孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

かし子

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第2章 魔塔編

【その後②】天使

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ついに、この日が来た。
僕は魔塔から帰ってきた兄様と、ついにキッチンに立つことに成功したのだ!!

あまりの嬉しさに、うおおお!!と両手を上げる僕。そしてその両手の腕まくりをしてくれる兄様。温かい公爵家の料理人の皆様。

今日は兄様と一緒にお菓子作りをする!!

前に約束してた時は、僕が体調を崩したせいでできなかったから念願叶ってというわけだ。『明日は一緒にお菓子作りをしよう』という兄様の言葉で僕は眠れなくなってしまったくらいだ。ちゃんと寝たけど。

「今日はクッキーを作る。」

「はい!せんせい!」

「どうしたアステル君。」

少し長い前髪をピンで留めて破壊級の御尊顔を惜しげもなく晒す兄様は、元気よく手をあげる僕の話に耳を傾ける。

「あすてるは、かたぬきがしたいです!」

「そうだな。今日はたくさん型を用意したから好きなのを選ぶといい。」

そうして取り出されたのは数十個を超えるクッキー型たちだった。

「わぁ~!はーと!ねこちゃん!ばら!いっぱいある!!」

「どれにする?」

「ん~~...ばらはぜったいほしいです。あとは...ん~。」

「ほら、この天使の型はアステルにピッタリだぞ。」

「じゃあ、ぼくはばらをにいさまにあげるので、にいさまはそれをぼくにください!こうかんこです!」

「...ああ、わかった。ではまずは、生地作りから始めよう。」

「はい!!」


こうして僕たち兄弟のクッキングタイムがスタートした。







「おぉ...本当にイーゼル様が笑ってらっしゃる。」
「お菓子作りをされてる時は、いつも穏やかだが...アステル様がいるとあんなに違うのか。凄いなぁ。」
「初めて調理場にいらしたのは、数年前だったか?もうお菓子作りでイーゼル様の右に出る者は公爵家にはいないな。」
「そうねぇ、“弟のためにお菓子を作りたい”と言って頭を下げてこられた時はとても驚いたけど...貴族様が調理場に立ってるなんて今でも少し信じられないわ。」
「そうだな。」

公爵家の料理人たちは、そんな会話をしながら当時の事を思い出していた。













公爵家に次男が生まれた事はすぐに国中に広まった。だが、お披露目パーティーは公爵家の中だけでこじんまりと行われたのだ。なんでも次男様は、人見知りらしく、いち早く出産祝いに駆けつけたとある伯爵の顔を見て大泣きをしてしまったらしい。

それを見たゼルビュート公爵様は、ご家族に発揮するお馴染みの過保護によって“公爵家の者以外の謁見禁止“を通告した。アステル様が大きくなるまで少しずつ慣らすらしい。
これによってさらにアステル様への噂は絶えず、はじめは”お身体が弱いのか“であったり、”醜い傷を持って生まれたのか“などと言う輩が居たが、それは次第に”会ったら浄化されてしまうほどの可愛らしさなのではかいか“という噂に変わって行った。
そこに何の力が働いたのかは分からない。

今では、”ゼルビュートの天使“という代名詞までできてしまっているのは、本人だけが知らないのだろう。そして、会ったら浄化されてしまうと言うのはあながち間違いではない。

公爵家に拾われた当初は手負の獣のような刺々しさを持っていた長男のイーゼル様は、アステル様の力によって今では帝国一のブラコンへと変貌を遂げた。誰しも、アステル様といる時のイーゼル様の目が、甘く甘く惚けているのを見ればすぐに察するだろう。

それを初めて見たのは、アステル様の2歳の誕生日が迫ってきていたある日の事だった。

前日に珍しく公爵様が調理場へやってきて『明日、イーゼルが来るから面倒を見てやってくれ』と突然言われた我々はそれはもうパニックだった。
何故??という特大の疑問を残したまま、やれ「イーゼル様は剣術が達者らしい」だの、やれ「魔法の才能まであるらしい」だの話は広がり当日を迎えた。

