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我が国の王女殿下は欲しがり王女だ。
最近では、伯爵家の家宝の宝石や辺境伯家の家畜、子爵家の商会を強奪したという。しかも、強奪しておきながら、飽きたら勝手に売り払ったり処分したりするらしい……。
「ねぇ! フレンダー子爵令嬢はどこにいるの?」
王女殿下が、美しい伯爵令息の腕を掴みながら、その婚約者であるフレンダー子爵令嬢を探す。いくら王女殿下と言っても、まさか他人の婚約者までは……周りの人々はそう言いながら、子爵令嬢が出てくるのを待つ。そんな王女殿下の横暴を、国王や王妃、兄王子も止めることはできず、様子を伺っている。
「は、はい! お呼びでしょうか? 王女殿下」
壁の隅で数人の淑女に取り囲むように、まるで周囲から見えないように隠されていた子爵令嬢は、王女の問いかけに慌てたように飛び出してきた。そんな子爵令嬢の行動に、目を細めて様子を見ていた王女は、子爵令嬢を見ると、にっこりと微笑んで言った。
「ねぇ。このユリンスという伯爵令息は、あなたの婚約者って本当?」
「は、はい」
慌てたように肯定を返す子爵令嬢に、王女殿下は笑みを深めて言った。
「あなたの婚約者、美しいわ。……正直、あなたには手が余るでしょう? わたくし、欲しくなってしまったの。彼との婚約を破棄、してくださらない?」
「え、しかし、」
王女殿下の微笑みと共に上げられた提案には、即座に了承して差し出さなければならない。それがこの国の不文律だ。断ったら、たとえどんな身分だとしても破滅させられる。慌てたように両親を探す子爵令嬢に、婚約者であるはずのユリンスが口を開いた。
「王女殿下がこうおっしゃっているんだ。お前も俺に縋り付いていないで、さっさと婚約破棄を了承したらどうだ?」
ユリンスの言葉に、壁際にいた淑女たちがくすくすと子爵令嬢を嘲笑う声が聞こえた。それをチラリと見た王女殿下が不機嫌そうにユリンスに言った。
「ユリンス。お前、わたくしの物になるなら、あの者たちとの縁もしっかり切っておきなさい」
「は、はい」
ユリンスは王女の言葉に慌てたように肯定し、淑女たちを睨みつけた。それを見ていた子爵令嬢が意を決したように一歩踏み出し、王女に向かって口を開いた。
「王女殿下。恐れながら、わたくしは王女殿下のために、婚約を解消するつもりはございません」
顔面蒼白になりながらも、そんな宣言をした子爵令嬢を無表情で見ていた王女の様子を見て、横にいたユリンスが口を開いた。
「お前! そんなにも、この俺の美しい顔が、優秀なこの俺が恋しいのか!? 確かに俺がいたら、お前の貧乏子爵家も繁栄できるもんな! でも、みっともないぞ!」
ユリンスの言葉に、先ほどユリンスに振られたはずの淑女たちもくすくすと子爵令嬢を冷笑する。
ちらりとその様子を見た王女殿下が、子爵令嬢に見せつけるように侍女を呼んだ。侍女が淑女たちに何か言いに行くのを見て、子爵令嬢は目を丸くした。
「……ねぇ、フレンダー子爵令嬢。わたくしは、あなたの気持ちをすべてわかっているわ。わたくしに任せて。わたくしが、あなたの新しい婚約者もしっかりと選定しておくから……。そうね。シュナウ伯爵。お宅の次男には、婚約者がまだいないわよね?」
「は、はい!」
声をかけられたシュナウ伯爵が慌てたように返答する。シュナウ伯爵令息。優秀だが、地味な彼。美しい婚約者を奪い取り、地味な新しい婚約者を当てがおうとする王女に、一部の者は眉を寄せ、一部の者は称賛する。
「あなたにぴったりの新しい婚約者も用意したわ。いかがかしら?」
「……王女殿下のありがたいお申し出、謹んでお受けいたします」
子爵令嬢は父子爵と目線で会話した後、王女殿下に向かって恭しく礼を述べた。
夜会からの帰り道、新しい婚約者であるシュナウ伯爵令息と父子爵と共に馬車に乗る子爵令嬢が、困ったように頬に手を当てて、口からこぼした。
「……王女殿下を信じてよかったのかしら?」
「フレンダー子爵令嬢……いや、メイシア嬢。大丈夫だよ。あの方なら、きっといいようにしてくれる」
「しかし、わたくしがあのユリンスを王家に押し付けてしまって、もしも王家が……」
今までのユリンスの所業を思い返し、心配そうに悩む子爵令嬢は、ほぅっとため息を落として自分の身体を抱きしめる。
「ユリンス様は浮気なんて毎日の日常で、気に入らなかったら暴力も振るうわ。それに、公にはしていないけれど、賭博や盗み、横領なんかもやっていたわ。それに、気に入った平民の女性を強引に自分のものにしたり、娼館にも通っていたから……彼の浮気相手たちは皆、口元に発疹があったでしょう? あれは、うつるものだと思うの。わたくしは地味だったから、暴力くらいしか合わなかったけど……」
「メイシア!? まさかユリンス様がそんなに酷かったとは!? 聞いてはいたが、そこまでは言っていなかっただろう? もっと早く全てを教えてくれないと!」
