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演技要請
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お父様がお亡くなりになったことにより、桜典様には様々な方からお声がかかるようになる。レセプションへの招待やデートのお誘いまで、様々なお誘いがあるのだ。
桜典様と関係を結びたい、と考える方が軒並み増えていた。
「お送りしますか?」
「護衛が必要ですか?」と私は聞く。
桜典様はほとんどの場合は、行かない、と言って辞退していた。ときどき、避けがたい用事の時には同行してくれ、と言われることもある。
香月グループで大々的に発表されたのは、代表取締役社長に関する社員投票だ。柳典様と桜典様を始めとして、副社長や専務取締役なども候補に入っている。オレは辞退する、と桜典様は言うのだ。
有力候補である柳典様は、「もし、最終的に桜典と一騎打ちになったならば、映像作品による演技を評価する社員投票を行う予定です。弊社社員の皆さんには、映像作品で評価していただければ」と新聞社や雑誌の取材に答えている。私がタブレットで記事を見せたときの、桜典様の苦み走った顔は見ものだった。
その日、私は唯月家のご令嬢、菫様と、薫様にお呼ばれてしていたため、一旦そちらの向かわせていただく。
車を出して欲しいと言われたので、護衛車でご自宅まで迎えに行き、お買い物にお付き合いする。展示会の商品を受け取りに行きがてら、さらに片っ端から洋服を買っていく姿は、ある種勇ましい。私は荷物持ちとしての同行だ。
香月家の葬儀の話が導入となり、それから、
「蛍都って、最近、あの暴言息子のところ出入りしてるんでしょ?」
薫様が話を私に向けてくる。
「桜典って容姿は完璧なのに、言葉遣いが最悪だった記憶がある」
と菫様が言う。
そして、最後には、
「柳典の方がその点は、ね」と濁す。
菫様は柳典様と懇意であったことがあるようだ。
「私個人としては、暴言の印象はありません。桜典様は、言葉を選んでお話する方だな、とは思っておりますが」
と答えて、お二人から荷物を受け取る。
「ひどいものだった、週刊誌とかに書かれてて」
薫様は言えば、
「それは柳典もそうだけどね。華麗なる交遊関係?鬼畜ななんとか?すごかった記憶がある」
と菫様。
かつて香月家のお二人は話題に事欠かないお二人であった、とは知っている。取り分け、柳典様の華麗なる交遊関係に関しては、私もご本人に尋ねたことがあった。柳典様は幼少時から芸能活動のご経験があることもあって、交遊関係は広かったのだ。
お尋ねするたびに、違った方とのお食事のお話をしていた覚えがあった。
「男性よりも蛍都の方がいい」
と薫様が言えば、
「それは同意。ビジュアルもいい、そしてブレがない。パートナーシップを結びたいわ」
菫様もそう答えた。
「けれど、菫様も薫様も、お付き合いされている方がいらっしゃりますよね?」
私が指摘すれば、一様にため息をつく。
「時間の問題なの。粗が見えちゃえば、もうおしまい」
「ちゃんと、最後まで演じて騙してくれる男性はいないから」
「騙して?」
私の言葉にお二人は頷いた。
「蛍都は最後まで騙してくれるでしょ、だからこそどこまでも誠実。リアルなほころびを私たちは男性に求めていないの」
「そう、綺麗でいてくれればいい」
菫様も薫様のお二人は、ご家族の事業を引き継いだり、ご自分で事業を始めたりしている。
頭の先から足の先まで艶やかに磨き上げられているお二人を見ていると、華やかすうさに華やかなものは集まって来る、と実感するのだ。
ランチしたら解放してあげる、と菫様は言う。
私が誠実に見えるのは、針で管理されているからですよ、とはお伝えできない。
私はお二人とランチをご一緒した後で、桜典様のいる大学へ行く。
