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第1章 家族編
【19】花と噂
しおりを挟む僕が初めて皇宮に行った日以来、兄様が出かけることが増えてしまった。
どうやら皇太子と『愛し子召喚』について色々話があるらしいが、僕の機嫌は悪くなる一方だ。
前回皇宮に行ったあと、家に帰ってから熱を出してしまった僕を見て兄様が今にも死にそうな顔で「もう絶対に外には出さない」と宣言し、完全に過保護が加速してしまったのだ。そのため僕は連れて行ってもらえなくなってしまった。
そんな事より僕は兄様と一緒にいられない方が嫌ですと言っても兄様は一瞬顔を手で覆うだけで、最終的にはそれでもダメだと言う。
「むぅ~...。」
熱が下がり元気になった僕は特にやることがなくて一人むくれている。だって僕が熱を出してしまったせいで結局兄様と一緒にお菓子作りをする予定が無くなってしまったのだ。
面白くない。
皇太子とやらに兄様を取られている気分だ。
ストレス発散に玩具のボールをブンっと投げるが、幼児の腕力では1メートルも飛ばずにコロコロ転がるだけ。
「アステル様!おやつの時間ですよ。」
使用人が声をかけてくれるが、その手にあるケーキにも興味は惹かれない。
「...おにゃか、いっぱいなの。」
ぷいっとそっぽを向いて投げたボールを取りに行く。最近やっと歩くのにも慣れてきて自分で立ち上がることもできるようになったのだ。
でも僕は兄様の抱っこの方が好き。
「アステル様、やっぱり元気がないわね。」
「ここの所イーゼル様の外出が多いからでしょうね。本当に仲のいい兄弟だから...。」
「じゃあ私たちにできる事は少ないわね...。」
などと使用人が話しているのが聞こえる。
僕が元気がないと、こうやってみんなに心配をかけてしまうという事は分かっている。でも、ずっと兄様と一緒だった日々を思うとやっぱり寂しい。
流石にもう泣いて困らせたりはしないが...。
「アステル様、気分転換にお散歩に行きませんか?」
使用人の一人であるシュナがそう声をかけてくる。
シュナは僕が生まれた頃から一番近くでお世話してくれた人で、公爵夫人として色々と忙しい母に代わって第二の母みたいな人だった。ショートカットの茶髪とそばかすが特徴的なしっかり者のお姉さんだ。
そんなシュナが元気のない僕をどうにか励まそうと庭の散歩を提案してくれる。
さっきもケーキを勧めてくれたのに断ってしまったため、これ以上気遣いを無碍にするのは悪いと思い、散歩に行く事を決める。
「おしゃんぽ、いく。」
「はい!では準備しますね!」
そう言って帽子やら新しいズボンやらを履いて庭へ出る。
さすが公爵家というべきか、うちの庭は庭園と呼べるほど広い。巨大な噴水の真ん中には初代公爵様の像があったり、細かい装飾が施された彫像が至る所にあったりする。
こうして自分の足で外を歩き回るのは初めてだった僕は、だんだんと落ち込んでいた気分を持ち直した。
白い薔薇がトンネルみたいになっている所とか、僕の身長以上の高さに伸びた花とか、低い位置から見る外の世界は全部が新鮮で綺麗で楽しかった。
...できれば、兄様と来たかったと言うのが本音だけれど。
「きれー!...しゅな!あのおはななぁに!」
ちょうど目についた赤い花を指差す。
「あれはプリカですね。広い地域でよく見られる一般的な花ですよ。この庭園にもたくさん咲いています。」
「にーしゃまと、おなじ!」
「そうですね。綺麗な赤色です。」
プリカと呼ばれた花は、綺麗な赤色でまるで兄様の瞳のようだった。兄様の瞳の方がもっと深みがあってかっこいいが、その本人が居なくて寂しい今、どんなものでも兄様を感じられるものは嬉しかった。
「しゅな、あのおはな、にーしゃまにあげたい!」
「わぁ!それはいいですね!では庭師にいくつかもらいにいきましょうか。」
「にわし...?」
「はい。昔からずっとこの庭園のお手入れをしている人ですよ。」
そう言ってシュナに連れてこられたのは、庭園の隅の小さな小屋だった。道具置き場だろうか?
コンコンとシュナがノックすると中から茶色いぺたんこの帽子を被ったお爺さんが出てきた。
「おや、シュナ。どうかしたかい?」
お爺さんは穏やかにそう問いかけると、足元の僕にも気がついたようだ。
「これはこれは...アステル様ですかの。」
「こんにちは!」
公爵家の中にいる人には基本人見知りしない僕は、元気よく挨拶をする。
「ほほ、可愛いのぉ。本当にフェルアーノ様にそっくりだ。私は庭師のルードです。初めまして。」
「るーどしゃん!ぼくは、あしゅてる、でしゅ!はじめまして!」
「おやおや、素晴らしい挨拶です。すっかり大きくなられたのですね。はて、今日はなんのご用で?」
ルードさんがシワのよった目を細めがなら優しそうにそう問いかける。
「ぁ、あの!ぷりか...?の、おはなが、にいさまみたいで、とってもきれいなので!すこし、いただきたい、でしゅ!」
「そうなんです。アステル様がイーゼル様にプレゼントしたいようで。」
「そうでしたか。勿論いいですよ。とびきり綺麗なものを選びましょう。」
そう言うと、一旦小屋の中に入ったルードさんはハサミを持って戻ってきた。
「では行きましょうか。」
「はい!」
▼
「アステル様は、プリカの花が気に入りましたか?」
「うん!にいさまとおなじ!あか!」
シュナに抱えられながらハサミで花を摘んでくれるルードさんを観察する。
ルードさんは、僕の言葉を聞くと少し寂しそうに目を彷徨わせた。
「そうですなぁ...イーゼル様は綺麗な赤い目をお持ちです。」
ルードさんはそう言ったけど、声色は表情と同じ寂しそうなままだった。
「シュナ、アステル様は。」
「多分まだ知らないと思います...。」
「そうか。」
ルードさんとシュナが何やら言葉を交わすが、内容が掴めない。
「なんのこと?」
と、問いかけるとシュナが泣いてしまった子供を励ますような声で言った。
「...いえ、きっとイーゼル様がいつか教えてくれます!それまで、待ちましょう?」
「...ん、わかった。」
何があるのか分からないけれど、シュナがそう言うなら兄様の口から直接聞くまでは、僕も黙っておこうと思う。
きっとシュナも、ルードさんも兄様の事を思って言ってるのだと分かるから。
夕方になって皇宮から帰ってきた兄様に、花を渡すと一瞬ためらった兄様がすぐに笑顔になって大事そうに受け取ってくれた。
「これ、にいさまのいろ!きれいです!」
「ああ。」
「あしゅね、にいさまのいろだいすき!」
「...そうか、ありがとう。アステル。」
そういった兄様の笑顔はいつも通りとっても綺麗だけれど、少しだけ泣いているように見えた。
そういえば僕が赤色の宝石をつけたいと言った時も同じような顔をしていた気がする。
でも、それを今兄様に言うのは躊躇われた。聞かないでくれ、と言われてるように感じたからだ。
だから今はただ、たくさん“大好き”を伝えようと思った。
兄様のその綺麗な赤い瞳が悲しみに歪むのは見たくないから、そのために僕にできることはなんでもするんだ。
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