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別れよう!告げたら繋がった

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「慧、三河トレーナー。話があるんだけど」
 仕事場でこんな話をするのはイヤだったけれど、今週で慧ちゃんと同じシフトが入っている日は今日しかなかった。今週知った事実は、今週中に始末をつけておきたくなる。
 長い目で見て希望をつなぐ、なんてことはしたくない。
「話は簡単に終わるよ」私はなるべく感情をこめずに言う。トレーナーの控室に行くまでの階段で、私は三河慧梓(みかわ けいし)に声をかけた。

「話って?」
 目の前にいる慧ちゃんは何かを感じたのか、何かいいたげな顔だ。でも、もう話すことはない、と私は思う。
「別れよ」
「え?なんで」
「前にも言ったけど、二股だけは絶対に許せないの。状況が十分不利なのに、自分にとっての希望を探して自分を励ましつづけるのもイヤ」
「潤の話をしてるんじゃ、ないんだよな?」
「当たり前じゃん、三河慧梓、キミの話だよ」
「二股ってオレが、那々以外の奴と二股ってこと?」
「そうだよ。二股どころじゃないって話もある。色んな子たちとふたりきりで出かけてるの、目撃されてるよ。食事どころじゃなくて、ホテルも」
 今週複数の友達から連絡があって、私はその事実を知った。動揺はしたけれど、こういうのは初めてではなかったから、どこか割り切る気持ちもある。慧ちゃんもそうなんだ、とはガッカリするけれど。

「二股なんかしてないよ、するわけない」
「信じられるわけないじゃん。疑われるようなことする時点で、もうナイ」
「それは、知ってる。でも、オレは!」
 慧ちゃんがこちらに手を伸ばしてくるのが分かったので、手で弾く。私が不安を煽る相手を警戒してしまうのは、慧ちゃんも知っているはずだ。
「だからバイバイ」
 私は一口ですべてを告げた。
 信じていたなんて言うほど、考えていたかどうかは分からない。恋として意識していたかどうかも分からない。思えば、痛手を負った私のそばにいれくれた、それだけだったから。でも、少なくとも私は慧ちゃんのことは好きだった。恋愛とかどうかはどうでもよくて、好きだった。

 きびすを返して、私はスタッフルームに行こうとする。
「待って、那々!」
 腕を掴まれる感覚があって、私は強引に振り払う。振り払った腕の勢いで、身体のバランスを崩してしまった。
「え?」
 気がつくと、身体が階段の方に放り出されているのが分かる。
 ヤバい、これは落ちるな、と思った。なな、と私を呼び声が聞こえる。手すりに手を伸ばすけれど、届きそうもなかった。
 ああ、怪我ですむかな、そんな風に諦めの境地で目を閉じる。彼氏と別れて、怪我もするなんて、本当最悪だ!


 ただ、思いがけず、痛みはほとんどやって来なかった。ふわふわとした感覚に包まれていて、布団の上に大分したかのような感覚だ。私は目を開けて、自分の状態を確認する。身体を起こそうとすると、二本の腕が伸びてきてきつく抱きしめられた。
「え?」
 よく見てみると、私は慧ちゃんを下敷きにしてしまったらしい。
「大丈夫だったか?」
「うん。え、ありがとう、受けとめてくれたの?でも何で?」
 落ちた順番的に慧ちゃんが下になっているのはおかしいと思う。
「なんか夢中で手を伸ばしたら、こうなってて」
 さっきまで別れ話をしていた慧ちゃんの上に乗る形になっていたので、いたたまれなくなり、慧ちゃんの上から降りようとする。けれど、何かが指に引っかかって、身体を動かしにくいことに気がついた。
指に赤い紐のようなものが結びついていることに気がつく。
 なにこれ、とぼんやりと眺めていると、慧ちゃんに強く抱きしめられた。
「那々、何ともないか?」
「うん」
 私は一応答えるけれど、慧ちゃんの顔をまともに見れない。
「良かった」
 頭を抱えるようにして、抱きしめられると、心底ホッとする。でも、ホッとしている場合じゃない、と思い直して私は身体を起こして、再び離れようと試みた。

 びん、と指の先が引っ張られる感覚がある。左手の薬指に繋がっている紐をたどって見てみると、慧ちゃんの左手の薬指と繋がっていた。
「なにこれ」
 私が指をあげてみせると、慧ちゃんも自分の指を見る。
「赤い、紐?」
「なんで繋がってるの、これ」
 私は右手で紐をほどこうとしてみるけれど、ぱん、と電気が走り、手をはじかれてしまった。
「取れないみたい」
「取れないんだ……。まあ、いいじゃん」
 慧ちゃんはそう言うけれど、そうはいかない。
 私は無理矢理外そうと何度もチャレンジしてみる。けれど、何度も弾かれてしまい、右手に痺れが走っていた。
「なにこれ、何でとれないの!」
 よりにもよって、別れようとしている彼氏と繋がってしまうなんて、気まずいことこの上ない。
「そんなに、イヤなんだ」
 慧ちゃんは少し悲しそうに言う。
「イヤに決まってるじゃん!浮気男と一緒にいるのなんて、イヤ。もうそういうの、イヤ!」
「浮気男、かよ」
「なにこれ、慧ちゃんの嫌がらせ?」
「してねぇよ!それに浮気だってしてない」
「ホテル行って、何もなかったって証明する方法ってあるの?それとも申し開きあるの?」
「事情が事情で今説明するのは難しいけど。オレは那々以外としてないし、する気もないし」
「するって何言ってんの。ここ職場だよ!」
「初めに那々がここで言い始めたんだろ!」
「それに、私以外としないっていうの、潤くんも言ってたから。信じられない」
「え、潤?アイツと一緒にしないでくれよ」

「もう話はいいよ!とにかく、この紐どうしなしなきゃ、今日の仕事どうにもならないじゃん」
「確かに、そうだけど」
「ハサミ、ハサミならどうかな」
 私は慧ちゃんの手を借りながら身体を起こし、二人で立ちあがる。紐の長さは一メートル以上、二メートル未満程度。無理に動こうとすれば、転んでしまいそうになる。一緒に動かなければならないみたいだ。

 スタッフルームに行き、梱包用の備品のハサミで紐を切ろうとしてみるけれど、これまた弾かれてしまう。特殊な素材で出来ているのか、はたまた、何かの呪いなのか。こうして私は、慧ちゃんの赤い紐で繋がれてしまったのだった。


 私たちは体調不良を言い訳に、職場を後にする。本当に不本意だったので、私は意気消沈してしまった。私と慧ちゃんは同じジムで、トレーナーの仕事をしている。
 それぞれパーソナルトレーニングのサポートの他、ヨガやストレッチの教室を受け持っていた。スポーツクラブのトレーナーとして仕事をすることもあるし、依頼さえあればメディア出演もある。
 私は身体を動かすことが好きだったし、それを仕事に出来ているのはとても嬉しいし、誇りに思っている。だから、仕事を休むことになったのは、非常に不本意だったのだ。

 不機嫌な私をよそに、慧ちゃんは「今日はうちに泊まれば?」と言ってくる。「イヤだよ」と私は反射的に言うのだけれど、確かに今のままなら、どちらかの家で一緒に過ごすほかない。

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