別れを告げたら、赤い紐で結ばれて・・・ハッピーエンド

KUMANOMORI(くまのもり)

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なんでこうなった?

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 三河慧梓とは付き合って一年になる。高校生の頃からの知り合いで友達だったので、付き合いは長いけれど、ちゃんと付き合いはじめたのは、一年前だ。
 かつて失恋した私を、慧ちゃんが寄り添い続け、どの沼から拾いあげてくれた。当時私が必死になって繋ぎ止めようとした相手が結婚したときには、「那々のことが好きな気持ちは、誰より勝ってるはず。オレは絶対に泣かせないよ」と言って。
 それからすぐに付き合い始めたわけではないけど、友達関係は続いていた。  

 その後、友達付き合いを経て、私は思い切って慧ちゃんと付き合うことになる。付き合いはじめに、恋人がするようなことは一通り経験したけれど、お互いに淡泊なので、この頃はキスすらもしていない。家に行っても何もないことも多かった。付き合っているとはいえ、友達のような、兄弟のような、そんな関係だ。私は心地よかったけれど、最近は恋人同士のするようなことは何もなかった。

 だから、慧ちゃんが他の人に目移りをしたとしても、不思議ではない。


 慧ちゃんの家にはトレーニング用品がたくさんあるほかは、とてもシンプルな部屋だ。ハンガーラックと、ローテーブル、そしてベッドしかない。テレビはなくて、プロジェクターで壁に映像を写している。
 スーパーでそれぞれ食べたいものを選んで、慧ちゃんの家に行く。不本意だけど、離れられないんだから仕方ない。ごはんを食べるまではまだよかった。汗をかいた身体のままでいるのはイヤだったし、トイレにも行きたくなる。
 もぞもぞしていると「大丈夫、耳塞いでるから」と言ってトイレの前まで来て待っていてくれた。

 ただ、お風呂に入ろうとしたときには、前で待っていてくれるという風にはならない。洗面所で服を脱ぎ始めたところで、半開きのドア越しに「那々、久々に一緒に入ろう」と言ってくる。
 洗面所の広さや紐の長さ的に、浴室に入ったときに距離を取るのも中々難しいのは事実だ。ただ、それをすんなりOKするわけにはいかない。

「久々とか言って、滅多に入ったことないじゃん!」
「それは、那々がイヤかと思ったから。べたべた甘々なの、好きじゃなさそうだし」
「だって、一緒に入って。それだけで終わる?」
 どれだけ淡泊であっても、素っ裸で向き合っていれば、ただではすませられないような気がしたからだ。私は脱ぎ掛けた下着を上に戻して、胸の前を手でおおう。
「じゃあ何もしない。それなら、いいわけ?」
 しない、と言い切られてしまうと、それはそれで、切なく感じる自分も面倒くさい。でも仕方ない。別れると決めたとはいえ、まだ慧ちゃんが好きなのは本当だから、やっぱり気持ちは動いてしまう。

「何もしないなら、一緒に入る必要、ある?」
「じゃあ、して欲しいってこと?」
「そんなわけないじゃん!」
「お互いボディメイクは得意分野なんだし、やらしいこと抜きに、鍛えた成果を見せてもいいじゃん」
「普通、全部脱いでは見せないよ」
「まだ、別れてないんだし、セーフだと思う。細かいことはいいじゃん」
「私的には別れてるから!」
「別れてないよ」
 慧ちゃんは身体を寄せてきて、私の腕を掴んで開く。「ラインキレイ、胸筋ばっちりじゃん」と言う。バストアップは常に意識しているとはいえ、今のラインは補正下着のおかげだとは言えない。
「見ないで、変態」
「じゃ、俺も脱ごう」
 と言って戸惑いを見せずに、服をスルスルと脱いでいく。鍛え上がった身体が見えてきて、私は思わず目を見張る。
 たしかに、慧ちゃんの身体はボディメイクの観点から見れば、分かりやすい成果だ。でも、ためらいもなく、パンツまで脱いでいく姿をそのまま見つめているわけにはいかなかった。目をそらす。
「さすが指名率高いトレーナーの身体はやっぱ、キレイだなって思う。けど。でも」
「那々も、下脱いで」ピン、と下着を弾かれる。
「鍛えてないよ」
「那々のポスター、大殿筋のラインに憧れて入会する女性が多いって噂あるけど」
 ジムのイメージポスターのことを言っているのだと分かる。ウェアでトレーニングをするトレーナーの一人として、私はポスターに載っていた。たしかにあのボディラインは、自分史上一番映りがいいんじゃないか、と思っている。
「あれ補正かけてるよ、たぶん」
「へぇ」

