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第1章 家族編
【18】お話?
しおりを挟む「アステル、ほらお菓子だぞ。」
「...や。」
「そうか。帰ったらたくさん作るからな。」
「ん。」
公爵家よりも広くて天井が高い応接間に通された僕と兄様。しかし、ソファに座って皇太子と向き合うのが怖い僕は、今も兄様の膝の上で皇太子に背を向けている。一応兄様が用意されたお菓子を勧めてくれるがそれを食べるとなると前を向かなければいけないため兄様の服を掴んで拒否する。
僕が断固として動かないと分かった兄様は僕の背にそっと手を回して支えると、やっと本題に入るようだった。
「...殿下、話とは何でしょうか。」
「え...えーっと、さっきから気になってたんだけど、その...イーゼルはお菓子作りをするの?」
「はい。弟のために。」
「へ、へぇ...。」
「で、本題は。」
「っあ、あぁ、そうだったね。今日君に来てもらったのは、数年後に行われる予定の愛し子召喚についてだ。」
______愛し子召喚。
皇太子の口から出たその言葉に、僕はなんだか嫌な予感がして兄様の服を掴む手に力を込めながら耳をそばだてる。
「決定したのですか。」
「そうだ。父はこの数年で見られるダンジョン周りの魔物達の活発な動きや、各地の穢れの増加、中央神殿の力の弱まりを危惧しておられる。早めに対策を打っておいて間違いはないとのことだ。現在魔法師の収集と召喚術の確認を進めている。だが、もう数年はかかるだろうという事だ。」
魔物、穢れ。
不穏な言葉が並んでいて嫌な予感に不安が加わり、額を兄様の胸に押し付ける。
この胸のざわめきはなんだろう。
その不安が兄様にも伝わったのか背中をぽんぽんと撫でられた。大丈夫だ安心しろと行動で示されているようで、パニックになる前に落ち着く。
「...で、私に何を?」
「うん。愛し子の歴史を調べていくと大体君と同じくらいの年齢の子が召喚されるはずなんだ。だから、そのサポートをお願いしたい。簡単に言うと世話役兼護衛だね。君が学園に行くまでで構わないから。」
愛し子の世話?護衛?兄様が?
護衛ってことは一日中その子のそばにいるって言うこと?
それに、世話役って...。
兄様のお世話を受けられるのは弟の僕の特権であるはずなのに。
兄様の声で目覚めて、兄様に抱っこされて、兄様の手作りお菓子を食べて、兄様の腕の中で過ごして、兄様と一緒にお散歩をして...。
それは全部、僕だけのものなのに。
心に、気持ち悪いものが溜まる。
なんだっけ、これ。前にも感じたことがある気がする。
絶対に手放したくないものが、あっさり取られていく感じ。
「その間、宿泊する場所や食事はすべて皇宮で済ませられるように手配するつもりだ。どうだろうか。」
えぇ!?宿泊、って...じゃあ兄様は帰ってこないって事?
僕の兄様なのに?
兄様との時間が奪われる...?