私はこっそりと桜典様の身辺を調査させていただき、思い人と思しき方のピックアップを行っていた。
幼稚舎から、大学まで近距離にいた方を調べたり、香月家の遠縁まで調べてみたりする。
総勢数千人の女性から、兄から聞いた桜典様の好みにマッチするお相手をデータベースから見つけ出していた。
数名見つかったが、中でも取り分け近しい関係にいらっしゃるようなのが、同じ大学の浅香果林様。そして高等部からご一緒の茅麻梨様だ。茅麻梨様に関しては現在売り出し中の女優でもある。
呼ばれた部屋には、桜典様とそして柳典様がいた。桜典様の影に柳典様の姿を見つけたとき、私は騙されたように思い、後ずさりをする。
「桜典様、これはどういうことですか?」
「訳がある」
と桜典様は言う。
「兄さんが言っていただろ、映像作品による、社員投票って」
「桜典様は辞退するとおっしゃいました」
「そうだ。会社に興味はないから。ただ単純に映像を撮ることには興味がある。あらかじめ作品を撮っておきたいんだ」
「だとして、なぜ私をここへ?」
「蛍都に出演して欲しいから。兄さんを含めて話をしようと思った」
「私を?なぜ?」
私の問いには桜典様は言葉を詰まらせる。代わりに柳典様が口を開く。
「舞台女優ならば、スキャンダルになりにくいからだよ。知ってのとおり俺たちは醜聞にまみれているから。一般人を起用するのは微妙だ。誤解を受けて面倒になる。その点蛍都は割り切りやすい。依頼された、ギャラが発生している、とでも言えばいい」
柳典様は淡々を話す。
「これは、ご依頼ですか?桜典様からすでにご依頼を受けています。重複させよと?」
「桜典の依頼は分からないけれど、こちらの依頼も充分に重要だと思う」
「桜典様もそう思われますか?」
「ああ、協力して欲しい。そんなに拘束はしないつもりだ。出来るだけ短い時間で撮影する」
と後押しを貰い、
「かしこまりました」
と私は告げる。ご依頼であれば私は断れない。
そのとき柳典様の視線を感じ、私は逸らす。
それでは、今日は失礼します、と告げようとしたところで、
「蛍都、話をさせてほしい」
と柳典様は言う。私は頭を横に振るしかない。
「私はご依頼以上の話はありません。撮影の際にはお呼びください」
「あの後、舞台を観に行った。そして、すごく嫉妬したよ。相手がいつも俺ではないことに」
柳典様の言葉に、心が震えてしまう。なぜ、こんなことを今言うのだろう?
柳典様は私を遠ざけようとする割りに、なぜか近づいてくる。
「柳典様が望まれたことです。あのとき、そばにいて欲しいとおっしゃいました。この後ひどいことがあるとしても、そばにいて欲しいと。すべて、柳典様のお望みどおりです」
「それは」
「あのときの私の相手は、琉聖ですよね?」
私が言うと、柳典様は私の顔を見つめてきた。そしてなぜか桜典様が息を飲むので、不思議に思う。
「どうして、そう思うの?」
「私とのことを、柳典様の新しいゴシップとして流されては困ると思って、個人的に探りました。触れ合った人の痕跡を覚えるのは得意です。それに、手の傷に覚えがありました。そして、恐らく柳典様のお相手は名月燐花ですね?名月家への依頼をして、外に漏らさないように事を運んだ。さすが、柳典様は抜かりがない」
あの後、真相を問えば、琉聖が気まずそうにして、「悪かったな」と謝って来た。
私は「お互い様でしょ」と言う。そんな風に、同業者と関係を持つことになるとは思わなかったけれど、主から依頼があったならば、お互い様なのだ。私たちはそうやって罪を償っているから。
名月家とは同盟関係だ。
だから、もし同じようなことが逆の立場であったとしても、私も絶対に外部には公言しない。
「そんなことは、ないよ。苦肉の策だ、最低のね。あの二人も傷つけている」
「柳典様はいつも、用意周到に思いをとげていらっしゃる。私と離れたかったのですよね?期待されるのは困ると、そう思っていらっしゃった。その通りになりましたよ」
