80 / 213
74話 料理人の矜持
74話 料理人の矜持
レアソル城 料理長視点
リソルート様専属の侍従から
『安息のブレッド・ベリーの涙コンポート』という名の料理を朝食にご所望だと伝えられた。
どちらかでお召し上がりになられたかと聞くと、リソルート様はただならぬ雰囲気で、色々思案している様子だったと教えてくれた。
どのような料理をご所望なのかと、こちらも思案するが、
『その名の料理でリソルート様のお心が平安になる』
いつも飄々とした侍従に、赤く潤んだ目で言われると、レアソル城の料理人たちも目の色を変えて、案を出し合った。
安息・ブレッド・ベリー・涙・コンポート
キーワードごとにリソルート様が求めているものを検討し始めた。
一番難解だったのは“安息”と“涙”であった。
常に品行方正、完璧、優秀を求められ、リソルート様がそれに応え続けてきたことは、裏で働いている我々料理人も知っている。
そしてあの痛ましい事件のことも…
当時、料理人たちは皆、自分たちの料理でリソルート様のお心に寄り添いたいと様々な料理を考えた。
顔の怪我でお口元が動きにくいと知ると、食べやすい料理を考えた。
お好きなとうもろこしのスープをうまく飲み込めなかったと聞くと、別の調理法を考えたが、「好きなスープが飲めなくなると更に落ち込むからそのままで良い」と奥様が仰った。
それからは今までのお料理のまま、でもお召し上がりやすいようにと心がけた。
最近は長かった抑圧から解放され、仮面越しからも表情が良くなったようだと使用人たちが話していた。
ようやくリソルート様に”安息“の日が訪れたのか…
そうすれば”涙“は何を意味する?
我々は“笑い泣き“であってほしいと願ってしまう。
よし、決まった。
安息のブレッドは、生地にクリームチーズを加え、焼き上がったら厚めに切る。
軽く卵液に潜らせ、両面をカリッと焼き上げたら皿に盛り、ラズベリーとブルーベリーをコンポートしたもの添える。
ベリーのソースには新鮮なイチゴが欲しいところだが、あいにく今は時期外れだ。
乾燥させていたイチゴをベースにラズベリー、ブルーベリー、それに甘みのハチミツを少々加え、アクセントにオレンジピールを刻んで入れる。
そしてリソルート様の前で上からゆっくりそっと垂らす。
時々、落ちてくるオレンジピールは笑い泣きの大粒の涙。
さぁ!早起きのリソルート様の朝食まで時間がないぞ!
厨房の者たちが一斉に動き出す。
夜明けには甘く香ばしいパンが、ふっくらと焼き上がった。
ベリーのソースも完璧だ。
リソルート様がテーブルに着かれたと連絡が入り、目覚めのお茶を召し上がっている間にパンを仕上げる。
よし、いい焼き加減だ。
庭師たちが丹精込めて育てたラズベリーとブルーベリーのコンポートを添えて、最後の仕上げはリソルート様の前でお披露目だ。
リソルート様の前に安息のブレッドを並べる。
あとは私がベリーのソースをかけて……
「いただこう」と言ってナイフとフォークに手が向かうが、
「リソルート様。もし宜しければベリーのソースをご自身でかけてみませんか。
…時々落ちてくるオレンジピールが目を楽しませてくださいますよ」
使用人の弁えを超えていると激怒されるだろうか…
しかし心配は杞憂だった。
ご自身でソースをかけるそのお姿は、リソルート様が幼き頃、まだ仕込み中のとうもろこしのスープを、つまみ食いした時のようにキラキラとした目をされていた。
——あぁ、懐かしい
…お坊ちゃまと呼ばれていた時を思い出した。
ベリーのソースを焼き上げたパンにたっぷり絡め、ゆっくり一口召し上がると「僕の顔はこんなにも美味しいのか。あの御仁にも召し上がっていただきたい」と言い、
またご自身で残りのソースを全部かけて、あっという間に完食された。
“あの御仁”が誰か分からないが、リソルート様にとって大事なお方だろう。
側で控えていた我々は、そっと目尻を拭いた。
「とても美味しかった。ありがとう」と料理人たちへのお言葉をいただいた。
我々は僅かながら”安息“をお届けすることができただろうか。
颯爽と騎士団に向かわれるリソルート様のお背中に、今までにない逞しさを見た。
レアソル城 料理長視点
リソルート様専属の侍従から
『安息のブレッド・ベリーの涙コンポート』という名の料理を朝食にご所望だと伝えられた。
どちらかでお召し上がりになられたかと聞くと、リソルート様はただならぬ雰囲気で、色々思案している様子だったと教えてくれた。
どのような料理をご所望なのかと、こちらも思案するが、
『その名の料理でリソルート様のお心が平安になる』
いつも飄々とした侍従に、赤く潤んだ目で言われると、レアソル城の料理人たちも目の色を変えて、案を出し合った。
安息・ブレッド・ベリー・涙・コンポート
キーワードごとにリソルート様が求めているものを検討し始めた。
一番難解だったのは“安息”と“涙”であった。
常に品行方正、完璧、優秀を求められ、リソルート様がそれに応え続けてきたことは、裏で働いている我々料理人も知っている。
そしてあの痛ましい事件のことも…
当時、料理人たちは皆、自分たちの料理でリソルート様のお心に寄り添いたいと様々な料理を考えた。
顔の怪我でお口元が動きにくいと知ると、食べやすい料理を考えた。
お好きなとうもろこしのスープをうまく飲み込めなかったと聞くと、別の調理法を考えたが、「好きなスープが飲めなくなると更に落ち込むからそのままで良い」と奥様が仰った。
それからは今までのお料理のまま、でもお召し上がりやすいようにと心がけた。
最近は長かった抑圧から解放され、仮面越しからも表情が良くなったようだと使用人たちが話していた。
ようやくリソルート様に”安息“の日が訪れたのか…
そうすれば”涙“は何を意味する?