「……ユリンス様に強引に契約させられていたの。わたくしが、彼の婚約者である間は、決して口外にしない、と。結婚してしまえば、離縁なんてできないのがこの国の常識でしょう? ……彼を王女様、王家に近づけるなんて……。それならば、わたくし、この国のために犠牲になる覚悟を決めましたのに」
そんな子爵と子爵令嬢に、シュナウ伯爵令息がニコリと笑って、メイシア、と声をかける。
「王女殿下の隣にいた侍女を見ただろう? 先日、王女殿下が強奪したとされる商会の子爵家の令嬢だ。王女殿下は優秀な彼女を救うために、経営が苦手な子爵から商会を買い取った。それが真実を見抜ける高位貴族の見解だよ。そう思うと、今までの彼女の行動にも理由があった。伯爵家の家宝を身につけていた代々の伯爵夫人はとても短命で、実際に伯爵夫人はいつ見ても体調が悪そうだった。それに、辺境伯家の家畜も強奪されてから、辺境伯家もかなり繁栄している。散々物を奪い取られてきたはずの兄王子だって、彼女をとても可愛がっているじゃないか。メイシアは、あの侍女の頷きを信じると決めたのだろう? きっと、君の友人であった彼女が、王女殿下に君の婚約者の問題を漏らして、君の優秀さを伝えたのだろう」
「単なる子爵令嬢なんかに……そうでしょうか? そうだとしたら、なぜ密かに想い合っていたシュナウ伯爵令息様との婚約を……?」
メイシアの言葉に、シュナウ伯爵令息が驚いたように振り返った。
「……君が、友人に僕への想いを漏らしたのではないのかい?」
「まさか。婚約を解消するためにこっそりと動いていたわたくしが、そんな迂闊なことをするはずありませんわ」
メイシアの言葉に、子爵が顎に手を置きながら考える。
「……本当に。あのお方は、昔からかなりのことを見抜いていらっしゃる。どれだけ優秀なのか……恐ろしく思うよ」
⭐︎⭐︎⭐︎
「おにいたま。おにいたま、おかち、ジュー、ほちい!」
兄王子のお菓子を欲しがったのが、王女の欲しがり癖の始まりだ。
「ほちい、ほちい」
そう叫びながら、床に転がる王女は、いつもの穏やかな王女と違っていて、両親はイヤイヤ期に入ったんだな、と見守っていた。暴れ回る王女に同じお菓子を用意するからと言っても、兄王子のものがいいと駄々を捏ね、兄王子がお菓子を食べようとしようものなら、掴み掛かって止め、暴れ回った。仕方なく、兄王子が言った。
「ジュー? 僕のお菓子をあげるよ。だから、ほら、泣き止んで」
「フュリュシアン。それでは、ジューのためにならないわ」
「でも、母上。見て、泣き止んだよ。僕は同じものを準備してもらったから」
慌てたように厨房から作りたてのお菓子を持ってきた厨房長の息を切らした様子に、母や父に奪われないように、涙を浮かべた顔でしゃくりあげながら兄王子のお菓子を抱きしめる王女。今回だけよ、と言った両親に、王女は笑みを浮かべて兄王子の侍女に言った。
「ねぇ、シャーリー。これ、あげゆ!」
「え、でも……」
顔色を悪くした侍女が、泣き喚く王女の姿を見て仕方なくお菓子を口に運んだ翌日、死体として発見されたのだった。
死因が毒物————王女が強引に奪い取ったお菓子からと検死で発覚した————だと発覚した時、全員が偶然だと片付けた。それから王女が癇癪や他人の物を欲しがることはしばらくなかった。
「ほちい! ほちい! わたくち、とれ、ほちい!」
謁見の間で献上されたばかりの宝飾品。受け取ろうとした王妃も、渡そうとした使者も困ったように王女を見る。床に転がって駄々をこねる王女に、侍女や両親がどう宥めても、叱っても、玉座にしがみついて暴れ続けていた。困ったように使者が笑い、王女宛の贈り物にしましょうか、王妃殿下には新しい物を、と言い出した時、王女はぴたりと泣き止み、宝飾品の箱にしがみついた。いつもは品行方正で優秀な王女の子供らしい姿に、皆が困惑していた中、助け舟のような提案に、王妃は新しい宝飾品をいくつか買って使者の名誉を守って送り返した。そして、皆が帰った後、王女が王妃に叱られているところで、いつの間にか王女の侍女が呼んでいた王宮魔術師長が困ったように問いかけた。
「王妃殿下に呼ばれていると、その侍女に聞いて見参したのですが……」
ずっと掴んで離さなかった宝飾品の箱を、王女は王宮魔術師長のところに駆け、差し出した。
「……こちらを見ればいいのですか?」
「とうよ!」
王女殿下のそんな言葉に、忙しいのにと叱り飛ばそうとした王妃の言葉は、魔術師長の叫び声にかき消された。
「これを! どなたもまだ身につけていませんか!?」
慌てたように箱を閉じ、魔術を展開しながら叫ぶ魔術師長に、王妃は困ったように返答した。
「え、えぇ。この子がずっと持っていたから」
「王女殿下が!? 王女殿下。お身体に異常はありませんか? そこの君! 王女殿下は一度も直接触れていなだろうな!?」
「はい。ずっと箱ごと抱きしめておいででしたから」
