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第1章 家族編
【幕間】ルーク殿下の事
しおりを挟む「まさかイーゼルがねぇ...。」
ルークは西日の差す部屋の中で窓の外を眺めていた。その顔は半笑いのまま、視線で友人とその弟が乗った馬車を見送る。脳裏には、何度顔を合わせようと常に無表情だったイーゼルの珍しい笑顔が浮かんでいた。未だに信じ難い光景だ。
まるで別人のような友人の姿を思い出してクスクスと笑うルークの背後には、傾いた夕日が作り出す影に紛れるように一人の執事が立っている。その男性は灰色の髪と目をしていて、年齢はルークよりも4、5ほど上だ。それでもまだ10代であるはずの若い執事の佇まいは、壮年の人間のように洗練されている。
ルークは振り向きながらその執事に声をかけた。
「ねぇ?ウィル。」
「ええ。」
短く言葉を交わしながらルークはソファへと腰を下ろす。スッと足を組んで座るその仕草は、12歳という幼さを感じさせないほど、この国の最高位に属する者としての気品が溢れていた。部屋の空気から全てが、彼の支配下にあるようだった。...友人の前ではそれが少し崩れるようだが。
その気品を強調するように、皇族特有の金髪がサラリと揺れる。
そしてルークは、執事のウィルによって目の前に湯気の立つ紅茶が置かれるのを深い青色の瞳でジッと見つめながら口を開いた。
「父上の動きは分かったかい?」
「難航しております。」
「そうか。」
「私が至らないばかりに、申し訳ありません。」
「いいや。全て私の責任だ。」
ルークは執事の謝罪を諌め、紅茶を一口飲む。執事はその様子をただじっと見つめている。
「父上が私を信用していない事なんてもう何年も前から分かっていた。それでも私は、皇族としてやるべき事をする。それだけだ。」
「はい。必ずや私達もルーク殿下のお役に立って見せます。」
そう力強く宣言したウィルの瞳には、ルークに対する熱い忠誠心が宿っていた。一見冷静そうな彼の熱烈な感情をルークは見慣れているのか、軽い調子で答える。
「いいよ。君達も好きに生きればいい。私もそうする。...ただ、愛し子召喚についてはもう少し調べないといけないな。特に父上が愛し子召喚をする本当の意図が分からないと、どこかに被害が出るかもしれない。」
「はい。最大限情報を集めます。内偵にもそのように。」
「頼んだよ。」
会話は一旦の終わりを迎えルークが再び紅茶に口をつけるのと同時に、バンッ!!!!と大きな音を立てて部屋の扉が開く。
「ルーク!!」
「兄上。なにか御用ですか?」
「とぼけるな!!謁見室にあった俺の剣を勝手に片付けただろう!!お前が!!!」
突然大きな音を立てて乱雑に扉を開き入ってきたのは、ルークの異母兄であるゼブル第一皇子だった。ルークほど洗練された顔つきではないが、髪色はルークと同じ金色をしている。
ただその表情は、自分の獲物を横取りされた盗賊のように堪えきれない憎しみと怒りで歪んでいた。
「はい、そうです。」
「勝手な事をするな!」
「...申し訳ありません。」
怒りのままルークの胸ぐらを掴み上げたゼブルに今にも殴りかかりそうな気迫を出す執事のウィルをルークは視線だけで諌める。
そしてウィルは主人の意思を正確に読み取り、渋々拳を握りながらジゼルの背中を睨みつけるだけにとどめた。
そんな攻防があるなんて知らない第一皇子のゼブルは唾を撒き散らしながらさらにルークに詰め寄る。対してルークは至って冷静だ。
「その汚い手で俺のものに勝手に触れるな!この化け物が!!」
「はい。本当に申し訳ありません。今日は謁見室に人の出入りが激しかったため危険だと思い片付けたのですが、「言い訳を聞いているんじゃない!!」」
「...兄上にも報告を差し上げるべきでした。すべて私の落ち度です。」
「そうだ!!こんな簡単な報告さえできないなんて、愚劣の極みだ!!皇族なのにそんな浅はかな脳みそを持って恥ずかしくないのか!?」
