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第41話 夜を越えて
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「ハルヒト~!どないや~!?」
タカトモから電話がかかってきたのは、その日の夜だった。
そうだった。
この前のバーベキューのメンバーで、海に行く話だった。
タカトモの声は、夜なのにテンションだけ真夏の真昼だ。
「あー、ちょっと待って。すぐかけ直すわ。」
受話器を手で押さえて振り返ると、
舞子は銭湯帰りの髪をタオルで拭きながら、テーブルの上の麦茶を飲んでいた。
さてんのに~ちゃんのTシャツに、ドルフィンパンツ。
脚が風呂あがりの熱でほんのり赤い。
アパートの薄い壁越しに、遠くのバイクの音がぼんやり響いていた。
「タカトモから。今週の海、行けるかって」
「え、海?」
「うん。この前のバーベキュのメンバーで、土曜の夜出て、日曜遊んで、月曜まで泊まるって言うてる」
舞子はタオルをぽん、と膝に置き、
ほんの数秒だけ遠くを見るように黙って──“行きたいけど仕事あるしどうしよう”という迷いが、ほんの一瞬だけ表情に出たが、すぐに笑顔を向けた。
「うん、大丈夫。月曜もなんとかする。行こうよ」
「無理言うてごめんな」
「ううん。大丈夫。私、いつも頑張ってるから休みくらい取れるよ」
風呂上がり特有の柔らかい笑顔が、ふわっと灯った。
それを見た瞬間、僕の胸の中に「行きたい」という気持ちが一気に濃くなった。
ということで、海に行くのは今週の土曜日の夜出発、日曜日に一泊して月曜日に帰ってくるというなかなかの強行軍になった。
みんな暇な大学生、スケジュールなんか簡単に、とおもったが、ユリカの友達が1人、帰省する関係で参加できないという。
まあ仕方ない。
行き先は白浜。
例のユリカのお父さんが会員になってるホテルがあるので、10人用の大部屋で良ければ格安で取ってくれるという。
「大部屋で雑魚寝とか無理!」
と、ユリカと友達は、緊急時用に確保されているという4人部屋を取ってもらったようだが。
どうやらホテルにはそういう部屋もあるらしい。
ということは、大部屋は──
タツヤ、タカトモ、ヒロくん、僕、そして舞子。
「大部屋?私、気にしないよ~。平気平気」
と舞子は軽い感じだったが、一応、
・みんなの前で着替えない
・大浴場は女の子たちと一緒に行くこと
この二つだけは念押ししておいた。
──土曜、夜。
集合場所は北白川のバッティングセンター。
駐車場が広いし、出発前に天一でラーメンも食べられる。
「またラーメン……」
とか言いながら、舞子は嬉しそうだった。
夜の駐車場はコンクリートが昼の熱をまだ少し抱えていて、
その隙間を夜風がゆっくり通り抜ける。
蛍光灯の光が、停まった車のボンネットで波のように揺れていた。
ソアラ、アコードワゴン、スプリンターカリブ。
三台が並んでいるだけで、遠足前みたいな空気になる。
車割りは舞子は当然ながら僕の車。
他はくじ引き──のはずだったが、
タカトモが“今井の鯖煮定食”で僕を買収してきたことは誰にも言わない。
くじの結果はこうだ。
●タツヤのソアラ:タカトモ・ミナコ・ユリカ
●ヒロくんのアコードワゴン:マサキ・ヨーコ・サクラ
●僕のカリブ:僕・舞子
ちょうどよく収まった。
ルートの話をしていた時、舞子がそっと手を挙げた。
「あの……奈良から山抜けて十津川の方に行く道、
お父さんと何度か通ったことあって……私、分かると思う」
少しだけ声が震えていたけれど、
タカトモやヒロくんが「おお、頼もしいやん」と言うと、
舞子は照れたように笑った。
「じゃ、白浜に向けて出発!」
3台のヘッドライトが夜の北白川を照らし出し、
その光が道路の白線を吸い込むように前へ進んでいく。
全員が持っている“私をスキーに連れてって”型のトランシーバー。
コードの先にある送受信機がミラーにぶら下がり、
走行の振動でピヨンピヨン揺れるのがやたら楽しい。
白川通から今出川へ。
賀茂大橋を渡ると、鴨川は黒いガラスのように静かだった。
街灯だけが川の表面を細い帯にして流れていく。
河川敷には、こんな時間なのに寝そべっている学生の姿が見えた。
夜の鴨川は、いつだって人を甘やかす。
