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第2章 魔塔編
【29】日々
しおりを挟む魔塔に着いてからはまず体力作りと称した走り込みが行われた。
魔法覚醒には瞬間的に多くの体力を使うらしく、あまりに体力のない人間だと、最悪死に際を彷徨う羽目になるらしい。
特に貴族の連中には運動とはかけ離れたところにいる奴も多いため、こうした準備も必要になるのだ。
ここに来てから二週間ほど経っても未だに体力作りが続く。
場所は空間魔法で作り出された草原で、空の青と草原の緑の2色しかない世界が見渡す限り果てしなく続いている。
そして今日もまた「やめ!」という魔法師の声で、動かしていた足を止め解散となった。それぞれが疲れた体を引きずって部屋へと戻っていく。
「あ゛~、面倒だな。なんでこんな疲れる事しなきゃいけないんだ。食事は不味いし、ベッドは硬いし。クソっ!!やってられるかよ。」
「だよなぁ。あーあ、家から寝具運んでもらおうかな。」
「家からの届け物は基本無理らしいぞ。」
「なんだよそれ。監獄かよ。」
どうやら貴族らしい男が大声でそんな事を話している。彼らは走り込みを早々に脱落したため休んでいたから体力が多少回復しているのかもしれない。
中流の貴族はやはり疲労や忍耐とは無縁だから、少しでも疲れたらすぐに足を止めるのだろう。それに平民も居るこの場所で、まるで身分を誇示するように大声で話すのだから哀れで見ていられない。
平民の働きの上に成り立つ貴族は、人々の見本となるべきだという父上の言葉に真っ向から逆らっている、貴族の風上にも置けない奴らだ。
そしてその貴族の男達は自分の見え方を気にするあまり目の前を歩く俺に気づかなかったのか、肩同士がドン、とぶつかる。
「いった。おい、どこ見て...ひぃ!」
「あ?なに...っ、お、まえ...。」
俺の目を見て顔を青くした二人は、すぐさま頭を下げた。
「ぜ、ゼルビュート家の方ですよね。あっ、挨拶を申し上げます。ぁ、あの、私っ、あ、ちょ。」
そいつはぶつかってきたくせに何故か自己紹介を始めそうになったため、俺は歩くスピードを上げてさっさとその場を去る。俺の目の色と家門が結びついていない平民も、公爵家の名前ぐらいは知っていたようで周りがざわつき始めたのだ。
騒がれたくはないというのに、あの男どもが無駄に家門の名前を出すせいで噂が広がってしまった。
その視線や声が全て煩わしく、嫌な記憶をつつかれている気分になって足早に自分の部屋に戻る。
アステルが居ないと、目に映るもの全てが色を失っていくようだった。
▼
だが、幸い次の日の体力作りには自分のことを知っている貴族がいなかったようで、声をかけられる事もなかった。その代わり周りの会話がよく聞こえる。煩わしいことには変わりないが、部屋に帰るまではなんとなしに耳を傾ける。
「ガイゼル様!検査で魔力値がクラスBだとお聞きしました!本当にすごいですね!」
「フッ、別になんて事はない。まだまだこれからさ。」
「だって、儀式を行ったらクラスAにまで到達する可能性があるんですよ!?覚醒時にクラスAなんて、数年に一人の奇跡ですよ!ああ、自分がそんな奇跡に立ち会えるかもしれないなんて本当に光栄です!」
「大袈裟だな。だがまあ、俺は幼い頃から魔力暴走でよく体調を崩していたからなぁ。」
「なんと!さすがですね!本当にすごいです!」
最近聞こえてくる会話はこんなものばかりだ。競うことが好きな貴族にとっては現時点での魔力値は良い噂の種らしい。
将来有望な魔法師に今のうちに唾でもつけているつもりかもしれない。
「わぁ、あの人、クラスBだって。」
「やっぱり貴族様はすごいね。」
「あ、でも平民の子でクラスAの子が居るらしいよ。」
「えー!すごい!今年は本当に強い人が多いんだね。」
「ねー!才能がある人が平民から出てくれるとなんか嬉しいよね。希望があるっていうか。」
あちこちから有能な人間の噂が聞こえてくるが、自分はその話題に特段興味がないためすぐに部屋へ引き返す事にした。
しぃんと静まり返る部屋で、はぁ、とため息をつく。
アステルを守る力を得るためにもこの空虚な時間を耐えるしかない。
そんな事を思っていると、部屋がノックされた。現れたのは、初日の案内以来見かけなかったシェラルクだった。
「お疲れではないようですね。」
残念です、とでも嫌味が聞こえそうな事を開口一番に言われる。
「何の用だ。」
「あなたに届け物です。普通は儀式の期間中はものの受け渡しはできないのですが、公爵家という特例で許可されました。」
そう言ってシェラルクは持っていたものを俺に差し出した。
それは一通の手紙だった。
まさか、と心臓が鳴る。
「あなたの実家からの手紙です。返事を書いたら自動で返送されるように魔法がかかっています...って、なんですかその顔。」
「届けてくれて感謝する。では。」
シェラルクの言葉は無視して、手紙を受け取ってすぐにドアを閉め、早足でソファまで行き心臓の高鳴りを抑えるために一度座った。
手が、意思に反して小刻みに震える。
手紙は黒い封筒で赤い封蝋がしてあった。
その手紙を、いつもアステルに触れていたときのようにそっと開けると、中から2枚の便箋が出てくる。
1枚目は父上と母上からだった。整った綺麗な字が並んでいる。
『イーゼルへ
元気でやっているか。お前は自分の事に無頓着だから、ちゃんと体のことを気遣うように。強くなって帰ってこい。アステルは寂しがってるが、元気だ。
父より』
『イーゼルへ
元気かしら。アステルがあーんってしなくても、ちゃんと食事をとるのよ。元気で帰ってきて欲しいわ。
p.s. アステルに手紙を待つ時間をあげたいから、少し経ってから返事をしてあげてね。
母より』
そして、2枚目は大きめの字で書かれたアステルからの手紙だった。
『イーゼル兄様へ
さびしいです。にいさまは、げんきですか?
ぼくは、とってもさびしいです。でも、おりこうにして、まってます。にいさまを、おうえんしています。
イーゼル兄様 大好きです。
おとうとのアステルより』
最後には誕生日の絵の時と同じ文言が添えられていた。何度も見返したその字よりも格段に上手くなっている。中でも俺の名前が特別上手だった。
今回もきっと母上に教わりながら書いたのだろう。一生懸命ペンを握るアステルが安易に想像できる。
どんな表情で、どんな風にこの手紙を書いたのだろうか。
楽しそうにその瞳を輝かせて、丁寧に丁寧に一文字ずつ書いたのだろうか。
俺への、想いを込めて。
「...俺も、寂しい。...アステル。」
手紙を抱きしめて目頭が熱くなるのをぐっとこらえる。今泣いても、アステルを抱きしめにはいけないのだから。
ここを出る時、俺はどれだけの力を手にしているだろうか。
その力で満足できるだろうか。
こんなにも愛しい存在を、本当に守れるようになるだろうか。
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