別れを告げたら、赤い紐で結ばれて・・・ハッピーエンド

KUMANOMORI(くまのもり)

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「かこ」と紐でつながった

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 鳥府くんは嘘をついていたわけじゃないけど、鳥府くんがくれた資料は私がするはずのことのごく一部だった。それを、mousaの本部に出社して初めて知る。ポスターやCMの撮影は本当だけれど、その他にもイベントへの参加やライブ配信などの日程が入っていることを伝えられた。くそ~っと密かに思う。
 ちゃんと連絡しておいてよ、と思った。

 しかし、本社で出会った鳥府くんは取り澄ました顔で、「玖珠さんには、期待していますね」と言うのだった。心の中ではハイハイ、と返事をしながら「よろしくお願いします」と挨拶する。
 私はあまりメディアへの参加経験はなかったので、急に人が集まる現場に、正直戸惑ってしまった。機材も多く、出入りする人の数も多い。それでも綺麗にメイクしてもらい、衣装を着替えると、気合は入る。
 私からすれば有名人ばかりだったけれど、挨拶きっかけに話していくと、ボディメイクに関心がある人も多くて、今ホットなトレーニング事情を話していたら、すぐに打ち解けられた。


 リップ、ベースメイクをそれぞれキュート、セクシー、ラグジュアリー、ヘルシーの中で、求めるイメージによってセレクトできる、というコンセプトのCMのようだ。キャラの割り振りがあって、私はヘルシーなイメージをあてがわれているようだ。果物を片手に、ポージングを指示される。その後商品を手に持ち、唇をなぞる仕草を何回も繰り返しとった。その後さらに修正や合成により、唇にエフェクトをかけて仕上げるらしい。

 イメージパーツの一つとして、トレーニングシーンやランニングシーンも撮ります、と伝えられる。自分のパート以外をあまり見る機会はなかったけれど、しっかりと自分の役割を演じている感じが、プロだな、と感じた。休憩時間に私はセクシー系を担当していたアーティストの女性と話す機会ができる。

「ね、玖珠さんって、カレの元カノって本当?」
 鳥府くんの方を絡めた2本の指で指しながら、彼女は言う。黒からスカーレットのグラデーションになっているダークカラーのネイルが、鳥府くんを突き刺しているようにも見えた。鳥府くんはスタッフと読者モデルの子との間に立って、話をしている。
「それって誰かが触れ回ってる話ですか?」
「そうじゃなくて、類推って奴。インフルエンサーの子と、読者モデルの子はカレの元カノらしいから」
「へぇ、そうなんですねー。SOCIaさんもじゃあそうだったりして?」と私は言ってみる。
 彼女は全力で首を横に振った。
「ナイナイ。私、カレの元ヨメの友達なの」
「あ、桜庭先輩の?」
「知ってんだ?」
「私同じ大学なんで。けどまあ、彼にはあんまり関わりたくないって言うか。でも仕事なんで仕方ないですよね」
「同じく。じゃあ、玖珠さんは手かかってないの?」
「どう思います?」
「五分五分ってとこかな。カレ、玖珠さんみたいなの好きでしょ。フランクでカワイイ子」
「3割当たりです。むかーし、大学時代に、私が彼に押し活してました。でも私みたいなの、好きじゃないって言ってましたよ。たぶん、私は桜庭先輩とは真逆だし。なので7割ハズレですね」
「ま、そこも色々あったわけよ。結局別れてるからね」
「彼に関しては、数年続くのが奇跡って思いますけどね」
「言うねぇ」
 彼女はけらけら楽しそうに笑う。にしても、あちこちに元カノがいるんだな、そして結婚していたはずなのに、いつ付き合っていたわけ?とも思う。

