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第二部 漂流編
第36話 塔の足元で
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塔は、遠くから見ていた姿とまるで違っていた。
近づけば近づくほど、影は質量を増し、
形を保つためだけに歪んだ鉄骨の束が重なり合い、
外殻は剥がれ落ち、肋骨のような骨組みだけが空を支えている。
タケルが無意識に息を呑んだ。
「……でかすぎる。」
アキトも言葉を失っていた。
塔は高い、ではなく――深い。
まるで空の底から生えているような、不気味な深さを持っていた。
塔の基部に近づくにつれ、
地面の赤い線は太さを増し、
複数の線がひとつの束になって塔の土台に流れ込んでいた。
タケルが、その線を見て震える声で言った。
「……まだ、生きてる。」
アキトは膝をついて線に手をかざした。
線は赤いのに、熱はない。
なのに――脈がある。
(祈り線が……まだ呼吸している。)
気味の悪さと同時に、胸の穴の奥がひりつく。
“祈りを逃さない”――塔の記憶が蘇る。
タケルは塔を見上げ、喉を鳴らした。
外殻が崩れてむき出しになった鋼材のあいだで、
薄く光が走る。
外側は死んでいるようにしか見えないのに、
内側の“線”だけが淡く生きていた。
「兄さん……」
「分かってる。」
塔の内部で、なにかが“応答”している。
それは、タケルとアキトが近づいたためでもあり、
塔の方が二人を“捉えた”ためでもあった。
塔の足元は大きく開いていた。
本来は外殻で塞がれていた部分が崩落し、
巨大な影の口を作っている。
黒い穴の奥から、
冷たい風が吹いてくる――が、これは風ではない。
祈り線の呼吸だ。
タケルが小さく呟く。
「リタの……気配がする。」
アキトは胸の穴の奥がざわりと揺れるのを感じた。
まるで“残り火”が呼応したかのように、
微かな温度が灯る。
欠片。
記憶の海で拾った赤い欠片が、塔の奥へ伸びる祈り線と微弱に繋がっているのだ。
「……塔の中にあるのか。」
アキトは呟いたが、確信を持てなかった。
欠片は、塔の本体を求めているだけかもしれない。
それとも、塔の中に残された“本物のリタ”の痕跡に触れたのか。
タケルは穴の前に立ち、暗闇を覗き込む。
「暗いけど……中から、聞こえる。」
「音か?」
「いや……“声の形”だけ。意味はないのに、形だけ伝わる。」
その説明は、深層の声よりも曖昧で薄く、
外界の白い底で聞いた声とも違っていた。
塔固有の“呼び声”。
アキトが暗闇に目を凝らしたそのとき――
塔の中から、
なにかが“スッ”と浮かび上がった。
タケルが息を止めた。
白かった。
一瞬、光の線かと思った。
だが違う。
“手”だった。
塔の外殻の隙間から、
白い指がすっと伸びてくる。
アキトはとっさにタケルを庇った。
「離れろ!」
だが白い手は攻撃する気配を見せなかった。
ただ、塔の外気を探るように、
指先を震わせながら外へ向いた。
タケルが震える声で囁く。
「……あれ、さっき薄層で見た手と……同じじゃない?」
アキトは頷いた。
関節の黒ずみ、陶器のような質感、
指先が音もなく空気を裂く動き――
間違いない。
だが薄層で見た手と比べて、
この白い手には迷いがあった。
タケルが、小さな声で言う。
「……探してる。」
アキトも感じていた。
狙って伸ばすのではなく、
“何があるか確かめようとしている”動き。
塔の内側から外界を探る触手。
外の世界と塔の内部をつなぐ観測の端末。
だが――
指先が“二人の方向へ”向いた瞬間、
アキトの胸の穴が冷たく疼いた。
(呼ばれた?)
違う。
(……“照らされた”。)
白い手が外に向いた途端、
塔の内部に無数の細い線が走るのが見えた。
赤くも白くもない、透明に近い線。
祈り線の残骸か、あるいは塔の神経のようなもの。
それらが、わずかに震え、
タケルの胸にも赤い微光が灯った。
「兄さん……タケルが……」
タケルは胸を押さえ、苦しげに息をする。
「違う……呼ばれてない。
でも……“選ばれてる”みたいな……」
アキトは塔に向かって叫んだ。
「タケルに触れるな!」
塔が応えるように、
白い手はピタリと動きを止めた。
その瞬間、
塔の奥から“鈍い拍動”が響いた。
ドク……
ドク……
皮膚のない心臓が、
直接空気を揺らしたような、乾いた低音。
タケルが震えた声で言う。
「……兄さん。塔、生きてる。」
アキトも、胸の穴が同じリズムで震えるのを感じた。
塔の心臓が、まだ止まっていない。
止まっていないということは、
“祈りを受け入れ続けている”ということだ。
そして、祈り線が今も生きているということは――
塔にはまだ、“主機”が存在する。
タケルがふらりと前へ出そうになり、
アキトは即座に肩を掴んだ。
「タケル、戻れ!」
「違う、兄さん……塔の奥から――」
タケルは震える指で塔の暗闇を指し示した。
「……リタの気配がする。」
アキトの呼吸が止まった。
欠片の残り火が、胸の穴の奥で燻りだす。
塔に近づくほど、その燻りは強まっていた。
(まさか……)
リタの記憶の断片が塔に吸われたのではない。
塔の心臓に残された“本体の意識”が、
まだ消えずに揺れているのではないか。
白い手がわずかに震え、
塔の奥に引き戻される。
その動きには、
攻撃性でも恐れでもなく――
戸惑いにも似たものがあった。
アキトは微かな声で呟いた。
「……外のやつとは、違う動きだ。」
タケルがアキトの袖を掴む。
「兄さん、塔……俺たちを“見てる”。
外界じゃなくて……塔そのものが。」
塔の心臓が二人を捉えている――
その感覚は、嫌悪と恐怖を同時に引き起こした。
アキトはタケルの腕を掴み、強い声音で言った。
「タケル、絶対に一人で入るな。
塔の中は……走らなきゃ戻れない場所だ。」
タケルは震える声で返した。
「分かってる……兄さんの足音、聞いてるから。」
二人は塔の口を見上げた。
暗闇の奥で、祈り線が細く明滅している。
塔の中へ入り込むための入口ではなく、
“塔がこちらへ息をするための穴”のようだった。
アキトは一歩、前へ進んだ。
胸の穴が、冷たい痛みを放つ。
塔の呼吸を受け止めたときと似た痛み――
だがその奥に、あの少女の声がわずかに混ざっていた。
リタ。
タケルがそっと言う。
「兄さん、行こう。」
「……ああ。」
塔の呼吸が、二人の足元にまで広がる。
黒い影の口へ――
二人は、静かに歩みを進めた。
塔の心臓が動き出す前に、
自分たちの足音を刻むために。
近づけば近づくほど、影は質量を増し、
形を保つためだけに歪んだ鉄骨の束が重なり合い、
外殻は剥がれ落ち、肋骨のような骨組みだけが空を支えている。
タケルが無意識に息を呑んだ。
「……でかすぎる。」
アキトも言葉を失っていた。
塔は高い、ではなく――深い。
まるで空の底から生えているような、不気味な深さを持っていた。
塔の基部に近づくにつれ、
地面の赤い線は太さを増し、
複数の線がひとつの束になって塔の土台に流れ込んでいた。
タケルが、その線を見て震える声で言った。
「……まだ、生きてる。」
アキトは膝をついて線に手をかざした。
線は赤いのに、熱はない。
なのに――脈がある。
(祈り線が……まだ呼吸している。)
気味の悪さと同時に、胸の穴の奥がひりつく。
“祈りを逃さない”――塔の記憶が蘇る。
タケルは塔を見上げ、喉を鳴らした。
外殻が崩れてむき出しになった鋼材のあいだで、
薄く光が走る。
外側は死んでいるようにしか見えないのに、
内側の“線”だけが淡く生きていた。
「兄さん……」
「分かってる。」
塔の内部で、なにかが“応答”している。
それは、タケルとアキトが近づいたためでもあり、
塔の方が二人を“捉えた”ためでもあった。
塔の足元は大きく開いていた。
本来は外殻で塞がれていた部分が崩落し、
巨大な影の口を作っている。
黒い穴の奥から、
冷たい風が吹いてくる――が、これは風ではない。
祈り線の呼吸だ。
タケルが小さく呟く。
「リタの……気配がする。」
アキトは胸の穴の奥がざわりと揺れるのを感じた。
まるで“残り火”が呼応したかのように、
微かな温度が灯る。
欠片。
