ひなたぼっこ──京都・鴨川デルタ夢譚

宮滝吾朗

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第75話 再会

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舞子は、髪をばっさり切っていた。
肩にかかるくらいの長さで、両脇を高い位置で小さく結んでいる。
薄い水色の着物の袖口から、細い手がのぞいた。

少し緊張した笑みを浮かべながら、
舞子は、確かにそこにいた。

「元気?」

「……うん。ハルくんは?」

「着物、似合ってるな」

「……女将さんに着せてもらってるの」

照れたように、舞子は肩をすくめた。

「傘」

預かってきた三本を差し出すと、舞子は一瞬、目を伏せた。

「あの店、常連なん?」

「……うん。お宿で使うから」


僕は彼女の手元を見やりながら頷いた。ほんの小さな会話が、なんだかぎこちなく積み重なっていく。

「…ハルくん、何で金沢いるの?」

「ああ、法事や」

「…金沢にも親戚いるんだ」

「ああ。おかんの従兄弟の親父さん、やったかな」

「…うろ覚え?」

「うろ覚えやな」

「…そっか。元気そうで良かった」

「ありがとう」

「…え?」

「部屋、片付けてってくれて」

「…あ、うん。気づいた?」

「ああ」

「…気づいてなかったでしょ?」

「え?」

「…気づいたのは多分、部屋にお泊まりに来てる他の人だよね」

「えっ?」

「…ハルくん、モテモテだね」

舞子は小さな笑みを浮かべたが、それはすぐに消えていった。僕の胸に何かがチクリと刺さる。

「舞子…?」

「…私、そろそろ仕事戻らないと。3時過ぎたし。そろそろチェックインタイムだから」

「舞子!」

「…うん?」

「帰ってきーひんのか?」

「…え?」

「京都に。出町柳に。押し入れに」

舞子の目が一瞬泳いだ。

「ゴローちゃん、入れてったやろ?」

「……うん。大人しい子でしょ。ケガしててね。走ったり、飛んだりできないの」

「そうやったんか」

「……可愛いでしょ」

「うん。ずっとコタツにおるわ」

その一言で、舞子がくすりと笑った。


「…よかった。大事にしてあげてね!じゃ!」

「舞子!」

「…なに?」

「ゴローちゃんもいるし、帰ってきいや!」

「…」

「あのクッションとかぬいぐるみとか!ウサギちゃんの便座カバーとかどうしたん?」

「…ああ、うん。あげた!」

「あげた?誰に?」

「…ないしょ!」

舞子はほんの少し唇を尖らせた。
その顔は、まるで泣き出す前の子どものように見えた。

「舞子、戻る気無いんか? 楽しくなかったんか?」

「…ハルくん、就職活動は?」

「え?」

「…就職活動、始まるでしょ?」

「ああ。そろそろ動いてるで。何で?」

「……私がハルくんと一緒にいると、邪魔になる」

「何がやねん」

「就職に響くかもしれない。
未成年の女の子と一緒に住んでたら」

「……は?」

「私のせいで、ハルくんの人生が壊れるかもしれない」

「だから何言ってんねん!そもそも舞子が突然うち来て座り込んでたんやろ?」

「…そうだけど。そうだけど」

「ほな、おったらええやんか!ずーっと!」

「…だからもうダメなんだってば!」

「何がやねん!楽しくなかったんか?イヤやったんか?何がイヤやったんや?
あっお好み焼きか?お好み焼きあんまり焼くなって言ったことか?
あれ根に持ってんやったら気にすんな!もう毎日焼いていいから!
めっちゃ食べたなってるし!あのフワフワのお好み焼きが!サンドイッチもまた食いたいし!
そうか、あれか?大晦日にラーメン連れてった事か?テンイチ、飽きてたんやろ、やっぱり。
ちゃう?
あ、わかった!あれやな!やっぱりたこ焼き鉄板欲しかったんやな?」

「…ちゃうわ!!!そんなんちゃう!!!」

「じゃあ、何やねん!」

「…ハルくん、恋人いっぱいおるんやろ!」

気がつくと、舞子が大阪弁に戻っていた。

「え…?」

「…恋人いっぱいおるのに、私なんかおったら邪魔やん!」

「いっぱいって…」

「…恋人いっぱいいるのに、17歳と同棲もしてたら就職出来へんやん!捕まるやん!逮捕されるんやで!ロリコン変態罪で!」

「同棲って…いや、舞子、同棲の意味、わかってるんか?」

「…知ってるわ!いや、知らんけど、ハルくんが捕まって、就職も出来んくなって、大学も退学になって、人生終わって出家せなあかんってー」

「待て待て、舞子、落ち着け。誰に変なこと吹き込まれてそんなアホなこと言うてんねん?」

「……ユリカさんや!」

え?ユリカ?
だってユリカは、僕との関係はともかく、琵琶湖のときも、白浜のときも、美山のときも、舞子とは楽しそうに話してたじゃないか。
舞子とユリカが一緒に野菜の皮を剥いてるのを見て、僕は安心してたじゃないか。
でも…

