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無理の証明
しおりを挟む日埜藤馬は顔が好みじゃなったけれど、顔が好みでちょっと惜しい男の子はいた。クラスメイトの峰時真(みね ときま)だ。
少し釣り目がちで目力が強く、シャープな顔つきをしている。言ってみれば、キツめの顔で好みだったけれど、もう一味足りない。時真が表情豊かな女の子と結婚してくれて、子どもが生まれでもしたら、その子はドンピシャの好みになりそうだ。
といっても、仮に顔だけ好みの子が出てきても、そんな年下と殴り合いなんて、そのときは私の方が無理だな、と思った。
時真はそもそも過度なアクセサリーじゃらりとつけているところと、女の子を端から自宅に呼んでは、ここぞとばかりにものにしていく感じが好きになれそうにない。
うちの学校は、それなりに裕福な人たちや学力が高い人たちが集まっているのは確かだけれど、自ら「お金持ちでーす、ウェーイ」とアピールしている感じがあまり好きじゃない。
一度、
「水樹も来れば?」
とチャラチャラと声をかけられたことはある。
「殴り合って峰が勝ったらね」と答えたら、「うはぁ、アドレナリン系女子は無理」と退散していった。
これまでは好きだったら顔がどうだって気にならないし、きっと、愛着だって湧いてくるという感覚で生きていた。
中等部の頃に好きになった子に関しては顔がどうとか考えたことはない。けれど、水樹家の話をグランマから聞いてからは、顔で判断する人間になってしまった。
水樹家の云われは恐ろしい。
そして、日埜藤馬は伝統に従順ゆえに中々しつこかったので、一旦付き合うことを了承した。
婚約者云々なんて抜きにすれば、藤馬は他の人とも結婚できるし、それこそ自由恋愛できるのに、わざわざ伝統を守ろうとするのはなぜなんだろう?と思う。
私は自分が好きになった人と、テストステロン値高めの感じで愛し合いたいのに。
藤馬とは適切な距離を保った、健全なデートを何回も重ねていったら、痺れずに握手は出来るようになった。ただそれ以上はどう頑張っても無理だと思う。
ただ、その「無理」は私目線のものであって、藤馬のものじゃない。夏期講習の最終日で、これから休み期間に入るという放課後に、
「家族所有の別荘があるんです、行きませんか?」
と言われて誘いを受けた。私は目を細める。どうしてこんな見え見えの手を使うんだろう。
藤馬は隠すつもりもないようで、柔らかに緩む口許と有無を言わさない瞳で、
「行きません?」と言うのだ。
悪い奴だ。
でもここで無理だと分かってもらうのもチャンスだと思う。
「いいよ、別荘地で殴り合おうぜ!」
と私が言うと、冗談だと思われたのか、「本当に?」と聞き返された。頷く。
とても驚いた顔をして、それから「嬉しいです」とほほ笑む。あ、ちょっと可愛い、と一瞬思った。
日埜家の子と出かけてくると言えば、マムは大喜びだ。
マムは水樹家の人じゃないし、ダッドはグランマから聞く伝承レベルでしか水樹家の女性のことを知らない。日埜家とは緩い繋がりは続いていて事業提携もしていたり、何かのときには手を貸してくれたりしているけれど、もし私が結婚すればより強固な繋がりとなる。
ああ、ごめんね、ダッド、マム。多分期待には応えられない。と思いながら、藤馬と日埜家の車で別荘地に行くのだった。
避暑地はスポーツをするのに最適だ。
私は綺麗な空気の中でマラソンを希望し、藤馬もそこそこ付き合ってはくれたものの、この辺で休みましょう、と言って別荘の中に誘導される。
紳士な藤馬は「課題を一緒にやりましょう?」と言いはじめて、そこからじわじわと距離感をつめてきた。
私は勉強が得意じゃないので、英訳の課題も片っ端から藤馬に聞いていく。考えるのを放棄するのは、良くないと思うけど、と言いながらも教えてくれる。
だんだんと距離が近くなるのを感じたら、背中側から近寄られて、首にキスが落ちてきた。
