51 / 74
第2章 魔塔編
【その後②】天使
しおりを挟むついに、この日が来た。
僕は魔塔から帰ってきた兄様と、ついにキッチンに立つことに成功したのだ!!
あまりの嬉しさに、うおおお!!と両手を上げる僕。そしてその両手の腕まくりをしてくれる兄様。温かい公爵家の料理人の皆様。
今日は兄様と一緒にお菓子作りをする!!
前に約束してた時は、僕が体調を崩したせいでできなかったから念願叶ってというわけだ。『明日は一緒にお菓子作りをしよう』という兄様の言葉で僕は眠れなくなってしまったくらいだ。ちゃんと寝たけど。
「今日はクッキーを作る。」
「はい!せんせい!」
「どうしたアステル君。」
少し長い前髪をピンで留めて破壊級の御尊顔を惜しげもなく晒す兄様は、元気よく手をあげる僕の話に耳を傾ける。
「あすてるは、かたぬきがしたいです!」
「そうだな。今日はたくさん型を用意したから好きなのを選ぶといい。」
そうして取り出されたのは数十個を超えるクッキー型たちだった。
「わぁ~!はーと!ねこちゃん!ばら!いっぱいある!!」
「どれにする?」
「ん~~...ばらはぜったいほしいです。あとは...ん~。」
「ほら、この天使の型はアステルにピッタリだぞ。」
「じゃあ、ぼくはばらをにいさまにあげるので、にいさまはそれをぼくにください!こうかんこです!」
「...ああ、わかった。ではまずは、生地作りから始めよう。」
「はい!!」
こうして僕たち兄弟のクッキングタイムがスタートした。
「おぉ...本当にイーゼル様が笑ってらっしゃる。」
「お菓子作りをされてる時は、いつも穏やかだが...アステル様がいるとあんなに違うのか。凄いなぁ。」
「初めて調理場にいらしたのは、数年前だったか?もうお菓子作りでイーゼル様の右に出る者は公爵家にはいないな。」
「そうねぇ、“弟のためにお菓子を作りたい”と言って頭を下げてこられた時はとても驚いたけど...貴族様が調理場に立ってるなんて今でも少し信じられないわ。」
「そうだな。」
公爵家の料理人たちは、そんな会話をしながら当時の事を思い出していた。
▼
公爵家に次男が生まれた事はすぐに国中に広まった。だが、お披露目パーティーは公爵家の中だけでこじんまりと行われたのだ。なんでも次男様は、人見知りらしく、いち早く出産祝いに駆けつけたとある伯爵の顔を見て大泣きをしてしまったらしい。
それを見たゼルビュート公爵様は、ご家族に発揮するお馴染みの過保護によって“公爵家の者以外の謁見禁止“を通告した。アステル様が大きくなるまで少しずつ慣らすらしい。
これによってさらにアステル様への噂は絶えず、はじめは”お身体が弱いのか“であったり、”醜い傷を持って生まれたのか“などと言う輩が居たが、それは次第に”会ったら浄化されてしまうほどの可愛らしさなのではかいか“という噂に変わって行った。
そこに何の力が働いたのかは分からない。
今では、”ゼルビュートの天使“という代名詞までできてしまっているのは、本人だけが知らないのだろう。そして、会ったら浄化されてしまうと言うのはあながち間違いではない。
公爵家に拾われた当初は手負の獣のような刺々しさを持っていた長男のイーゼル様は、アステル様の力によって今では帝国一のブラコンへと変貌を遂げた。誰しも、アステル様といる時のイーゼル様の目が、甘く甘く惚けているのを見ればすぐに察するだろう。
それを初めて見たのは、アステル様の2歳の誕生日が迫ってきていたある日の事だった。
前日に珍しく公爵様が調理場へやってきて『明日、イーゼルが来るから面倒を見てやってくれ』と突然言われた我々はそれはもうパニックだった。
何故??という特大の疑問を残したまま、やれ「イーゼル様は剣術が達者らしい」だの、やれ「魔法の才能まであるらしい」だの話は広がり当日を迎えた。
そして午後、昼食が終わってからやってきたイーゼル様。
赤い目を縁取るまつ毛を伏せながら、少し言葉に詰まりつつも口を開いた。
「...弟の、アステルの誕生日のためにお菓子を作りたい。貴殿は、お菓子作りにも明るいと、ディラード様から伺った。だから...時間があれば、作り方を教えて、貰えないだろうか。」
終ぞ視線は合わなかったが、一回の料理人に対するにはあまりに丁寧な態度と、”完璧超人“という噂からは考えられない控えめな態度に逆にその場ははパニックになった。
「も、勿論ですとも!何でも聞いてください!」
「アステル様は、サクサクした食感が好きですから、まずはクッキーからでしょうか!?」
「そう、なのか...?俺は、料理などをやった事がないのだが...。」
「大丈夫ですよ!すべて私たちに任せてください!!」
「そうです!お菓子は基本的に混ぜて焼く事ができれば、美味しくできます!」
「そうか。それなら...俺にも、できるかもしれない。」
