんよね? わたくしのことがお気に召さないから、おっしゃったのでしょう?」
明らかに己に興味のない様子の気になる女児に、くりくりと輝く目で見つめられて否定できる男児がいるだろうか? 少なくとも、デカリアントは否定できなかったようだ。
「そ、そうだ! お前が婚約者だなんて嫌だと思って、そう言ったんだ!」
デカリアントの言葉に頷いたナセフィアーヌは、大人たちに向き直って言った。
「ほら、デカリアント様もわたくしとの婚約を望まないようですわ。わたくしも嫌ですから、相性が悪かったということでこの婚約は破談にいたしましょう」
にっこりと取りまとめて席を立つナセフィアーヌは美しいカーテシーをして去った。
数歩進んだところで、ナセフィアーヌは華やいだ声を上げた。
「あ! ボタシアリスお兄様!」
「ナセフィアーヌじゃないか。どうしてウルシュア公爵家にいるんだい?」
花が開き咲き誇るような笑顔を浮かべたナセフィアーヌが、淑女らしさを忘れて駆け寄った先には、この国に留学中の隣国第四王子ボタシアリスがいた。
年頃に相応しい所作でボタシアリスに抱きついたナセフィアーヌが、くるくると回され、きゃあ、と笑い声を上げながら笑う。先ほどまでとの様子の違いに大人たちも動揺する中、デカリアントが目を丸くしてショックを受けたように固まっていた。そんなデカリアントの様子を見たボタシアリスが、ナセフィアーヌをゆっくりとおろしながら、ナセフィアーヌに尋ねた。
「……今日は未来の婚約者との顔合わせって言ったところかな? でも、うまくいかなかったようだね」
ボタシアリスの問いに、笑顔をさらに華やがせたナセフィアーヌが答えた。
「えぇ、わたくしもお相手も気に入らなかったから破談になりましたわ。お兄様。まだ、わたくしに婚約者がいなかったら、また一緒にピクニックに行ってくださる?」
ボタシアリスの腕に抱きついたまま見上げて問いかけるナセフィアーヌの問いに微笑んで、頭を優しく撫でたボタシアリスが、シュリアイナー公爵夫妻に問う。
「愛らしい姫君の願いを叶えてもいいかな? シュリアイナー公爵」
ボタシアリスの問いに仕方なさそうに頷くシュリアイナー公爵に、夫人が呆れたように言った。
「ナセフィアーヌを国外に出したくないからって、こんな幼いうちに婚約を結ばなくてもいいんじゃないんですか? あなた」
ボタシアリスに甘えるナセフィアーヌの姿に歯噛みしながら、シュリアイナー公爵が駄々をこねた。
「娘が生まれたら、お父様と結婚するって言われたかったのに……ボタシアリスお兄様と結婚するとしか言わないんだもん!」
ため息を落とすシュリアイナー公爵夫人に、ボタシアリスは微笑んでナセフィアーヌの頭を撫で続けた。
「ウルシュア公爵も公爵令息もすまないね。ナセフィアーヌが私に懐いているせいで迷惑をかけて」
さらりと言ったボタシアリスの言葉に、ウルシュア公爵が慌てて否定した。そして、用件を尋ねた。
「いえ、殿下にお心配りいただき光栄でございます。して、我が家へのご用件は?」
ウルシュア公爵の言葉に、ボタシアリスが胸元から書類を取り出してウルシュア公爵に差し出した。
「公爵の承認が必要な書類があって、急ぎだったから届けさせてもらったよ」
ウルシュア公爵が書類を受け取り目を通し、そのままサインを記入した。それを見て、ボタシアリスが手を差し出す。
「王宮に行く予定があるんだ。書類は代わりに出しておくよ」
ボタシアリスの言葉に目を潤ませたナセフィアーヌが言った。
「……もう戻ってしまわれるのですか?」
ナセフィアーヌの頭を撫でていたボタシアリスが、ナセフィアーヌを抱き上げると言った。
「ナセフィアーヌを借りて行くよ。前から王宮の私の部屋から見える庭に案内する約束をしていたんだ」
「きゃあ」
華やいだ声を上げたナセフィアーヌが満面の笑みでボタシアリスを見つめ、二人はそのまま出て行った。その様子をシュリアイナー公爵がぐぐぐ、と悔しがって見ており、それを夫人が慰めていた。
「……」
好意を伝えていたら婚約者になれたのに、素直になれなかったせいで王子に気になる女の子を奪われた形となったデカリアントは、唇を尖らせたまま俯いていた。
その後、しばらく失恋を引きずっていたデカリアントだったが、次の婚約者となった少女には素直に優しく接し、好意を伝えたことで良好な関係を築いたという。
一方ナセフィアーヌは父親に嫌がられながらもボタシアリスの婚約者となり、隣国に渡ることとなった。優秀な二人は隣国とこの国の友好を支える存在として活躍したという。
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