9 / 21
「かこ」と紐でつながった
しおりを挟む鳥府くんは嘘をついていたわけじゃないけど、鳥府くんがくれた資料は私がするはずのことのごく一部だった。それを、mousaの本部に出社して初めて知る。ポスターやCMの撮影は本当だけれど、その他にもイベントへの参加やライブ配信などの日程が入っていることを伝えられた。くそ~っと密かに思う。
ちゃんと連絡しておいてよ、と思った。
しかし、本社で出会った鳥府くんは取り澄ました顔で、「玖珠さんには、期待していますね」と言うのだった。心の中ではハイハイ、と返事をしながら「よろしくお願いします」と挨拶する。
私はあまりメディアへの参加経験はなかったので、急に人が集まる現場に、正直戸惑ってしまった。機材も多く、出入りする人の数も多い。それでも綺麗にメイクしてもらい、衣装を着替えると、気合は入る。
私からすれば有名人ばかりだったけれど、挨拶きっかけに話していくと、ボディメイクに関心がある人も多くて、今ホットなトレーニング事情を話していたら、すぐに打ち解けられた。
リップ、ベースメイクをそれぞれキュート、セクシー、ラグジュアリー、ヘルシーの中で、求めるイメージによってセレクトできる、というコンセプトのCMのようだ。キャラの割り振りがあって、私はヘルシーなイメージをあてがわれているようだ。果物を片手に、ポージングを指示される。その後商品を手に持ち、唇をなぞる仕草を何回も繰り返しとった。その後さらに修正や合成により、唇にエフェクトをかけて仕上げるらしい。
イメージパーツの一つとして、トレーニングシーンやランニングシーンも撮ります、と伝えられる。自分のパート以外をあまり見る機会はなかったけれど、しっかりと自分の役割を演じている感じが、プロだな、と感じた。休憩時間に私はセクシー系を担当していたアーティストの女性と話す機会ができる。
「ね、玖珠さんって、カレの元カノって本当?」
鳥府くんの方を絡めた2本の指で指しながら、彼女は言う。黒からスカーレットのグラデーションになっているダークカラーのネイルが、鳥府くんを突き刺しているようにも見えた。鳥府くんはスタッフと読者モデルの子との間に立って、話をしている。
「それって誰かが触れ回ってる話ですか?」
「そうじゃなくて、類推って奴。インフルエンサーの子と、読者モデルの子はカレの元カノらしいから」
「へぇ、そうなんですねー。SOCIaさんもじゃあそうだったりして?」と私は言ってみる。
彼女は全力で首を横に振った。
「ナイナイ。私、カレの元ヨメの友達なの」
「あ、桜庭先輩の?」
「知ってんだ?」
「私同じ大学なんで。けどまあ、彼にはあんまり関わりたくないって言うか。でも仕事なんで仕方ないですよね」
「同じく。じゃあ、玖珠さんは手かかってないの?」
「どう思います?」
「五分五分ってとこかな。カレ、玖珠さんみたいなの好きでしょ。フランクでカワイイ子」
「3割当たりです。むかーし、大学時代に、私が彼に押し活してました。でも私みたいなの、好きじゃないって言ってましたよ。たぶん、私は桜庭先輩とは真逆だし。なので7割ハズレですね」
「ま、そこも色々あったわけよ。結局別れてるからね」
「彼に関しては、数年続くのが奇跡って思いますけどね」
「言うねぇ」
彼女はけらけら楽しそうに笑う。にしても、あちこちに元カノがいるんだな、そして結婚していたはずなのに、いつ付き合っていたわけ?とも思う。
ぼんやり眺めていたら、鳥府くんがSOCIaさんを呼びに来た。彼女は私に手を振ると、撮影に戻っていく。鳥府くんはその場を去ることなく「何か楽しそうに話してたね」と声をかけてきた。現場に来てから声をかけられたのは初めてだ。
なんて返せばいいのか、と少し迷ってしまう。
「話しやすかったんで、はずんじゃいましたね~」と軽く返すことにつとめた。
「ゴシップはやめてほしいなあ」
「ゴシップの中にも真実はあるかもしれませんよね~。だって鳥府さんってモテそうですよね?」
思い切って嫌味ととられても構わない、むしろ嫌味だと気づいて、と思って発言するととても気軽だ。
「モテるよ。それは悪いこと?」
悪びれることなく尋ねてくる鳥府くんは、やっぱり変わっていない。
「さあ。モテるのはいいことだと思います。でも少なくとも私は、二股とか三股とかかける人は好きじゃないですね」
「え。好きじゃないの?」
鳥府くんはこの上なくびっくりした、という風に声をあげる。
「はい?」
「アイドルみたいにモテモテな人から、選ばれるのが好きなのかと思ってた」
「アイドルは仕事だし、二股は違いますよ」
「たくさんいる中で、一番だって言われる方が嬉しくない?」
「ないです。浮気する人とは別れますもん」
「浮気じゃないでしょ。確実な一番がいるなら」
「あくまでも私の話ですけど。浮気の定義は、付き合っている人がいるのにキスやそれ以上をするかなって。一番とかどうでもいいです。同時進行で他の人と同じようにされてるんだって思った時点で、ないですね」
「してないけどな。同時進行で同じようには」
「何の話してるんですか?」
「数年ぶりに驚いたって話。玖珠さん仕事終わりにご飯いきましょう?」
「イヤです」
私が言うと、鳥府くんは吹き出してから、はははと笑う。
「何がおかしいんですか?」
「ひと昔の那々巳なら、喜んですり寄って来たけどな、って。面白くなっただけ」
「情報古いですね。それに那々巳って呼ばないでください。支障あるんで」
鳥府くんの顔をまっすぐに見すえて言うと、彼は目を見開く。え?なに?とこちらが動揺するほどの反応だ。
「目、合わせてくれるんだ」
「はい?」
私は問い直しても、反応はない。
「そっか。セックスしなければ、ちゃんと目みてくれるんだ」
とよく分からないことを言って、手を握ってくる。
「ちょっと、やめてください」と振り払いながら、私は目を見張った。
鳥府くんの中指と私の中指に青い紐が結びついていたからだ。
「げ」
喉の奥から低い声が漏れる。
「なにこれ」
と鳥府くんは紐を引っ張るけれど、とれるわけもない。彼は自分の指と、私の指とを見て、事情を理解したらしい。なんでよりによってこの人と紐で繋がれるの?
大きな声で叫びだしたかったけれど、周りの目が気になって、鳥府くんと顔を見合わせるだけだ。これは、浮気になるのかな?ともう。
鳥府くんはふっと、口元をゆるませて、
「よく分からんないけど、ま、大丈夫。今日はもう那々巳出番はないしね」と言う。
そしておもむろに歩きはじめると、ディレクターのもとに行く。紐で繋がれているので、必然的に私も付き添うこととなった。
「今日は玖珠さんあがりでいいですよね?この後個人のトレーニングレッスンがあるみたいなので、送ってきます」
この場から去る流れを作っていく。
「いいよ。明日はイメージ映像を何本が撮るから、モデルさんのコンディション管理はお願いするよ」
と気軽にOKがでる。その点では鳥府くんは信用されているらしい。
しれっと自分も退席する流れをつくるあたりが、イヤらしいとは思うけど。数いるスタッフの誰一人として、紐のことは指摘してこない。
私や鳥府くんを見て、挨拶をし返してくれる人たちも、この異様な紐に触れる日人は誰一人いないのが不思議だった。私が始終考えていたのは、紐が取れるゴールはどこなんだろう?ということだった。
慧ちゃんのときのようなパターンは絶対にできないし、したくない。だとすれば、他の方法を探さなければいけないのだけれど……。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる