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デュアル開始

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 オレの試験の日には、露木、橘、柳、桐峯、琉来の順でデュアルが組まれた。
 生徒間で人気の高い、柳や桐峯の予定が空いている時間に合わせて他のメンバーの順番を入れ込んだと言える。

 試験のデュアルはいつものデュアル部屋ではなく、ホール内で何試合が同時に行うのは通常だ。
 ホール内には何人もの生徒が集まっていて、それぞれすでに防具を身につけている。
 弱点だけは試合のたびにランダムに選択されるようになっていた。オレも防具をつけており、ナックルを手にはめている。

 そして指定された通り女の姿になり、指定されているデュアル場所に行った。
 オレの姿を見るや否や、露木は口笛を吹く。

 全身を舐めるように見まわし、
「なるほど、中々に上等だな。あっちの主席が腰砕けするってのも、分かるな」
 と言うのだ。
「そんなに女の身体が好きかい?あいにくデュアルなんで、そういう方面のお楽しみは出来ないけどな」
 とオレは返した。

 露木は柳の言っていた通り、金輪の武器を手にしている。
 露木は片方の眉をあげて、「へえ、言うなお前」と言うのだった。

 審判が早くしろと言うので、オレたちは定位置に立つ。審判はライセンスを持つ学生か教師がつとめている。今回の審判はライセンス持ちの上級生だ。
誓いのポーズを取り、試合開始となる。

 露木の弱点は腹部と、左下腿、脛だ。一方のオレの弱点は、右腕に左肩、腰。前面に弱点が集まっている分、懐に入りやすい。金輪を使う露木は、すぐにオレの肩を狙いに金輪を投げてくる。オレは身体をひねって交わし、露木の腹部を狙いに行く。オレよりも長身で細身の露木の腹部は狙いやすい。

 ナックルでえぐると、弱点の色が変わり、打撃判定がでた。審判も手をあげ、記入している。
 よし、まずは一カ所。露木はすぐに距離をとり、金輪を右腕と腰に向かって投げてくる。ナックルで弾き、今度は左下腿の弱点を狙いに、懐に入り込んだ。露木と目があった。

 そのとき、視界がぐらり、と揺れるのを感じた。
 視界には自分の姿が写っている。
 なんだ?と思う間もなく、金輪で右肩を打たれた感覚があった。次の瞬間には、目の前に露木の姿が戻って来ている。
 錯覚か?と思いながら、露木を振り仰ぐと、次の瞬間、再び自分の姿が視界に映るのを見る。
 そしてこれは魔法だ、と気づく。露木は恐らく視野を交換する類いの魔法を使うのだ。後ろへ数歩引いて距離を取る。

 これは、離音先生の言うように、使ったと分かられにくい魔法のようだ。視線を合わせたとたんに、視界が交換されるのかもしれない。
 露木と目を合わせないようにして、左下腿の弱点を狙いに行く、ふりをして脛を狙う。
 やはり視界が入れ替わる感覚があった。けれど、3度目ともなれば感覚が分かってくる。オレは目をつぶり、露木の腹部にタックルしてから、強く巻きつくようにしてくっついた。露木がひるむのが分かる。

 その瞬間を逃さずに、下腿の弱点、脛の弱点を同時に打った。
 弱点の色が変わり、両方有効判定されたことを知る。
 オレが顔を上げると、露木は決まりの悪そうな顔をして、そばを離れた。そして、審判の声がけにより、勝者が決定し、お互いに礼をする。

「これ有効時間はどのくらい?」とオレが露木に小声で話しかけると、肩をすくめて「1時間がせいぜいだ」と言うのだった。
 目が一度合えば、しばらく有効になる魔法だと踏んで聞いてみたのだ。
 パートナー候補として名乗りをあげたいなら、ここでオレ相手に魔法を使ったのはマイナスになる。パートナー選抜のデュアルに取っておくほうがいいはずだ。

「ここで使ったのは判断ミスじゃないのかよ?」とオレが聞けば、「好奇心には勝てないもんだ。例えばお楽しみ方面でもな」
 と言うのだった。
「へぇ、でも残念。この後もデュアルだし、お楽しみする予定はないんだよな」
「次は橘だろ?」
 と露木は言った。
「そうだけど、また視界をジャックする気か?」
「あいにくオレもデュアルなんで、またの機会だな」
 と言って露木は去っていく。こうして、一勝を収められたのだ。


