上 下
157 / 228
落日、朧月夜に少女を想う

8

しおりを挟む
 その「事故」を見ていた人たちの記憶の処理に、たくさんの挑文師が駆り出されている。
 何事もなかったように、処理することも、挑文師の仕事だった。記憶を上手く改ざんし、車の多重事故として処理する。
 一般人の感覚に沿った形で、記憶を保全するために、記憶の改ざんは許されていた。
 禁書の暴走という、一般的には意味の分からない事象により人が死んだ、と思われるよりはいい、と本局は判断するのだ。水盤表の感覚にのっとった形で、記憶を整えていく。

 落日は翌日、現場に行ってみた。つつがなくスムーズに流れる車の流れや、道行く人々の姿を見て安心する。
 一方で、どこか虚しさを感じてしまうのだ。
 禁書を継承した少女のことを、誰も知らない。

 処置の範囲が広かったこともあり、禁書を継承した少女の身元に関しての調査は遅れたようだ。
 落日は少女に関する記憶の痕跡を、片っ端にあやとりをして探し回った。
 住所を知り、両親の存在、家族の存在を知る。
 少女の記憶を片っ端から集めていき、玉器におさめていった。何のためにこんなことをしているのか、分からない。

 けれど、落日は自分でも気づかずに、少女の痕跡を残すために必死になっていたのだ。
 彼女の家族は、本局の挑文師の手によって、彼女の記憶を消されてしまったけれど。
しおりを挟む

処理中です...