「王女殿下。念の為、確認させてください。お身体に魔力を通しても?」
「えぇ、いいわ」
慌てながら王女の身体を見る魔術師長に、王妃は困惑しながら問いかけた。
「……なにがあったの?」
「非常に恐ろしい……魅了の魔術がかかっていました。私も初めて見ます。こんな魔術の使い方をできる者がいるなんて……。とても強い魔術なので、直接身につけていなければ発動しません。しかし、身につけていたら、身につけた本人。そして、本人と……深い関係になった者を魅了し、傀儡にしたでしょう。王妃殿下に贈るなら、国の乗っ取りを考えられましたが、なぜ王女殿下に……?」
魔術師長のそんな様子に、王妃が顔を真っ青にして回答した。
「……わたくしに贈られた物よ。毒物等の検査は終えてあったから、この子が癇癪を起こさなかったら、わたくしが贈られたあの場で身につけていたでしょう」
「、それは!」
まだ解呪できていないと、厳重に封印された宝飾品を見て、王妃は魔術師長に似たような宝飾品に魅了からの護身の魔術を付けることができるか問いかけた。誠心誠意挑戦すると回答した魔術師長に、他の宝飾品や侍女の宝飾品を秘密裏に確認させ、内密に複製させた同様の装飾品を侍女や騎士に褒賞として贈って回った。王妃からの褒賞など、決して無くすわけにいかず、王妃に会う可能性の高い王宮内では常に身につけることになる。王妃と国王が、王女の偶然の癇癪に感謝した。
それから王女は、まるで誤魔化すように定期的に他人の物を欲しがるようになった。王女が欲しがった物は兄王子や父王、母王妃が与えるようになり、ほとんどのものはすぐに王女が本人に返却した。欲しがり王女、そんな噂が王宮内に流れるようになった頃、珍しく、兄王子の服を王女が欲しがった。
「ほしいのでつ! ほしいのでつ! おにいたまの服!」
久しぶりに泣いて暴れて欲しがる王女に、献上された服を気に入っていた兄王子は嫌な顔をした。服を贈ろうとした貴族も、困ったように王女と王子を見ている。
「ジュー、もう淑女なのだから、そのように泣いて欲しがるなんて」
「お兄様の服など、ジューには着られないだろう?」
「飾るのでつ! お部屋に!! キラキラちてる!」
暴れ回る王女を見て、考え込んでいた王妃が口を開いた。
「……この子が、気に入ってしまったので、この服のデザインをいただいたことにしていいかしら? こちらで、また同様の服を作り、フュリュシアンに着させます」
「母上!?」
「それは、ジューに甘すぎるだろう!」
「も、もしよろしければ、王子殿下にも再度ご用意させていただきますので、」
提案する貴族に、王妃ははっきりといいえ、と突きつけた。
「いいえ。何着も気軽に作れるものじゃないこと、わかっておりますもの。デザインを、いただきますわ」
王妃の迫力に誰もなにも言えなくなった結果、王女の我儘を許す王妃という評価が、貴族内で流れた。
「一体ジューを甘やかして、どういうことだ? フュリュシアンにも、彼にも申し訳が、」
謁見の間を出て、王女の私室に向かう王妃と王女を追い、国王が王妃も問い詰める。
「それに、ジューももう淑女だ。王女としての自覚がだな、」
部屋につき、人払いを行う。もらった服は王女の侍女が何故か布に包んで厳重に管理して運んでいる。
「母上! 僕の服です! いくら同じ物をくださると言ったて! それに、なぜ勝手に断ったのですか。せっかく伯爵がご好意を」
「ジュー。誰を呼べばいいの?」
王妃が王女の肩を持ってそう問いかけると。王女は淑女の手本のような笑みを浮かべて、答えた。
「メイド長と洗濯メイドのアイリアと、王宮の中で信頼できる医師を」
呼ばれた全員が顔色を悪くして駆けつけた。欲しがり王女の部屋に、王族が揃っている場に呼ばれるのだ。何か手違いがあったのだろうか。特に、アイリアは震え、そんなアイリアをメイド長は抱きしめるように現れた。
「恐れ入りながら、わたくしの発言をお許しください」
王女の侍女がそう言うと、アイリアが彼女に視線を向け、驚愕したように口を開いた。
「え、なんでここに?」
侍女がアイリアに向かって笑みを浮かべる。
「久しぶりね、アイリア」
わたくしが王女殿下の指示で影の真似事をしていたときに、と侍女がこぼし、国王も王妃も兄王子も目を丸くする中、侍女が王女に説明を始めた。
「ここにいる者は信頼できると宣言します。ジュリアンヌ様」
「あなたが言うなら、安心だわ。おとうたま、おかあたま。おにいたまはこちらにいたままでいいかちら? なかなか刺激が強いおはなちよ?」
「ジューがここにいるのに、年長である、兄である僕が抜けるはずないだろう!」
「あら、たのもちいわ」
そう笑った王女が、まずは医師に指示を飛ばす。医師が指示されて持参した薬物検査できる物を、王女の指示のままに裏返した服に塗りつけると、服が真っ赤に染まった。薬物反応だ。
「なっ!?」
国王と王子が絶句する中、王女は侍女を見る。アイリアに声をかけた侍女の問いに、アイリアは答えた。