 露木が魔法を使ってきたことにより、オレは橘への警戒心を高めることになる。ひょっとしたら、橘も魔法を使ってくるのでは?と思ったからだ。
 間もなく橘とのデュアルの番がやって来た。橘はガタイがよく、向き合うと威圧感を感じる。
 もし魔法を発動しているのであれば、露木のようなタイプではないような気がしていた。

「男のときは生意気でいけ好かない野郎だが、こうしてみると、いい女だな。気の強そうな女を組み敷くのは好みだ」
 と言うのだ。よほど女である点が気になるらしい。

「それはどうも」
 と言い、向かい合う。
 橘は柳の言っていた通り鎖鎌を得意とするようだ。デュアルに使う武器は、基本的には殺傷能力を消しているレプリカにもかかわらず、鎖鎌は随分と重そうに見える。橘の体格や攻撃の重みを想定し、オレは剣を使うことにした。

 審判の指示により、誓いのポーズをして、デュアル開始となる。橘は鎖鎌を投げかけてきた。鎖の部分を掴めば、攻撃を止められるのかもしれなかったが、引っ張り合いになったとして、橘に叶うとは思えない。橘が鎌を手元に戻すのを見送る。

 橘の急所は胸部、左肩、そして背中だ。オレの急所は腹部、右大腿、左腕だった。
 身体の前面を狙うよりも、背面や肩を狙うほうがいいのか?と思う。

 両手で鎖鎌を持つ橘の左側から入り込み、左肩を狙う。鎖の部分で、オレを押さえつけようと動くのが分かった。身体をずらして、逃げようとするが、脇を寄せて封じ込めようとするのが分かる。
 予想以上に力がとても強い。引き離すのは困難だと感じた。

 オレは逃げるのを諦め、逆に橘の腹部に片腕で巻きついて、その体勢のまま自分の下腿を上に持ち上げた。橘の肩の上に登る。橘があ、と声をあげた。橘のような剛健な体つきだからこそ、足場にしやすいのだ。左肩の剣の先でつき、身体をひるがえしながら、背中の弱点を打つ。

 橘が「野猿」と言って舌打ちをするのが分かった。

 懐かしいあだ名だ。橘の後ろ手で髪を掴まれ、強引に引き寄せられた。マズい、と思ったときには橘の左肩に残っていた左足が抱え込まれる。

 「しまった、腕か」と思ったが体勢を整える間もなく、橘の身体に激突する。鎌の先で、左腕をえぐられた。中々の痛みが走る。鎖をはじいて、橘と距離をはかるけれど、痛みが尾を引いていた。

 2か所先取したとはいえ、最後の急所が一番ガードしやすい胸部と来ている。
 近づいてしまえば、恐らく力負けするだろう。中距離から狙うしかないのだろうけど、鎌を振るってくるので、距離をキープするのも困難だ。

 露木同様の中々の使い手だと感じる。
 オレの魔法は本当に、性別を変えることしかできないのだろうか?だとすれば、デュアルではほぼ無用の魔法だ。 何かないのか?
 とふと思ったときに、身体の核の魔法の種子の予感を感じる。

「所詮身体は女だ。左をつぶした。引き寄せればすべて狙える。足から食って、右大腿、腹部だな」
 と声が聞こえた。目の前の橘は鎌をまわしながら、こちらをうかがっている。

 私語は基本的には禁止だ。
 審判を見ても無反応なところを見ると、審判には聞こえていないようだ。
 まるで柳の魔法のようだと感じる。
 本当に足を狙ってくるつもりか?