我々は“笑い泣き“であってほしいと願ってしまう。
よし、決まった。
安息のブレッドは、生地にクリームチーズを加え、焼き上がったら厚めに切る。
軽く卵液に潜らせ、両面をカリッと焼き上げたら皿に盛り、ラズベリーとブルーベリーをコンポートしたもの添える。
ベリーのソースには新鮮なイチゴが欲しいところだが、あいにく今は時期外れだ。
乾燥させていたイチゴをベースにラズベリー、ブルーベリー、それに甘みのハチミツを少々加え、アクセントにオレンジピールを刻んで入れる。
そしてリソルート様の前で上からゆっくりそっと垂らす。
時々、落ちてくるオレンジピールは笑い泣きの大粒の涙。
さぁ!早起きのリソルート様の朝食まで時間がないぞ!
厨房の者たちが一斉に動き出す。
夜明けには甘く香ばしいパンが、ふっくらと焼き上がった。
ベリーのソースも完璧だ。
リソルート様がテーブルに着かれたと連絡が入り、目覚めのお茶を召し上がっている間にパンを仕上げる。
よし、いい焼き加減だ。
庭師たちが丹精込めて育てたラズベリーとブルーベリーのコンポートを添えて、最後の仕上げはリソルート様の前でお披露目だ。
リソルート様の前に安息のブレッドを並べる。
あとは私がベリーのソースをかけて……
「いただこう」と言ってナイフとフォークに手が向かうが、
「リソルート様。もし宜しければベリーのソースをご自身でかけてみませんか。
…時々落ちてくるオレンジピールが目を楽しませてくださいますよ」
使用人の弁えを超えていると激怒されるだろうか…
しかし心配は杞憂だった。
ご自身でソースをかけるそのお姿は、リソルート様が幼き頃、まだ仕込み中のとうもろこしのスープを、つまみ食いした時のようにキラキラとした目をされていた。
——あぁ、懐かしい
…お坊ちゃまと呼ばれていた時を思い出した。
ベリーのソースを焼き上げたパンにたっぷり絡め、ゆっくり一口召し上がると「僕の顔はこんなにも美味しいのか。あの御仁にも召し上がっていただきたい」と言い、
またご自身で残りのソースを全部かけて、あっという間に完食された。
“あの御仁”が誰か分からないが、リソルート様にとって大事なお方だろう。
側で控えていた我々は、そっと目尻を拭いた。
「とても美味しかった。ありがとう」と料理人たちへのお言葉をいただいた。
我々は僅かながら”安息“をお届けすることができただろうか。
颯爽と騎士団に向かわれるリソルート様のお背中に、今までにない逞しさを見た。
あなたにおすすめの小説
あなたの妻にはなりません
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。
彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。
幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。
彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。
悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。
彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。
あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。
悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。
「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」
悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!
夕香里
恋愛
王子に婚約破棄され牢屋行き。
挙句の果てには獄中死になることを思い出した悪役令嬢のアタナシアは、家族と王子のために自分の心に蓋をして身を引くことにした。
だが、アタナシアに甦った記憶と少しずつ違う部分が出始めて……?
酷い結末を迎えるくらいなら自分から身を引こうと決めたアタナシアと王子の話。
※小説家になろうでも投稿しています
どうかこの偽りがいつまでも続きますように…
矢野りと
恋愛
ある日突然『魅了』の罪で捕らえられてしまった。でも誤解はすぐに解けるはずと思っていた、だって私は魅了なんて使っていないのだから…。
それなのに真実は闇に葬り去られ、残ったのは周囲からの冷たい眼差しだけ。
もう誰も私を信じてはくれない。
昨日までは『絶対に君を信じている』と言っていた婚約者さえも憎悪を向けてくる。
まるで人が変わったかのように…。
*設定はゆるいです。
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
夫婦戦争勃発5秒前! ~借金返済の代わりに女嫌いなオネエと政略結婚させられました!~
麻竹
恋愛
※タイトル変更しました。
夫「おブスは消えなさい。」
妻「ああそうですか、ならば戦争ですわね!!」
借金返済の肩代わりをする代わりに政略結婚の条件を出してきた侯爵家。いざ嫁いでみると夫になる人から「おブスは消えなさい!」と言われたので、夫婦戦争勃発させてみました。
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)
【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?
鳴宮野々花
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。
そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ……
※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。
※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。
※この作品は小説家になろうにも投稿しています。