「は、はい。確かに、この薬品は普段縫製や布の裁断の際に、使うことがあります。毒薬という認識はありませんが、直接肌につかないように気をつけたり、使用後はしっかりと専用の融解剤で洗い流すようにしているので……そのミスだと言われると……」
アイリアの回答に、王女は笑みを深めて言った。
「では、アイリア。これを綺麗に洗って。乾いたら、わたくしの部屋に飾っておいて」
「殿下の仰る通りに」
自分が毒殺されそうになったと知った兄王子は、顔色を悪くしたまま、同じ服はいらないと首を振る。そんな兄王子を抱きしめる王妃に変わって、王女が言った。
「おにいたま。そんなことをしたら、気づいていると言うような物でつわ。罪に問えない、そんなところを狙う相手に、弱いことを言ってはいけまてん。気に入っている、そんな表情で伯爵の前に笑ってお立ちなたい。あなたは、王族なのでつよ?」
王女のきついが正しい言葉に、王妃と国王は王子を気遣い、王子は小さく頷いた。
「ジューの言う通りだ。笑って着こなしてみせるよ」
その日から、国王も王妃も兄王子も、王女の欲しがりを許すようになった。たまに誤魔化すように物を欲しがり、たまに泣いて欲しがる王女は、欲しがり王女と評価されるようになった。理由を公表しようとする国王を、王女が止め、王女はその悪評を甘んじて受け入れた。
その後、生まれた弟王子のものはほとんど欲しがらなかったが、献上されたおもちゃを一度だけ泣いて欲しがった。そのおもちゃは、王女殿下が遊んだ結果すぐに壊れ、不良品だったことが判明した。
「お父様。その魔術具。わたくし、ほしいわ」
「……よかろう。ジューが欲しがるのなら、なんでも差し出そう」
王女が明らかにした、物に魔術を付与する技術は、結果的に日用品に付加する技術を魔術師長が発案したとして、国内外での名産品となった。魔術具は、国民の生活を豊かにした。そんな、国王が買ったばかりの魔術具を回収した王女は、魔術師長を呼んで、言った。
「ねぇ、ここの宝石、別の色に変えてちょうだい。好みじゃないの」
「……仰る通りに」
王女はそう言って魔術具の一部を壊させ、新しく変えさせた物を国王に返却した。
「お父様。もう飽きたわ。返すわ」
「……ジュー。今回はなんだ?」
受け取った宝石を破壊させた王女が、笑って答えた。
「話を盗み聞く魔術具……そうね、盗聴器とでもいいましょうか。そんな機能の隠された魔術具だったのよ。おそらく、店主も作成者も国王の元に届くなんて思わなかったと思うわ。お父様、お忍びで街で買った物でしょう?」
そう答えた王女は、立ち上がり、部屋を出ていった。
「ほしい! ほしい! ほしいわ! 宰相のお本、欲しいわ!」
「ジューに渡せ、ベルディアン」
「し、しかし、陛下。あまり王女殿下のわがままを許していては……」
「欲しいわ! 宰相のお馬さん!」
「渡せ」
「し、しかし……」
宰相の本や馬を奪い取った王女は、まだ証拠が足りないといいながら、それを宰相に決して返却しなかった。
「ねぇ、宰相。あなたの部下のエリシアン、とても美しいし優秀だと聞くわ。欲しくなってしまったの」
「し、しかし、部下は物ではなく、その、」
「いいでしょう? わたくしの侍従にするわ。ねぇ、お父様。いいでしょう?」
「もちろんだ。王女の言う通りに」
「陛下!」
宰相の部下の一人も奪い取った王女は、数日後、また、宰相に強請った。
「ねぇ、わたくし、宰相のお家に遊びに行きたいわ!」
「し、し、しかし、王女殿下。突然すぎて、用意が何も」
「連れていってやれ。必要なら、王女つきのメイドたちを連れて行け。準備するのを手伝わせるように」
拒絶した宰相が国王の命令を断り切ることはできず、宰相の屋敷に着いた王女が、宰相宅に入ってすぐの絵画を指差し、言った。
「ねぇ、あの絵画。とても素敵ね。わたくし、欲しくなってしまったの。もちろん、くださるわよね?」
「し、し、しかし! 我が家の家宝でして!」
宰相の言葉に、クスクスと王女は笑う。王女付きの騎士たちが、王家の騎士たちが、いつの間にか屋敷を包囲している。宰相にも、家の者たちにも逃げ場がない。
「ねぇ、宰相。わたくし、欲しくなってしまったの。あなたの宰相という身分も、公爵という身分も……王宮内の見取り図が隠されている、この絵画も。あら、すごい。これ、王族の秘密の脱出路まで載っているわ。どうやって調べて、どうやって使うつもりだったのかしら?」
そう言って絵画を撫でた王女が、にこりと笑う。
「前にあなたがくれた、あなたが証拠を隠滅するために殺そうとしていたエリシアンがね、証言してくださるそうよ? 今までのあなたの王族の暗殺未遂や王家乗っ取り、外患誘致の証拠を、ね?」
そうして、宰相は身分は失われた。王女の欲しがりを断ったと貴族たちに噂されながら。
我が国の王女殿下は欲しがり王女だ。
しかし、欲しがりの結果、誰かが、国が救われている。