 ぼんやり眺めていたら、鳥府くんがSOCIaさんを呼びに来た。彼女は私に手を振ると、撮影に戻っていく。鳥府くんはその場を去ることなく「何か楽しそうに話してたね」と声をかけてきた。現場に来てから声をかけられたのは初めてだ。
 なんて返せばいいのか、と少し迷ってしまう。
「話しやすかったんで、はずんじゃいましたね~」と軽く返すことにつとめた。
「ゴシップはやめてほしいなあ」
「ゴシップの中にも真実はあるかもしれませんよね~。だって鳥府さんってモテそうですよね?」
 思い切って嫌味ととられても構わない、むしろ嫌味だと気づいて、と思って発言するととても気軽だ。
「モテるよ。それは悪いこと?」
 悪びれることなく尋ねてくる鳥府くんは、やっぱり変わっていない。
「さあ。モテるのはいいことだと思います。でも少なくとも私は、二股とか三股とかかける人は好きじゃないですね」
「え。好きじゃないの?」
 鳥府くんはこの上なくびっくりした、という風に声をあげる。
「はい?」
「アイドルみたいにモテモテな人から、選ばれるのが好きなのかと思ってた」
「アイドルは仕事だし、二股は違いますよ」
「たくさんいる中で、一番だって言われる方が嬉しくない?」
「ないです。浮気する人とは別れますもん」
「浮気じゃないでしょ。確実な一番がいるなら」
「あくまでも私の話ですけど。浮気の定義は、付き合っている人がいるのにキスやそれ以上をするかなって。一番とかどうでもいいです。同時進行で他の人と同じようにされてるんだって思った時点で、ないですね」
「してないけどな。同時進行で同じようには」
「何の話してるんですか?」
「数年ぶりに驚いたって話。玖珠さん仕事終わりにご飯いきましょう?」
「イヤです」
 私が言うと、鳥府くんは吹き出してから、はははと笑う。
「何がおかしいんですか?」
「ひと昔の那々巳なら、喜んですり寄って来たけどな、って。面白くなっただけ」
「情報古いですね。それに那々巳って呼ばないでください。支障あるんで」
 鳥府くんの顔をまっすぐに見すえて言うと、彼は目を見開く。え?なに?とこちらが動揺するほどの反応だ。


「目、合わせてくれるんだ」
「はい?」
 私は問い直しても、反応はない。
「そっか。セックスしなければ、ちゃんと目みてくれるんだ」
 とよく分からないことを言って、手を握ってくる。
「ちょっと、やめてください」と振り払いながら、私は目を見張った。
 鳥府くんの中指と私の中指に青い紐が結びついていたからだ。
「げ」
 喉の奥から低い声が漏れる。
「なにこれ」
 と鳥府くんは紐を引っ張るけれど、とれるわけもない。彼は自分の指と、私の指とを見て、事情を理解したらしい。なんでよりによってこの人と紐で繋がれるの?

 大きな声で叫びだしたかったけれど、周りの目が気になって、鳥府くんと顔を見合わせるだけだ。これは、浮気になるのかな?ともう。
 鳥府くんはふっと、口元をゆるませて、
「よく分からんないけど、ま、大丈夫。今日はもう那々巳出番はないしね」と言う。
 そしておもむろに歩きはじめると、ディレクターのもとに行く。紐で繋がれているので、必然的に私も付き添うこととなった。
「今日は玖珠さんあがりでいいですよね?この後個人のトレーニングレッスンがあるみたいなので、送ってきます」
 この場から去る流れを作っていく。

「いいよ。明日はイメージ映像を何本が撮るから、モデルさんのコンディション管理はお願いするよ」
 と気軽にOKがでる。その点では鳥府くんは信用されているらしい。
 しれっと自分も退席する流れをつくるあたりが、イヤらしいとは思うけど。数いるスタッフの誰一人として、紐のことは指摘してこない。

 私や鳥府くんを見て、挨拶をし返してくれる人たちも、この異様な紐に触れる日人は誰一人いないのが不思議だった。私が始終考えていたのは、紐が取れるゴールはどこなんだろう?ということだった。

 慧ちゃんのときのようなパターンは絶対にできないし、したくない。だとすれば、他の方法を探さなければいけないのだけれど……。
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