「はい!!頑張りましょう!!」
「ああ。頼む。」
無口だと聞いていたイーゼル様は、本当にただの子供と変わらない、弟想いの愛らしい方だった。剣を握って大人をも圧倒するイーゼル様が、一生懸命クッキー生地をこねているのを見て公爵家の調理場にはホッコリした空気が漂い始めていた。
そして時々「これで合っているか...?」と不安そうに尋ねてくるものだから、全員が心の中で全力で応援していた。
そして焼き上がったクッキーを口に運んだ時に、少し口角を上げて「おいしい。」と呟くのを見て、その場の人間は全て骨抜きになったのだ。
_____公爵家には、天使がいる。
しかし、公爵家にいる人間ならこう言うだろう。
公爵家には、天使が二人いる、と。
それからも定期的にイーゼル様は調理場へと訪れ、その腕を磨いていた。弟が好きすぎるあまりストイックになって、今や逆に「アステルはこっちの方が好きだ」と言って教わる機会が多くなっていったのだった。
▼
「...にいさま?」
「ああ、すまない。少し考え事をしていた。」
「かんがえごと?」
「そうだ。...俺が公爵家の人達に本当に馴染めたと思えたのは、お菓子を作り始めた時からだ。そしてそれは、アステルが居なかったらやろうと思わなかった事だ。...だから、やはり今の俺が居るのは全てアステルのおかげだ。」
そう言って、俺の膝の上で出来上がったクッキーを美味しそうに頬張るアステルの頭を撫でる。
「ちがいます。」
「え?」
「みんながにいさまのことをすきなのは、にいさまがとーってもみりょくてきだからです。...ね!みなさん!」
急に後ろを振り向いたアステルはそこに居た料理人たちに笑顔を向けた。そしてそれを受けた料理人たちは口々に言う。
「そうですよ!緊張しながら私達に頼んできたイーゼル様のなんとお可愛らしかった事か!」
「本当はイーゼル様も甘いものが好きなのは皆知ってますよ~!!」
「剣術も魔法もできて、料理もできるなんて、この帝国にイーゼル様以上の男は居ませんよ!!」
「俺の家内も、いつかイーゼル様にお会いしたいと言っていました!」
「あ!私の夫もです!!前にイーゼル様が下さったスコーンが本当に美味しかったから、お礼がしたいと!」
公爵家の料理人達からあげられる嘘偽りのない温かい言葉に、ぐっと胸に何かが込み上げてくる。
無意識にアステルを抱きしめる腕に力が籠った。
「ね?みんな、にいさまがだいすきなんです。...あ!でも、いちばんだいすきなのはぼくですよ!!」
そう言ってアステルが差し出すクッキーを口に入れて噛み締める。
そのクッキーはいつもと同じ砂糖の量の筈が、いつもよりも数倍甘く感じられて、体が溶けてしまいそうだと思った。
「...おいしい。」
「それは、にいさまだいすき!というきもちをいっぱいこめたからです!!」
3,152
あなたにおすすめの小説
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
公爵家の五男坊はあきらめない
三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。
生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。
冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。
負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。
「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」
都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。
知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。
生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。
あきらめたら待つのは死のみ。
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!
由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。
さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった!
しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って?
いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる