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第11話 牛しぐれとローストビーフ 1
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バイト先の交代の時間帯、深夜シフトでやってきたタツヤたちが妙に盛り上がっていた。
交代で上がる僕は私服に着替えてから、舞子との銭湯の待ち合わせの時間まで一息付こうと、テーブルに座ってアイスモカジャバを注文してタバコに火を点けながら様子を伺っていた。
「ハルヒトももちろん来るやんな?次の土日、キャンプ」
グラスとストローをテーブルに置きながらタツヤが言う。
あー。みんなでキャンプ、それは楽しそうだ。
が、この週末は、舞子のバイトが休みの日月を使って2人でキャンプに行く予定をしていた。
そう伝えるとタツヤは
「そうかー、お前いると色々捗るんやけどなー。今回はサキチとかあの辺の若い子らも来るし、舞子ちゃんも一緒に来たら仲ようなれるかと思ってたんやけど」
と無責任な事を言う。
「あーごめん、土曜日は舞子がバイトあるから無理やわ」
「そうかー。まあ、しゃあないな」
流れで、タツヤ達はどこに行くつもりなのかと訊くと、まだ決めてないと言う。
「今週末やんな?大丈夫なん?」
「まあなんとかなるやろ。あ、参考までにお前らはどこ行くねん?」
「僕は、前に広研の後輩と偶然見つけてキャンプして割とええとこやった、予約不要で1泊1000円の天橋立の近くのとこ行こうと思てる。日曜日やったら帰っていく人多いやろし、2人用のテントなら場所もいけるやろ」
「へー、そんなとこあんねんな。俺らは今からまだテントのレンタルとか探す段階やからなー」
行き当たりばったりにも程があるが、まあどうにかするのだろう。
「ほな、帰るわ。ごっそさん」
そう言って精算し、僕は銭湯に向かった。自転車のカゴのトートバッグの中で、石鹸がカタカタと鳴っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ハルヒトー、今週の日曜日、こっち来られるか?」
堅田の功一叔父さんからそんな電話がかかってきたのは8月に入ってすぐの事だった。
なんでも、ヨーロッパ出張でまたいいものを見つけて僕に買ってきてくれたと言う。
舞子も僕も、滋賀県ドライブも叔父さんも大好きだから、二つ返事で行くことにした。
日曜日は朝から舞子が台所で何やらじゅうじゅうと料理する音が聞こえて、おむすび弁当を作ってくれていた。
「わ。舞子、これ中身何?」
「食べるまでのお楽しみだよー」
「ほーい」
スタンレーに熱い煎茶を注ぎ、一緒にカゴで後部座席へ。
「なんだかこの道久しぶりー」
確かに久しぶりの途中越え、何度も通った道なのに、妙にワクワクする。
八瀬、大原と朝の空いた道を順調に進み、途中に辿り着く前に僕の空腹が限界を迎えた。
「舞子ー、おむすびちょうだい」
「山道運転しながら大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。お腹空いた!」
「はいはい」
まず一つ目。舞子は僕が食べやすいようにラップを半分剥がして渡してくれる。
しっとりと表面に張り付いた味付け海苔の下のご飯は絶妙の塩加減で、具が出てくる前にもう美味しい。
「うま。」
更に一口。中から舞子の絶品卵焼きが出てきた。
しっかりと出汁が効いてほのかに甘じょっぱく、なぜ固形を保っているのか不思議になるくらい柔らかい。
「私も食べよー」
舞子も頬張る。僕があっという間に一つ食べてしまったのを見て、次を渡してくれる。
次はシャウエッセンが出てきた。ジャンク味がこれまた美味い。
僕か2個目、舞子が一つ目を食べ終わるのが同時で、そこでスタンレーの蓋にお茶を注いでくれる。
「はい、お茶」
「ありがとう。あっぢ!!!」
「わごめん!ちょっと冷ましてから渡すね。おむすびもう一個食べる?」
「もちろん」
「次のは多分初めての味だよー」
そう言って渡されたおむすびをかじる。二口目、口の中に醤油と砂糖と生姜、そして牛肉の味が溢れた。無茶苦茶に美味い。
「うんま!牛しぐれやん!?」
「そう。美味しいでしょ?」
「こんなんいつの間に?」
「バイト先で教えて貰ったんだよ」
「え?バイト先って欧風レストランって…」
「まかないで出してくれて、美味しかったから作り方聞いてきたんだよ。簡単で美味しいの」
「いやこれ、ホンマに美味しい。あと2個くらい食べたい!」
「残念、一人3個ずつしか作ってきてないからそれで終わりだよ。」
「えー」
「冷蔵庫のタッパーにまだあるから、帰ったらまた食べたらいいじゃん」
「そんなのあるんや?!めっちゃ楽しみ!」
そんなことをやいやい言っている内に、視界が開けて峠道は堅田の街に降りていく。
びわ湖タワーの前を右折して、叔父さんの家へ。
庭にはいつものランドクルーザー。
叔父さんはその横で、見慣れない形のテントを張ってペグをハンマーで打ち込んでいた。
ペグを打つ音が蝉の声と重なる。
「お、来たな。」
「こんにちは」
「舞子ちゃんも、久しぶり」
おじさんはそう言ってテントの方に向かって手を広げた。
「どや?これ?」
そのテントは三角形でもなく、家型でもなく、「風の谷のナウシカ」の王蟲が小型になったみたいな形をしていて、ドーム型の入口の前に小さな屋根で覆われた土間のようなスペースがあるものだった。
「どやって、変わったテントやね」
「そうやろ?これはな、イタリアで見つけた山岳用のテントや。こう見えて張るのは簡単であっという間にできて、高山の強風でもびくともせえへん上に、機密性があるのに蒸気がこもらんていう魔法みたいやつや。」
「え?もしかして僕に買ってきてくれたんてこのテント?」
「そうや。もちろん俺のも買ったけどな。2セット買ったら安してくれるいうから」
「ええのん!?こんなんめっちゃ高級品なんちゃうん?」
「大丈夫大丈夫。今、めっちゃ円高やし、会社から出張手当もたっぷり出てるし。これで舞子ちゃんとキャンプ行っておいでや」
「わ!ありがとう、中、結構広いな」
「そうやろ。ええか、テントは『何人用』て書いてあるのから1人減らしたのが快適な人数や。これは3人用やから、実質2人用やな。1回2人で中入ってみ」
舞子と一緒に潜り込んだテントの中は思った以上に広々として、それでいてしっかりとした密閉空間で、まるで秘密基地みたいにワクワクした。
「舞子、来週の日月、キャンプ行こう!」
「うん!日曜日バイト休みだから、その日程ならいける!わーい!楽しみ!」
「叔父さん、ありがとう!来週さっそく行ってくるわ!去年貰ったダッチオーブンも持って!」
「お。そしたらな、ひとつダッチオーブンで作るええ料理教えたるわ。今から作るから、昼飯に食べていきや!」
そう言うと叔父さんは家の中に入っていった。
やがてガレージからトライポッドとダッチオーブンと炭をワゴンに乗せてやってきた。
玄関からは大きな牛肉の塊を乗せた銀色のバットを持って叔母さんがやってくる。
「あ、叔母さん、お久しぶりです」
「もうねー、今日はハルヒト君来るからこれ食べさせるんや!って昨日から張り切って仕込んでたんよこの人」
そう言って見せてくれた牛肉の塊は、表面にたっぷりとブラックペッパーやハーブが刷り込まれているのが見て取れる。
大きめの岩塩の粒が太陽の光を反射して、全体に塗り込まれたオイルと一緒にキラキラと輝いていた。
叔父さんはテキパキとトライポッドを組み立て、あっという間に炭を熾しながら説明してくれた。
「肉は、前の日から塩胡椒とハーブで漬け込んで密封して冷蔵庫な。使ってるハーブは、オレガノ、ローズマリー、バジルやな。今日は」
ダッチオーブンを鎖に吊るして火にかける。
「ダッチオーブンは充分予熱する。手をかざして『あっつ!』てなるくらいで200℃くらいやな。それくらいまで」
そう言ってダッチオーブンに牛脂を入れて塗り広げると、叔母さんから肉を受け取り、そこに肉を入れた。
『じゅううう!!!!』
音と湯気と立ち上る香りに頭がクラクラする。
「こうやって、肉の6面を焼き付けて、焦げ目が軽く付いたら1回取り出して、中に網を入れて、もう1回肉をそこに入れて」
重い蓋がされ、トングで下の炭を拾い上げると、蓋の上に並べていく。
「ええか?火は…」
「寂しがりやから、くっついたらよう燃える、離れたら弱くなる。やんね?」
「ちゃんと覚えてるな。上が7、下が3な。そしたらこの状態で約10分や」
腕時計で時間を測り、叔父さんはやがて蓋を取って、肉にナイフを突き立てた。
肉の中心辺りまで刺したナイフを少しして抜き、唇に当てる。
「う~ん…もう2分やな」
蓋を戻して2分、再び肉にナイフを刺して唇へ。
「よし。肉の中心温度は55℃がベスト、ナイフを唇に当ててちょっと温かく感じたらOKや。」
ちょうどそのタイミングで、叔母さんが折り畳みテーブルを広げて大きなまな板とボウル皿を並べていた。
息がピッタリとはこのことだ。
トングで肉を取り出し、まな板へ。
表面は褐色に輝き、所々ある焦げ目が堪らなく食欲をそそる。
「薄く、な」
叔父さんがナイフを入れる。
薄くスライスされた肉が、ぺろん、ぺろんとまな板に倒れていく。
中は見事なピンク色だ。
「このピンクはな、生とちゃうねん。ちゃんと火の入ったピンクや。生やと、もっと半透明で濡れた感じなる。それやとまだ美味しないねんな」
「叔父さん、美味そうすぎてたまらん!これもうこのまま食べてもええん?」
「いや、イタリアやとな、ここにパルミジャーノっていうチーズ削って、バルサミコっていう酢と赤ワイン煮詰めて作ったソースかけて、野菜と一緒に食べるんやけどな。日本にそんなもん売ってへんし」
バルサミコ!
上七軒のあのイタリアン冷やし中華で聞いた食材だ!
「ほやからな、こっからは日本で、キャンプで食うと大満足な邪道喰い教えたる」
テーブルの上にはいつの間にか、ボウル皿に白ご飯が盛られていた。
叔父さんがスライスした牛肉を渡すと、叔母さんがそれを丁寧にご飯の上に並べていく。
そして中心に少し凹みを作り、卵を割って殻で上手に取り分けた黄身をそこに置く。
そしてそこに…エバラ焼肉のタレ!?
ヒロ君の得意の?
「ここはな、日本っぽいやっすい味の焼肉のタレがええねん。ほら、自分で好きな量かけて食ってみ」
僕と舞子はお箸を受け取り、ボウル皿を手に持って
「「いただきます」」
と声を合わせて食べ始めた。
まずは何もかけずにお肉を1枚。
「!!!」
「んっま!!!」
表面は香ばしく塩とブラックペッパーとハーブの香りに包まれ、歯を立てるとピンク色の部分はどこまでも柔らかくジューシーで、程よい塩気の肉汁が口中にほとばしる。
これだけでも充分じゃないか?
ニコニコと僕達の様子を眺めている叔父さんに促されて、次は焼肉のタレを軽くひとタラシ。
そのお肉でご飯を包むようにして口に入れる。
「わ!」
「なにこれ!」
美味い。
とんでもなく美味い。
「これ、今朝の舞子の牛しぐれおむすびの洋風ワイルド版や!」
「あ!そう言われれば!」
香ばしく柔らかなお肉と旨味と、白ご飯の味を下品なタレが見事に繋いで、洋とも和とも付かない最高のハーモニーを奏でている。
来る道中でおむすび3個も食べたのに、いくらでも食べられそうだ。
「ほな次は、その卵崩して一緒に絡めて食べてみ?」
言われるがままに黄身を崩し、タレとともに肉にまぶしてご飯を包んで口へ。
「わー!!!」
「まだ美味しくなった!!!」
もう止まらない。
2人でほっぺたをパンパンに膨らませて一気にかっこむ。
「「はー!美味しかった!ごちそうさまでした!!!」」
声を合わせる僕達を、叔父さんも叔母さんも目尻にシワを寄せて眺めていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「な、来週は天橋立の海辺で、あれ作って食べられるんやな」
「うん。めっちゃ楽しみ!」
