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第2章 魔塔編
【41】会議
しおりを挟むイーゼルのいる部屋から出て通された応接室で、魔塔主とその補佐官と向かい合って座る。
ここからは、親としての責務を果たそう。
「ではまず事実確認だ。ユノの弟子のシェラルクという男は、イーゼルを妬んで魔法で攻撃、幸いイーゼルに怪我はなかった。しかし後日、届いた手紙を目の前で燃やし、それに怒ったイーゼルが魔法を覚醒、シェラルクの両腕を折った。...これで間違いないか?」
「ああ。一つ言うと、シェラルクの魔法攻撃を止めなかったのはわしじゃ。」
「それについても聞いている。だが、どうせお前の“目”で、イーゼルなら大丈夫だと分かっていたのだろう。あの子もそれには気づいた筈だ。」
「そうじゃな。全てお見通しのようじゃった。」
「それで本人が気にしていないのなら、私が口を出す事じゃない。親として私は許さないがな。...しかしそれより今は、イーゼルの心が傷つけられたことに憤っているんだ。」
「...あれは、昔からずっとユノの事しか頭にないんじゃ。」
「知るか。イーゼルには何の罪もない。そもそも、私の息子に敵意を向けただけで大罪だ。もし怪我の一つでもしていたら、帝国法を変えてでも牢に入れている。」
「ああ、そうじゃ。未来を担う魔法師を統括する立場として、対応を間違えた事を本当に申し訳ないと思っている。...この通りだ。」
そうして思い詰めた顔で頭を下げる魔塔主とその後ろに控えるディエゴに、これ以上詰め寄った所で意味はないだろう。なんせイーゼルはもう今回の件に興味がないだろうからな。
ここで私が騒ぎ立てても、イーゼルにとっては煩わしいだけだ。
「いい、頭を上げろ。シェラルクの具体的な処罰については近いうちに魔法裁判が行われるだろうから、私はそれを待つだけだ。勿論、納得できない結果であれば私も動かせて貰うがな。...で、イーゼルの魔法はどうなってるんだ。」
そう聞くと、ディエゴが小さく手をあげた。
「それについては私が。...イーゼル様の魔力量は全体でクラスSS。現在の解放度は60%ほどなので、使用できるのはクラスAからS程度です。正直、信じられないほどの能力を秘めています。それが一昨日の事で、感情の爆発と共に魔法が覚醒してしまったのでしょう。」
「イーゼルの体は大丈夫と言っていたが、本当か?」
「はい。先ほど目を覚まされた時に魔力の様子を確認しましたが、通常の儀式後の人と大差ないようでした。ただ、残りの40%がどうなっているかは分かりません。」
「危険なのか?」
「前例がないためなんとも言えません。」
ディエゴの言葉に苛立ちが募る。
今回の件、原因は全て魔塔側にあり、イーゼルは巻き込まれただけの被害者であると言うのにそんな曖昧な言葉で納得できるわけがない。あの子は、たとえ自分に異常があったとしても表情にも言葉にも出さない子なのだ。
だから、親の私がなんとしても解決策を出さなければいけない。
「では今すぐにでも儀式を開始しろ。」
「しかし、特例を認めるには魔法協会の許可が必要になりますし、その許可もすぐには降りない上に、儀式に介入してくる可能性があります。」
「息子の体が優先だ。責任は私が取る。」
ですが...と言いかけた補佐官の声を遮ってコンコン、とドアがノックされる。補佐官が開けると、そこには一人の体格の良い若い男が立っていた。
手には枷のようなものがついており、魔法は封じられているようだ。
恐らくこいつが例の、ユノの弟子だろう。
「君が、シェラルクか。」
「...はい。」
濁る目に鋭く射抜かれ、あからさまな敵意が剥き出されているのが分かる。この魔塔以外で、公爵家当主の私に向かってそんな事をしようものならすぐに不敬罪で処されるだろう。
しかし良くも悪くもこの魔塔という場所では俗世の地位は関係ないため、今はこの不敬な男を罪には問えない。...まあ方法が無いわけではないが。
ソファから立ち上がって近づくと、ユノの弟子だというシェラルクは、不機嫌そうに目を伏せた。まだ成人していない私の息子達より幼稚なようだ。いや、私の息子達が歳の割に聡明だからそう見えるだけかもしれないが。
「貴殿はユノの弟子らしいな。その歳で1級魔法師になるとは将来が更に期待されている事だろう。...しかし、一体お前はユノから何を学んだんだ?師匠にここまで迷惑をかける弟子なんて聞いたこともない。」
「っ...貴方が、ユノ様を隠したんでしょう。」
「頼まれたから古い友人のよしみとユノの才能を認めて場所を貸しただけだ。お前に恨まれる謂れはない。私も、...息子もだ。」
そう告げて少し目線が下のユノの弟子を見下ろす。まだまだ若い、自分の我儘はいつか必ず通ると信じている目だ。
努力をしようと、どうしようもないものなどこの世界には無数にあるというのに、それを知らない。知ろうとしない。
ユノの庇護の元、魔塔でしか生きたことのないある意味箱入り息子のこの子供は、そんな甘い考えのまま私の命より大切な存在に手を出したのだ。
「よくも、私の息子の繊細な心を傷つけてくれたな?生憎ここではお前を裁けないが、...拾い子のお前が、一生ユノに会えないようにする術なんていくらでもあるのを理解しておけ。青二才が。」
「っ......。」
私の言葉に一瞬で顔を青くしたシェラルクは、それでも懸命に俺を睨んでいた。どうやらユノへの信奉具合は並大抵ではないらしい。自分が既に断頭台に立たされていることにすら気づけないなんて、私の友人は随分と面倒なのを育てているようだ。
可愛くて賢い子供達に恵まれた身からすると、少し同情してしまう。
「まあ、イーゼルが殺人に手を汚さなくて済んで良かった。お前は殺す価値もない。」
こんな奴を殺して、イーゼルが後ろ指を刺されることになったら可哀想だ。私の子供は清く健やかに育ってほしいからな。
ドサっとソファに再び腰を下ろすと、部屋がノックされ、また誰かやって来たようだった。補佐官が扉を開けるとそこに居たのは、まだ目覚めたばかりのイーゼルだった。手には通信具を持ったままだ。
「失礼します、父上。」
イーゼルは綺麗に礼をして部屋に入ってきた。
「イーゼル、もう歩いて大丈夫なのか。」
「問題ありません。」
「そうは言っても先ほど目が覚めたばかりだろう。こい、ここに座れ。」
「...はい。」
心配すれば、イーゼルは少し照れたように顔を伏せながら私の隣に座った。ほら、やはりうちの子は可愛い。
部屋に入ってきてからずっと続くシェラルクの睨みも、イーゼルは既に気にしていないようで、私の隣に座ってすぐにここにきた理由を述べた。
「ユノ先生から、お話があるそうです。」
「っ!?...ユノ、様?」
シェラルクがすぐにその名前に反応する。
それがユノにも伝わったのか、通信具から声が聞こえ出した。
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