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第3章 お友達編
【53】大丈夫
しおりを挟むアステルと街に出かけてから帰って、寝てしまったアステルを部屋へ運び、自分も眠りについた。
しかし眠りについてから程なく、どこかで聞いた声がした。
______[おい、お前の弟が居ないぞ。...まあ、どうせ大丈夫だとは思うが。]
その声が消えるのと同時にビクッと、体が揺れて目が覚める。
まだ夜だった。
何か、夢を見た気がするが、覚えては居なかった。
嫌に熱のこもった体を起き上がらせる。
あたりは暗く、しかし頭が妙に冴えていた。
昔は殆ど眠ることもできずに居たから、眠れないことは大して気にしない。
...だが、この胸騒ぎはなんだろう。
なにか、得体の知れない焦燥感に駆られている気がする。
夢で聞いた声は、何か重要な事を言っていた気がする。
その言葉を聞いた時の感情だけが、体に残っていた。
そして、俺がこんな感情的になることといえば一つしかない。
「アステル。」
俺の弟に、何かあったのかもしれない。
何が何だか分からないが、とりあえずアステルの顔でも見れば気分はマシになるだろうと思い蝋燭を手に部屋を出る。
アステルは今日の外出で劇を見てから様子がおかしく、そのまま寝てしまった。夕飯の時になっても目が覚めず、明日の様子を見て医者を呼ぼうと父と母と決めて眠りについたのだ。
...アステルは、昼間なにを考えていたのだろう。
たまにアステルはアステルの筈なのに、年齢すら違う全くの別人に見えることがある。
俺はそれが、とても怖かった。
アステルの様子がでは無い。
アステルが抱えているものを共に背負えないことが耐えられないんだ。
いつか突然、手遅れになってしまうかもしれない気がして、怖い。
そんな事を考えながら、アステルの部屋の前に着く。
その扉を目に入れると、ざわりと不愉快なものが心臓を撫でた。
ああ嫌だ。まるで、実の父母の声に魘された夜みたいな嫌悪感だ。自分ごと周りの全てを焼き払いたくなる。
早く、アステルの可愛い寝顔でも見て癒されよう。そのままアステルが目覚めるまでそばに居よう。そうすれば、この吐きそうな不快感もマシになるはずだ。アステルは俺の光だから。
そう思い、部屋の中で眠るアステルを起こさないように小さくノックした後に扉を開ける。
月明かりが照らすこの部屋は俺と同じ作りの部屋なのに、アステルがいるというだけで空気が澄んで見える。
俺は人並み以上に夜目が効くため、万が一アステルを起こさないように蝋燭の明かりも息を吹きかけて消す。
そうしてアステルが居るベッドに近づく。
そこにはすやすやと穏やかに眠るアステルが、
「...アステル?」
なぜかベッドの上の布団は乱れ、そこには誰も居なかった。
「...アステル...!」
声を大きくして呼んでみても、なんの声も返ってはこない。
トイレに行ったのだろうか?
嫌、アステルは一度寝たら朝まで目覚めない筈だ。それに、行くとしても使用人を呼ぶはずだし、部屋の電気もつけるはずだ。
すぐに最近覚えた探知魔法で周囲を探ってみるが屋敷の中にアステルの気配がなかった。
「...アステル!!!」
声を張っても、誰もいない部屋に虚しく響くだけだった。
ばさっと布団を漁るが見当たらない。
魔法で火の玉を作って部屋を照らしながら、至る所を探す。
ベッドの下、クローゼットの中、椅子の下、テーブルの下。
「アステル!!どこだ!!」
どこにも、アステルが居なかった。
段々と“誘拐”の二文字が頭に浮かび上がるが、 自分が漁った部屋を見ると違和感が残る。
「...コートと、カバンがない。」
アステルが今日着ていたコートと、カバンが一つずつ無くなっている。
それはまるで、外に出る準備をしてから外に出ていったようだった。
誘拐するにしても、律儀にコートを着せる奴がいるだろうか。金目のものを盗まずに、カバン一つを取っていくだろうか。
「イーゼル!?どうしたんだ!?」
俺の声を聞いてか、父と母が使用人と共に部屋にやってきた。
「...アステルが、居ません。」
「っ、誰か知ってる者は!?」
後ろに控える使用人からは声が上がらない。
「全員起こして、邸宅を探せ!!捜索隊を結成する!」
「はっ!」
「っそんな、...アステル...!」
「フェルアーノ、大丈夫だ。必ず見つかる。...イーゼル、お前も探すのを...イーゼル?」
「...だれ、が。」
誰の仕業だ...?
アステルの足で出て行かせたとなると、催眠魔法の類いだろうか。
それとも俺の知らないところでアステルと繋がりを持ち誘い出した?