 鼻先で笑って、一息で下着を引き下ろしてくる。ちょっと待って、という間もなく、下半身が露になっていた。
「ライン最高、かなり念入りに鍛えてるじゃん」
 と慧ちゃんは言う。でも、それがトレーナーが会員を褒めるニュアンスとは明らかに違うのが分かった。吐息がまじっているし、目が熱を帯びているのが分かる。そして背中に伸びた手が下着を外しにかかってくる気配がした。
「最近は全然こういう感じじゃなかったのに、急になに勢いづいてんの!」
 と私はすかさず毒を吐く。
「こういう感じじゃないのは、那々だけ。俺は別に毎回だってしたい」
「うそうそ~別れるってなって惜しくなっただけだよ。こうなったらやっとかなきゃ損、みたいな」
 すると、ビン、と薬指の紐を強く引かれる。
「うるさい、ちょっと黙れ」
 と強引に口をふさがれた。舌が絡まってきて、息ができなくなる。下着が胸から外れる感覚と同時に、腿のあたりに熱が当たる感覚がやって来た。私は思わず慧ちゃんを見上げる。目が熱でうるんでいた。久しぶりに、こんな慧ちゃんを見る。

 そんな慧ちゃんを見ていて、ぞわぞわっとお腹の底から、駆け上がる感覚があった。ひょっとして、私も?と自分の感覚が信じられなくなる。別れようとしていた相手と何をしようとしているの?バカじゃない?
 指があてがわれる感覚があって、思わず身体を寄せてしまう。慧ちゃんの目が問いかけているように見えた。

「なんで?」って。
 でも私だって分からない。別れるつもりでいたし、許すつもりもなかったのに。水気のある音がして、身体がジュっと熱くなり、高揚する。壁に身体を預けながら片足をあげて、もっと、と求めてしまう。そんなに好きでもないけれど、始まってしまうととことん突き詰めてしまう癖がある。トレーニングと一緒だ。
「いい?」
 慧ちゃんは私の目を見て尋ねてきた。私は小さくうなずく。


 その後洗面台に身体を預けて、股関節トレーニングさながらの体勢で慧ちゃんと繋がってしまった。お互いに背中に手をまわして、強く抱き合う。
「那々、好き」
 と言われながら、深く、深く突き上げられた。聞こえ方を気にした作り物の声じゃなくて、獣みたいな声が自分自身から出て驚く。
 一年付き合ってきてこんなことは一度もしたことがない。
「どうなってるの?」と冷静に思う反面、どうせ離れられないんだし、どうにでもなればいい、とも思う。
久しぶりにこんなに汗をかいた、というくらいぐしゃぐしゃになって、抱き合った。結局何回したのか分からない。


 ことが終わったあと、しまった、と思っても後の祭り。慧ちゃんもその部分だけは、しまった、と思ったらしい。
「最終から何日目?」
「26日くらい。もう次が来るよ」
「体温測ってる?」
 私は首を横に振る。
「じゃ、ずれてる可能性ゼロじゃないしな……」
 彼は女性の身体のことに関しては、一般男性以上に理解がある。女性会員とのやり取りでバイオリズムの話が出てくることはざらだからだ。
「ちょっと前までピル飲んでたし、多分緊急のもらいに行くまでもないかも」と私は慰め程度に言う。
 結局一緒にシャワーを浴びて、一緒に眠った。別れるつもりだったのに、キスをして一つのベッドで抱き合って眠る。今まで以上に恋人っぽいことをしていることに驚いた。

 次の瞬間にぞっとするのは、慧ちゃんは同じことを他の人にしているのでは?という疑惑だ。かつて好きだった人、鳥府潤がそうであったように。
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