そして午後、昼食が終わってからやってきたイーゼル様。
赤い目を縁取るまつ毛を伏せながら、少し言葉に詰まりつつも口を開いた。

「...弟の、アステルの誕生日のためにお菓子を作りたい。貴殿は、お菓子作りにも明るいと、ディラード様から伺った。だから...時間があれば、作り方を教えて、貰えないだろうか。」

終ぞ視線は合わなかったが、一回の料理人に対するにはあまりに丁寧な態度と、”完璧超人“という噂からは考えられない控えめな態度に逆にその場ははパニックになった。

「も、勿論ですとも!何でも聞いてください!」
「アステル様は、サクサクした食感が好きですから、まずはクッキーからでしょうか!?」
「そう、なのか...?俺は、料理などをやった事がないのだが...。」
「大丈夫ですよ!すべて私たちに任せてください!!」
「そうです!お菓子は基本的に混ぜて焼く事ができれば、美味しくできます!」
「そうか。それなら...俺にも、できるかもしれない。」
「はい!!頑張りましょう!!」
「ああ。頼む。」

無口だと聞いていたイーゼル様は、本当にただの子供と変わらない、弟想いの愛らしい方だった。剣を握って大人をも圧倒するイーゼル様が、一生懸命クッキー生地をこねているのを見て公爵家の調理場にはホッコリした空気が漂い始めていた。
そして時々「これで合っているか...?」と不安そうに尋ねてくるものだから、全員が心の中で全力で応援していた。
そして焼き上がったクッキーを口に運んだ時に、少し口角を上げて「おいしい。」と呟くのを見て、その場の人間は全て骨抜きになったのだ。




_____公爵家には、天使がいる。

しかし、公爵家にいる人間ならこう言うだろう。



公爵家には、天使が二人いる、と。








それからも定期的にイーゼル様は調理場へと訪れ、その腕を磨いていた。弟が好きすぎるあまりストイックになって、今や逆に「アステルはこっちの方が好きだ」と言って教わる機会が多くなっていったのだった。













「...にいさま?」

「ああ、すまない。少し考え事をしていた。」

「かんがえごと?」

「そうだ。...俺が公爵家の人達に本当に馴染めたと思えたのは、お菓子を作り始めた時からだ。そしてそれは、アステルが居なかったらやろうと思わなかった事だ。...だから、やはり今の俺が居るのは全てアステルのおかげだ。」

そう言って、俺の膝の上で出来上がったクッキーを美味しそうに頬張るアステルの頭を撫でる。

「ちがいます。」

「え?」

「みんながにいさまのことをすきなのは、にいさまがとーってもみりょくてきだからです。...ね!みなさん!」

急に後ろを振り向いたアステルはそこに居た料理人たちに笑顔を向けた。そしてそれを受けた料理人たちは口々に言う。

「そうですよ!緊張しながら私達に頼んできたイーゼル様のなんとお可愛らしかった事か!」
「本当はイーゼル様も甘いものが好きなのは皆知ってますよ~!!」
「剣術も魔法もできて、料理もできるなんて、この帝国にイーゼル様以上の男は居ませんよ!!」
「俺の家内も、いつかイーゼル様にお会いしたいと言っていました!」
「あ!私の夫もです!!前にイーゼル様が下さったスコーンが本当に美味しかったから、お礼がしたいと!」

公爵家の料理人達からあげられる嘘偽りのない温かい言葉に、ぐっと胸に何かが込み上げてくる。
無意識にアステルを抱きしめる腕に力が籠った。

「ね?みんな、にいさまがだいすきなんです。...あ!でも、いちばんだいすきなのはぼくですよ!!」

そう言ってアステルが差し出すクッキーを口に入れて噛み締める。
そのクッキーはいつもと同じ砂糖の量の筈が、いつもよりも数倍甘く感じられて、体が溶けてしまいそうだと思った。


「...おいしい。」

「それは、にいさまだいすき!というきもちをいっぱいこめたからです!!」








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