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みやの

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第7章

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* 



翌朝、結局眠れずに由伊が起きるより早く部屋から出て、顔を洗いに行った。
涙は止めたけど、全然眠れるわけなくて冷水で顔を冷やした。

「はぁ……」
「ちょっと、終わったなら退いて」
「ひっ、あ、ご、ごめ……っ」

真後ろから声をかけられて、律はビックリして水を撒き散らしてしまった。
慌てて近くのタオルで拭きながら、真を見た。

「……お、おはよ……真ちゃん、はやいね」

気まずく思いながらも、挨拶をしてみると……やっぱり返事は返って来なかった。
諦めて戻ろうと背を向けた時、「あのさ」と強めの声に引き留められた。

「挨拶すんなら、そんな辛気臭い顔しないでくれる?朝から気分悪い」
「……っ、そ、……そうだよね……ごめん、……なさい」

これ以上ここに居られる自信がなくて、無理矢理口角を上げてへらり、と笑い駆け足でその場を去った。

……すこしだけ、父さんのいる所を覗いてもいいかな。

なんて思ったけれど、その部屋には由伊のお父さんもいるので、起こしたら大変だからやめにした。
まだ早朝だし、明るいから、外でも行こうかな……
そう思って、由伊の部屋に戻りこっそり着替えてまた一階に戻り玄関に腰掛けた。

すると、

「あら?律くん、おでかけ?」

のんびり優しい声がまた真後ろから聞こえてきて、ビクリと、震えた。

「……お、おこして、……ごめ、なさい!!」

慌てて頭を下げて、謝る。

どうしよう、起こしちゃった、怒ってるよな、うるさかったよな、他人の家でこんなはやく、こんな─……

「あら?起こされたのはアラームによ~?私はいつもこの時間に起きて皆の朝ごはん作ってるのよ、気にする事なんかないわ」

京子は穏やかにわらって、頭を撫でてくれた。
その優しさが、不意に由伊と重なってじわっと目頭が熱くなったけれど、俺はそんなの全部無視して口角を上げ目じりを下げた。

「……おはようございます」
「ええ、おはよう。それよりどこか行くのかしら?」

「……あ、いえ、お散歩と……仏壇に線香をあげに行こうかと……」

しどろもどろで答えると、京子は「あら!私もいっていいかしら?」とパッと顔を明るくする。

「え……え?でも、ただのお散歩とちょっと家に帰るだけ……ですよ?」
「だけ、なんかじゃないわ。私が、律くんのお母様にお会いしたいのよ」

慈愛に満ちた笑顔で言われて、また泣きそうになった。
けれど、もう段々慣れてきた笑顔の作り方。
顔に貼っつけて、「……ありがとうございます」と言えた。

「でも、皆の朝ごはんを作らなきゃだから少し待っててもらえるかしら?ごめんなさいね」

申し訳無さそうに謝られて慌てて首を横に振る。

「そ、そんな事ないです!もしよろしければ、お手伝いしても……いいですか?」

遠慮がちにそう訪ねると、京子はぱあっと顔を明るくして「あら本当!?嬉しいわ!」と言ってやさしく手を握ってくれた。

「ささ、じゃあこちらに来て」

るんるんな京子が何だか可愛らしくて微笑む。

「律くん、よく笑うようになったわね」

ふと、そんな事を言われてドキリと胸がなる。

「……笑顔の方が、良いなと思ったので」

それとなく、答えを濁した。

突っ込まれたら困ると思っていると、京子はそれ以上追求はして来ず、「そうかもね」とニッコリ笑ってくれた。
京子と家族と俺たち分の朝食の準備をし、皆が起きてくる前に律たちは2人で先に食べ家を出た。






「律くんと二人って初めてね!嬉しいわ!」

お散歩しつつ、由伊のお母さんに耳を傾ける。

「……あの、色々迷惑をかけてすみませんでした」

不意に立ち止まって面と向かって頭を下げると、京子は「ふふ、真面目ねぇ」なんて笑う。

「律くんは、そうやって生真面目に何でも何でも気にしてきてしまったのね」

何でも気にして?
……どういう意味だろう。

「私の律くんの事が好きって気持ちは、息子として愛せるって意味だから、信用出来るようになった時に、信じて本当だったって納得してくれれば良いわ」

信用できる時に……

「……できるんでしょうか、俺に」

ふと、口に出てしまった。
人を信用するビジョンが沸かない。
もう充分、由伊や、ご家族を、信頼していたのに。
そのつもりだったんだけど。

「……律くんがまずしなきゃいけないのは、自分を肯定して受け入れることと、自分を信じてあげることなんじゃない?自分を信じられないのに他人を信じられるわけないじゃない」

ケラケラと言って退ける京子に、律はポカンとする。

「そ、そうなんですか?」

思わず先を歩く京子に駆け寄り、聞くと京子は頷いた。

「そうよ?結局ね、世界で信用出来るのは自分しか居ないの。上手く生きれる人は、人に意見を聞けども最後は必ず自分を信じて前に進める人なの」

……縁遠い、世界の話。

「変われるのは強さだけど、変われるためには自分を知り、自分を信じて、確立しなきゃブレて人に流されて、そのままアウト」
「……」

「ただね、上手く生きるのも大切かもしれないんだけど、結局大切なのは、自分が大切だと思う人をちゃんと大切に出来ているか、だと思うわ。結局、人はひとりじゃ生きられないの。私も、律くんも、ね?」

