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第一章

引越

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 夏が来て、ヘリオストロープへ行く前に誕生日プレゼントを渡す為フィルを我が家に招いた。フィルの誕生日はまだ先だけど、先に渡してしまう事にしたのだ。

「ちょっと早いけどお誕生日のプレゼントだよ!」
「ありがとう。開けて良い?」
「うん」

 さて、喜んでくれるかな?

 取り出されたのはセミロングのフルウィッグだ。だいぶ前から注文しておいたので、綺麗なさらさらストレートのプラチナブロンドが手に入った。

「わあすごい!」
「かぶってみて!」

 鏡台の前に座らせてアメリーに装着してもらう。
 もはやアメリーは何事にも動じない。

「やっぱり似合う! すごく可愛い! お人形さんみたい!」

 くっきり二重でぱっちりとした瞳に、丸い顎、天然アヒル口のフィルはロングヘアがとてもよく似合っていて、どう見ても女の子にしか見えない。

「キャロルありがとう!」
「どういたしまして。ストレートに飽きたら編んだり巻いたりするといいよ」
「楽しそうだね!」

「でもこれ、どうする? 持って帰る? うちに置いといてもいいよ」

 そう、せっかくのプレゼントだけど、うちでドレスを着る時の為に毎回持って来るのは面倒だろうから、いっそあたしが保管してあげた方が良いのではないかと思っている。その為に誕生日当日に届けるのではなく、我が家に招いて渡したのだ。

「そうだね。ここに置いてもらおうかなぁ」

 同じ様に思ったらしいフィルは同意した。



 そして今年もヘリオストロープへやって来た。

 到着してすぐ、お爺様に相談してみる。

「お爺様、以前エメリック兄様から移転に税がかかると聞いたのですが、それって引っ越しに申請が必要という事ですか?」
「そうだよ」
「私付きの護衛のユーゴの家族が農地を購入したいそうなのですが、ヘリオストロープに引っ越して来る事は可能でしょうか?」
「いいぞ」
「良かった……今の所ですごく苦労しているみたいなので、早目に引越しさせてあげたいんです」
「では土壌や水の良い土地を調べてやろう」
「ありがとうございます。お爺様大好き!」

 その後、引越しできる事をユーゴに報告するととても喜んでいた。
 ユーゴと相談した結果、ヘリオストロープ公領で農地を購入した方が良さそうだという結論になったのだ。気候は良いけど滅多に行かないジェイドバイン侯領より、毎年来るヘリオストロープに買えば、一緒に来ている間に休暇を与えて家族の所へ帰らせてあげる事ができる。


 1週間後、お爺様は農地として利用できる土地をくれた。そう、タダでくれた。
 いいのかな……まぁいいか。ユーゴの家族がユーゴの稼ぎに頼らず生活できる様になるのは喜ばしい。
 ユーゴには早速、家族の引越しの為に1ヶ月の休暇を与えた。



 今日はあいにくの雨で、従兄弟達と居間でトランプをして遊んでいる。

「エメリック兄様は今年からラプソンの学園に通われているのですよね」
「うん」
「エメリック兄様と一緒に通えないのが残念です」

 あたしが入る前に卒業しちゃうのよねぇ。

「え!? キャロルも通うの?」

 何だその反応?

「はい」

 くそっエメリック兄様から引いたカードはババだった。

「婚約者がいる女の子は行く必要ないんじゃない?」
「なぜですか?」
「だって卒業する時には17歳だよ? それまで結婚できないんだよ」

 ひひひ。ジスラン兄様がババを引いてくれた。

「別に構いませんよ?」

 この世界では20歳を過ぎても独身の女性は行き遅れって言われるから、それを心配しているのかな?
 エメリック兄様は何だか困った顔をしてジスラン兄様の顔に視線を向けた。視線の先のジスラン兄様は複雑な顔をしている。

「どうして学園に通いたいの?」

 あたしが無理言って婚約したのに学園で恋愛したいからとは言いにくいわね。

「……制服が可愛いからです」

 苦しい言い訳だ……

「はは。女の子らしい理由だね。お、上がりだ」

 エメリック兄様はジスラン兄様から引いたカードで揃ったらしい。うまいこと騙されてくれた。

「エメリック兄様の制服姿も見たいです」
「制服は持って来てないんだよね。そうだ、ラプソンに戻ったら町屋敷に遊びにおいでよ」

 ずっとお爺様のお城に住んでいたエメリック兄様はこの春からラプソンに住んでいる。この夏も、学園の夏休みの終わりに合わせて、あたし達よりだいぶ早くラプソンに帰ってしまうらしい。

