愛されて守られる司書は自覚がない【完】

おはぎ

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前編



「ありました!これですよね、紋章。」

本と本の間に転がり込んでいた紋章を見つけた時、ホッとして自分が埃まみれになっていることもそっちのけで声を掛けた。

「あぁ、確かにこれだ。すまない、手間を取らせて。だが、助かった、感謝する。」

そう言った隊長さんは、目を細めてフッと笑うと、僕の頭に手を伸ばしてきた。咄嗟に目を瞑ると、髪の毛を掬うように指を滑らせて、

「……埃が付いている。ずっと探してくれていたのだな。」

そう言い、僕の手に乗っている紋章を受け取った。僕は、自分が埃まみれで汚いことを思い出して、慌てて隊長さんから距離を取るように後退った。

「す、すみません、僕、今汚くて……!」

「埃ぐらい大丈夫だ。俺こそ、不躾に触れてしまってすまない。」

そう言われて、そんな!と首を振る。そして、僕がそれに返そうとした時、

「あっ!紋章あったの?」

可愛い声が聞こえて振り返ると、僕の親友のレーテルが扉のところに立っていた。

「も~、見つかったんなら早く言ってよ。まだ皆探しているよ?」

プクッと頬を膨らませて近付いてくるレーテルは、僕から見ても可愛くて、思わず俯く。

「あっ、ユンに言ったんじゃないよ、カイト隊長が悪いんだから。」

「何故俺が悪いんだ。丁度今受け取ったんだ、お前こそちゃんと探していたんだろうな。」

「探してましたよーだ。ほら、早くみんなに見つかったって言ってきてよ。ユン、ちょっと僕たち行ってくるね。」

金髪のふわふわとした髪を揺らし、キュルンと音がつきそうな大きな瞳で僕を見てそう言ったレーテルに、慌てて頷いた。

「う、ん。僕、まだ仕事あるから……。」

隊長さんと軽口を言い合いながら手を引くレーテルは、扉のところで振り返ると僕に手を振って行ってしまった。僕も振り返し、二人の姿が見えなくなると、力なく腕を下ろしたのだった。


―――ここ、王宮内の図書館で司書をしている僕。親友のレーテルとは、学園で知り合った。可愛い男の子がいると噂には聞いていたのだが、僕には関わりがないだろうなと思っていた。だが、レーテルから話し掛けてきてくれて、それから仲良くなったのだ。それが何故だったのかは僕も分からないけど、僕は人見知りであまり社交的なタイプではなかったから、レーテルが一緒にいてくれたのはすごく心強かった。

何より、レーテルはとても可愛くて、誰もがレーテルを好きになった。

僕がちょっと格好良いな、とかちょっと良い感じかもしれない、だなんて浮かれて思っても、次に会った時にはレーテルの話ばかり。近付いてくる人はレーテル目当てなんだと、だんだんと僕も分かってきて勘違いすることも少なくなっていった。

そんな僕だから、恋愛経験が全くといっていいほどない。レーテルみたいに可愛いわけじゃないし、話していても楽しい話題を提供することもできない。そんな僕が好かれるだなんて、さすがに思わないけれど。だからなのか、遠巻きにされることが多かった僕。そんな僕が可愛くて人気者なレーテルと一緒にいることが気に食わない人もいたらしく、コソコソと何かを言われていたことも何度もあった。

「ユン、花祭り一緒に行こ!」

だが、それでもレーテルは嬉しそうに色んなところに僕を連れ出してくれた。何度か付き合ってる人はいたらしいけれど、催し物や祭りなどは決まって僕を誘ってくれて、一緒に楽しんだのは良い思い出だ。

勤め先も、僕はもともと本が好きで、王宮図書館で働きたかったため司書の資格を取ったのだが、レーテルも僕が心配だからと同じ王宮勤めで文官として働いている。休憩が合う時は、一緒に食事をとることもあるのだが、レーテルは社交的のため知り合いが多く、色んな人に話し掛けられている。気を遣って僕にも話しかけてくれる人もいるけれど、どう返したらいいのか分からず、曖昧に笑って挨拶するぐらいしかできないため、それ以上話が弾まなくて申し訳なくなってしまう。だから、職場でもレーテル以外の人と仲を深めることができないでいた。

そんな中、騎士の人が本を借りにくることがあった。騎士は身体の大きさや筋肉がしっかりついているため、結構見た目で分かるのだ。何でも、隣国の言葉を学ばないといけないらしく、簡単な絵本から物語まで、まずは文字に慣れるためにということらしい。そんな中、僕はやっぱり上手く対応できなくて、

「この本のここの文章がよく分からなかったんだけど、これってどういう意味か分かる?」

「えっと、ここは、こっちの文章の説明になっていて……。」

「ねぇねぇ、こっちは~?これも教えて欲しいな~。」

「こっちは、この人物の心情を表していて……。」

「ここの単語の意味が分からねぇんだけど、教えてくれねぇか?」

「えっと、えぇっと、これは、言い回しで……。」

ポンポンと質問が飛んで来てあたふたとしていた僕。必死に調べたりしながら答えていくが、終わらない質問に最早泣きそうになっていた。だが、

「おい、いい加減にしろ。」

低い声で一喝したのは、騎士団第1部隊のカイト隊長だった。

「お前らがそんなに勉強熱心だとはな。宰相様に掛け合って、勉強会でも開いてもらうか?」

そう言うと、騎士たちは慌てたようにそそくさと出て行ってしまい、僕は何だったんだろう、と呆然とした。そんな僕に、

「語学を学ぶという口実で、君と話したいだけの連中が迷惑を掛けた。すまない。」

苦笑してそう言われ、パチパチと目を瞬かせる。僕と話したいだなんて、そんなことあるわけないのに、気を遣ってくれたんだな、と申し訳なくなる。それから、隊長さんは見廻りも兼ねてだろう、ちょこちょこ図書館に来てくれるようになって、少しずつ話すことも増えたのだ。

