孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

かし子

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第2章 魔塔編

【28】双方

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シェラルクが己の研究室の扉を開け、中に進むと自分の席にどかっと腰掛ける。いつもは音も立てずに扉を開けて、足音もなく椅子に座るのだから、彼が不機嫌である事は明確だった。
その様子を見ていた、シェラルクの研究室で毎日研究に勤しむ同年代の2級魔法師の男は軽く声をかけた。
軽く、と言うのは彼の根っからの特性なのでいつも通りの声だ。

「おー、おかえりぃー。なに、やなことあった?」

「...いいえ。」

「またまた~。前から公爵家の子は自分が出迎えるって言って聞かなかったくせに、いざ行ったら不機嫌になるって何事ぉ~?公爵家の坊やはそんなに性格悪かったの?やっぱり貴族ってそういう感じ?」

シェラルクの研究室には平民出身の魔法師しか居なかった。これはシェラルクが意識的に集めたのではなくたまたまであるが、今となってはそれがこの研究室の特質にもなっていた。

そして平民と言うのは基本的に貴族をよく思っていない。
労働に日々を費やす平民と、屋敷に引きこもってお茶会ばかりしている貴族とでは仲良くなるきっかけなんてないからである。

「...生意気な目でした。」

シェラルクは若くして1級という地位についたため基本周りは年上ばかりだ。だから誰に対しても敬語を使っている。というより人によって変えるのが面倒だから統一していた。
現在は後輩も増えてきた彼自身も厳格な上下関係はどうでもいいと思っている。
貴族の多い研究室ではそうもいかないらしいが、この研究室では関係ない。

そんなシェラルクは眉間に皺を寄せて先ほどまで一緒に居た子供のことを思い出していた。

貴族らしい整った身なりと、完成された体。息を呑むような容姿。そして自分の思い通りにならない事はないと物怖じしない態度。自分が恵まれているとも知らないで偉そうにしているその全てが気に食わなかった。

「わぁー、やっぱ貴族の子供だからねぇ。甘やかされて育てられただろうに、シェラルクは無表情で体もゴツいから怖がっちゃったんだよ。もっと優しくしないとす~ぐ権力行使されちゃうよ。相手は公爵でしょ?」

「ユノ様を攫うような奴らなど、恐れる事はありません。」

「まーたユノ様かぁ。魔塔からいなくなってもう結構経つよね。やっぱ公爵家に良くない契約とかさせられてるのかな。あの人優秀だし、物腰も柔らかいからいいカモだったとか?あ、顔も綺麗だからそれも、」

_____バキィ!

大きな音を立ててシェラルクの机が真っ二つに割れた。机の上に乗っていたものがバラバラと床に散らばる。

「わぁ、ご乱心。もー、今この魔塔に“再生魔法”を使える魔法師は居ないんだよ?というかこの国には居ませーん。だからものは大事に扱ってよね~。」

「私があとで燃やしておきます。」

「そうやってすーぐ燃やして解決しようとする...。反対にユノ様はすっごい慎重なのに、師弟でもこんなに違うんだねぇ。」

「黙ってください。......ユノ様は必ず連れ戻します。必ず。...あの子供を利用したっていい。」

いつもは冷ややかで無関心な目には、確かな執着が滲んでいる。

「あーだめだめ。流石にそれは国が許さないよ。一発で実刑判決で一生檻の中だよ~。知ってる?この国の魔法師用の牢屋って魔塔主様が作ってるらしいよ?だから絶対脱獄は無理だからねぇ。ああ怖い怖い。」

その言葉にシェラルクはハッ、と呆れたように鼻で笑った。

「バレなければ良いんですよ。...最近は催眠魔法が流行ってるらしいですし。」

「えー僕あれ嫌い。催眠にかかった人って動く人形みたいで気持ち悪いんだよね。それに、催眠なんて神殿とやってる事同じじゃん。シェラルク、あんな下衆な奴らに成り下がるの?」