 半信半疑だったが、イチかバチか賭けてみることにして、オレは鎖鎌の軌道すれすれのところから、前方へ前転する。転がり出た先で、定位置から橘の局部を蹴りあげた。
 手荒かもしれないが、橘にとっては何でもないだろう。短い声をあげ、ひるんだすきに、腹へと剣で一撃を入れる。
 有効の判定になったようで、デュアル終了の声がかかった。

「くそ!」
 と橘は声をあげる。
 試合終了の挨拶を終えて、オレは橘に声をかけた。
「足狙いで、右大腿、腹部の順で行こうとしてたか?」
 と聞けば、橘は目を丸くする。
「何で分かったんだよ」
 と言うのだ。
 つまり、図星ということだろう。
 あの声は、橘自身の考えだったのかもしれない。
 それが意味することは分からないけれど、不思議な作用のおかげで、オレは橘に勝利することができたようだ。


 なぜ柳の魔法のような感覚があったのかは分からなかった。魔法の種の感覚を感じたのも不思議だ。性別変換の魔法には何か秘密はあるのかもしれない。

 柳の番が来て、オレは細身の剣を選ぶ。オレに剣を教えてくれた柳には、剣でこたえなければと思った。肩にテーピングをしてもらい、デュアル場所に行く。
 柳も数回デュアルをしたと見えて、防具の付け替えを行っていた。オレもまた防具をつける。女の身体である必要はないと感じたので、テーピング後に元の姿に戻った。

 準備が出来たので、向き合う。
 柳は精悍な眼差しをこちらに投げてくるのだが、前二人とはまとっている覇気が違うと感じた。重量感や安定感が桁違いだ。
 私闘のときとはまた違う趣がある。

「今日はこの姿でやらせてもらう」とオレが言えば、
「最高だ」と柳が言う。それ以上言葉を重ねる必要は感じなかった。審判の合図を受け、デュアル開始となる。


 今回は剣同士なので鍔迫り合いをしながら、出方を探り合う。数年前よりはまともに闘えるようになった自覚はあるが、柳はオレと違って簡単には重心を動かさない。
 剣を向ければ、勢いをまんまとそがれるので、まんまと誘導されている感じがあるのだ。腰部、右腕、左肘が柳の弱点として指定されている。柳の剣さばきにまったく隙がないので、どこから切り込んでも、剣の勢いが凪いでしまうのだ。
 公式のデュアルの土台にのってしまうと、実力不足を感じざるをえない。

 上からも下からも入り込めそうにない、と思ったとき、オレ達の間に飛び込んでくる、きらりと光るものが見えた。
 とっさに手を伸ばそうとしたが、届かず、柳が手でつかむのを見る。
 その瞬間に柳の手から血が流れだすのが見え、オレは息を飲んだ。審判を見るが、審判も何が起こったのか分からないといった様子だった。
 見れば、柳が握りしめたのは短剣のようだと分かる。


 オレは手をあげて、試合妨害だ、と審判に合図を送った。審判は記入を行い、その後救護を呼ぶ。柳の手を取り、大丈夫か?と声をかける。
「問題ない。だが、厄介だな」と言って、辺りを見回した。
「誰が?」
 柳は首を横に振る。
 周りを見渡してみるけれど、どの組もデュアルに真剣と見えて、こちらの様子に関心を向けている者はいない。

 オレはふと思いついて、柳の耳元で、「魔法でどの範囲なら補足できるんだ?」と聞いてみた。
 柳は逡巡したようだったが「1km範囲は可能だ」と答える。
 相手は選べないのか?と聞けば、詳細な情報を読まないなら、不特定多数が可能だ、と言う。

 なるほど、と思い、魔法の種に意識を向けてみる。複数のざわめきが聞こえる中で「失敗だ」という声を補足し、柳と目があった。

「お前も聞こえるのか?」
 と柳に聞かれて、頷いた。
「何でか分かんないけどな」
 柳がやって来た救護班の手当てを受けている間に、オレは短刀を調べてみる。
 柄にあるのはどこかの家の紋章のようだったが、オレには分からなかった。証拠は審判が保管すると言って持っていってしまう。

 その様子を見ながら「証拠隠滅か」と柳は呟いた。
 手当を受けた柳はまだこの後もデュアルがあるようだ。利き手ではないとはいえ、片手を負傷しているのは、不利だと思う。
「大丈夫なのか?」と聞けば、
「オレを誰だと思ってるんだ」と言われた。

 だが、それぞれ次のデュアルのために移動する去り際に、「今夜は部屋に来て欲しい」と言うのだ。なんだかんだ言って、柳は柳のようだった。
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