「またお散歩しようねー」
舞子は窓の外へ手を伸ばしながら言った。
風をつかむみたいな仕草が、どこか子どもみたいだった。
十条を越え、宇治川を渡ると街の光が急に少なくなる。
窓を少し開けると、湿気を含んだ土の匂いが入ってきた。
「なんか……ほんとに旅行だね」
「やろ?大学生の夏っぽいやろ」
大和郡山、天理、橿原、御所。
地名だけが看板となって流れていく。
「長いね、24号線」
「でも、悪くない夜やろ」
舞子の瞳にテールランプの赤い光が細く映っていた。
“五條市”の青看板が現れた瞬間、
舞子が窓の外を指さした。
「あ、この辺、見覚えある!」
青看板には、
← 新宮・十津川
↑ 和歌山・橋本
→ 河内長野
と書かれている。
僕はトランシーバーを掴んだ。
「一回ここで止まろか」
「了解!」
タツヤの声が混線しつつ返ってくる。
コンビニ前に車を止めると、
夜風がアスファルトの熱を含んでむわっとした。
けれど、京都市内とは比べ物にならないくらい息がしやすい。
舞子はお茶を飲みながら、少し誇らしげに道の説明をしてくれた。
「ここから168号。ずっと山の中で、川と並走したり、すごい崖があったり……景色、めっちゃきれいなんだよ」
その声は優しくて、少し懐かしそうだった。
家族の思い出が詰まっているんだろう。
3台の車が再びエンジンをかけた時、空気が変わった。
森の匂いの濃さ、湿度、温度──
全部が一段階、深い夜へと沈んでいく。
「眠くなったら言えよ?」
「大丈夫。こういう道、好きなの」
ヘッドライトが山の闇を切り裂き、そのすぐ先から、また新しい闇が流れ込んでくる。
谷へ落ちるように下り、またぐっと登り返す。
カーブ、カーブ、カーブ。
窓の外では、
真っ暗な木々がヘッドライトに照らされて一瞬だけ姿を見せては、すぐに闇へ溶けていった。
「……すごい道やな」
「ここからが“エンドレスくねくね”だよ」
舞子は笑いながら少し身を乗り出し、
フロントガラスの向こうを目をこらして見つめていた。
まるで、これから始まる“夏の一夜”が全部見通せるかのように。
夜の山道には、誰も知らない夏の匂いが漂っていた。
スピーカーから山下達郎の歌声。
♪青いぃ 水平線をぉ いま駆け抜けてぇくぅ
白浜までは、まだまだ長い、わくわくする夜が続く。
タカトモから電話がかかってきたのは、その日の夜だった。
そうだった。
この前のバーベキューのメンバーで、海に行く話だった。
タカトモの声は、夜なのにテンションだけ真夏の真昼だ。
「あー、ちょっと待って。すぐかけ直すわ。」
受話器を手で押さえて振り返ると、
舞子は銭湯帰りの髪をタオルで拭きながら、テーブルの上の麦茶を飲んでいた。
さてんのに~ちゃんのTシャツに、ドルフィンパンツ。
脚が風呂あがりの熱でほんのり赤い。
アパートの薄い壁越しに、遠くのバイクの音がぼんやり響いていた。
「タカトモから。今週の海、行けるかって」
「え、海?」
「うん。この前のバーベキュのメンバーで、土曜の夜出て、日曜遊んで、月曜まで泊まるって言うてる」
舞子はタオルをぽん、と膝に置き、
ほんの数秒だけ遠くを見るように黙って──“行きたいけど仕事あるしどうしよう”という迷いが、ほんの一瞬だけ表情に出たが、すぐに笑顔を向けた。
「うん、大丈夫。月曜もなんとかする。行こうよ」
「無理言うてごめんな」
「ううん。大丈夫。私、いつも頑張ってるから休みくらい取れるよ」
風呂上がり特有の柔らかい笑顔が、ふわっと灯った。
それを見た瞬間、僕の胸の中に「行きたい」という気持ちが一気に濃くなった。
ということで、海に行くのは今週の土曜日の夜出発、日曜日に一泊して月曜日に帰ってくるというなかなかの強行軍になった。
みんな暇な大学生、スケジュールなんか簡単に、とおもったが、ユリカの友達が1人、帰省する関係で参加できないという。
まあ仕方ない。
行き先は白浜。
例のユリカのお父さんが会員になってるホテルがあるので、10人用の大部屋で良ければ格安で取ってくれるという。
「大部屋で雑魚寝とか無理!」
と、ユリカと友達は、緊急時用に確保されているという4人部屋を取ってもらったようだが。
どうやらホテルにはそういう部屋もあるらしい。
ということは、大部屋は──
タツヤ、タカトモ、ヒロくん、僕、そして舞子。