最近では、伯爵家の家宝の宝石や辺境伯家の家畜、子爵家の商会を強奪したという。しかも、強奪しておきながら、飽きたら勝手に売り払ったり処分したりするらしい……。
「ねぇ! フレンダー子爵令嬢はどこにいるの?」
王女殿下が、美しい伯爵令息の腕を掴みながら、その婚約者であるフレンダー子爵令嬢を探す。いくら王女殿下と言っても、まさか他人の婚約者までは……周りの人々はそう言いながら、子爵令嬢が出てくるのを待つ。そんな王女殿下の横暴を、国王や王妃、兄王子も止めることはできず、様子を伺っている。
「は、はい! お呼びでしょうか? 王女殿下」
壁の隅で数人の淑女に取り囲むように、まるで周囲から見えないように隠されていた子爵令嬢は、王女の問いかけに慌てたように飛び出してきた。そんな子爵令嬢の行動に、目を細めて様子を見ていた王女は、子爵令嬢を見ると、にっこりと微笑んで言った。
「ねぇ。このユリンスという伯爵令息は、あなたの婚約者って本当?」
「は、はい」
慌てたように肯定を返す子爵令嬢に、王女殿下は笑みを深めて言った。
「あなたの婚約者、美しいわ。……正直、あなたには手が余るでしょう? わたくし、欲しくなってしまったの。彼との婚約を破棄、してくださらない?」
「え、しかし、」
王女殿下の微笑みと共に上げられた提案には、即座に了承して差し出さなければならない。それがこの国の不文律だ。断ったら、たとえどんな身分だとしても破滅させられる。慌てたように両親を探す子爵令嬢に、婚約者であるはずのユリンスが口を開いた。
「王女殿下がこうおっしゃっているんだ。お前も俺に縋り付いていないで、さっさと婚約破棄を了承したらどうだ?」
ユリンスの言葉に、壁際にいた淑女たちがくすくすと子爵令嬢を嘲笑う声が聞こえた。それをチラリと見た王女殿下が不機嫌そうにユリンスに言った。
「ユリンス。お前、わたくしの物になるなら、あの者たちとの縁もしっかり切っておきなさい」
「は、はい」
ユリンスは王女の言葉に慌てたように肯定し、淑女たちを睨みつけた。それを見ていた子爵令嬢が意を決したように一歩踏み出し、王女に向かって口を開いた。
「王女殿下。恐れながら、わたくしは王女殿下のために、婚約を解消するつもりはございません」
顔面蒼白になりながらも、そんな宣言をした子爵令嬢を無表情で見ていた王女の様子を見て、横にいたユリンスが口を開いた。
「お前! そんなにも、この俺の美しい顔が、優秀なこの俺が恋しいのか!? 確かに俺がいたら、お前の貧乏子爵家も繁栄できるもんな! でも、みっともないぞ!」
ユリンスの言葉に、先ほどユリンスに振られたはずの淑女たちもくすくすと子爵令嬢を冷笑する。
ちらりとその様子を見た王女殿下が、子爵令嬢に見せつけるように侍女を呼んだ。侍女が淑女たちに何か言いに行くのを見て、子爵令嬢は目を丸くした。
「……ねぇ、フレンダー子爵令嬢。わたくしは、あなたの気持ちをすべてわかっているわ。わたくしに任せて。わたくしが、あなたの新しい婚約者もしっかりと選定しておくから……。そうね。シュナウ伯爵。お宅の次男には、婚約者がまだいないわよね?」
「は、はい!」
声をかけられたシュナウ伯爵が慌てたように返答する。シュナウ伯爵令息。優秀だが、地味な彼。美しい婚約者を奪い取り、地味な新しい婚約者を当てがおうとする王女に、一部の者は眉を寄せ、一部の者は称賛する。
「あなたにぴったりの新しい婚約者も用意したわ。いかがかしら?」
「……王女殿下のありがたいお申し出、謹んでお受けいたします」
子爵令嬢は父子爵と目線で会話した後、王女殿下に向かって恭しく礼を述べた。
夜会からの帰り道、新しい婚約者であるシュナウ伯爵令息と父子爵と共に馬車に乗る子爵令嬢が、困ったように頬に手を当てて、口からこぼした。
「……王女殿下を信じてよかったのかしら?」
「フレンダー子爵令嬢……いや、メイシア嬢。大丈夫だよ。あの方なら、きっといいようにしてくれる」
「しかし、わたくしがあのユリンスを王家に押し付けてしまって、もしも王家が……」
今までのユリンスの所業を思い返し、心配そうに悩む子爵令嬢は、ほぅっとため息を落として自分の身体を抱きしめる。
「ユリンス様は浮気なんて毎日の日常で、気に入らなかったら暴力も振るうわ。それに、公にはしていないけれど、賭博や盗み、横領なんかもやっていたわ。それに、気に入った平民の女性を強引に自分のものにしたり、娼館にも通っていたから……彼の浮気相手たちは皆、口元に発疹があったでしょう? あれは、うつるものだと思うの。わたくしは地味だったから、暴力くらいしか合わなかったけど……」
「メイシア!? まさかユリンス様がそんなに酷かったとは!? 聞いてはいたが、そこまでは言っていなかっただろう? もっと早く全てを教えてくれないと!」
「……ユリンス様に強引に契約させられていたの。わたくしが、彼の婚約者である間は、決して口外にしない、と。結婚してしまえば、離縁なんてできないのがこの国の常識でしょう? ……彼を王女様、王家に近づけるなんて……。それならば、わたくし、この国のために犠牲になる覚悟を決めましたのに」
