上 下
6 / 9

しおりを挟む


 目を覚ますと、医務室の天井が見える。
 窓の外を見れば、朝の光が差し込んできて、ああ、失敗したな、と朔耶は思った。これであとランクバトルまで5日になってしまったのだ。

 ペアリング性の向上のために、接触を求められることは別に初めてではなかったが、ここまで器の違うペアリングは初めてだ。
 スピリットが引きずり込まれる感覚は、初めての経験だった。ただ、そこまでの力があれば、朔耶のリミッター解除にも耐えられる可能性が高い。今回は失敗だったが、もう少しペアリングを高められれば、十分に動けると思った。

 朔耶は早速亮にコンタクトをとるために、身体を起こす。
 すると、医務室のドアが開き、名都が入って来た。あ、とお互いに声をあげてしまう。
「朔耶、話してもいい?」
 と名都は言うが、朔耶には話をすることがない。

 名都は朔耶が学園に入って初めてできた友達だ。同じドールで背丈が同じくらいなので、フィジカルトレーニングのペアになることも多く、自然と仲良くなった。
 休講日には出かけることも多く、ペアである学をのぞけば一番過ごした時間の長い相手だ。
 だからこそ、学がどんなに女子と遊んでもいいけれど、今回はよりによって名都だった、ということには正直腹が立った。
 朔耶と名都が仲がいいことを知っていたのに、と思うのだ。

「学の話なら、もういいよ。終わったことだし、今はちょっと気まずいけど。名都とのことも非難するつもりない」
「終わってないよ。朔耶は何か勘違いしているから」
「勘違い?」
「そう。私が学を良いなって思ってたのは本当。恋愛したかったのは本当だけど。実際には、学が私を相手にするわけない」
「でも、名都は学と?」名都は首を横に振る。
「ペアリング、出来るわけないんだよ。学は……」
 言いかけて名都は言葉を切った。
「本人が伝えてないのに、私が言うわけにはいかないね」
 と言う。
「じゃあ、名都のペアはどうなってるの?」
「潤菜だよ」
 名都には潤菜と言う同性のペアがいる。
「え。私でも、学と解消申請出したけど」
「そう。だから今、学園内ではすごい話題ことになってる。朔耶に全力注いでた学がフリーになったって」

 名都はモバイルで、フリーのパペッティア一覧と問い合わせ数を閲覧させてくれる。学の現在のステータスと、100件以上の問い合わせ履歴が表示されていた。
「名都はなんで学とペア申請しないの」
「自分で言わせないでよ。学と私じゃ格が違うし、器が違う。それに、さっきも言ったけど、朔耶じゃなきゃ無理なんだよ」
「学ならすぐに相手見つかるでしょ。トップレベルのパペッティアだし」
 朔耶がそう言うと、なぜか名都は少し不機嫌な顔になった。
「朔耶は学を軽く見過ぎ。特例ドールを操作するのは、いくら優秀でも難しいんだよ。努力は不可欠だし、代償もある」
 名都が含みのある言い方をするので、朔耶は理解が出来ない。
「意味が分からないよ、名都」
「学は優秀だよ。でも、朔耶の前の学と、それ以外の学はきっと違う」
「そんなこと、言われても、私には判断できないことだよ」
「そうだね、朔耶を責めても仕方ないね。学は、多分、ペアを選ばない」
 と名都は言った。

「またね、朔耶。出来れば、また仲良くしたいな」
 と名都は言う。
 名都が去っていく姿を見ていたら、朔耶は自分が蚊帳の外にいるような気がした。
しおりを挟む

処理中です...