────ユリカなら、やりかねない。

その一文が浮かんだ瞬間、それ以上、何も言えなくなった。

──部屋にお泊まりに来てる他の人

舞子はそう言った。
ユリカが泊まりに来ていたことを気付いていたのか。

──お前のその乱痴気騒ぎ、舞子ちゃん見てたって
──舞子ちゃんもそれ見て帰ったって

マサキの言葉が頭をよぎる。
つまりはこのままユリカの話になるのは極めてよろしくない。

舞子は次に、"ブリティッシュパブで会った怖いお姉さん"の話を始めるかも知れない。
あるいは、いつの間にかクリーニングに出されていた、薫子が置いていってた服についても。


「マイコちゃん、そろそろチェックインのお客さん来るじ」

宿の女将さんらしき上品な女性が、ロビーにやってきて声をかけた。

「あ、すみません」

「じゃ、ハルくん、元気で」

「待って舞子!明日!明日、少しでも時間取れへん?」

舞子が答える前に、女将さんが口を挟んだ。

「日曜やさけ。昼すぎから3時頃までなら」

「迎えに来るから」

返事を待たずにそう言って、僕は宿を出た。

◇    ◇    ◇    ◇

翌日は朝から風の強い日だった。
朝9時03分のスーパー雷鳥の切符を取っていた親父から、
自分の分の乗車券と指定席券を、半ば強引に奪い取った。

僕は金沢駅前の喫茶店でモーニングのトーストをかじりながら、昨日の舞子の言葉を思い出していた。

──舞子に戻ってきて欲しい。

それは偽らざる本当の気持ちだ。

でも、そのためには、
昨日の続きをそのまま広げるわけにはいかなかった。

どうしたものか…
すっかり冷めて酸っぱくなってしまったコーヒーを飲み干しながら、僕は考えあぐねていた。

舞子の勤める『を宿 秋海棠』の女将さんが「その時間ならいい」と言ってくれたお昼すぎから3時頃まで、おそらくは2時間ほどだろうか、その間に舞子と話をする。
どこか明るい気分になれる場所…ややこしい話にならなそうな場所がどこかにないだろうか。

「とりあえず散歩でもするか」

土地勘も何も無い金沢で、唯一知った場所、昨日行った近江町市場の方に向かう。
「近江町市場むさし口」と書かれたアーケードの看板が見えはじめたあたりで、観光案内の標識が目に飛び込んできた。

【金沢城公園・兼六園 →】

佐久間盛政、前田利家、加賀百万石。
年号と人名が、勝手に頭の中を通り過ぎていく。

って、そんな場合じゃない。
ただ、こんな場所なら楽しい気分で舞子も話せるんじゃないか?
秋海棠からここまでは、昨日歩いた距離と方角から考えると、15分位で着くはずだ。
時間の余裕も十分ある。

そんな事を考えながら金沢城公園の近くを歩いていると、香林坊という交差点に出た。
風格のある百貨店、東急ホテル、ブティック、喫茶店、輸入雑貨店、なんと109まである。
四条河原町みたいだ。
日曜の朝10時半過ぎとあって人通りは少なかったが、建物の並びを見ただけで、この街の中心がここなのはすぐにわかった。

約束の時間まではまだ時間があるので、交差点近くにあったミスタードーナツで時間を潰すことにする。
ミスタードーナツならコーヒーおかわり無料だから、こういう時にうってつけだ。
と言いつつ、さっきモーニングを食べたばかりなのに、エンゼルフレンチとココナツチョコレートも頼んでしまった。
腹は減ってないのに、何か口に入れていないと落ち着かなかった

12時、店を出て秋海棠に向かう。
知ってる場所ではやたらと道に詳しいが、初めての場所では実はとんでもない方向音痴の僕だが、今日は珍しく一発で着いた。
こんなこともあるもんだ。

「ちょっと早かったかな?」

自動ドアの横のガラス窓に顔を近づけてロビーの様子をうかがうと、舞子はパタパタと立ち働いていた。
シーツを山ほど抱えて出てきたかと思えば、掃除機を持って客室の方へ。
僕は、軽井沢の蕎麦屋でペンギンのようにパタパタ走り回っていた舞子の姿を思い出した。
軽井沢の蕎麦屋でも、京都のホテルのレストランでも、金沢の旅館でも、
多分舞子はどこに行ってもこんな風にパタパタと仕事をしてるんだろう。

やがて一段落した様子を見て取ると、僕は自動扉をくぐった。

「舞子」

「あ、ハルくん。ちょっと待ってね」

両サイドで結んだ髪が、ハムスターの耳みたいにぴょこんと揺れた。
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