_____俺の、アステルを?俺の許可なく?
「っ、イーゼル、抑えろ!!部屋の痕跡が消える!!」
気づいた時には、自分の周りはぐるぐると炎が渦巻いていた。どうやら激情に呑まれて魔法の制御ができていないらしい。
魔塔の時と同じだ。感情がそのまま力となって溢れ出てしまっている。
全身の血が沸騰して興奮状態になるのを感じ、はぁはぁ、と息が切れた。
息が苦しい。吐く息に火が混ざる。
この体に宿る魔力がそのまま火を吹いて内臓を焼き殺そうとするのを必死で抑えながら頭にはただ一人の笑顔があった。
「...アステル。今、迎えに行くからな。」
▼
一方、寒い地下。
『アステル!!アステル!!!!』
突然糸が切れたように倒れ込んだアステルはそれ以降ピクリとも動かなかった。辛うじて胸が上下して息をしているのは分かるが、それ以外を確かめる術がない。
変な首輪で体内の魔力回路を塞がれていなければ、すぐにこの魔力耐性の強い柵だって砕いてやるのに。今は目の前の子が凍えないように簡単な魔法をかけることしかできない。
『っあぁ、クソ!』
原因は十中八九、己の怪我を治したことにあるだろう。しかし、足が治ったところで倒れられたら本末転倒どころの話ではない。
まったく、今の自分は本当に使い物にならない。
この子が使った力の正体も見抜けなければ、怪我を治してくれた恩人を助けることもできない。
不甲斐ない。
かつての長い己の生の中でこんな感情に苛まれる事があっただろうか。いや無かった。断言できる。
思い返せば今回は運が悪かった。
たまたま腹を空かせている時に、たまたま密猟者に近づいてしまい、たまたま呪具の攻撃が避け切れず、たまたまその呪具が強力だったのだ。このどれか一つでも、はずれくじを引かなければこんな事にはならなかったのに。
いいや、全部自分のせいだ。今のアステルの状態も全て。
『...アステル、目を覚まして。アステルお願い。』
それでも目の前の子供はなんの反応も見せない。
このまま死んでしまったらどうしよう。このままもう言葉も交わせないまま事切れてしまったら、...そういえばまだ自分はお礼すら言っていない。
足を治してくれてありがとう。本当は結構痛かったんだ、って。僕のために泣いてくれてありがとう、って。
それで、名前をつけてもらって、“友達”になりたかった。
僕は、ずっと、ずっとずっと友達が欲しかった。
今となってはこんな事を願ったせいで友達候補ならぬ傷を治してくれた恩人を失いかけているのだが。
僕は動物なのにこうして喋れるけど、それは万人とではない。どういう理由なのか、僕の声が届く人は限られている。それは人口の数%とかいう話ではなく、何百年に数人と限定されている。
それを“僕達”は親和性と呼ぶ。
そして、おしゃべりな僕はそんな人間とのおしゃべりに憧れた。いい加減湖に映る自分とか、何千年も存在する大木に話しかけるのは飽きたのだ。
そんな時、こんな捕まり方をしてしまって、痛む足に首輪の縛りが重なって夢に逃げた僕は、初めて人間に話しかけられた。
本当に嬉しかった。
僕は喋れなかったけど、喋れないのにその人間は怪我をした僕を心配してくれたんだ。僕の目を見てくれたんだ。僕に手を差し出してくれたんだ。心配してくれたんだ。
まるで、人間同士が友達になる時みたいじゃない?
それが、すっごく嬉しくて、永遠にこの時間が続いてほしくて、つい、本当につい、魔がさしたんだ。
_____会いに来て。
“僕”がそう願ってしまったのがどれほど影響を与えてしまったのかはわからないが、現にこうして会いに来てくれたのだから、そう言うことだろう。
今となっては、『弱ってるからって、恩人をなんて目に遭わせてるんだ』と過去の自分に噛みつきたい気分だ。噛みついて、喉元を引きちぎってやる。
『アステルっ!僕なんでもするから、どんな獲物も獲ってあげるよ!僕の力は全部アステルに使うから、いくらでも撫でていいよ。だから、だから、お願いっ...目を覚まして!!!』
僕がそう言い終わるのと同時に、フッと少しだけ体が軽くなる気がした。
建物全体に感じていた魔法の気配が消えたのだ。
どうやら外で何か起こっているようだ。
それだけでは敵か味方か判別がつかないが、次第に巨大な力を持った何かが、こちらへと近づいてきているのが分かる。
鉄の棒達になるべく体を寄せて、アステルに近づく。
『っ大丈夫、僕が守るからね。アステルは、アステルだけは僕が身代わりになってでも助けるから、怖がらないでいいよ。』
バタン!ドンっ!!という音が上から聞こえる。助けなのか、敵なのか、はたまたその他なのか。
ただ、アステルはこれだけ大きな音がしても目を覚まさなかった。
『アステル、アステル、』
もう、誰でもいい。
誰でも、なんでも、いいから。
どうか、僕の友達を助けてくれ。
_____ドゴンッッ!!!!
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