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後編
僕に合わせてゆっくり歩いてくれているのが分かってむずがゆい気持ちになる。職場を出て、街に繰り出すと同じように夕食を食べに行く人や買い物をする人、帰宅を急いでいる人など様々な人たちでごった返していた。もたもたと人を避けながら歩く僕に、
「人が多くてはぐれるといけないから、少し肩に触れてもいいだろうか。」
隊長さんがそう言いながら顔を覗き込んできた。僕は、思わずはい、と返事してしまい、それを聞いた隊長さんの腕が僕の肩に回ってそっと引き寄せてきた。近い距離に思わず息を飲み、カチコチと固まってしまった僕。ふわりと隊長さんの匂いがして、顔が熱くなった。
「カイト隊長?珍しいっすね、どこに……。」
その時、見たことのある人が話し掛けてきて、僕を見て目を見開いたのが分かって思わず俯く。恐らく、騎士の人だろう。見覚えがあったのだ。どうしよう、どうして僕みたいなやつを連れているんだって不審に思ったに違いない。そう思って、隊長さんから離れようと足を少し後ろに下げた時、肩に回っていた隊長さんの腕にグッと力が入ったのが分かり驚いて顔を上げた。
「まぁな。こういうことだから、他のやつらにも言っておけ。」
隊長さんは、話し掛けてきた騎士の方に顔を向けて、口角を上げるとそう言った。
「えぇ!?嘘でしょ隊長!そりゃないっすよ!みんな手出し無用ってのが暗黙の了解だったじゃないすか!」
騎士が叫ぶようにそう言って、突然の大声に驚く。
「律儀に守って欲しいものを諦められるなら、その程度だってことだろ。」
「っぐ、知りませんよ!レーテルに怒られても!」
そう言われた隊長さんは鼻で笑ったが、僕はハッとした。
レーテルが怒る……?
レーテルのことが話に出てきた以上、関係があるのは明白。隊長さんが僕の肩に腕を回しているこの状況で、怒るとしたら恋人だ。読んだ物語の中で、こういった場面があったのを思い出した。恋人が他の人と腕を組んで歩いていて、主人公は烈火の如く怒るのだ。そうだ、そうだった。そう考えると、僕はレーテルに対してとても嫌なことをしているんだと感じて血の気が引く。
「あ、の、ごめんなさい、僕、何も知らなくて、えっと、ごめんなさい……。」
親友の恋人に言い寄るような嫌なやつに見えているかもしれないけれど、わざとじゃないんですと言い訳みたいに謝罪の言葉を重ねることしかできなくて、どうしようと焦ってしまう。少なからず、隊長さんのことをいいなと思っていたこともあり、潔白だと言えなくて、しどろもどろになった。
「おい、もういいだろう。どうせ、いつものメンツで集まっているんだろ、さっさと戻れ。」
隊長さんは、騎士の人にそう言い放つと、そっと僕に歩くように促してきた。
「くっそー!隊長の腹黒!鬼!レーテルに言いますからね!」
その騎士はそう叫ぶと、ワーッと走って行ってしまった。僕はついていけなくて唖然とする。
「すまない、驚いただろう。もう少し先の店なんだ。……おや、閉まっているな。あぁ、そういえば今日は定休日か。無駄足を踏ませてしまった、申し訳ない。俺の家がこの近くだから、お詫びに飯を食って行ってくれ。」
案内された店は、暖簾が下ろされていて中が暗く営業していないことが分かった。隊長さんは、困ったように笑うと、そう提案してきたため僕は目を白黒させる。
「い、いえ、さすがにお邪魔する訳には。」
「頂き物の肉があるのだが、量が多くて食べきれないんだ。食べるのを手伝ってはくれないだろうか。」
そう押し切られてしまい、僕は断る理由が思いつかなくて促されるまま付いて行ってしまった。だが、部屋に招かれた途端にハッとする。
「あ、あの、僕やっぱり、帰ります。レーテルに悪いし……。」
「気にすることはない。レーテルには俺から言っておく。」
何でもないように言われて、僕は羞恥に顔が熱くなった。全くそういう対象じゃないと突き付けられたようで、勝手に勘違いしてレーテルに誤解されるんじゃないかなんて考えた自分があまりにも恥ずかしくて顔が上げられなくなる。それと同時に、
……隊長さんにとって、僕はただの同じ職場にいる知り合いってだけなんだろうなぁ。
とはっきり自覚させられて、胸がギュッと苦しくなった。僕みたいなやつと一緒にいても、あろうことか家に招かれて二人っきりでいても、気にされるわけないということを言われて、さすがに悲しくなってしまった。レーテルに悪いとは思っても、やはり気になっている人から対象外だと暗に言われてしまうと、期待してなかったにしても辛いわけで……。
「そう、ですよね……。っ、あ、あの、やっぱり用事を思い出したので……。」
視界が揺れてきてしまい、慌ててそう言いこの場から逃げようとした僕。だが、
「ユン殿、さすがにそれは言い訳だと分かる。俺は何か気に障ることをしただろうか?」
腕を掴まれてしまい、その場で動けなくなってしまった。隊長さんに顔を覗き込むようにそう言われ、僕はふるふると首を振る。僕が勝手に勘違いして辛くなっただけなので、さすがに恥ずかし過ぎて説明なんて出来るわけがなく。そっと伺うように見ると、隊長さんはそんな僕を見てゴクリと喉を鳴らした。
「っ、ユン殿、それは俺を試しているのか?」
「えっ?試す?な、何をですか?」
いきなりそう言われて、僕はびっくりして聞き返すも、額に手を当てて項垂れた隊長さんから返事は返ってこず。腕を掴まれたまま、僕はどうしようと内心焦っていると、
「……ユン殿、帰りたくなったのは、どうしてだ?」
そう切り返されて口を噤んだ。えっと……と次の句が紡げないでいると、
「俺のことが嫌になったわけではないのだな?」
続けて言われた言葉に、僕はぽかんとするが、我に返ってぶんぶんと頭を振って頷く。
「い、嫌だなんて、そんなこと!」
「そうか、良かった。これから口説こうとしているのに、嫌われてしまったのかと焦ってしまった。」
そう目を細めて言われて、僕は、え……。と言われた言葉の意味が理解できなくて固まる。
……口説こうと?