叔父さんから「2日前から冷蔵庫で解凍したらちょうどええ」と冷凍肉のブロックを新聞紙で包んで貰った保冷剤入のタッパーを後部座席に置いて、僕と舞子は京都に向かった。
交代で上がる僕は私服に着替えてから、舞子との銭湯の待ち合わせの時間まで一息付こうと、テーブルに座ってアイスモカジャバを注文してタバコに火を点けながら様子を伺っていた。
「ハルヒトももちろん来るやんな?次の土日、キャンプ」
グラスとストローをテーブルに置きながらタツヤが言う。
あー。みんなでキャンプ、それは楽しそうだ。
が、この週末は、舞子のバイトが休みの日月を使って2人でキャンプに行く予定をしていた。
そう伝えるとタツヤは
「そうかー、お前いると色々捗るんやけどなー。今回はサキチとかあの辺の若い子らも来るし、舞子ちゃんも一緒に来たら仲ようなれるかと思ってたんやけど」
と無責任な事を言う。
「あーごめん、土曜日は舞子がバイトあるから無理やわ」
「そうかー。まあ、しゃあないな」
流れで、タツヤ達はどこに行くつもりなのかと訊くと、まだ決めてないと言う。
「今週末やんな?大丈夫なん?」
「まあなんとかなるやろ。あ、参考までにお前らはどこ行くねん?」
「僕は、前に広研の後輩と偶然見つけてキャンプして割とええとこやった、予約不要で1泊1000円の天橋立の近くのとこ行こうと思てる。日曜日やったら帰っていく人多いやろし、2人用のテントなら場所もいけるやろ」
「へー、そんなとこあんねんな。俺らは今からまだテントのレンタルとか探す段階やからなー」
行き当たりばったりにも程があるが、まあどうにかするのだろう。
「ほな、帰るわ。ごっそさん」
そう言って精算し、僕は銭湯に向かった。自転車のカゴのトートバッグの中で、石鹸がカタカタと鳴っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ハルヒトー、今週の日曜日、こっち来られるか?」
堅田の功一叔父さんからそんな電話がかかってきたのは8月に入ってすぐの事だった。
なんでも、ヨーロッパ出張でまたいいものを見つけて僕に買ってきてくれたと言う。
舞子も僕も、滋賀県ドライブも叔父さんも大好きだから、二つ返事で行くことにした。
日曜日は朝から舞子が台所で何やらじゅうじゅうと料理する音が聞こえて、おむすび弁当を作ってくれていた。
「わ。舞子、これ中身何?」
「食べるまでのお楽しみだよー」
「ほーい」
スタンレーに熱い煎茶を注ぎ、一緒にカゴで後部座席へ。
「なんだかこの道久しぶりー」
確かに久しぶりの途中越え、何度も通った道なのに、妙にワクワクする。
八瀬、大原と朝の空いた道を順調に進み、途中に辿り着く前に僕の空腹が限界を迎えた。
「舞子ー、おむすびちょうだい」
「山道運転しながら大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。お腹空いた!」
「はいはい」
まず一つ目。舞子は僕が食べやすいようにラップを半分剥がして渡してくれる。
しっとりと表面に張り付いた味付け海苔の下のご飯は絶妙の塩加減で、具が出てくる前にもう美味しい。
「うま。」
更に一口。中から舞子の絶品卵焼きが出てきた。
しっかりと出汁が効いてほのかに甘じょっぱく、なぜ固形を保っているのか不思議になるくらい柔らかい。
「私も食べよー」
舞子も頬張る。僕があっという間に一つ食べてしまったのを見て、次を渡してくれる。
次はシャウエッセンが出てきた。ジャンク味がこれまた美味い。
僕か2個目、舞子が一つ目を食べ終わるのが同時で、そこでスタンレーの蓋にお茶を注いでくれる。
「はい、お茶」
「ありがとう。あっぢ!!!」
「わごめん!ちょっと冷ましてから渡すね。おむすびもう一個食べる?」
「もちろん」
「次のは多分初めての味だよー」
そう言って渡されたおむすびをかじる。二口目、口の中に醤油と砂糖と生姜、そして牛肉の味が溢れた。無茶苦茶に美味い。
「うんま!牛しぐれやん!?」
「そう。美味しいでしょ?」
「こんなんいつの間に?」