そんな子爵と子爵令嬢に、シュナウ伯爵令息がニコリと笑って、メイシア、と声をかける。
「王女殿下の隣にいた侍女を見ただろう? 先日、王女殿下が強奪したとされる商会の子爵家の令嬢だ。王女殿下は優秀な彼女を救うために、経営が苦手な子爵から商会を買い取った。それが真実を見抜ける高位貴族の見解だよ。そう思うと、今までの彼女の行動にも理由があった。伯爵家の家宝を身につけていた代々の伯爵夫人はとても短命で、実際に伯爵夫人はいつ見ても体調が悪そうだった。それに、辺境伯家の家畜も強奪されてから、辺境伯家もかなり繁栄している。散々物を奪い取られてきたはずの兄王子だって、彼女をとても可愛がっているじゃないか。メイシアは、あの侍女の頷きを信じると決めたのだろう? きっと、君の友人であった彼女が、王女殿下に君の婚約者の問題を漏らして、君の優秀さを伝えたのだろう」
「単なる子爵令嬢なんかに……そうでしょうか? そうだとしたら、なぜ密かに想い合っていたシュナウ伯爵令息様との婚約を……?」
メイシアの言葉に、シュナウ伯爵令息が驚いたように振り返った。
「……君が、友人に僕への想いを漏らしたのではないのかい?」
「まさか。婚約を解消するためにこっそりと動いていたわたくしが、そんな迂闊なことをするはずありませんわ」
メイシアの言葉に、子爵が顎に手を置きながら考える。
「……本当に。あのお方は、昔からかなりのことを見抜いていらっしゃる。どれだけ優秀なのか……恐ろしく思うよ」
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「おにいたま。おにいたま、おかち、ジュー、ほちい!」
兄王子のお菓子を欲しがったのが、王女の欲しがり癖の始まりだ。
「ほちい、ほちい」
そう叫びながら、床に転がる王女は、いつもの穏やかな王女と違っていて、両親はイヤイヤ期に入ったんだな、と見守っていた。暴れ回る王女に同じお菓子を用意するからと言っても、兄王子のものがいいと駄々を捏ね、兄王子がお菓子を食べようとしようものなら、掴み掛かって止め、暴れ回った。仕方なく、兄王子が言った。
「ジュー? 僕のお菓子をあげるよ。だから、ほら、泣き止んで」
「フュリュシアン。それでは、ジューのためにならないわ」
「でも、母上。見て、泣き止んだよ。僕は同じものを準備してもらったから」
慌てたように厨房から作りたてのお菓子を持ってきた厨房長の息を切らした様子に、母や父に奪われないように、涙を浮かべた顔でしゃくりあげながら兄王子のお菓子を抱きしめる王女。今回だけよ、と言った両親に、王女は笑みを浮かべて兄王子の侍女に言った。
「ねぇ、シャーリー。これ、あげゆ!」
「え、でも……」
顔色を悪くした侍女が、泣き喚く王女の姿を見て仕方なくお菓子を口に運んだ翌日、死体として発見されたのだった。
死因が毒物————王女が強引に奪い取ったお菓子からと検死で発覚した————だと発覚した時、全員が偶然だと片付けた。それから王女が癇癪や他人の物を欲しがることはしばらくなかった。
「ほちい! ほちい! わたくち、とれ、ほちい!」
謁見の間で献上されたばかりの宝飾品。受け取ろうとした王妃も、渡そうとした使者も困ったように王女を見る。床に転がって駄々をこねる王女に、侍女や両親がどう宥めても、叱っても、玉座にしがみついて暴れ続けていた。困ったように使者が笑い、王女宛の贈り物にしましょうか、王妃殿下には新しい物を、と言い出した時、王女はぴたりと泣き止み、宝飾品の箱にしがみついた。いつもは品行方正で優秀な王女の子供らしい姿に、皆が困惑していた中、助け舟のような提案に、王妃は新しい宝飾品をいくつか買って使者の名誉を守って送り返した。そして、皆が帰った後、王女が王妃に叱られているところで、いつの間にか王女の侍女が呼んでいた王宮魔術師長が困ったように問いかけた。
「王妃殿下に呼ばれていると、その侍女に聞いて見参したのですが……」
ずっと掴んで離さなかった宝飾品の箱を、王女は王宮魔術師長のところに駆け、差し出した。
「……こちらを見ればいいのですか?」
「とうよ!」
王女殿下のそんな言葉に、忙しいのにと叱り飛ばそうとした王妃の言葉は、魔術師長の叫び声にかき消された。
「これを! どなたもまだ身につけていませんか!?」
慌てたように箱を閉じ、魔術を展開しながら叫ぶ魔術師長に、王妃は困ったように返答した。
「え、えぇ。この子がずっと持っていたから」
「王女殿下が!? 王女殿下。お身体に異常はありませんか? そこの君! 王女殿下は一度も直接触れていなだろうな!?」
「はい。ずっと箱ごと抱きしめておいででしたから」
「王女殿下。念の為、確認させてください。お身体に魔力を通しても?」
「えぇ、いいわ」
