孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

かし子

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第2章 魔塔編

【30】手紙

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「じゃあ、アステル、何を書こうかしら。」

「んとね、さびしいよっていって、あの、にいさまはげんきですか?っていって、あ!えっと、いちばんは、だいすきっていいます!」

「ふふっ、そうね。分かったわ。じゃあ早速書きましょうか。」

母が見本を書いてくれたのを頑張って書き写す。「イーゼル兄様 大好きです」は前にも書いたからしっかり覚えていた。
そして、初めて自分の名前を書いて、兄様の美しい髪と同じ色の封筒に入れて、兄様の目と同じ色の蝋を垂らす。

「できました!」

「まぁ!よくできてるわね。」

「...にいさま、よろこんでくれるかなぁ。」

「大丈夫よ。絶対に喜んでくれるわ。じゃあすぐに出して、返事を待ちましょうか。」

「はい!」


そして2日後、早速兄様からの返事が来た。母は「早かったわねぇ。」とくすくす笑っていた。
兄様から届いた手紙は、出したものと同じように今度は僕の髪色と目の色に合わせてあって嬉しかった。

早速開けて、母に読んでもらう。

「ええと...アステルへ。手紙ありがとう。とても嬉しい。俺もアステルに会えなくて寂しいが、元気だ。早く会いたい。アステル、愛してる。兄のイーゼルより。...まぁ、ディラード様より熱烈だわ。」

「っ!!わぁ~!みせてください!にいさまがかいたぼくのなまえ、みたいです!ぼくもよみたいです!」 

「ええ。じゃあ読み方を教えるわね。」

「はい!」

そして、兄様の手紙で字の勉強をした。
まだ全部の文字は覚えられないけど、最後の一言は完璧に覚えられた。

「はやくへんじ、かきたいです!」

「あら、アステル、大好きな人への手紙は少し間を空けるものよ?」

「えぇ!どうしてですか?」

「だって手紙を待ってる間、相手は自分の事で頭がいっぱいになってくれるでしょう?」

そう言って母はお茶目に笑った。
恐るべし!父のハートを鷲掴みにした母の駆け引きテクニック...!

「その間に書きたい事を決めましょう。いろいろな事をして、今何をやっているかを手紙で伝えたらいいんじゃないかしら。...いい?アステル。大事なのはその思い出の一部になりたいと相手に思わせることよ。」

ふふふと笑う母は、魔性の女性でした。
もしかしたら父は落ちるべくして母と恋に落ちたのかもしれません。

















「あ!ゆのせんせぇ!」

「おや、アステル様。ご無沙汰しております。お散歩ですか?」

「はい!」

その日僕は手紙に書く事を見つけるために久しぶりに家の庭園にお散歩に出ていた。兄様からの手紙を毎晩読み返している僕は、機嫌をすっかり直して元気いっぱいだ。

ふんふふーんと、鼻歌を歌いながら庭園を歩いていると、見たことのある髪色の男性を見つけて声をかける。
それは、兄様の魔法の先生だったユノ先生だった。
僕の呼びかけに、目線を合わせながら返事をしてくれたユノ先生は今日もふわふわのお布団みたいに優しく微笑んでいる。あと兄様の作るお菓子のように甘い匂いがする。

「では、私がご一緒しても?」

「いいんですか!」

「勿論です。」

なんと、先生と一緒にお散歩できるとは思わなくて驚きながらも喜んで快諾する。兄様に目新しいことを伝えたかったから、いい機会ができた。

ユノ先生と手を繋いでくれてゆっくりと庭園を見て回る。

「えっとね、むこうにふんすいがあって、そのさきにおはなのやねがあるんです!」

「へぇ、皆綺麗に咲いていますね。」

「にわしの、るーどさんっておじいさんが、いっぱいきれいにしてくれてます!」

「たしかに。ゼルビュート家の庭は他国にも噂が広まるほど有名ですからね。庭師がとっても優秀な方なのでしょう。」

「はい!...あ!ゆのせんせい!あのおはな!あのおはな、ぼくがいちばんすきなおはなです!」

「へぇ...プリカですか。可愛らしい花ですね。そういえば、よく見るとこの庭園は至る所にプリカの花が咲いていますね。アステル様がとってもお好きなのがわかります。」

「はい!にいさまとおなじいろなんです!」

兄様の話題を出せたのが嬉しくて、にこー!っと笑いながら手を繋ぐユノ先生を見上げる。

「ええ、そうですねぇ。とっても美しいです。」

そういって笑うユノ先生を見ているとふと、遠い記憶の感覚を思い出す。

“先生”と話すって、こんな感じだっけ。

「..............。」

「...アステル様?どうかなさいましたか?」

「...せんせーは、せんせーじゃない、みたいです。」

「おや...。アステル様にとって、先生とはどのような人なのですか?」

「えっと...。」

僕の知ってる“先生”と言ったら、小学校、そして中学校と高校の先生だ。しかしそれをそのまま伝えても意味がわからないだろうから、抽象的に“先生”そのもののイメージを考えてみる。

「せんせい、は...やさしいし、とってもあたまがいいけど...ぜんぶしごとで...。おやよりちかくにいるけれど、たにん、だった。」

先生という存在は、一時期は親よりも身近な“大人”だった。でも、親ではないし、結局相手は仕事だから優しいだけなのだ。きっと、本当の親のように僕を一番に考えてくれるわけではないし...親さえ、僕を一番には考えてくれなかった。

...きっと僕は、誰かの中で一番になりたかった。
誰の一番にもなれない事が、不安で怖かった。本当の親さえいれば、そんな思いもしないで済んだのかもしれないと、何度も思った。

結局、僕は誰の一番にもなれなかったけど。

「...誰かが、アステル様にそのように接したのですか?」

「んーん。ぼくが、そうおもうだけです。」

「そうですか...。」

急に元気が萎んだ僕をユノ先生が心配しているのが何となく分かってしまい、申し訳なくて取り敢えず顔を笑顔に戻す。ユノ先生は一瞬痛ましいものを見るような目をしたけれど、僕の笑顔を見るとふぅ、と息をついてまた歩く先に視線を戻した。

「でも、ゆのせんせいは、こころからやさしいひとです。きっと、ゆのせんせいは、じぶんとはかんけいないひとにも、やさしくしてしまう。...そんなひと、です。」

人って本当は優しくしたい人にだけ優しくすればいいんじゃないかと思うし、実際そんな人ばかりだ。
でもユノ先生は、ただの教え子の弟である僕にもとっても親身になってくれる。言葉や表情、仕草からそれが伝わってくる。それがこの場限りではない事も分かる。
だから僕もこうしてすっかり気を許して甘えてしまうんだ。

「...アステル様は、不思議な人ですね。」

「ぼくが?」

「はい。...損な人、とは私も師匠からずっと言われてきました。だから久しぶりに言われてドキッとしてしまいましたよ。」

くすり、と口元に手を当ててユノ先生は上品に笑った。

「ししょう?せんせいの、ししょうですか?」

「はい。とても賢くて、すごく野蛮な人でした。」

「やばん...!」

「あ。アステル様にこんな言葉を教えてしまったら私は怒られてしまいます。忘れてください。ね?」

「ん~~!...はい!わすれました!!」

「ふふっ、ありがとうございます。」

ユノ先生の笑顔を見てると心がぽかぽかする。ユノ先生は損な人だけど、こんな優しい人が損をしてほしくはないなと思った。
させちゃいけないなと思った。


























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