「バイト先で教えて貰ったんだよ」
「え?バイト先って欧風レストランって…」
「まかないで出してくれて、美味しかったから作り方聞いてきたんだよ。簡単で美味しいの」
「いやこれ、ホンマに美味しい。あと2個くらい食べたい!」
「残念、一人3個ずつしか作ってきてないからそれで終わりだよ。」
「えー」
「冷蔵庫のタッパーにまだあるから、帰ったらまた食べたらいいじゃん」
「そんなのあるんや?!めっちゃ楽しみ!」
そんなことをやいやい言っている内に、視界が開けて峠道は堅田の街に降りていく。
びわ湖タワーの前を右折して、叔父さんの家へ。
庭にはいつものランドクルーザー。
叔父さんはその横で、見慣れない形のテントを張ってペグをハンマーで打ち込んでいた。
ペグを打つ音が蝉の声と重なる。
「お、来たな。」
「こんにちは」
「舞子ちゃんも、久しぶり」
おじさんはそう言ってテントの方に向かって手を広げた。
「どや?これ?」
そのテントは三角形でもなく、家型でもなく、「風の谷のナウシカ」の王蟲が小型になったみたいな形をしていて、ドーム型の入口の前に小さな屋根で覆われた土間のようなスペースがあるものだった。
「どやって、変わったテントやね」
「そうやろ?これはな、イタリアで見つけた山岳用のテントや。こう見えて張るのは簡単であっという間にできて、高山の強風でもびくともせえへん上に、機密性があるのに蒸気がこもらんていう魔法みたいやつや。」
「え?もしかして僕に買ってきてくれたんてこのテント?」
「そうや。もちろん俺のも買ったけどな。2セット買ったら安してくれるいうから」
「ええのん!?こんなんめっちゃ高級品なんちゃうん?」
「大丈夫大丈夫。今、めっちゃ円高やし、会社から出張手当もたっぷり出てるし。これで舞子ちゃんとキャンプ行っておいでや」
「わ!ありがとう、中、結構広いな」
「そうやろ。ええか、テントは『何人用』て書いてあるのから1人減らしたのが快適な人数や。これは3人用やから、実質2人用やな。1回2人で中入ってみ」
舞子と一緒に潜り込んだテントの中は思った以上に広々として、それでいてしっかりとした密閉空間で、まるで秘密基地みたいにワクワクした。
「舞子、来週の日月、キャンプ行こう!」
「うん!日曜日バイト休みだから、その日程ならいける!わーい!楽しみ!」
「叔父さん、ありがとう!来週さっそく行ってくるわ!去年貰ったダッチオーブンも持って!」
「お。そしたらな、ひとつダッチオーブンで作るええ料理教えたるわ。今から作るから、昼飯に食べていきや!」
そう言うと叔父さんは家の中に入っていった。
やがてガレージからトライポッドとダッチオーブンと炭をワゴンに乗せてやってきた。
玄関からは大きな牛肉の塊を乗せた銀色のバットを持って叔母さんがやってくる。
「あ、叔母さん、お久しぶりです」
「もうねー、今日はハルヒト君来るからこれ食べさせるんや!って昨日から張り切って仕込んでたんよこの人」
そう言って見せてくれた牛肉の塊は、表面にたっぷりとブラックペッパーやハーブが刷り込まれているのが見て取れる。
大きめの岩塩の粒が太陽の光を反射して、全体に塗り込まれたオイルと一緒にキラキラと輝いていた。
叔父さんはテキパキとトライポッドを組み立て、あっという間に炭を熾しながら説明してくれた。
「肉は、前の日から塩胡椒とハーブで漬け込んで密封して冷蔵庫な。使ってるハーブは、オレガノ、ローズマリー、バジルやな。今日は」
ダッチオーブンを鎖に吊るして火にかける。
「ダッチオーブンは充分予熱する。手をかざして『あっつ!』てなるくらいで200℃くらいやな。それくらいまで」
そう言ってダッチオーブンに牛脂を入れて塗り広げると、叔母さんから肉を受け取り、そこに肉を入れた。
『じゅううう!!!!』
音と湯気と立ち上る香りに頭がクラクラする。
「こうやって、肉の6面を焼き付けて、焦げ目が軽く付いたら1回取り出して、中に網を入れて、もう1回肉をそこに入れて」