慌てながら王女の身体を見る魔術師長に、王妃は困惑しながら問いかけた。
「……なにがあったの?」
「非常に恐ろしい……魅了の魔術がかかっていました。私も初めて見ます。こんな魔術の使い方をできる者がいるなんて……。とても強い魔術なので、直接身につけていなければ発動しません。しかし、身につけていたら、身につけた本人。そして、本人と……深い関係になった者を魅了し、傀儡にしたでしょう。王妃殿下に贈るなら、国の乗っ取りを考えられましたが、なぜ王女殿下に……?」
魔術師長のそんな様子に、王妃が顔を真っ青にして回答した。
「……わたくしに贈られた物よ。毒物等の検査は終えてあったから、この子が癇癪を起こさなかったら、わたくしが贈られたあの場で身につけていたでしょう」
「、それは!」
まだ解呪できていないと、厳重に封印された宝飾品を見て、王妃は魔術師長に似たような宝飾品に魅了からの護身の魔術を付けることができるか問いかけた。誠心誠意挑戦すると回答した魔術師長に、他の宝飾品や侍女の宝飾品を秘密裏に確認させ、内密に複製させた同様の装飾品を侍女や騎士に褒賞として贈って回った。王妃からの褒賞など、決して無くすわけにいかず、王妃に会う可能性の高い王宮内では常に身につけることになる。王妃と国王が、王女の偶然の癇癪に感謝した。
それから王女は、まるで誤魔化すように定期的に他人の物を欲しがるようになった。王女が欲しがった物は兄王子や父王、母王妃が与えるようになり、ほとんどのものはすぐに王女が本人に返却した。欲しがり王女、そんな噂が王宮内に流れるようになった頃、珍しく、兄王子の服を王女が欲しがった。
「ほしいのでつ! ほしいのでつ! おにいたまの服!」
久しぶりに泣いて暴れて欲しがる王女に、献上された服を気に入っていた兄王子は嫌な顔をした。服を贈ろうとした貴族も、困ったように王女と王子を見ている。
「ジュー、もう淑女なのだから、そのように泣いて欲しがるなんて」
「お兄様の服など、ジューには着られないだろう?」
「飾るのでつ! お部屋に!! キラキラちてる!」
暴れ回る王女を見て、考え込んでいた王妃が口を開いた。
「……この子が、気に入ってしまったので、この服のデザインをいただいたことにしていいかしら? こちらで、また同様の服を作り、フュリュシアンに着させます」
「母上!?」
「それは、ジューに甘すぎるだろう!」
「も、もしよろしければ、王子殿下にも再度ご用意させていただきますので、」
提案する貴族に、王妃ははっきりといいえ、と突きつけた。
「いいえ。何着も気軽に作れるものじゃないこと、わかっておりますもの。デザインを、いただきますわ」
王妃の迫力に誰もなにも言えなくなった結果、王女の我儘を許す王妃という評価が、貴族内で流れた。
「一体ジューを甘やかして、どういうことだ? フュリュシアンにも、彼にも申し訳が、」
謁見の間を出て、王女の私室に向かう王妃と王女を追い、国王が王妃も問い詰める。
「それに、ジューももう淑女だ。王女としての自覚がだな、」
部屋につき、人払いを行う。もらった服は王女の侍女が何故か布に包んで厳重に管理して運んでいる。
「母上! 僕の服です! いくら同じ物をくださると言ったて! それに、なぜ勝手に断ったのですか。せっかく伯爵がご好意を」
「ジュー。誰を呼べばいいの?」
王妃が王女の肩を持ってそう問いかけると。王女は淑女の手本のような笑みを浮かべて、答えた。
「メイド長と洗濯メイドのアイリアと、王宮の中で信頼できる医師を」
呼ばれた全員が顔色を悪くして駆けつけた。欲しがり王女の部屋に、王族が揃っている場に呼ばれるのだ。何か手違いがあったのだろうか。特に、アイリアは震え、そんなアイリアをメイド長は抱きしめるように現れた。
「恐れ入りながら、わたくしの発言をお許しください」
王女の侍女がそう言うと、アイリアが彼女に視線を向け、驚愕したように口を開いた。
「え、なんでここに?」
侍女がアイリアに向かって笑みを浮かべる。
「久しぶりね、アイリア」
わたくしが王女殿下の指示で影の真似事をしていたときに、と侍女がこぼし、国王も王妃も兄王子も目を丸くする中、侍女が王女に説明を始めた。
「ここにいる者は信頼できると宣言します。ジュリアンヌ様」
「あなたが言うなら、安心だわ。おとうたま、おかあたま。おにいたまはこちらにいたままでいいかちら? なかなか刺激が強いおはなちよ?」
「ジューがここにいるのに、年長である、兄である僕が抜けるはずないだろう!」
「あら、たのもちいわ」
そう笑った王女が、まずは医師に指示を飛ばす。医師が指示されて持参した薬物検査できる物を、王女の指示のままに裏返した服に塗りつけると、服が真っ赤に染まった。薬物反応だ。
「なっ!?」
国王と王子が絶句する中、王女は侍女を見る。アイリアに声をかけた侍女の問いに、アイリアは答えた。
