孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

かし子

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第2章 魔塔編

【27】魔塔

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案内人が出てくるのを待つ間、不意に視線を感じて魔塔の上の方を見上げる。しかしそこには何もなく、ただ魔塔の煉瓦造りの外壁が続いているだけだった。窓もないため人の視線があるようには思えない。

気のせいか、魔塔特有の細工かは分からないが悪意は感じなかったため目線を前へ戻す。

その時丁度、門が開いた。

中から出てきたのは門番の魔法師と同じマントを着た若い男だった。胸元の階級バッチは...1級だ。先生よりも上の階級の魔法師に会うのはこれが初めてだった。
髪の長い事の多い魔法師には珍しく、その紺色の髪は短く切られ、この国では珍しい浅黒い色の肌をしている。そして父上よりも色の濃い金色をした鋭い目は俺を見てぐっと細められた。

その男に、門番の二人は頭を下げる。
魔塔は階級至上主義であるため、たとえ年齢が下でも貴族位が下でも魔法師としての階級が上なら敬うと聞く。

「シェラルク様、お疲れ様です。」

「お疲れ様です。...この方が、ゼルビュート公爵家の?」

「そうです。」

「へぇ。...初めまして、私はシェラルクと申します。平民生まれのため姓はありません。」

「ゼルビュート・イーゼルだ。」

「.........。」

名乗った瞬間、その男、シェラルクは不機嫌そうに顔を歪めた。

「...貴方が、ユノ様の教え子ですか。」

「ええ。」

どうやらシェラルクはユノ先生と知り合いらしい。しかし、その目に“知り合いの教え子”に向けるような親しみは無かった。
それよりも感じたのは、恨みに近い怒り。
思い当たる節を探していると、相手が先に口を開く。

「公爵家が特別高貴な家だとは分かりますが、いくらユノ様の旧友とはいえ金を積んで魔塔の優秀な魔法師を引き抜くのはいかがなものかと思います。ユノ様はこの魔塔で研究を続けるべきお方でした。」

てっきり硬派で無口かと思ったが、予想に反してよく喋る人間だった。
それに相当な世間知らずだ。

「俺の事をとやかく言うのはいいが、公爵家まで侮辱するのは許さない。」

公爵家を「いかがなもの」と称したコイツに、敬意を持つ気も失せた。
しかし当の1級魔法師は全く反省の色がなく、堂々と「事実を申したまでです。」と宣う。

「お前の目から見ただけの事実を、正しい事のように話すな。お前の個人的な感情で父上に、そして公爵家に意見するのなら、地位の剥奪くらいは覚悟しているんだろうな?」

「...個人的な感情?」

「話すだけ無駄だ。早く中へ案内しろ。公爵家の俺をいつまで立たせておくつもりだ?」

「...こちらです。」

正直、公爵家を諌める発言をするこの男には、はらわたが煮え繰り返る思いだが、それは俺の佇まいが見せた隙のせいかもしれない。
貴族とはいえ俺はまだ12歳で、覚醒もしていない子供だから魔法師には舐められやすいのだろう。
だとしたらこんな事を言わせたのは、俺にも責任がある。

公爵家の長男としてあの家に迎えられたのだから、外での言動は俺を引き取ってくれた両親に恥じないものでなければならない。




だからと言って、俺の大切な居場所を侮辱する奴を許すつもりはないが。















案内された部屋は、流石に公爵家には見劣りするが、それでも国で皇族に次ぐ身分の俺には一番いい部屋が当てがわれたようで、広かった。

「何かありましたら、この鈴を鳴らしてください。食事は決まった時間に部屋の前に置かれるので食べ終わったら同じ場所に置いてください。日程などの通知はこの本に自動で記されます。では。」

淡々と説明をした後、最後に俺をひと睨みしたシェラルクが部屋を出て行く。昔から悪意を向けられることには慣れているが、ここ最近はアステルという天使の笑顔ばかり浴びていたせいで少し新鮮な気持ちだった。
しかし今となってはあの不愉快そうな顔も、記憶の中のアステルの可愛い笑顔を引き立てる材料でしかない。
俺の中で“どうでもいい人間”が増えるたびに、弟の尊さが際立つのだ。

一先ずソファに腰を下ろして、休憩する。
魔塔では使用人がいないため、自分の身の回りの世話は全て自分でやらなければいけない。それが苦痛だと嘆く貴族の子供が毎年いるらしいが、元々他人に手を出されるのが苦手な俺にはむしろありがたいことだった。

指を一振りして簡単な魔法を使って紅茶を入れ、冷めないうちに口をつける。

「...アステルは、今頃何をしているだろうか。」

そろそろ夕飯の時間だろう。
俺も、もうすぐ食事の時間だが、いかんせん馬車の疲労とアステル不足で食欲は減退気味だ。
アステルはたくさん食べていてくれるといいのだが、その反面少しは俺が居ない事を寂しがって欲しいとも思ってしまう。

まあでも父上と母上が居るから、数日もすれば寂しさは無くなるだろう。アステルは公爵家の使用人とも仲が良いからな。



もう既に、俺の事は忘れ始めている可能性が、なくもない。



振り払ったはずの考えが突然湧いてきて、食欲は無になった。





















魔塔の最上階には魔塔主の部屋がある。
世界中の魔法に関する書物が収められるそこの壁には天井まで続く大きな本棚があり、天井は5階ほどの高さまで吹き抜けになっている。
そしてガラスでできた天井から煌々とした日の光が差し込み、室内をまるで別世界のように照らしていた。

大量の本棚の一部に窓になっている場所があり、その前で後ろ手を組みながら外を眺めている一人の老人がいた。

彼こそがこの魔塔の主だった。

魔塔主は白い毛髪に白い髭をしているが、体は健康的な筋肉に覆われ、背筋はぴんと伸びている。今は皺が増えた顔も、若い頃は随分と精悍な顔つきだったことが窺える。

そして魔塔主はある人間をその目に入れると、「ほっほっ」と朗らかに笑った。

珍しく外を見ていると思えば、急に笑い出した魔塔主を、その補佐官が訝しげに見つめる。




「どうかされましたか?」

「なに。わしが生きている間にこれほどの者と会えるとはのぉ。ほっほっ。長生きはしてみるものじゃ。ほっほっほっ。」

笑いが止まらないらしい魔塔主は、用は済んだというように執務の椅子に腰を下ろして、机に広がる様々な資料に目を通す。




その脳裏には先ほど一瞬目のあった赤い瞳が浮かんでいた。









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