僕の兄様が...?僕だけの、兄様が...。
やっと、仲良くなれたのに.........。
「う゛ぅ゛...。」
「アステル?どうした?」
「...にぃしゃ、ないない、めっ。...いっちゃやぁぁっ...。あしゅの、あしゅのにいしゃまなの、あしゅのぉぉおお!」
心のドロっとしたものは、ボロボロと涙になって溢れ出た。
「っアステル、泣くな。大丈夫だ。」
「めなのぉ!やぁぁぁ!」
「行かない。俺はどこにも行かない。アステル。俺はアステルだけのものだ。だからなにも心配しなくていい。」
兄様が膝の上から僕を抱き上げて、後頭部を撫でる。透き通った赤い目が、僕を、僕だけを映していた。
「...俺は、ずっとアステルと一緒だ。」
「っ、ひっく、ぅ、ほんとぉ...?」
「ああ。だから目を擦るな。アステルの綺麗な目が腫れてしまう。」
そう言って微笑んだ兄様の顔に嘘は一つもなかった。そっか、と安心して泣き止むと、ぽんぽんと頭が撫でられる。その顔は僕を安心させようと優しく微笑んでいる。
皇太子はその兄様の様子を見て驚いたのか、口を挟んでくる。
「いっ、イーゼル...!今、笑っ...。」
「アステルが驚くので大声を出さないでください。」
あ、兄様の顔が無表情に戻っちゃった...。それでもかっこいいんだけど。
それに僕を見る時には絶対に優しい顔をしてくれるからいいんだ。
兄様が、僕だけに見せる顔だ。
「...あぁ、すまない。まさか君がそんな風に表情を変える日が来るなんて思ってもいなかったから、驚いてしまったよ。それに今日は随分饒舌だね。いつもは“そうですか”の5文字くらいしか話さないのに。」
「そうですか。では話を戻しますが、俺は弟以上に優先するものを作りたくないので今回の申し出はお断りさせていただきます。」
「...どうしてもか?」
「はい。」
「そうか...。若い年齢の貴族で一番信頼できて優秀なのは君なんだけど...残念だ。あ、じゃあ弟君を遊び相手に「ふざけているのですか?」...冗談だよ。」
「冗談でも不愉快です。」
「...すまない。」
ぐっと兄様が僕の後頭部を掴む手が強まり、必然的に僕は兄様の肩に苦しくない程度に押し付けられる。
どうやら兄様は怒っているらしい。何に怒っているのかはわからないが、皇太子がなにか地雷を踏んだのだろう。
ところで。
「にぃしゃま。」
「なんだアステル。」
ちょんちょんと服を引っ張りながら声をかけると、兄様はスッと顔を優しげに戻して僕を見た。
そして、まだ僕の目に残っていた涙を兄様に拭われながら尋ねる。
「...いとしごって、なぁに。」
「そうだな、愛し子は...神に、愛された人だ。言い伝えによると、怖いものも追い払ってくれるらしい。」
「こわい?...おばけ?」
「もっと怖いものだ。」
「...こぁい...。」
「大丈夫。公爵家は安全だ。何重にも結界が貼ってあるし、何かあったら俺が守ってやる。だからアステルは家から出てはいけない。絶対だ。」
「あい!」
何が起こるかわからない未知数な外より僕の事を愛してくれる家族がいる家の方が何倍も好きだ。今日それを痛感した。
大人しくおうちにいるよ!と兄様にアピールするとまたフッと微笑んで撫でてくれる。
そんな甘々な兄様を見て皇太子はついに折れたようだった。
「はぁ、分かったよ。君が想像以上に弟好きなのは。じゃあ召喚の当日だけは顔を出してくれ。他の上位貴族も集めるらしいから。」
「...愛し子の召喚に、俺は関わらない方がいいのではないですか?」
「?」
ふと、兄様の声が硬くなる。
家族以外に向ける感情のない声とも違うような、出会った直後の兄様に似た静かな声だった。心配になって兄様を見上げるが、皇太子を向いている赤い瞳が何を映し出しているのかは見えなかった。
「いや、大丈夫だ。僕は君を大切な友だと思っているし、それを外野がとやかく言う事は私が許さない。関わると言ってもただその場にいるだけだし、君という公爵家の長男に我が国の大事な儀式を見届けて欲しいんだ。」
そうはっきり告げる皇太子の声には、兄様に対する深い信頼が見えた。兄様が公爵家の実子でないことは知っている筈なのに、国の代表である皇族がそれを認めていると言うのはとても重要なことだろう。
「...分かりました。」
「よし!感謝するよ。...そうだ、愛し子には人々を魅了する力があるらしいから、もし君が召喚の時に会って心変わりしたらいつでも言って、「アステル、帰ろう。」」
「あい!」
皇太子は、「無視しないでくれ...悪かったから...。」と項垂れているようだが、僕は早く帰りたいので元気に返事をする。
胸のモヤモヤは若干残ったままだったが、これも兄様の美味しいお菓子を食べればきっと治るはずだ。
というか結局皇太子の顔を見ないまま帰ってしまった。今日僕は一体何のためにこんなおめかししてまで皇宮に行ったんだろう。
...まあいいか。兄様がなんか変な事に巻き込まれずに済んだようだから、功労者であることに間違いはない。
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