「はい。お恥ずかしい限りです。」
「...っクソ!二度と、馬鹿なことはするなよ。お前がこの皇宮で生きていきたいのならな。」
「はい。寛大なお心に感謝します。」
「チッ。思ってもない事を。...気色悪い化け物風情が。」
最後にそう吐き捨てたゼブルは突き飛ばすようにルークの胸ぐらを離した。そのままドスドスと足音を立てながら、扉を閉めることなく部屋を出て行った。
その背中を見送り、拒絶するようにすぐに扉を閉めたウィルは、憎しみに染まった顔のまま飲み込んでいた言葉をルークにぶつける。
「...今日は神殿見習いの幼子が謁見にやってくる予定だからと、危険を考慮して片付けた殿下が間違っているはずがありません。それに、片付けた事は執事長に報告済みです。」
「そうだね。間違ってはいない。ただ兄上は、剣がない事に動揺して盗まれたと騒ぎ、それが倉庫にあったのだから恥をかかされたと感じたのだろう。それに、兄上は私からの伝言は基本的に受け取らない。前からそうだ。」
「っ...もし、聞いたとしても稚拙な理由をつけて拒否したでしょうね。嫌がらせのつもりか、などと言って。」
「ああ。だから私が自己責任でやるしかない。兄上の剣は皇族しか触れないのだから。」
「...なぜ、殿下が全ての皺寄せを受けなければいけないのですか。」
感情的なウィルの言葉を冷静に説き伏せていくルーク。
それにとうとう折れたウィルは、険しかった顔を悲しげにして、そう問いかけた。
「私はこの生活が兄上の皺寄せだなんて思ってもない。より犠牲の少ない最善を選ぼうとしているだけだ。だからお前が気に病むことはなにもないよ。」
「...はい、その通りです。出過ぎた事を言いました。申し訳ありません。」
「そうだね、じゃあ罰としてもう一杯紅茶を淹れてくれるかい?」
ウィルの言葉が全て自身への忠誠から来るものだとわかっているルークは、わざとふざけた様子でティーカップを指さした。
その主人の笑顔を見たウィルは、なんとも言えない顔でため息をつく。
「...それは、罰ではありませんよ。」
「そうかな。他人に紅茶を淹れるのが好きな人なんて珍しいと思うけれど。」
「私は殿下に仕える事が何事にも代え難いほどの悦びなのです。」
そんな盲目なまでの忠誠を見せるウィルを見つめるルークは、目を細めた。
その瞳はまるで深海のように暗かったが、口角は愉快そうに吊り上がっている。
「じゃあウィル。さっき、私の命令をちゃんと聞けた“ご褒美"をあげようか。」
「.............。」
「君が誠心誠意仕える唯一無二の主人として、優秀な執事には褒美を与えるべきだろう。...ね?」
「.............。」
ソファの肘置きにもたれながら、意地悪そうな笑顔を向けるルーク。
紅茶を淹れる手を止めてそのルークの顔を無言で見つめていたウィルの瞳は、少しの驚きと溢れんばかりの期待で輝いていた。
自分よりも歳下の主人の言うご褒美とは、一体どんな物なのだろうか。
この命を賭しても守りたい主人から与えられるものならば、どんなものであっても喜べる自信がある。この人は平生から命令らしい命令をしてはくれないため、願ってもないチャンスだ。
たとえ長期間の苦行を強いる命令でも、業火に焼かれるような激痛でも、己を見失うような晦冥に閉じ込められようとも、それが、この方から与えられるものならば________
それらを想像して、紅茶を淹れる手が震えるほど舞い上がる感情を表情の裏に必死に隠したウィルは尋ねた。
ご褒美、とは?
その言葉を聞いたルークは「いい子だね」とでも言うように笑みを深めて再び口を開く。
「兄上が残した書類仕事がある。私の執事なら勿論手伝ってくれるね?」
「............ええ、勿論です殿下。」
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