「違う。本気で離れたければ、強引にでも自分の手で蛍都を」
「柳典様は触れませんよ。私とスキャンダルになったら、その華麗なる交遊関係が濁ってしまう。柳典様のイメージを担保させるためには、お相手選びは重要です」
「違う、そうじゃないんだ」
「はい、ストップ。人の存在を忘れないでくれよ」
と桜典様が割り込んできて、私たちの暗澹としたやり取りは終わる。
今や取返しがきかないと思うから、柳典様と話すのはイヤなのだ。
「こんなのは、もう辛いです」
とこぼした私の声にかぶせるようにして、「アクション」と桜典様は言ってこちらにスマートフォンを向けてくる。
「え?」
「兄さんと仲のいい演技をしてみて。設定は付き合いたてで、仲がいいカップルだ。特に蛍都が惚れている」
そう言った瞬間に、柳典様が私の手を取って来た。驚きのあまり目を見開いてしまう。柳典様と目が合い、逸らした。
そして、身体ごと別の方向へ向けようとすれば、
「それじゃ仲良く見えないよ」
と柳典様からの指摘が入る。
あまりに強引で一方的ないつぞやの教育のようだ。私思わず睨みつけると、柳典様は口元をゆるめた。
少しだけプライドを刺激されて、
「久しぶり、会いたかった」
と柳典様に握手を求める。
「俺もだよ」
と柳典様は合わせてくれるが、恐らく私の表情はかなり硬い。
「別れる直前のカップルだな」
と桜典様は言う。
「付き合ってもいないのに」
と言いかけて、それは自分の演技力のなさを暗示されることに気づき、最後までは言えなかった。
代わりに、握手していた柳典様の指に自分の指を絡めて、擦り合わせてみる。柳典様と目が合い、指を触れてきた。私は背伸びをして顔を寄せ、柳典様と鼻先を合わせる。柳典様の瞳が近くに見え、吐息を感じた。
一瞬、心に何かが差し込む気配がしたけれど、追い払う。柳典様と経験したこともない距離感に近づいていることを、俯瞰した。
これは舞台だ。
「久しぶり、柳典。とっても会いたかった」
と言ったとたん、柳典様がハッと息を飲む気配を感じる。
「カット」
と桜典様から声がかり、手を離そうとしたところで、柳典様から手を引かれた。
「離してください」
と言えば、柳典様は微笑みながら、
「上手かったよ、蛍都。それに可愛かった」
と言って手を離してくれた。
私は視線を逸らし、後ずさりをして距離を取る。
「スイッチが入ると、凄いな」
桜典様はそう言うけれど、私は一刻も早くここを去りたい気持ちだった。
「こんな風になら、蛍都も兄さんと触れ合えるだろ?」
と桜典様は言う。
「脚本をください。セリフをなぞります。そうすればもっとやりやすいです」
「それはだめだよ、つまらないから」
と柳典様が言うので、
「柳典様」
と私は諫めるような声をあげてしまう。
柳典様がくすくすと笑うので、私は慌てて口を閉ざした。
上手く乗せられているように思える。
ところで、と言ったあとで、
「映像を撮り終わったあと、俺は蛍都に告白するつもりだよ」柳典様はそう言った。
「はい?」
「そのとき、嫌なら振って欲しい。蛍都の正直な気持ちを言ってくれればいい」
「何をおしゃっているのか、私には」
「好きだよ蛍都」
私は目を見張る。
何を言っているの?と思った。
「撮り終わったあと、では?」
と辛うじて口にする。
「見せつけんなよ」
と桜典様は素っ気なく、言うのだ。
「答えは、まだいらないよ」
と柳典様は言ってから、この後講義があるから、失礼するよ、と言って部屋から去って行く。
取り残された私は桜典様に、「本気ですか?」と聞いた。
「もちろん、本気だよ」を桜典様は言うのだ。柔らかな光の入る柳典様の瞳を思い出す。
告白するつもりだよ、と言っていたけれど、その意図が分からない。
柳典様は私と距離を置きたくて、離れたくてあの方法を取ったはずだ。
なのに、今になってなぜ?
