8 / 21
鳥府潤とかいて「かこ」と読む
しおりを挟む鳥府潤との関係を説明するのは、難しい。私は付き合っている、と思っていたけれど、実は単なるひとり相撲の片思いだと気づいたのは、彼の結婚が決まったときだ。鳥府くんは大学在学時に結婚を決め、卒業とともに先輩と住み始めたと人づてに聞いた。
元々、鳥府潤という人は高校入学時からその容姿や振る舞いから注目の的だった。アイドルというのがぴったりで、在学時にモデルの仕事をしたこともあったらしい。私は同じクラスの慧ちゃんと仲が良くて、慧ちゃんと潤くんとが仲が良かったことから、私にもかすかな繋がりが出来たのだった。
綺麗な顔だと思ったし、柔らかな物腰には好意的だったけれど、アイドルのような遠い存在だったので、別に特別な関係になりたいとは思っていなかったのがファーストインプレッションだ。
「二人って仲いいね、オレも混ぜてよ」
と鳥府くんが私たちの間に潤くんが入ってきたのが、大きな分岐点だったと思う。始めは三人で遊ぶことが多かったのが、いつの間にか鳥府くんと二人きりになる機会も生まれて、鳥府くんはよく言うようになった。
「オレといるときに、慧梓の話するのはやめてよ」
私はこれまで慧ちゃんと遊ぶことや過ごすことが多かったせいか、どうしても話のフックは慧ちゃんのことが多かった。鳥府くんはそこを見抜いて、ズバズバと言ってくるのだ。
ただ、そう言う鳥府くん自身は、他の女の子と好きに話をしていたし、私以外とも過ごしているようだった。割に合わないとは思う。
一方で鳥府くんと親しくしていれば、コンサートやライブでアーティストからファンサービスをもらうかのように、特別感があるのも事実だ。率直にそんな話をしたことがある。
「なんか、鳥府くんといると私まで特別視されるね」
「え?」
「好きなアイドルと共演したタレントさんと、握手したくなる感じなのかな。話しを聞きたいみたいな気持ちなのかな。知らない女の子から、私いっぱい話しかけられるんだけど」
「それヤダ?」
「別にイヤじゃない。特権感楽しめてラッキーくらいの気分」
「那々巳はモテる人が好きなの?」
「好きか嫌いかなら、好きかなー」
「慧梓もモテるよね」
「そうなの?まあ、優しいしモテるかもね」
「慧梓の話禁止」
「鳥府くんがし始めたけどね」
「禁止だよ」
不機嫌になるので、私はなるべく鳥府くんと二人きりのときに、慧ちゃんの話をしないよう努めた。とはいっても、慧ちゃんとはずっと親しかったし、二人きりで遊ぶこともある。
鳥府くんの前では慧ちゃんの話を控えても、慧ちゃんとの友達付き合いは自由に続けていた。慧ちゃんの関係と鳥府くんとの関係が競合になるとは思っていなかったのだ。
最初の一歩を踏み出したのは、鳥府くんの方だったと思う。
当時鳥府くんには付き合っている人がいたみたいだったけれど、休み時間にたまたま一緒にご飯を食べていたときに、付き合うなら那々巳の方が楽しそうだな、と言って、唇が触れるか触れないかの軽いキスをしてきた。
「なにこれ、モテ男のあいさつ?チャオみたいな?」と私は見当違いなことを言ったと思う。
「違うよ」と鳥府くんは笑って言った。
経験のなかった私は、これは何なんだ?と思って慧ちゃんに相談。
これが失敗だったのだと思う。
「潤のことが好き?」
と慧ちゃんに聞かれて、
「好きかな~」と答えたのは、アイドルや俳優を好きなような気持ちだったからだけど。
そして慧ちゃんから「協力しようか?」と言われて、そこから流れが明らかに変わったと思う。
好きと口にしてみてから、
「これって恋愛としての好きなのかな?」
「どちらかと言えば推しみたいな感じ?」
「なんか違うな?」
という思いも生まれてきたけれど、慧ちゃんが私と鳥府くんとの接点を増やそうとしてくれたので、私は自分の気持ちに蓋をした。