重い蓋がされ、トングで下の炭を拾い上げると、蓋の上に並べていく。
「ええか?火は…」
「寂しがりやから、くっついたらよう燃える、離れたら弱くなる。やんね?」
「ちゃんと覚えてるな。上が7、下が3な。そしたらこの状態で約10分や」
腕時計で時間を測り、叔父さんはやがて蓋を取って、肉にナイフを突き立てた。
肉の中心辺りまで刺したナイフを少しして抜き、唇に当てる。
「う~ん…もう2分やな」
蓋を戻して2分、再び肉にナイフを刺して唇へ。
「よし。肉の中心温度は55℃がベスト、ナイフを唇に当ててちょっと温かく感じたらOKや。」
ちょうどそのタイミングで、叔母さんが折り畳みテーブルを広げて大きなまな板とボウル皿を並べていた。
息がピッタリとはこのことだ。
トングで肉を取り出し、まな板へ。
表面は褐色に輝き、所々ある焦げ目が堪らなく食欲をそそる。
「薄く、な」
叔父さんがナイフを入れる。
薄くスライスされた肉が、ぺろん、ぺろんとまな板に倒れていく。
中は見事なピンク色だ。
「このピンクはな、生とちゃうねん。ちゃんと火の入ったピンクや。生やと、もっと半透明で濡れた感じなる。それやとまだ美味しないねんな」
「叔父さん、美味そうすぎてたまらん!これもうこのまま食べてもええん?」
「いや、イタリアやとな、ここにパルミジャーノっていうチーズ削って、バルサミコっていう酢と赤ワイン煮詰めて作ったソースかけて、野菜と一緒に食べるんやけどな。日本にそんなもん売ってへんし」
バルサミコ!
上七軒のあのイタリアン冷やし中華で聞いた食材だ!
「ほやからな、こっからは日本で、キャンプで食うと大満足な邪道喰い教えたる」
テーブルの上にはいつの間にか、ボウル皿に白ご飯が盛られていた。
叔父さんがスライスした牛肉を渡すと、叔母さんがそれを丁寧にご飯の上に並べていく。
そして中心に少し凹みを作り、卵を割って殻で上手に取り分けた黄身をそこに置く。
そしてそこに…エバラ焼肉のタレ!?
ヒロ君の得意の?
「ここはな、日本っぽいやっすい味の焼肉のタレがええねん。ほら、自分で好きな量かけて食ってみ」
僕と舞子はお箸を受け取り、ボウル皿を手に持って
「「いただきます」」
と声を合わせて食べ始めた。
まずは何もかけずにお肉を1枚。
「!!!」
「んっま!!!」
表面は香ばしく塩とブラックペッパーとハーブの香りに包まれ、歯を立てるとピンク色の部分はどこまでも柔らかくジューシーで、程よい塩気の肉汁が口中にほとばしる。
これだけでも充分じゃないか?
ニコニコと僕達の様子を眺めている叔父さんに促されて、次は焼肉のタレを軽くひとタラシ。
そのお肉でご飯を包むようにして口に入れる。
「わ!」
「なにこれ!」
美味い。
とんでもなく美味い。
「これ、今朝の舞子の牛しぐれおむすびの洋風ワイルド版や!」
「あ!そう言われれば!」
香ばしく柔らかなお肉と旨味と、白ご飯の味を下品なタレが見事に繋いで、洋とも和とも付かない最高のハーモニーを奏でている。
来る道中でおむすび3個も食べたのに、いくらでも食べられそうだ。
「ほな次は、その卵崩して一緒に絡めて食べてみ?」
言われるがままに黄身を崩し、タレとともに肉にまぶしてご飯を包んで口へ。
「わー!!!」
「まだ美味しくなった!!!」
もう止まらない。
2人でほっぺたをパンパンに膨らませて一気にかっこむ。
「「はー!美味しかった!ごちそうさまでした!!!」」
声を合わせる僕達を、叔父さんも叔母さんも目尻にシワを寄せて眺めていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「な、来週は天橋立の海辺で、あれ作って食べられるんやな」
「うん。めっちゃ楽しみ!」
叔父さんから「2日前から冷蔵庫で解凍したらちょうどええ」と冷凍肉のブロックを新聞紙で包んで貰った保冷剤入のタッパーを後部座席に置いて、僕と舞子は京都に向かった。
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