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第1章 家族編
【0】始まり
しおりを挟むその日、ゼルビュート公爵家に幸せが舞い降りた。
春の暖かな日差しに照らされた公爵邸の一室で、女性が椅子に座って赤ん坊を抱えている。その女性は長いブロンド髪を腰あたりまで垂らして宝石のような碧眼を細めながら腕の中にいる赤ん坊を見つめており、その姿はまるで絵画の中の聖母のように美しかった。そして彼女の傍には、黒髪金眼の背の高い男性が寄り添っている。この男性も整った顔立ちで、普段は精悍な顔を今は緩めて女性が腕に抱いている赤ん坊を愛しそうに見つめていた。
沢山の光と愛に包まれて生まれてきた、母と同じブロンド髪と今は見えない碧眼を持つ赤ん坊はこの二人の子供だった。髪と同じ色をした長いまつ毛に縁取られた目はまだ閉じられており、心地良さそうに眠っている。
そしてもう一人、父である公爵と同じ髪色をした10歳ほどの少年がこの場にいた。
幼いながらに公爵と同じように整った顔をしているのが分かるが、その瞳は血のように赤かった。
その少年は、赤ん坊の兄であった。
「イーゼルも抱っこしてみないか?」
公爵が幸せそうに溶けた顔をそのままに問いかけるが、イーゼルと呼ばれた少年は扉の前で足を止めたまま動かない。
公爵の方へ視線を向けるだけのその顔にはなんの感情もなかった。
ただ、我関せずといった態度で美しい2人と1人の赤ん坊を遠くから見つめるだけだ。
「大丈夫です。」
イーゼルは表情と同じく感情のない声で断る。
「遠慮しないで、あなたは今日から兄になるのよ。ほら、いらっしゃい。」
母の公爵夫人が手招きすると、流石に無視はできなかったのか、イーゼルはゆっくり足を動かしたが、動きはぎこちない。それは赤ん坊が嫌いだというより、まるで不発弾にでも近寄るような足取りだった。
そして赤ん坊の顔がはっきり見える距離まで来たイーゼルは、薄っすら開かれる生まれたばかりの碧眼と目が合うと、その赤目をそろりと外した。
「頬なんてこんなにふわふわなのよ。ほら。」
「.........。」
公爵夫人がイーゼルの手を優しく取り、赤ん坊のそばまで持って行く。
イーゼルの黒い革手袋をした手が赤ん坊の頬に触れる。
「ね?可愛いでしょう?名前はアステルっていうの。弟をよろしくね、イーゼル。」
と言って微笑む公爵夫人に対してもイーゼルは無表情だった。
しかしその瞬間、赤ん坊が反射でイーゼルの指を掴むと、イーゼルは肩を揺らして固まった。
天使のような赤ん坊を、赤い目がじっと見つめる。その目が一体何を思うのかは本人のみが知るところだ。
「ふふっ、アステルはお兄様が好きなのね。」
「はは!仲良くやっていけそうで良かった。」
「...俺は、稽古があるのでこれで。」
仲睦まじい夫婦の会話に混ざる事なく手を引っ込めたイーゼルは、今度は早足で元いた扉の前まで歩く。
ドアノブに手をかける前に、少し止まったイーゼルは部屋の中を向き直り胸に手を当てると、綺麗な所作でお辞儀をした。漆黒の美しい髪がサラリと揺れる。
「ご出産おめでとうございますフェルアーノ様、ディラード様。お先に失礼します。」
それだけを伝えると、イーゼルは静かに部屋を出て行く。
公爵夫妻を名前で呼び、決まりきった挨拶を流暢に述べるその様子はどこまでも他人行儀だった。
「...イーゼル。」
イーゼルが去って閉まったドアを、悲しそうに見つめる公爵夫人の肩を公爵は優しく抱き寄せた。
「大丈夫だフェルアーノ。イーゼルも弟ができたら少しは打ち解けられるはずだ。だってアステルはこんなに可愛いんだからな。」
「ええ。...信じますわ。私たちの、子供たちを。」
公爵夫婦と長男の冷え切った親子関係。
それが改善するのは、もう少し先。
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