カイト隊長は、最年少で部隊の隊長に任命されたすごい人だ。ダークブラウンの髪と瞳を持ち、切れ長の目は鋭いが、そこがいいのだという噂だ。すごく優しくて、話し方も僕が怖がらないように柔らかくしてくれているのだと分かった。そこから、隊長さんが来るのを待ち遠しく思うようになっていった。

そんな中、騎士の一人が紋章を失くしてしまったと、ここで見掛けていないかと尋ねてきたのだ。

騎士の紋章は、騎士になった時に渡される唯一無二のもの。失くせば罰金、それも金貨1枚だ。それに、反省文100枚に補習3か月を受けなければならないと聞いて驚愕した。僕は、一大事だ!と、図書館の中を隈なく探し始めたが、中々見つからず。就業時間が過ぎても探し続けていた。

「あの、どこを通ったとか、借りた本とかは分かりますか?」

「あー、確か、こっちを通って……。」

その騎士も必死で、あっちこっち探し回ってもなかったらしく、恥を忍んで他の騎士たちにも協力を仰いだのだと。今、騎士たちが総出で探しているらしい。みんな、紋章を失くすことの重大さを分かっているからだって。

その騎士と一緒に探していたが、やはり見つからず。そうしていると、

「おい、他の立ち寄った場所を共有してこい。ここは俺が探す。」

カイト隊長が来て、その騎士を出て行かせてしまったため、二人っきりになってしまった。僕は、それに焦って、より一層、何も考えないように探すことに集中していた時に、見つけたのだ。


……レーテルと、隊長さん、仲良いんだなぁ。

隊長さんも、レーテルには砕けた感じだったし、僕には余所行きの顔で気を遣っていたから優しかったのだと突き付けられた気がして、どんよりと心が重くなる。レーテルに、適うわけないって分かってたはずなのに。そりゃ、隊長さんだって、一緒にいたら楽しくて、社交的で優しくて可愛いレーテルの方が良いに決まってる。

僕は、深く息を吸って吐くと、ゆっくりと本を棚に戻し始めた。上の段に戻す時、梯子を使って一冊ずつ並べていく。この作業は嫌いじゃない。本が立って並べられていく様を見るのが好きだからだ。少し荒れた心の中を落ち着けるようにいつもより丁寧に並べている時だった。

「――これも、同じように戻せばいいのか?」

いきなり、下から声が聞こえ、驚いて足を踏み外してしまった。

―――落ちる!

そう思うも、咄嗟にどうにかできるポテンシャルもない僕。来るであろう衝撃に、目をギュッと瞑った。だが、

「っと、すまない、驚かせてしまったな。」

力強い腕に受け止められ、目を開けるとカイト隊長の顔が目の前にあり、僕は目を見開いて固まった。そして、ハッとして、

「す、すみません!」

と慌てて降りた。バクバクとなる心臓は、落ちそうになったからなのか、受け止められたからなのか、隊長さんと近すぎた距離のためか。どのような顔をすればいいのか分からず、俯いた僕。

「いや、こちらこそ悪かった。俺も手伝うよ。」

優しくそう言われるが、さっきのレーテルとの会話を思い出してツキンと胸が痛んだ。もしかしたら、僕がレーテルと仲が良いから、気を遣ってくれているのかもしれない。そう思うと、手伝わせるのも悪い気がして、

「い、いえ、大丈夫です。僕一人で、大丈夫ですから……。」

と、俯いたまま返して、お気遣いありがとうございます、と頭を下げた。

「……いや、俺が手伝いたいんだ。駄目だろうか。」

手を取られたかと思うと、それに驚いて顔を上げた僕の目を真っすぐ見てそう言われ、拒否できるわけもなく、何とか頷いた。

「良かった。上の段には俺が戻そう、一緒にやれば終わるのも早いだろう。」

優しく言われるまま、僕たちは本を整理していった。そして、全て終えた後、

「あの、これで終わりです、ありがとうございました。じ、じゃあ、僕は……。」

就業時間も過ぎているし、早く帰ろうと声を掛けようとすると、

「遅くなってしまったし、良かったら一緒に夕飯でもどうだろう。あぁ、安くて美味い店があるんだ。」

そう言われて、えっと、とどう答えるのが正解なのだろうとパニックになる。こういう風に、誘われたりしても、結局はレーテルのことを聞かれたりするだけなので、僕としては気まずいのだ。レーテルのことも、本人がいない中でどこまで話してもいいのか判断にも困ってしまう。それに、隊長さんからレーテルのことを聞きたくはなかったのだ。

「……駄目だろうか。少しでいいんだ、付き合ってはもらえないだろうか。」

悲しそうに笑ってそう言われ、僕は断ることが出来ず。促されるまま、外へと出たのだった。




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