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2.過保護
しおりを挟む彼女と住んでいた家に置いていた必要な荷物を抱えた俺は現在、空を見上げている。
いや正確には、空高く続いている超高層マンションを見上げている。そのあまりの高さに平衡感覚を失ってふらついていると、既に建物に入ろうとしている男――エリオが振り返る。
「何してんの」
「いや、何でもない……」
『エリオ、さん?』
『エリオでいい。敬語もなくていい。あんたは確か…』
『木隠依斗(こがくれ いと)』
『依斗。今から俺の家に行くぞ』
『家!?』
『泊まれるところが欲しいんだろ?俺の家ならどこのホテルよりも快適に過ごせる』
『へぇ…』
先程交わした会話を思い出すが、なるほど。
確かにこんな高級マンションは中々お目にかかれない。
大人しくエリオに着いていけば、エレベーターはなんと最上階で停止した。
「広っ……」
「何でも好きに使っていい。ここは大学からも近いし、広いし、何だってある。不自由は一切ないはずだ」
「まぁ、確かに……」
吸血鬼と一緒に暮らすなど危ないだろうと思っていた俺だが、あまりの豪華さに目が眩む。
その時、ズイと近づくエリオに思わず後ずさる。
早速噛まれるのか…!?
「俺は今から仕事に行ってくる。何かあればここに連絡して」
「え、うん……」
そう言って紙切れを渡すと、すぐに部屋から出ていくエリオに拍子抜けする。
エリオの冷徹な喋り方もあって、無慈悲に血を搾り取られると思っていたのだがそうでもないらしい。
いや、油断大敵だ。
気を取り直してスマホを取り出せば、数日間電源を切っていたことを思い出す。
ピロン、ピロンピロン、ピロン、ピロン………………
「えっ、な、何」
電源をつけた瞬間、溜まっていたのであろう通知音が鳴り止まない。
「……潜だ」
昔からの見知った名前に安堵するも、相変わらずの潜の過保護さに呆れる。
確かに、1日に1回は連絡しろとは言われたけど、親じゃあるまいしさ。数日くらい俺だって返信しないこともあるよ。
潜からの内容を読めば、俺の安否の心配と、それから『明日そっちに向かう』って…………え!?
2時間前に来ていた内容に慌てて返信する。
吸血鬼と一緒に住むことになったなんて言えば余計心配してこっちに来るだろうから、あくまでスマホが壊れていた体にして。
♪~
返信すれば、即既読からの電話がかかってくる。
「もしもし」
『依斗、大丈夫か!?』
「スマホ壊れてただけだよ。心配しないで」
『なんで壊れたんだよ。……絶対何かあっただろ』
「だから大丈夫だって。それより潜、仕事は?」
『休憩中だからいいの。話逸らしても無駄。言えって』
「……強いて言うなら彼女と別れたくらい」
『彼女って、あの大人しくて優しいって言ってたやつ?』
「そう。自然消滅だから気にしないで」
潜には彼女と同棲していたことは言わなかった。ただでさえ彼女ができたと報告しただけでしつこく詮索されて、1回それで喧嘩まで発展した。
『やっぱ変なやつだったんだろ。だから俺は……』
「そういう潜は仕事どうなの?」
『……それは言えないって』
「じゃあ、俺だってこれ以上何も言わない。潜の仕事、住んでる場所すら俺は知らないのに、俺のことは全部言えって?そんなのおかしいだろ」
『機密情報なんだよ。わかってくれ』
「はいはい、何よりも大事な俺、よりも大事な仕事ね」
『依斗……』
「もういいでしょ、明日からはまた連絡するから。これ以上話しても平行線だって」
『……忘れるなよ』
「うん、お疲れ」
案外変わらない親友の声に安心したと同時に、一気に疲れがやっきた。我ながらめんどくさい女みたいなこと言ってしまったと思うが、潜だって、過保護お母さんみたいなもんだ。お互い様だろ。
――――――――――――――
「クソッ……」
半ば強制的に終わらせられた電話に憤りを感じて、感情を言葉にしたら案外その声は大きかったらしい。
「ん?光埜(みつの)くん、お疲れ?」
「あ、すみません。ちょっと」
依斗から返信が来た瞬間、休憩と称して仕事を抜け出してきたが、どうやらサボりたがりのこの先輩も何か理由をつけて出てきたようだ。
茶色の短髪は依斗と似ていて、依斗がもう少し歳をとればこんな感じになるのかなと思ったりもする。
「光埜くんって普段は冷静なのに、スマホに通知来る度に笑ったり、怒ったり百面相してて面白いんだよね。彼女か何か?」
「……そんなんじゃないです、幼なじみで」
「あー、幼なじみ属性か~。でも案外幼なじみで結婚したら上手くいきそうだよね」
相変わらず適当な話しかしない人だ。
会話しても無駄だと思い、依斗とのトーク履歴を眺める。
1年と2ヶ月、毎日欠かさず続いていた報告がここ数日なくなったときは、心配で胃に穴が開きそうだった。
すぐにでも会いに行こうとしたが、ちょうど重大案件が入ってしまって行くに行けなかった。
電話越しの依斗の声は若干いつもより低かった。
本人は気づいてないようだけど、依斗の声が低いときは緊張してたり何か隠してたり嘘をついたりするとき。
これは近々会いにいかないとな……。
けど今日の依斗の言葉には驚いた。まさか依斗がそんな風に思ってたなんて。
『何よりも大事な俺、よりも大事な仕事ね』
頭の中で反芻される言葉。まるで構って貰えなくて拗ねているみたいなセリフ。
知らず知らずのうちに口角が上がる。
「光埜くんってそんな顔するんだ」
「……どんな顔してます?」
「え~、意地悪そうな顔。なんか、幼なじみちゃんが心配だよ俺。優しくしてるの?」
「もちろん。誰よりも優しくしてますよ」
「ふーん?」
トーク履歴から目を離さずに答える。
先輩から間延びした適当な返事が返ってきたその時、社用携帯が鳴ったのですぐにでも出れば部長の焦った声が聞こえてきた。
「光埜!お前どこいる!?」
「すみません、休憩で屋上に」
「千崎もいるか!?」
「いますよ~」
音声をスピーカーにすれば隣の先輩が代わりに返事をする。
「おい千崎!?お前電話出ろよ!何回かけても出ねぇわデスクにもいねぇわ」
「以後気をつけまーす。で、部長、要件は?」
「はぁお前ってやつは……。〇✕ビル横の裏路地で、吸血鬼によるものと思われる殺傷事件だ。本部から俺らB班に要請が入った。千崎と光埜、お前ら2人も今すぐ向かえ」
「承知しました」
「はーい」
行くかぁ、と伸びをしながら歩き出す先輩に続いて、俺も動き出すのだった。
――――――――――
業務調整係(通称:B班)
警察庁内の一部署。表向きには部局間の連絡調整および事案整理を担う係とされている。実際には、通常の捜査手続では対応困難な特殊事案(吸血鬼事案)を担当する。
当該事案の性質上、吸血鬼の存在については庁内でも限られた職員のみが把握しており、一般職員には本係の実態は開示されない。
構成員は原則としてスカウトによって選抜され、判断力および身体能力に優れた職員で構成される。
部署内の業務内容は他言無用が絶対ルールである。
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