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番外編:鳥府潤の憂鬱②
しおりを挟む結果としては、鳥府潤は今もゆううつだ。
玖珠那々巳とは三河の協力による友達期間や曖昧期間を経て、結局曖昧な関係のまま、肉体関係を持ったのだ。一人暮らしを始めた玖珠の部屋で初めてしたときには、すでに玖珠が笑顔を失いつつあるのを、鳥府は気づいていた。
「いい?」
と言えば頷くし、
「イヤだったらやめるよ」と言えば、「しよう」と言う。
「ここまでするのは、那々巳だけだよ」と言って、出来る限り優しくキスや愛撫を繰り返しすけれど、どんどん顔が曇っていくだけだ。
もちろん、鳥府は性行為が初めてなわけじゃないけれど、同時期に同じように関係を結ぶ相手がないのは、初めてだった。
モテる部分は好きと言っていたから、他の女の子からも嫌われないようにはしていたけれど、玖珠と関係を持つときには、玖珠だけにしよう、と決めていたのだ。
玖珠はこういうのがあまり好きじゃないのかもしれない、と思う。そもそも、自分のことを好きじゃないのだろうけど、とも思っていた。
ただ一回、
「鳥府くんは私のこと好き?」そう言われて、「好きだよ」と言う。
「那々巳は?」と聞いたら、「好きだよ」と言って泣いてしまった。
あ、絶対うそ。
うそ、じゃないかもしれないけど、心がない。
「他にいるのに、なんか悪い気がする」と玖珠は言う。
「他にいないよ、那々巳だけだよ」と言ったし、本当に、そのときにはいなかった。玖珠は鳥府の顔を見ない。でも、愛想の一つとして気持ちいい、と言う。
うそ、と思うけど、そんないじましさがかわいいとも思った。
ただ泣かれるのは苦しい。こんなバカバカしいことやめたい、と鳥府は思って、「こういうのやめよう。別にオレはしなくてもいいんだ」と提案する。
そう言ったとたん、玖珠は自分から迫ってくるようになった。
玖珠は本来なら絶対にしたくないだろうこと、初めてだろうことを鳥府にしてくれる。
例えば、口。
まるで大切なものを扱うように触れられ、高ぶれば彼女主導で導かれる。決してそれは、イヤではなかったけれど、彼女が自分の目を見て、本当に愛おしさを感じてくれていればの話で、顔を背け苦悶の表情で行う「それ」と好きだなんて言えなかった。
「そんなのいらないよ」
と言えば
「他にどんなのが欲しいの?」と聞かれる。
「欲しくないよ、こびて欲しくない」
と言えば、
「それじゃ、他と同じになっちゃう」と泣かれた。
だから、無理めなことを要求してみて、本人から弱音を吐いてもらおうと鳥府は思ったのだ。
ただ、玖珠はバイタリティに富んでいたから、鳥府にとってはかなり無理めなことでも「勉強」してやってくれてしまう。
「したくない、他と同じで十分」
「オレが望むのは、穏やかで長続きする付き合いなんだ」とは言えない。
無理めな場所を使う、無理めな場所でする。映像学習よりも、実践派の鳥府はみたことも効いたこともないやり方で、玖珠は鳥府と繋がろうとした。もちろん、心地よい刺激もあったし、しているうちに懸命な玖珠をどんどん好きになっていったけれど。
衛生的にどうかと思ったり、そんなことしなくても別にいいのに、と思ったりしてしまうのはやめられなくて、そんなときにはぞっとするくらいに自分の声が冷たいと感じた。女性には優しく、と思ってきたから、そんな自分を鳥府は知らない。
「那々巳、しなくっていいよ。しなくても、オレは那々巳が好きだよ」
何度も言ったその言葉は、いつも彼女には届かない。彼女は鳥府のまわりに「他」を見ていたのだ。
そして鳥府はある日、気付いてしまった。「協力」してもらったからこそ、彼女は必死なんじゃないかって。三河の協力を無下にできないから、必死に鳥府に食らいついてくるんじゃないかって。
協力してくれた三河はやはり彼女を作っては、別れている。本来引きあうべき磁力が別のところに使われているのだから、長く続くわけもない。
鳥府と彼女もまた、引きあうべき磁力で繋がってはいないのかもしれないけれど、鳥府は彼女のことが好きだった。
※※※
ある日、彼女の自宅からの帰りに鉢合わせた彼女のお兄さんに、彼女のことを聞いてみる。
「どんな人となら、那々巳は長く続くと思いますか?」って。
出会いがしら、那々巳さんと付き合っている者なんですけど、と不躾に始めた話に、お兄さんは迷惑そうに顔をしかめた。
けれど、なにやら目を光らせて、「大人の余裕じゃないかな。結婚、離婚と酸いも甘いも経験しているような、大人の余裕があれば、那々巳と続くんじゃない」と言うのだった。
後で知った話によれば、当時彼女の兄は、離婚ホヤホヤだったらしい。本来なら彼女の兄の自己弁護かつ、自己憐憫に満ちた発言にすぎなかったけれど、鳥府は信じてしまった。
彼女の兄には女の子と紹介してもらったり、結婚できるような相手を探してもらったりしたけれど、結局学校の先輩との契約結婚で話がつく。
桜庭リル先輩も、奇特な人で、離婚歴を必要としていたので、鳥府との利害は一致。
学生結婚をして、すぐに離婚するつもりだったけれど、
「情が湧いた」と言われなかなか別れられずに、子どもや仕事やと要望を押し付けられるに至る。
そして、鳥府はいまもゆううつなのだ。
玖珠との連絡の術は立たれ、鳥府は自宅と学校、後には職場の往復しか許されなくなる。三河から伝え聞く玖珠は、鳥府の結婚に傷ついて深く痛手を負っていた、という。
結婚で箔がつく、なんて馬鹿な話を信じていた鳥府は、これはいわゆるツインレイでいうところの「サイレント期間だな」なんて妻の趣味の影響で思っていたのだ。
サイレント期間は思いのほか長く、その間に三河と玖珠は同じ職場へ就職し、付き合うことになったという。
「何か、おかしいな?」
と鳥府は首をかしげるけれど、自分の要望の離婚は通らず、妻の要望の転職はつづがなく進行していく。
大学時代に付き合って、そのまま米寿コースも比較的満足度は高いけれど、鳥府の頭の中には、まだ高校時代三河と楽しそうに笑い合っていた、玖珠の姿が浮かぶ。
あの笑顔が欲しかっただけなのに。近づいてしまったら、全て消えてしまった。
反省も告解もする性質じゃなかったけれど、黒いしみとして鳥府の頭の中には、玖珠の苦悶の表情がある。
転職が決まり、いつもどおりマイペースに職場に馴染んだ鳥府は、ある日駅前でポスターを見つけた。スポーツウェアに身を包み、引き締まった身体の健康的な女性。笑顔でトレーニングをしているシーンを切り取ったイメージ写真だ。
数年ぶりに見たその表情に、心の底から安心した。
そして真っ先に会社に連絡する。
「すばらしい笑顔見つけました。今回の企画ピッタリです。さっそく先方にコンタクトとります」と言って。
その瞬間、鳥府はゆううつを忘れていた。
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