ピリッと痛みが走り、う、と声をあげてしまう。
藤馬が息を飲む気配があっ
たのは、離れてくれる合図かと思ったけれど、「困るな、痛がられると逆に」と言ってもう一度キスが落ちてくる。もう一度、私は呻く。後ろから藤馬の手が胸やお腹やその下へ手が動くたびに、ピリピリと痺れる。
「こういう手口なんですか?いつも」
「どう思います?」
「常習犯、手慣れてるし」
私は痛みをこらえながら答えた。やっぱり無理だ。どんな手順を踏むのかは、曖昧な知識しかないけれど、これじゃ、無理だと思う。
ブラウスの中に手が入って来てブラの上から胸を触られた。
「したいんですか?」私が聞けば、「野暮です」と言われるのだ。脱がされるのは無理だ。
自分で脱ぐので、その先を試してみてください、と言ってみる。
次から次へと服を脱いでいく様子を見られているのが分かったので、「ほら、腹筋スゴイでしょ?」と言ってみた。毎日かかざすトレーニングしている腹筋だけは自慢なのだ。
「そこよりも」
と視線が別の部分に動く。藤馬の頬が少し赤くなっているのが分かった。そういう素直な反応こそが恥ずかしいので、「サッサとチャレンジ」と私は声をかける。
藤馬が及び腰になるのを感じた。きっと何の色気もイイ感じの雰囲気でもなく、こんな風に言われた経験がないのだろう。
「無理そうならやめましょ?その代わり結婚もなしです」
「それを今決めるんですか?」
「決めます」
そう言ったら、藤馬は足の間に身体を滑らせてきて、触れてきた。所作は丁寧だし、恐らく優しく触れているはずだ。しかし痛い。
痛い、痛い、痛い、しかし限界まで我慢!とスポコン魂で思う。でも、小さな痛みが重なっていって、とうとう、我慢が振り切れた。
「痛い、痛いです、無理!」
と言ったら、藤馬は他の部分を触って来て、身体全体のこわばりを解そうとしてくるけれど、これもまた痛いだけだ。
痛いと言っているのに、かえって勢いづく感じがあって、だんだんと腹が立ってくる。
しゅるっ衣擦れをさせながら、シャツやボトムスを脱ぎ捨てていくのだ。いや、違うでしょ、無理なんですって、と思う。
「痛い」と言ったら、初めて唇にキスをされた。
ビリビリッとしびれが来る。う、と声を出したら、藤馬が身体を寄せてきて、それを挿し込んで来ようとする気配があった。
痛い、痛い、と言う言葉を聞き入れられないことへの怒りで、プッツンと自分の中で何かが切れる音を聞く。
「痛いっつってるだろーが!」
と言って私は藤馬を蹴り飛ばす。う、といううめき声とともに軽く吹っ飛んだので、あ、マズい、素人相手にやってしまった、と思う。
「ごめんなさい」
と駆け寄ると、藤馬は非常に微妙な顔をしていた。何?と思ってみたら、蹴りの衝撃で「終わって」いたことを知る。
「すみません」
と間の悪い顔で藤馬は言う。お互いに見つめ合い、頷いた。
これは、なかったことにしよう。
これからどれだけ生きるか分からないけれど、こんなに妙なやり方を通す関係を続けるのは、無理だとお互いに思ったのだ。
始まる前に終わらせよう、と思った。
衣服を身につけ、私は早々に自宅に送り届けてもらう。期待の目で見ていたマムには申し訳なかった。
「日埜藤馬くんとはどう?仲がいいと聞いているけれど」
と再三聞かれるのにウンザリして来たので、高校卒業と同時に家出することにした。その後、各地のボクシングジム巡りをしていたら殴り合いが出来る相手は、男女問わず出来たけれど、ときめきとは無縁だ。
それでも、「二十歳になったら結婚させますから」とマムからメールが毎日来ている。
藤馬は真面目なので周りから推されれば、結婚に流される可能性があるかもしれない。
でも、絶対にダメだ。
私には初めて好きな人が出来たのだから。
応援ありがとうございます!
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