「蛍都、もし時間があるなら、オレも映像のイメージを共有したい。協力して欲しいんだ」
と言われる。
「リハーサルの後でよろしければ、時間が空きます」
「じゃあ、途中まで一緒に行く。どこかで時間潰して待ってるよ」
と桜典様は言うのだ。
「桜典様を歩かせるわけには。車で送迎しましょうか?」
私の提案は即座に却下される。
「一緒に、蛍都のいつもの方法で行くんだ」
と念を押してくるのだ。
こうして、急遽お二人の映像撮影の依頼が入ることとなった。
桜典様と関係を結びたい、と考える方が軒並み増えていた。
「お送りしますか?」
「護衛が必要ですか?」と私は聞く。
桜典様はほとんどの場合は、行かない、と言って辞退していた。ときどき、避けがたい用事の時には同行してくれ、と言われることもある。
香月グループで大々的に発表されたのは、代表取締役社長に関する社員投票だ。柳典様と桜典様を始めとして、副社長や専務取締役なども候補に入っている。オレは辞退する、と桜典様は言うのだ。
有力候補である柳典様は、「もし、最終的に桜典と一騎打ちになったならば、映像作品による演技を評価する社員投票を行う予定です。弊社社員の皆さんには、映像作品で評価していただければ」と新聞社や雑誌の取材に答えている。私がタブレットで記事を見せたときの、桜典様の苦み走った顔は見ものだった。
その日、私は唯月家のご令嬢、菫様と、薫様にお呼ばれてしていたため、一旦そちらの向かわせていただく。
車を出して欲しいと言われたので、護衛車でご自宅まで迎えに行き、お買い物にお付き合いする。展示会の商品を受け取りに行きがてら、さらに片っ端から洋服を買っていく姿は、ある種勇ましい。私は荷物持ちとしての同行だ。
香月家の葬儀の話が導入となり、それから、
「蛍都って、最近、あの暴言息子のところ出入りしてるんでしょ?」
薫様が話を私に向けてくる。
「桜典って容姿は完璧なのに、言葉遣いが最悪だった記憶がある」
と菫様が言う。
そして、最後には、
「柳典の方がその点は、ね」と濁す。
菫様は柳典様と懇意であったことがあるようだ。
「私個人としては、暴言の印象はありません。桜典様は、言葉を選んでお話する方だな、とは思っておりますが」
と答えて、お二人から荷物を受け取る。
「ひどいものだった、週刊誌とかに書かれてて」
薫様は言えば、
「それは柳典もそうだけどね。華麗なる交遊関係?鬼畜ななんとか?すごかった記憶がある」
と菫様。
かつて香月家のお二人は話題に事欠かないお二人であった、とは知っている。取り分け、柳典様の華麗なる交遊関係に関しては、私もご本人に尋ねたことがあった。柳典様は幼少時から芸能活動のご経験があることもあって、交遊関係は広かったのだ。
お尋ねするたびに、違った方とのお食事のお話をしていた覚えがあった。
「男性よりも蛍都の方がいい」
と薫様が言えば、
「それは同意。ビジュアルもいい、そしてブレがない。パートナーシップを結びたいわ」
菫様もそう答えた。
「けれど、菫様も薫様も、お付き合いされている方がいらっしゃりますよね?」
私が指摘すれば、一様にため息をつく。
「時間の問題なの。粗が見えちゃえば、もうおしまい」
「ちゃんと、最後まで演じて騙してくれる男性はいないから」
「騙して?」
私の言葉にお二人は頷いた。
「蛍都は最後まで騙してくれるでしょ、だからこそどこまでも誠実。リアルなほころびを私たちは男性に求めていないの」
「そう、綺麗でいてくれればいい」
菫様も薫様のお二人は、ご家族の事業を引き継いだり、ご自分で事業を始めたりしている。
頭の先から足の先まで艶やかに磨き上げられているお二人を見ていると、華やかすうさに華やかなものは集まって来る、と実感するのだ。
ランチしたら解放してあげる、と菫様は言う。
私が誠実に見えるのは、針で管理されているからですよ、とはお伝えできない。
私はお二人とランチをご一緒した後で、桜典様のいる大学へ行く。
私はこっそりと桜典様の身辺を調査させていただき、思い人と思しき方のピックアップを行っていた。