「は、はい。確かに、この薬品は普段縫製や布の裁断の際に、使うことがあります。毒薬という認識はありませんが、直接肌につかないように気をつけたり、使用後はしっかりと専用の融解剤で洗い流すようにしているので……そのミスだと言われると……」
アイリアの回答に、王女は笑みを深めて言った。
「では、アイリア。これを綺麗に洗って。乾いたら、わたくしの部屋に飾っておいて」
「殿下の仰る通りに」
自分が毒殺されそうになったと知った兄王子は、顔色を悪くしたまま、同じ服はいらないと首を振る。そんな兄王子を抱きしめる王妃に変わって、王女が言った。
「おにいたま。そんなことをしたら、気づいていると言うような物でつわ。罪に問えない、そんなところを狙う相手に、弱いことを言ってはいけまてん。気に入っている、そんな表情で伯爵の前に笑ってお立ちなたい。あなたは、王族なのでつよ?」
王女のきついが正しい言葉に、王妃と国王は王子を気遣い、王子は小さく頷いた。
「ジューの言う通りだ。笑って着こなしてみせるよ」
その日から、国王も王妃も兄王子も、王女の欲しがりを許すようになった。たまに誤魔化すように物を欲しがり、たまに泣いて欲しがる王女は、欲しがり王女と評価されるようになった。理由を公表しようとする国王を、王女が止め、王女はその悪評を甘んじて受け入れた。
その後、生まれた弟王子のものはほとんど欲しがらなかったが、献上されたおもちゃを一度だけ泣いて欲しがった。そのおもちゃは、王女殿下が遊んだ結果すぐに壊れ、不良品だったことが判明した。
「お父様。その魔術具。わたくし、ほしいわ」
「……よかろう。ジューが欲しがるのなら、なんでも差し出そう」
王女が明らかにした、物に魔術を付与する技術は、結果的に日用品に付加する技術を魔術師長が発案したとして、国内外での名産品となった。魔術具は、国民の生活を豊かにした。そんな、国王が買ったばかりの魔術具を回収した王女は、魔術師長を呼んで、言った。
「ねぇ、ここの宝石、別の色に変えてちょうだい。好みじゃないの」
「……仰る通りに」
王女はそう言って魔術具の一部を壊させ、新しく変えさせた物を国王に返却した。
「お父様。もう飽きたわ。返すわ」
「……ジュー。今回はなんだ?」
受け取った宝石を破壊させた王女が、笑って答えた。
「話を盗み聞く魔術具……そうね、盗聴器とでもいいましょうか。そんな機能の隠された魔術具だったのよ。おそらく、店主も作成者も国王の元に届くなんて思わなかったと思うわ。お父様、お忍びで街で買った物でしょう?」
そう答えた王女は、立ち上がり、部屋を出ていった。
「ほしい! ほしい! ほしいわ! 宰相のお本、欲しいわ!」
「ジューに渡せ、ベルディアン」
「し、しかし、陛下。あまり王女殿下のわがままを許していては……」
「欲しいわ! 宰相のお馬さん!」
「渡せ」
「し、しかし……」
宰相の本や馬を奪い取った王女は、まだ証拠が足りないといいながら、それを宰相に決して返却しなかった。
「ねぇ、宰相。あなたの部下のエリシアン、とても美しいし優秀だと聞くわ。欲しくなってしまったの」
「し、しかし、部下は物ではなく、その、」
「いいでしょう? わたくしの侍従にするわ。ねぇ、お父様。いいでしょう?」
「もちろんだ。王女の言う通りに」
「陛下!」
宰相の部下の一人も奪い取った王女は、数日後、また、宰相に強請った。
「ねぇ、わたくし、宰相のお家に遊びに行きたいわ!」
「し、し、しかし、王女殿下。突然すぎて、用意が何も」
「連れていってやれ。必要なら、王女つきのメイドたちを連れて行け。準備するのを手伝わせるように」
拒絶した宰相が国王の命令を断り切ることはできず、宰相の屋敷に着いた王女が、宰相宅に入ってすぐの絵画を指差し、言った。
「ねぇ、あの絵画。とても素敵ね。わたくし、欲しくなってしまったの。もちろん、くださるわよね?」
「し、し、しかし! 我が家の家宝でして!」
宰相の言葉に、クスクスと王女は笑う。王女付きの騎士たちが、王家の騎士たちが、いつの間にか屋敷を包囲している。宰相にも、家の者たちにも逃げ場がない。
「ねぇ、宰相。わたくし、欲しくなってしまったの。あなたの宰相という身分も、公爵という身分も……王宮内の見取り図が隠されている、この絵画も。あら、すごい。これ、王族の秘密の脱出路まで載っているわ。どうやって調べて、どうやって使うつもりだったのかしら?」
そう言って絵画を撫でた王女が、にこりと笑う。
「前にあなたがくれた、あなたが証拠を隠滅するために殺そうとしていたエリシアンがね、証言してくださるそうよ? 今までのあなたの王族の暗殺未遂や王家乗っ取り、外患誘致の証拠を、ね?」
そうして、宰相は身分は失われた。王女の欲しがりを断ったと貴族たちに噂されながら。
我が国の王女殿下は欲しがり王女だ。
しかし、欲しがりの結果、誰かが、国が救われている。
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