「行きます!」
「うん」

 エメリック兄様は微笑んであたしの頭を撫でた。


 今年も泥団子作りをしようかな、と思っていたところ、エメリック兄様とジスラン兄様からとんでもない物を見せられた。艶々で色とりどりの泥団子の数々だ。
 あたしはラプソンに戻ってからは泥団子作りはやっていなかった。ドレスを着ているフィルとは泥遊びができないし、お茶会もあるので子供なりに忙しいのだ。でも2人はあの後も泥団子作りを継続していたらしい。

「綺麗ー!!」

 もう宝石にしか見えない。

「キャロルにあげるよ」
「いいんですか!?」
「いいよ何個でも」

 全部欲しいくらいだけど、エメリック兄様からは赤、ジスラン兄様からは紺色の団子を貰った。

「1個でいいの?」
「はい。ありがとうございます!」

 こうなったら負けていられない。
 今年も泥団子作りの夏が始まった。



 楽しい時間はあっという間で、学園の夏休みが終わるエメリック兄様が一足早くラプソンに帰る日が来て、見送りの為にみんなで外へ出た。あたしがエメリック兄様を見送るのは初めてだ。

「いつも見送ってもらっていたから、変な感じですね」
「そうだね。町屋敷に来るのを待ってるよ」

 社交辞令じゃなかったのね!

「はい!」

 嬉しくて元気よく返事をする。

 エメリック兄様を乗せた馬車が見えなくなった後、お爺様に声を掛けられた。

「キャロル寂しいか?」
「はい……でもエメリック兄様の方が寂しいですよね。ラプソンのお邸では1人ぼっちなのでしょう?」

 使用人たちがいるとは言ってもね……

「そうだな。お前は優しい子だ」

 いや、あたし飲み会で1人だけ先に帰るとかできないタイプだったのよ。あの後盛り上がったんだよ~とか言われるとマジで本当悔しいし。

「私達も今年は早目に戻ろうか」

 心配になったのか伯父様が伯母様に提案した。

「そうですわね」

 あ、でもそうなるとジスラン兄様が可哀想。ずっと領地にいて同じ年頃の友達がいないせいもあるのか、エメリック兄様とジスラン兄様は本当に仲のいい兄弟なのだ。ただでさえ寂しいだろうに、両親まで早く戻ってしまうなんて。
 大丈夫! あたしがいるからね! という思いを込めてジスラン兄様の手をぎゅっと握る。

「?」

 急に手を繋がれたジスラン兄様の顔には疑問符が浮かんでいる。
 ジスラン兄様の好きそうなものは何だ……チェスか。

「チェスをしませんか」
「いいよ?」

 ジスラン兄様は不思議そうな様子ながらも了承した。


 居間でジスラン兄様とチェスをする。
 ちなみにあたしは1度も勝てた事がない。転生前はチェスなんてした経験がなかったから、優位性が全くないのだ。

「チェックメイト」
「あぁ~また負けた……」

 何が悪かったんだろう……

「ここのピースを捨てたのがまずかったでしょうか?」
「そうだね。ここのピースはここのピースを守っていたからね。キャロルは責めるのに夢中になって守るのを忘れちゃうよね」

 性格出るわ~。気を付けよう。

「でも勝負を振り返る様になったのは良い事だと思うよ」

 遠回しに言ってくれているけど、これまでカロリーヌは負けると不機嫌になったりすねていたからね……。ジスラン兄様に負けてエメリック兄様に甘やかされるまでがセットだった。

「もう1勝負お願いします!」
「うん」


「また負けた~」
「でもフォークができる様になったんだね。上達してるよ」

 はぁ。負けても褒めてくれるなんてジスラン兄様、優しいわ……。ん? でも……あれのせいでナイトを取られたのよね。

「……それって罠でした?」
「ふふ」

 ジスラン兄様がニヤッと笑った。

「やっぱり……」

 くそー腹黒ー!

「お前達、そろそろ昼食にしよう」

 お爺様があたしとジスラン兄様に呼び掛けた。

「はーい」



 しばらくして、休暇が終わって戻って来たユーゴを部屋に呼んだ。ユーゴは農作業を手伝って来たのか、だいぶ日に焼けている。

「引越しはどうだった?」
「凄く良い所で……本当にありがとうございます」
「良かった。何を作るの?」
「土作りが終わったので、これから小麦を始める予定です。本当に何とお礼を言ったらいいか……」

 あたしは何もしてないけどね……

「お礼はいいから頑張って働いてね!」
「はい」
「じゃあ今夜からヘリオストロープの街を飲み歩いてくれる?」
「……はい?」

 あたしはとうとう、ユーゴにゲイバー構想を話して聞かせた。

「すごく良いですね!」

 ユーゴだったら分かってくれるとは思っていたけど、想像以上の好感触だ。

「……ただ……」

 ユーゴは急に勢いを失って言い辛そうにしている。

「どうしたの?」
「公に受け入れられるでしょうか」
「と、いうと?」
「私みたいなタイプの人間が多く出入りする店というのもあるにはあるんです」

 やっぱりあるのね。ラプソンの街で飲み歩きさせて正解だったわ。

「でもそういう店でさえバレれば異端者扱いされますから、みんな本当に慎重なんです」

 この国の同性愛に対する差別は思っていた以上の様だ。

「でも本人同士ならこの人そうだなって何となく分かるんでしょ?」
「はい……え、なぜそれを?」

 経験者ですから。

「じゃあ何とかなるわ。そういう知り合いはどんどん増やしておいてね」
「分かりました」
「まずは治安とか、お酒の品揃えや物価の違いを見てきてちょうだい」
「はい」




 秋も深まってきたある日の夕食の席で、伯父様がお爺様に伝えた。

「私達はそろそろラプソンに戻ろうと思います」
「そうか。では明日、山へ行くか」
「山ですか?」

 伯父様が不思議そうにお爺様に尋ねる。

「全員で行くぞ」
「はい……?」

 伯父様と伯母様は首をかしげながら同意した。昨年、いかに紅葉が素晴らしかったかをあたしに説かれたお母様は分かっている様だ。
 今年も紅葉狩りに行けるのね!
 乙女心を持つ彼ならきっとこの情緒を分かってくれるはず! と護衛にユーゴも連れて行く事にした。

 馬に乗り、前回ランチを食べた場所に到着すると、なんとそこには石畳が敷かれて歩道ができていた。その先には可愛らしいガゼボが建っている。円柱や腰高のフェンスは白で統一され、とんがった屋根だけが緑色になっていて、赤や黄色の落ち葉とのコントラストが綺麗だ。

「お爺様!?」

 馬から降ろしてもらい、走って近寄る。
 ガゼボにはフェンスのない部分が1ヶ所あって、そこに階段が付いている。1段上って中を覘くと、中心の大きな白いテーブルが8つのベンチに囲まれていた。

「どうだ、気に入ったか?」
「はい。すごく可愛いです! ありがとうございます」

 1年に1回の為にもったいない……と思わなくもないけど、風景にとてもよく合っているし、食事をするのも楽そうだ。

 一緒に連れて来たアメリーやドミニク達がランチの準備をしてくれている間、ユーゴに感想を聞いてみた。

「紅葉綺麗だよね!」

 ユーゴは「素敵ですね……恋人ができたら一緒に来たいです」とうっとりしている。やはりロマンチシズムを理解する男だった。100点満点だよ!


 今年も料理長ガハリエが張り切って用意してくれたパンサンドを囲んで、ランチタイムとなった。今回はワインやチーズも持って来たらしく、大人達はそのまま酒宴を始めた。
 いいわねぇ。あたしも早く大人になりたい……

 食事を終えたあたしとジスラン兄様は近くを散歩している。

「花より団子ですね……」
「ん? 泥団子?」
「いえ、何でも……。この紅葉の素晴らしさを理解して頂けていないかと思うと寂しいです」
「そんな事ないよ。お爺様は、とても綺麗だったから叔母様達にも見せてあげたいって張り切っていたからね」
「ジスラン兄様はガゼボの事を知っていたのですか?」
「うん。今年はお兄様が一緒に来られないから、一緒に先に見に来たんだ」
「それにしても、年に1回しか来ないというのにガゼボを作ってしまうなんて……お爺様は本当に甘過ぎます。どうしたらいいものか……」

 欲しいと言ってすらいない物まで与えられてしまう環境に慣れてしまう訳にはいかないわ。

「皆が喜んでいるからいいんじゃない? 僕もここの景色大好きだよ」

 あら、あんまり興味ないのかと思っていた。

「本当ですか? 良かったです。ひゃっ」

 歩きながら話していたら濡れた葉っぱで滑ってしまい、転倒するかと思った所でジスラン兄様に支えられた。

「おっと」
「ありがとうございます」
「はい」

 そう言って差し出された手を取って繋ぎ、散歩を続ける。
 何となく視線を感じてガゼボの方を見ると、お爺様と目が合い、手を振った。お爺様はにっこりと笑って手を振り返してくれた。



 ちなみに今年の泥団子は、色を塗っては磨き、また塗っては磨くという試行錯誤の末、マーブルの模様を付けるという事に成功した。
 最後に赤とピンクのマーブル模様の泥団子をお爺様にプレゼントし、あたしとお母様はヘリオストロープを後にした。
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