幼稚舎から、大学まで近距離にいた方を調べたり、香月家の遠縁まで調べてみたりする。
総勢数千人の女性から、兄から聞いた桜典様の好みにマッチするお相手をデータベースから見つけ出していた。
数名見つかったが、中でも取り分け近しい関係にいらっしゃるようなのが、同じ大学の浅香果林様。そして高等部からご一緒の茅麻梨様だ。茅麻梨様に関しては現在売り出し中の女優でもある。
呼ばれた部屋には、桜典様とそして柳典様がいた。桜典様の影に柳典様の姿を見つけたとき、私は騙されたように思い、後ずさりをする。
「桜典様、これはどういうことですか?」
「訳がある」
と桜典様は言う。
「兄さんが言っていただろ、映像作品による、社員投票って」
「桜典様は辞退するとおっしゃいました」
「そうだ。会社に興味はないから。ただ単純に映像を撮ることには興味がある。あらかじめ作品を撮っておきたいんだ」
「だとして、なぜ私をここへ?」
「蛍都に出演して欲しいから。兄さんを含めて話をしようと思った」
「私を?なぜ?」
私の問いには桜典様は言葉を詰まらせる。代わりに柳典様が口を開く。
「舞台女優ならば、スキャンダルになりにくいからだよ。知ってのとおり俺たちは醜聞にまみれているから。一般人を起用するのは微妙だ。誤解を受けて面倒になる。その点蛍都は割り切りやすい。依頼された、ギャラが発生している、とでも言えばいい」
柳典様は淡々を話す。
「これは、ご依頼ですか?桜典様からすでにご依頼を受けています。重複させよと?」
「桜典の依頼は分からないけれど、こちらの依頼も充分に重要だと思う」
「桜典様もそう思われますか?」
「ああ、協力して欲しい。そんなに拘束はしないつもりだ。出来るだけ短い時間で撮影する」
と後押しを貰い、
「かしこまりました」
と私は告げる。ご依頼であれば私は断れない。
そのとき柳典様の視線を感じ、私は逸らす。
それでは、今日は失礼します、と告げようとしたところで、
「蛍都、話をさせてほしい」
と柳典様は言う。私は頭を横に振るしかない。
「私はご依頼以上の話はありません。撮影の際にはお呼びください」
「あの後、舞台を観に行った。そして、すごく嫉妬したよ。相手がいつも俺ではないことに」
柳典様の言葉に、心が震えてしまう。なぜ、こんなことを今言うのだろう?
柳典様は私を遠ざけようとする割りに、なぜか近づいてくる。
「柳典様が望まれたことです。あのとき、そばにいて欲しいとおっしゃいました。この後ひどいことがあるとしても、そばにいて欲しいと。すべて、柳典様のお望みどおりです」
「それは」
「あのときの私の相手は、琉聖ですよね?」
私が言うと、柳典様は私の顔を見つめてきた。そしてなぜか桜典様が息を飲むので、不思議に思う。
「どうして、そう思うの?」
「私とのことを、柳典様の新しいゴシップとして流されては困ると思って、個人的に探りました。触れ合った人の痕跡を覚えるのは得意です。それに、手の傷に覚えがありました。そして、恐らく柳典様のお相手は名月燐花ですね?名月家への依頼をして、外に漏らさないように事を運んだ。さすが、柳典様は抜かりがない」
あの後、真相を問えば、琉聖が気まずそうにして、「悪かったな」と謝って来た。
私は「お互い様でしょ」と言う。そんな風に、同業者と関係を持つことになるとは思わなかったけれど、主から依頼があったならば、お互い様なのだ。私たちはそうやって罪を償っているから。
名月家とは同盟関係だ。
だから、もし同じようなことが逆の立場であったとしても、私も絶対に外部には公言しない。
「そんなことは、ないよ。苦肉の策だ、最低のね。あの二人も傷つけている」
「柳典様はいつも、用意周到に思いをとげていらっしゃる。私と離れたかったのですよね?期待されるのは困ると、そう思っていらっしゃった。その通りになりましたよ」
「違う。本気で離れたければ、強引にでも自分の手で蛍都を」
「柳典様は触れませんよ。私とスキャンダルになったら、その華麗なる交遊関係が濁ってしまう。柳典様のイメージを担保させるためには、お相手選びは重要です」