いつもなら、慧ちゃんと過ごしていた時間が鳥府くんとの時間になる。
鳥府くんはイケメンだし、柔らかな物腰や口調は心地がいい。それに、一緒にいるだけで特権を得たかのように思われるのは、優越感を感じる面もあった。けれど、一緒にいない間に、誰といるのかが気になってしまうし、他の子と仲良くしていると、自分のポイントが下がったかのような感覚になるのはイヤだった。
好きというよりも、離れたら負けだ、と思いはじめている自分がいたのだ。競う感覚が常にあるのが苦しかった。
それでも決定的に付き合おう、と言われたわけではなくて、「ここまでするのは那々巳だけだよ」と鳥府くんは言って、大学二年になったとき私たちは初めて結ばれることになる。
鳥府くんの言葉の意図は分からなかったけれど、「ここまでしない人は他にもいるんだ」と思うだけで、苦しい。だから最中、私は鳥府くんの顔を見なかった。同じ光景を見ている人が何人もいる、そんな風に思うのがイヤだったから。
「那々巳、なんでこっち見ないの」
と毎回鳥府くんに言われるけれど「恥ずかしいから」と言って押し通した。見たら負けだと思う。鳥府くんも同じように、何人も見てきているのだろうと思うと、同列に並べられるようでたまらなくなった。
別に強引にされたわけでもなければ、イヤだったわけでもないのに、涙が出て止まらなくて、中断したこともある。
「なんで泣くの。イヤだった?」
と言われたけれど、首を振って続けてと私は言う。
なぜか義務的に鳥府くんとの関係を維持しなければと思っていた。「ここまでする」のが、私だけなら、それをキープしなければいけない、と思ったんだ。
だから、鳥府くんから「こういうのが好きじゃないならやめようか」と言われたあとは、私からアプローチをかけるようになった。関係をキープしなければ、って脅迫的に思っていたんだ。
すがっていたと言われれば、すがっていたと思う。そして結婚が決定打になって私は鳥府くんから逃げた。
性根が良いか悪いかと言えば、鳥府くんは性悪だと思う。生かさず殺さず。キープし続ける。尽くされるのはイヤと言う割に、別れるとは言ってくれないのだから。
ただ、それももう過去の話。私は鳥府くんと離れたし、もう未練はない。
その日は慧ちゃんと紐で結ばれることはなかった。喧嘩やギスギスした感じになると、紐で結ばれるのかもしれない。帰り道、妙に名残おしかった。二人とも明日の準備もあるので、昨日や一昨日のようにはいかないのもたしかだ。
分かれ道で、やっぱり心配だ、という慧ちゃんに私は言う。
「私は、絶対に浮気しないよ」
「私はって。オレだってしてないし、しないよ」
「じゃあ、慧ちゃんにとっての浮気の定義は?」
「合意のキス、セックス、貝殻繋ぎ?食事は微妙なラインだな」
「それ、するがわ?されるがわ目線?」
「え、と。するがわ?かな」
「される側なら、どんなのが浮気なの?」
「那々自身が、誰かの肉体的な接触に那々がこたえること。想像自体がめっちゃイヤだけど、無理矢理なにかされるとかは、浮気ってより犯罪だし」
「私はしないよそれ。絶対に」
私が力強くいうと、慧ちゃんは目を細めて、頭を撫でてくる。
「たしかに、那々は変わったな。なんか強くなった」
「慧ちゃんのおかげだと思うよ」
「しれっと、カワイイこと言うじゃん。まあ、那々の意思は信じてるけど、潤の動きは信じられない」
「過去引きずりすぎ」
手を伸ばして、ハグを催促してみる。
「そう思っとく」
抱き寄せてくれて、Tシャツ越しに体温を感じた。しばらく、おあずけか、と思うと寂しかった。これまではハグをしなくても、なんとも思わなかったのに。
また連絡する、と言い合って、私たちは別れた。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる