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友達化計画
しおりを挟むスタジオを出て、社用車に二人乗り込む。助手席に乗るのは嫌だったので、始めはごねたものの、距離感的に後部座席にのるのは、難しいと分かって観念した。
助手席の気まずさをごまかすために、指の青い紐をじっと見つめていると、
「那々巳はずっと慧梓が好きだったよね」
と唐突な話が始める。
「え?そ、そうだったかな」
好きだと意識する以前に仲が良かったし、付き合い始めてから好きだと実感したように思う。
「ずっと慧梓だったよ。慧梓とは楽しそうに話すけど、オレとは楽しくなさそうだった」
「鳥府くんは他の女の子とも付き合っていたし、そりゃ楽しくないよ」
「慧梓もモテてたと思うけど。那々巳と仲良くても、彼女いたこともあったはずだよね」
私と鳥府くんとの仲を取り持つ流れになってから、慧ちゃんは積極的に彼女を作るようになった。だからこそ、私は鳥府くんとの関係を続けなければ、と思ったのだとも思う。友達の重荷になりたくはなかったから。
「私はそのとき別に、慧ちゃんと付き合ってなかったし。彼女がいたかどうかは、関係ないよ」
「他の子からもモテるのが好きなんじゃないの?」
「モテモテなのに、自分を選んでくれてハッピーみたいなの、ないよ。どの子も自分が一番になりたいと思ってるし、競ってる。でも私はそういうの、ホストにみつぐのと変わらないし、満たされなくて辛かった」
「オレは那々巳が好きだったけどな」
「そういうの、いらないな」
「一番好きだったけど」
「比べられている時点で、イヤ。それに桜庭先輩と結婚した時点で、一番じゃないよ」
「だって、那々巳がモテるオレがいいって言ったんじゃん。特権感があるって。だから、出来るだけ女の子からモテるようにしてきたのに」
「なにそれ、意味分からない」
青い紐が引っ張られて、鳥府くんの顔がこちらに向く。顔が近づく気配がしたので、右手でその鼻先をパチンをはじいた。
「いた」
と鳥府くんは声をあげる。
「節操はないの?」それに運転に集中して、と付け加えた。
「過剰防衛だよ。さすがにキスは」
「しないね?」
「したかもしれないけど」
眉根を寄せて、少し申し訳なさそうに言う。それもポーズのようにも見えた。ため息がでてしまう。鳥府潤という人は、どうしてこんな風に軽いんだろう。どこまでも軽い。
「私は、鳥府くんと違って浮気しないから」
「じゃあ、那々巳と仲良くするのはどうすればいいの?」
「え?」
「大学のときもいつの間にか音信不通になってたし、会えなくなった。そしたらいつの間にか慧梓と付き合ってるなんて、ひどいよ」
「結婚したのに、なに言ってるの?」
「関係ないよ」
「いや、あるから。不倫はもっとダメだから」
「リルは嘘ついてたんだよ。一度結婚生活をしたら、すぐにオレとのことを諦めて離婚するって。なのに、中々別れてくれなかった」
「え、理解できない。その提案を出すのも、それを信じるのも変」
「結婚したら、今度は子どもが欲しいって言うし。子どもはイヤだって言えば、今度は収入アップのために今の会社に転職しろって言うし、とことんうるさくて」
開いた口がふさがらない、といった気分をたった今経験する。
「ことばを選ばないで言わせてもらえるなら。鳥府くんって、バカ?」
「あんまり言われたことないけどなあ、もういいわ、とはよく女の子には言われたけど。でもリルには、バカって言われたかも」
「別れて正解だね、先輩からすれば」
「結婚が原因だったなら、那々巳はオレと離れる理由ないよね」
「いや、あるでしょ」
「仲良くしてくれないんだ?」
「仲良くってどういうの?」
「楽しく話をしてくれる、とか。目を見て話してくれるとか。そっぽ向かないで可愛くキスしてくれるとか、セックスでちゃんと気持ちいい顔して……」
「後半二個以外はできるよ。友達になればいんじゃない?」
「他はもう、してくれないの」
「全然喜んでなかったくせに」
「だって、那々巳が全然楽しそうじゃなかったし。していると絶対顔見てくれないし。泣いちゃうときもあるし。それにああやって無理矢理アソコ使……」
「も、もう、その話はしないで!その世界線はもうないから!友達とそういう話する趣味ないし。それでよければ、仲良くできるよ」
「慧梓とはするくせに」
「うるさいな!」
私がそう言ったとたんに、パチンと弾けて中指の紐が取れた。私たちは顔を見合わせる。
「取れちゃったかあ」
と鳥府くんは残念そうに言うけれど、私は心底ホッとした。紐が取れたこともホッとしたけれど、鳥府くんとこんな風にフラットに話せる状態にも、安心したのもある。
「友達としてなら、仲良くしよう」
私は鳥府くんとの距離感をそう決めることにした。鳥府くんは微妙に納得をしていなかったようだけれど、「今のところは、それでいいよ」と言う。
その後、家に送り届けてくれただけど、鳥府くんには「まだここに住んでるの?」と驚かれた。
「知ってれば、ここに来たのに」と言われる。
知られていなくてよかったと思った。やっぱり引っ越しておくべきだったのかもしれない。
なんにしても、その日はなんとか無事に終わったのだった。
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