「違う、そうじゃないんだ」
「はい、ストップ。人の存在を忘れないでくれよ」
と桜典様が割り込んできて、私たちの暗澹としたやり取りは終わる。
今や取返しがきかないと思うから、柳典様と話すのはイヤなのだ。
「こんなのは、もう辛いです」
とこぼした私の声にかぶせるようにして、「アクション」と桜典様は言ってこちらにスマートフォンを向けてくる。
「え?」
「兄さんと仲のいい演技をしてみて。設定は付き合いたてで、仲がいいカップルだ。特に蛍都が惚れている」
そう言った瞬間に、柳典様が私の手を取って来た。驚きのあまり目を見開いてしまう。柳典様と目が合い、逸らした。
そして、身体ごと別の方向へ向けようとすれば、
「それじゃ仲良く見えないよ」
と柳典様からの指摘が入る。
あまりに強引で一方的ないつぞやの教育のようだ。私思わず睨みつけると、柳典様は口元をゆるめた。
少しだけプライドを刺激されて、
「久しぶり、会いたかった」
と柳典様に握手を求める。
「俺もだよ」
と柳典様は合わせてくれるが、恐らく私の表情はかなり硬い。
「別れる直前のカップルだな」
と桜典様は言う。
「付き合ってもいないのに」
と言いかけて、それは自分の演技力のなさを暗示されることに気づき、最後までは言えなかった。
代わりに、握手していた柳典様の指に自分の指を絡めて、擦り合わせてみる。柳典様と目が合い、指を触れてきた。私は背伸びをして顔を寄せ、柳典様と鼻先を合わせる。柳典様の瞳が近くに見え、吐息を感じた。
一瞬、心に何かが差し込む気配がしたけれど、追い払う。柳典様と経験したこともない距離感に近づいていることを、俯瞰した。
これは舞台だ。
「久しぶり、柳典。とっても会いたかった」
と言ったとたん、柳典様がハッと息を飲む気配を感じる。
「カット」
と桜典様から声がかり、手を離そうとしたところで、柳典様から手を引かれた。
「離してください」
と言えば、柳典様は微笑みながら、
「上手かったよ、蛍都。それに可愛かった」
と言って手を離してくれた。
私は視線を逸らし、後ずさりをして距離を取る。
「スイッチが入ると、凄いな」
桜典様はそう言うけれど、私は一刻も早くここを去りたい気持ちだった。
「こんな風になら、蛍都も兄さんと触れ合えるだろ?」
と桜典様は言う。
「脚本をください。セリフをなぞります。そうすればもっとやりやすいです」
「それはだめだよ、つまらないから」
と柳典様が言うので、
「柳典様」
と私は諫めるような声をあげてしまう。
柳典様がくすくすと笑うので、私は慌てて口を閉ざした。
上手く乗せられているように思える。
ところで、と言ったあとで、
「映像を撮り終わったあと、俺は蛍都に告白するつもりだよ」柳典様はそう言った。
「はい?」
「そのとき、嫌なら振って欲しい。蛍都の正直な気持ちを言ってくれればいい」
「何をおしゃっているのか、私には」
「好きだよ蛍都」
私は目を見張る。
何を言っているの?と思った。
「撮り終わったあと、では?」
と辛うじて口にする。
「見せつけんなよ」
と桜典様は素っ気なく、言うのだ。
「答えは、まだいらないよ」
と柳典様は言ってから、この後講義があるから、失礼するよ、と言って部屋から去って行く。
取り残された私は桜典様に、「本気ですか?」と聞いた。
「もちろん、本気だよ」を桜典様は言うのだ。柔らかな光の入る柳典様の瞳を思い出す。
告白するつもりだよ、と言っていたけれど、その意図が分からない。
柳典様は私と距離を置きたくて、離れたくてあの方法を取ったはずだ。
なのに、今になってなぜ?
「蛍都、もし時間があるなら、オレも映像のイメージを共有したい。協力して欲しいんだ」
と言われる。
「リハーサルの後でよろしければ、時間が空きます」
「じゃあ、途中まで一緒に行く。どこかで時間潰して待ってるよ」
と桜典様は言うのだ。
「桜典様を歩かせるわけには。車で送迎しましょうか?」
私の提案は即座に却下される。
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