じわじわと京子さんの言葉が心にしみていく。
もう律の心は形を生していないけど、それでも、生きてていいんだよって肯定されたような気がして、嬉しかった。




「あらここよね?律くんのお家」

話しているうちにいつの間にか着いていたようで、鍵を開けて久しぶりの家に入る。

「お邪魔します」

家の中で女の人の声がするのが新鮮で、ワクワクする。
律たちは真っ直ぐ仏壇に向かい、順番に手を合わせた。
母には、帰った事だけを、報告した。

あの日、由伊や真ちゃんに止められて、本当によかったのかな。
あのまま沈んで灰の空気を全部抜いたら、母さんと会えたのにね。
俺まだ、しぶとく生きてるんだ。

おかしいね。

「素敵な方ね」

額縁の中で笑う母の写真を見て、京子は目を細めた。

「律くんに似て、聡明で真っ直ぐで可愛らしい方」
「…………母さんは……いつも、真っ直ぐで、ただしくて、あったかくて、……やさしくて、強い……人です」

「律くんには、そんな素敵なお母様の血が流れていて、今しっかり生きている。……健気に毎日を頑張っているわ」

……俺の中には、……母さんの血が……
そうか……俺の中には、大好きな父さんの血も母さんの血も……流れてるんだよな。
大好きな母さんが遺してくれた、自分。

「……ふふ、少し愛おしく思えた?」

京子に微笑まれ、律はワンテンポ遅れたけれど泣かずに笑えた。

「……っ、……はい……!!」

気づきもしなかった、こんな当たり前のこと。
『あの人』と同じ血だと思っていたのに、父さんや母さんの血が当たり前に濃く入っていることも、この細胞も母さんや父さんに守られて愛されて出来上がったものなのに、何でこんなこと忘れてたんだろう。

馬鹿だな、俺。

悲観することに一生懸命になって、大事なことに何一つ気づけていないんだな。

「ふう、いっぱい買っちゃったわ!ごめんねぇ、持たせちゃって」
「いえ良いんです!母さんに挨拶までしてくださって、こんなんじゃ足りないくらいもっと、感謝してるんです」

笑って言えば、由伊の母さんは嬉しそうに笑ってくれた。

「ニコニコ笑って、可愛いわねぇ」
「本当だ、ニコニコ笑ってる。可愛いなぁ」

「わっ!?」

本日3度目の真後ろからの声に、律はビックリして思わず京子の方へ逃げてしまった。
そんな律に2人は、「猫みたい」とクスクス笑う。
律はカアッと顔が熱くなりながらも、「お、おはようございます……!」と頭を下げた。

「うんうんおはよう。律くん京子の手伝いしてくれたのか?ありがとなぁ」
「あ、い、いえ……したくてしたので、お礼なんて……」

「ニコニコのありがとう、が聞きたいなぁ~」

孝にニヤニヤ笑われて、あまりの羞恥に全身が熱くなるのを感じながら、「……ぁ、ぁぅ、……りがと……ございます……」と途切れ途切れに返せた。

「はは!上出来だ!」

豪快に笑って頭をくしゃくしゃ撫でられる。そんな律を見て京子もまたクスクスと笑った。

「さ、買ってきたもの仕舞うからアナタは皆とご飯食べてよ。食器片付かないでしょ」

怒られた孝は渋々俺から離れ、牛乳を手にしてダイニングテーブルに戻った。
そこはもう、由伊も起きていて、真もバッチリ服装メイク決めて、寛貴は半分寝ながら食べていた。

……父さん、まだ起きれないのかな。

律は心配になり、こっそり文崇が寝ているであろう孝の部屋へ向かおうとする
しかし、気づかれた孝に「まだ寝てるから、静かにしてあげてな」と言われ、こくりと頷いた。

……父さん、休みの日でも早起きなのに。

不安が膨らみ、ゆっくりドアを開けると文崇は布団にくるまって眠っていた。
こっそり近づくと寝息が聞こえる。

……よかった……生きてる……

まだ熱がありそうで、ゼェゼェと苦しそうだった。
……父さん、こんなになるまで抱え込んでたんだ……俺がちゃんと気づけばよかった……

「……ごめん……父さん」

ぽつりと呟いて手を握った。
すると、もぞりと布団が動きくるりと文崇がこちらを向いた。

「……ん……り、……つ……?」
「父さん?大丈夫?辛いとこない?ご飯は?お粥食べる?」

薄ら目を開けた文崇は、くしゃりと笑って手を握り返してくれた。

「だいじょーぶ、……だよ、……りつは?……たべた?ごめんなぁ……せっかく、いっしょに……いれるのに……よわくて……」

こんな時でも俺の心配をして、謝る文崇に、律は自分が情けなくて仕方が無い。
ぎゅっと強く手を握って、真っ直ぐ見つめた。

「父さんは、弱くなんかない。世界一カッコイイ。大好きだよ」

そう伝えると、聞こえたのか文崇はへにゃりと嬉しそうに笑って、口を開く代わりに律の手を握り返してくれた。
力が入らないのか、弱々しく、だけれどしっかりと手を握ってくれた。

「…………俺、強くなるから。父さんを、守るから」

口だけじゃない。
本当に、強くなる。
由伊に言われたこと全部、図星だと思ったから何も返せなかった。

発作しか起こせない自分に嫌気がさす。
被害者ヅラして、変わろうとしない自分が嫌だ。
俺の中には、母さんと父さんの血が半分ずつ流れている。

負けるはずがない。
母さんも父さんも強くて、優しい。
俺も、2人みたいになれるはずなんだ。
なろうとしなかった

戦うだ何だ宣って、結局やらなきゃただの嘘。
嘘も、やれば嘘じゃなくなる。

決めた。

俺は、父さんを守る。

そして由伊に、言わなきゃいけないことがある。

……由伊の事が『好き』だと伝えなきゃならないんだ。




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