記憶の海で拾った赤い欠片が、塔の奥へ伸びる祈り線と微弱に繋がっているのだ。
「……塔の中にあるのか。」
アキトは呟いたが、確信を持てなかった。
欠片は、塔の本体を求めているだけかもしれない。
それとも、塔の中に残された“本物のリタ”の痕跡に触れたのか。
タケルは穴の前に立ち、暗闇を覗き込む。
「暗いけど……中から、聞こえる。」
「音か?」
「いや……“声の形”だけ。意味はないのに、形だけ伝わる。」
その説明は、深層の声よりも曖昧で薄く、
外界の白い底で聞いた声とも違っていた。
塔固有の“呼び声”。
アキトが暗闇に目を凝らしたそのとき――
塔の中から、
なにかが“スッ”と浮かび上がった。
タケルが息を止めた。
白かった。
一瞬、光の線かと思った。
だが違う。
“手”だった。
塔の外殻の隙間から、
白い指がすっと伸びてくる。
アキトはとっさにタケルを庇った。
「離れろ!」
だが白い手は攻撃する気配を見せなかった。
ただ、塔の外気を探るように、
指先を震わせながら外へ向いた。
タケルが震える声で囁く。
「……あれ、さっき薄層で見た手と……同じじゃない?」
アキトは頷いた。
関節の黒ずみ、陶器のような質感、
指先が音もなく空気を裂く動き――
間違いない。
だが薄層で見た手と比べて、
この白い手には迷いがあった。
タケルが、小さな声で言う。
「……探してる。」
アキトも感じていた。
狙って伸ばすのではなく、
“何があるか確かめようとしている”動き。
塔の内側から外界を探る触手。
外の世界と塔の内部をつなぐ観測の端末。
だが――
指先が“二人の方向へ”向いた瞬間、
アキトの胸の穴が冷たく疼いた。
(呼ばれた?)
違う。
(……“照らされた”。)
白い手が外に向いた途端、
塔の内部に無数の細い線が走るのが見えた。
赤くも白くもない、透明に近い線。
祈り線の残骸か、あるいは塔の神経のようなもの。
それらが、わずかに震え、
タケルの胸にも赤い微光が灯った。
「兄さん……タケルが……」
タケルは胸を押さえ、苦しげに息をする。
「違う……呼ばれてない。
でも……“選ばれてる”みたいな……」
アキトは塔に向かって叫んだ。
「タケルに触れるな!」
塔が応えるように、
白い手はピタリと動きを止めた。
その瞬間、
塔の奥から“鈍い拍動”が響いた。
ドク……
ドク……
皮膚のない心臓が、
直接空気を揺らしたような、乾いた低音。
タケルが震えた声で言う。
「……兄さん。塔、生きてる。」
アキトも、胸の穴が同じリズムで震えるのを感じた。
塔の心臓が、まだ止まっていない。
止まっていないということは、
“祈りを受け入れ続けている”ということだ。
そして、祈り線が今も生きているということは――
塔にはまだ、“主機”が存在する。
タケルがふらりと前へ出そうになり、
アキトは即座に肩を掴んだ。
「タケル、戻れ!」
「違う、兄さん……塔の奥から――」
タケルは震える指で塔の暗闇を指し示した。
「……リタの気配がする。」
アキトの呼吸が止まった。
欠片の残り火が、胸の穴の奥で燻りだす。
塔に近づくほど、その燻りは強まっていた。
(まさか……)
リタの記憶の断片が塔に吸われたのではない。
塔の心臓に残された“本体の意識”が、
まだ消えずに揺れているのではないか。
白い手がわずかに震え、
塔の奥に引き戻される。
その動きには、
攻撃性でも恐れでもなく――
戸惑いにも似たものがあった。
アキトは微かな声で呟いた。
「……外のやつとは、違う動きだ。」
タケルがアキトの袖を掴む。
「兄さん、塔……俺たちを“見てる”。
外界じゃなくて……塔そのものが。」
塔の心臓が二人を捉えている――
その感覚は、嫌悪と恐怖を同時に引き起こした。
アキトはタケルの腕を掴み、強い声音で言った。
「タケル、絶対に一人で入るな。
塔の中は……走らなきゃ戻れない場所だ。」
タケルは震える声で返した。
「分かってる……兄さんの足音、聞いてるから。」
二人は塔の口を見上げた。
暗闇の奥で、祈り線が細く明滅している。
塔の中へ入り込むための入口ではなく、
“塔がこちらへ息をするための穴”のようだった。
アキトは一歩、前へ進んだ。
胸の穴が、冷たい痛みを放つ。
塔の呼吸を受け止めたときと似た痛み――
だがその奥に、あの少女の声がわずかに混ざっていた。
リタ。
タケルがそっと言う。
「兄さん、行こう。」
「……ああ。」
塔の呼吸が、二人の足元にまで広がる。
黒い影の口へ――
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