「手段は選ばないと言う事です。」

「じゃあ別の手段にしてくださーい。あ!じゃあその公爵の子と仲良くなるとかは?そうすればなんとかユノ様に会わせて貰えるかも!」

「無理です。」

「だよねぇ。」



















一方公爵邸では、ユノがぼんやりと公爵家の庭園を見つめていた。そこに一人の男が近づく。

「何か悩み事か?ユノ。」

「ディラード様。」

ユノは外のベンチでぼぅっと眺めていた公爵家の美しい庭園から美しい男へと視線をずらした。
その男はまごう事なきこの公爵家の当主、ディラードだった。
チリや皺一つない綺麗な服を身につけ、髪は片方を撫で上げるようにセットされ、今日も当主に相応しい堂々とした風格を持っている。

ディラードは当たり前のようにユノの隣に腰を下ろして、長い足を組んで庭園へと視線を向けた。

「美しい庭だろう。」

「はい。とても。」

「で、何に悩んでいる?」

世間話をする流れをぶち切って、ディラードは率直に尋ねた。
周りを巻き込むほど真っ直ぐなこの男は、彼の家族以外には基本こうだ。そこに遠慮という気遣いは一切ない。もう10年以上の付き合いになるユノは昔から変わらないその態度に、はぁと息を吐いてから「そうですね...。」と話し始めた。

「イーゼル様が魔塔へ向かったので、少し昔を思い出していました。」

「ははっ、昔と言ってもお前が魔塔にいたのはほんの数年前じゃないか。」

「それはそうですが、今思い出していたのは、もっともっと昔の事ですよ。...私が、初めて弟子を取った時のことです。」

「ほぉ、そういえば拾った子供を育てていたらしいな。なんだ?その子供もイーゼルのように可愛いのか?」

ディラードは惚けた顔を隠しもしないで、完全に親バカモードに入っていた。彼にとって子供とは、家族とは、己の命以上に大切な存在であった。
その表情を見たユノは呆れてしまう。

「あなたの異常な親バカと一緒にしないでください。...でも、まぁ、それなりに甘やかしていましたよ。物覚えはいいし、真っ直ぐな目で慕ってくれましたからね。可愛がらないはずがないでしょう。」

「だろうなぁ。だって子供は可愛いからな。それに、今でもたまに報告が上がるぞ。お前を探ってる奴が公爵家の周りをうろついていると。随分その弟子に好かれているな。」

「...............ご迷惑を、おかけします。」

「なに、公爵家に迷惑などない。全てを受け入れ、全ての人間の力になることが貴族の役目だ。」

「はあ。相変わらず大きな人ですね。」

「小さい人間にはなりたくないからな。妻は昔、俺の大きな背中が好きだと言ってくれた。愛らしいだろう?アステルは時々私の手と自分の手を比べてはしゃいでいるんだ。あれはもうまごう事なき天使「はいはい。そうですね。」...なんだ、まだイーゼルの話をしてないぞ。」

「しなくて結構です。まったく。」

ユノはさらに呆れながら、それでも笑った。

幼い頃からディラードを知っているユノからしてみたら、ディラードは大きな夢を大口を開けて宣言し、そしてそれを夢のまま終わらせない器量の良さまで持ち合わせている...あまりに光すぎる男だった。そんな男を隣で見ていて劣等感を感じたことがないと言ったら嘘になる。

でも、人の上に立つ人間がこんな人で良かったと心の底から思うのだ。

「で、その弟子と話す気になったのか?」

「...今更、話せる事は、ないんです。私は、責任から、逃げた人間なので。」

「裁判では罪人にすら証言をする機会があるんだ。何も罪を犯してないお前に話す権利がないはずがないだろう。それに向こうは話したそうだぞ?」

「.................。」

「...まあいい。俺が口を挟むことではないからな。お前の気持ちの整理がつくのを待つさ。」

「...すみません。」

「謝るな。...そうだ、イーゼルが魔塔に行っている間は授業がなくて暇だろう?アステルもイーゼルが居なくて寂しいみたいなんだ。お前から何か気の紛れる事でもしてやってくれ。」

それだけ言うとディラードは颯爽と屋敷の中へ帰っていった。残されたユノは再び花たちへ目を向けたが、その目は遠くを見つめていた。










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