「大部屋?私、気にしないよ~。平気平気」
と舞子は軽い感じだったが、一応、
・みんなの前で着替えない
・大浴場は女の子たちと一緒に行くこと
この二つだけは念押ししておいた。
──土曜、夜。
集合場所は北白川のバッティングセンター。
駐車場が広いし、出発前に天一でラーメンも食べられる。
「またラーメン……」
とか言いながら、舞子は嬉しそうだった。
夜の駐車場はコンクリートが昼の熱をまだ少し抱えていて、
その隙間を夜風がゆっくり通り抜ける。
蛍光灯の光が、停まった車のボンネットで波のように揺れていた。
ソアラ、アコードワゴン、スプリンターカリブ。
三台が並んでいるだけで、遠足前みたいな空気になる。
車割りは舞子は当然ながら僕の車。
他はくじ引き──のはずだったが、
タカトモが“今井の鯖煮定食”で僕を買収してきたことは誰にも言わない。
くじの結果はこうだ。
●タツヤのソアラ:タカトモ・ミナコ・ユリカ
●ヒロくんのアコードワゴン:マサキ・ヨーコ・サクラ
●僕のカリブ:僕・舞子
ちょうどよく収まった。
ルートの話をしていた時、舞子がそっと手を挙げた。
「あの……奈良から山抜けて十津川の方に行く道、
お父さんと何度か通ったことあって……私、分かると思う」
少しだけ声が震えていたけれど、
タカトモやヒロくんが「おお、頼もしいやん」と言うと、
舞子は照れたように笑った。
「じゃ、白浜に向けて出発!」
3台のヘッドライトが夜の北白川を照らし出し、
その光が道路の白線を吸い込むように前へ進んでいく。
全員が持っている“私をスキーに連れてって”型のトランシーバー。
コードの先にある送受信機がミラーにぶら下がり、
走行の振動でピヨンピヨン揺れるのがやたら楽しい。
白川通から今出川へ。
賀茂大橋を渡ると、鴨川は黒いガラスのように静かだった。
街灯だけが川の表面を細い帯にして流れていく。
河川敷には、こんな時間なのに寝そべっている学生の姿が見えた。
夜の鴨川は、いつだって人を甘やかす。
「またお散歩しようねー」
舞子は窓の外へ手を伸ばしながら言った。
風をつかむみたいな仕草が、どこか子どもみたいだった。
十条を越え、宇治川を渡ると街の光が急に少なくなる。
窓を少し開けると、湿気を含んだ土の匂いが入ってきた。
「なんか……ほんとに旅行だね」
「やろ?大学生の夏っぽいやろ」
大和郡山、天理、橿原、御所。
地名だけが看板となって流れていく。
「長いね、24号線」
「でも、悪くない夜やろ」
舞子の瞳にテールランプの赤い光が細く映っていた。
“五條市”の青看板が現れた瞬間、
舞子が窓の外を指さした。
「あ、この辺、見覚えある!」
青看板には、
← 新宮・十津川
↑ 和歌山・橋本
→ 河内長野
と書かれている。
僕はトランシーバーを掴んだ。
「一回ここで止まろか」
「了解!」
タツヤの声が混線しつつ返ってくる。
コンビニ前に車を止めると、
夜風がアスファルトの熱を含んでむわっとした。
けれど、京都市内とは比べ物にならないくらい息がしやすい。
舞子はお茶を飲みながら、少し誇らしげに道の説明をしてくれた。
「ここから168号。ずっと山の中で、川と並走したり、すごい崖があったり……景色、めっちゃきれいなんだよ」
その声は優しくて、少し懐かしそうだった。
家族の思い出が詰まっているんだろう。
3台の車が再びエンジンをかけた時、空気が変わった。
森の匂いの濃さ、湿度、温度──
全部が一段階、深い夜へと沈んでいく。
「眠くなったら言えよ?」
「大丈夫。こういう道、好きなの」
ヘッドライトが山の闇を切り裂き、そのすぐ先から、また新しい闇が流れ込んでくる。
谷へ落ちるように下り、またぐっと登り返す。
カーブ、カーブ、カーブ。
窓の外では、
真っ暗な木々がヘッドライトに照らされて一瞬だけ姿を見せては、すぐに闇へ溶けていった。
「……すごい道やな」
「ここからが“エンドレスくねくね”だよ」
舞子は笑いながら少し身を乗り出し、
フロントガラスの向こうを目をこらして見つめていた。
まるで、これから始まる“夏の一夜”が全部見通せるかのように。
夜の山道には、誰も知らない夏の匂いが漂っていた。
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