別れを告げたら、赤い紐で結ばれて・・・ハッピーエンド

KUMANOMORI(くまのもり)

文字の大きさ
1 / 21

別れよう!告げたら繋がった

しおりを挟む


「慧、三河トレーナー。話があるんだけど」
 仕事場でこんな話をするのはイヤだったけれど、今週で慧ちゃんと同じシフトが入っている日は今日しかなかった。今週知った事実は、今週中に始末をつけておきたくなる。
 長い目で見て希望をつなぐ、なんてことはしたくない。
「話は簡単に終わるよ」私はなるべく感情をこめずに言う。トレーナーの控室に行くまでの階段で、私は三河慧梓(みかわ けいし)に声をかけた。

「話って?」
 目の前にいる慧ちゃんは何かを感じたのか、何かいいたげな顔だ。でも、もう話すことはない、と私は思う。
「別れよ」
「え?なんで」
「前にも言ったけど、二股だけは絶対に許せないの。状況が十分不利なのに、自分にとっての希望を探して自分を励ましつづけるのもイヤ」
「潤の話をしてるんじゃ、ないんだよな?」
「当たり前じゃん、三河慧梓、キミの話だよ」
「二股ってオレが、那々以外の奴と二股ってこと?」
「そうだよ。二股どころじゃないって話もある。色んな子たちとふたりきりで出かけてるの、目撃されてるよ。食事どころじゃなくて、ホテルも」
 今週複数の友達から連絡があって、私はその事実を知った。動揺はしたけれど、こういうのは初めてではなかったから、どこか割り切る気持ちもある。慧ちゃんもそうなんだ、とはガッカリするけれど。

「二股なんかしてないよ、するわけない」
「信じられるわけないじゃん。疑われるようなことする時点で、もうナイ」
「それは、知ってる。でも、オレは!」
 慧ちゃんがこちらに手を伸ばしてくるのが分かったので、手で弾く。私が不安を煽る相手を警戒してしまうのは、慧ちゃんも知っているはずだ。
「だからバイバイ」
 私は一口ですべてを告げた。
 信じていたなんて言うほど、考えていたかどうかは分からない。恋として意識していたかどうかも分からない。思えば、痛手を負った私のそばにいれくれた、それだけだったから。でも、少なくとも私は慧ちゃんのことは好きだった。恋愛とかどうかはどうでもよくて、好きだった。

 きびすを返して、私はスタッフルームに行こうとする。
「待って、那々!」
 腕を掴まれる感覚があって、私は強引に振り払う。振り払った腕の勢いで、身体のバランスを崩してしまった。
「え?」
 気がつくと、身体が階段の方に放り出されているのが分かる。
 ヤバい、これは落ちるな、と思った。なな、と私を呼び声が聞こえる。手すりに手を伸ばすけれど、届きそうもなかった。
 ああ、怪我ですむかな、そんな風に諦めの境地で目を閉じる。彼氏と別れて、怪我もするなんて、本当最悪だ!


 ただ、思いがけず、痛みはほとんどやって来なかった。ふわふわとした感覚に包まれていて、布団の上に大分したかのような感覚だ。私は目を開けて、自分の状態を確認する。身体を起こそうとすると、二本の腕が伸びてきてきつく抱きしめられた。
「え?」
 よく見てみると、私は慧ちゃんを下敷きにしてしまったらしい。
「大丈夫だったか?」
「うん。え、ありがとう、受けとめてくれたの?でも何で?」
 落ちた順番的に慧ちゃんが下になっているのはおかしいと思う。
「なんか夢中で手を伸ばしたら、こうなってて」
 さっきまで別れ話をしていた慧ちゃんの上に乗る形になっていたので、いたたまれなくなり、慧ちゃんの上から降りようとする。けれど、何かが指に引っかかって、身体を動かしにくいことに気がついた。
指に赤い紐のようなものが結びついていることに気がつく。
 なにこれ、とぼんやりと眺めていると、慧ちゃんに強く抱きしめられた。
「那々、何ともないか?」
「うん」
 私は一応答えるけれど、慧ちゃんの顔をまともに見れない。
「良かった」
 頭を抱えるようにして、抱きしめられると、心底ホッとする。でも、ホッとしている場合じゃない、と思い直して私は身体を起こして、再び離れようと試みた。

 びん、と指の先が引っ張られる感覚がある。左手の薬指に繋がっている紐をたどって見てみると、慧ちゃんの左手の薬指と繋がっていた。
「なにこれ」
 私が指をあげてみせると、慧ちゃんも自分の指を見る。
「赤い、紐?」
「なんで繋がってるの、これ」
 私は右手で紐をほどこうとしてみるけれど、ぱん、と電気が走り、手をはじかれてしまった。
「取れないみたい」
「取れないんだ……。まあ、いいじゃん」
 慧ちゃんはそう言うけれど、そうはいかない。
 私は無理矢理外そうと何度もチャレンジしてみる。けれど、何度も弾かれてしまい、右手に痺れが走っていた。
「なにこれ、何でとれないの!」
 よりにもよって、別れようとしている彼氏と繋がってしまうなんて、気まずいことこの上ない。
「そんなに、イヤなんだ」
 慧ちゃんは少し悲しそうに言う。
「イヤに決まってるじゃん!浮気男と一緒にいるのなんて、イヤ。もうそういうの、イヤ!」
「浮気男、かよ」
「なにこれ、慧ちゃんの嫌がらせ?」
「してねぇよ!それに浮気だってしてない」
「ホテル行って、何もなかったって証明する方法ってあるの?それとも申し開きあるの?」
「事情が事情で今説明するのは難しいけど。オレは那々以外としてないし、する気もないし」
「するって何言ってんの。ここ職場だよ!」
「初めに那々がここで言い始めたんだろ!」
「それに、私以外としないっていうの、潤くんも言ってたから。信じられない」
「え、潤?アイツと一緒にしないでくれよ」

「もう話はいいよ!とにかく、この紐どうしなしなきゃ、今日の仕事どうにもならないじゃん」
「確かに、そうだけど」
「ハサミ、ハサミならどうかな」
 私は慧ちゃんの手を借りながら身体を起こし、二人で立ちあがる。紐の長さは一メートル以上、二メートル未満程度。無理に動こうとすれば、転んでしまいそうになる。一緒に動かなければならないみたいだ。

 スタッフルームに行き、梱包用の備品のハサミで紐を切ろうとしてみるけれど、これまた弾かれてしまう。特殊な素材で出来ているのか、はたまた、何かの呪いなのか。こうして私は、慧ちゃんの赤い紐で繋がれてしまったのだった。


 私たちは体調不良を言い訳に、職場を後にする。本当に不本意だったので、私は意気消沈してしまった。私と慧ちゃんは同じジムで、トレーナーの仕事をしている。
 それぞれパーソナルトレーニングのサポートの他、ヨガやストレッチの教室を受け持っていた。スポーツクラブのトレーナーとして仕事をすることもあるし、依頼さえあればメディア出演もある。
 私は身体を動かすことが好きだったし、それを仕事に出来ているのはとても嬉しいし、誇りに思っている。だから、仕事を休むことになったのは、非常に不本意だったのだ。

 不機嫌な私をよそに、慧ちゃんは「今日はうちに泊まれば?」と言ってくる。「イヤだよ」と私は反射的に言うのだけれど、確かに今のままなら、どちらかの家で一緒に過ごすほかない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

元婚約者が修道院送りになった令嬢を呼び戻すとき

岡暁舟
恋愛
「もう一度やり直そう」 そんなに上手くいくのでしょうか???

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...