確かに、そう聞こえた気がするのだが、隊長さんは、レーテルと付き合っていて……。と頭の中がパニックになる。呆然としている僕に、
「ユン殿。……いや、ユン、と呼んでも良いだろうか。一目見た時から気になってはいたのだが、君の誰に対しても真摯に向き合う姿が好ましくて、何度も会う内にいつの間にか惹かれていた。俺の伴侶になってくれないだろうか。」
隊長さんは僕の両手を取り、大きな手で優しく包むと、真っすぐに僕の目を見つめてそう続けた。
「え……え?え、ど、どうして?隊長さんは、レーテルと……。」
突然の話についていけず、困惑しながら言葉を紡ぐと、
「レーテルと?いや、レーテルとは何もないが。」
不思議そうに言われて僕は訳が分からなくなった。
「でも、レーテルが怒るって、さっき……。」
「怒る?……あぁ、まぁ、怒るだろうが。それは誰が相手であろうがそうなるだろうから気にしなくていいと言ったんだ。俺だけではなく、レーテルは他のやつらにもよく怒っているからな。」
「レーテル、怒るんですか?」
僕は笑顔で楽しそうなレーテルの印象が強いため、怒っている姿が想像できない。可愛らしく、ふざけて怒る振りをすることはあるが、それぐらいだ。でも、そういう意味でレーテルが怒るんじゃないんだとしたら、隊長さんの言葉は……。と考えて理解した時、体中が熱くなって、顔は真っ赤になった僕。
「う、あ、ぼ、僕……。」
「ユン、俺のことは嫌いだろうか。」
「えっ、そんなことは……!」
「少しでも良いと思ってくれているのなら、まずは付き合うことからでも構わない。俺に君を愛する権利をくれないか。」
「ひぇ、え、あの……。」
「君の嫌がることはしない。俺を知ってもらってから、改めて婚姻の申し込みをするから、返事を考えていて欲しい。」
あれよあれよと続く言葉に、僕は思わず「はい。」と返事をしてしまい、実感もないまま隊長さんとお付き合いすることになってしまったのだった。
――――
「ユン、今日は何時に終わる?」
「あ、あと一刻ほどです。」
「そうか、なら迎えに来る。明日は休みだろう、泊まっていくといい。必要な物を買って帰ろう。」
僕の髪に指を滑らせてそう言うカイト隊長に、思わず顔を赤くしてしまう。付き合ってから、仕事終わりにご飯を食べに行ったり、休みの日はデートをしたりと順調に関係を構築している僕たち。カイトさんは、紳士的でスマートにエスコートしてくれて、格好良くてポーっとなってしまう。それに、時々さりげなく手を繋がれたり、肩に腕を回されたりすると、ドキドキと心臓が忙しなくてすぐに顔が熱くなる。
カイトさんの家には何度か泊まっているが、手を出されたことはない。
「ユンが良いと思うまで待つから、緊張しなくていい。」
そう優しく言われて、僕はいつ言おうかとそわそわしながらも、なかなか言えず、先延ばしになっているのだ。だから、今日は言おう、と心に決めて、時間が過ぎるのを今か今かと待っていた。
そして、仕事が終わり、カイトさんと夕飯を買って家へ。落ち着きがない僕の様子に、カイトさんは気付いているだろうが何も言わず。並んで座る僕の腰に、カイトさんが腕を回して優しく引き寄せてくれた。そのため、僕は、今だ!と気合を入れる。
「あ、の、今日は、言いたいことがあって……。」
「あぁ、そんな気はしていた。」
カイトさんの声が少し低くなったような気がして、カイトさんをチラッと目だけで盗み見ると、バチッと目が合ってしまって慌てて俯いた。
「その、えっと、ぼ、僕、い、良いです……。」
もっと他に言い方があっただろうと思うのだが、精一杯の僕からの言葉に、カイトさんは目を見開くと嬉しそうに笑った。そして、抱かれている腰をグッと抱き寄せられて、身体が密着する。僕はそれだけでカーッと全身が熱くなりながらも、どうすればいいか分からずカイトさんを見上げると、
「んっ……。」
唇に柔らかいものが触れて、目を見開く。至近距離でカイトさんと目が合い、恥ずかしくて咄嗟に目を瞑ると、熱いものが唇の間から割り込んできた。驚いて思わず口を開くと、待ってましたといわんばかりに侵入してきて、僕の舌を絡め取られて水音が響く。
「ふ、ぁ……あっ……んんっ…。」
いつの間にか後頭部に回った大きな手で固定されて、何度も舌を舐められ吸われ、口内を蹂躙するそれに、力が入らなくなってきてボーっとなる。唇を離された時、もう身体を支えることが出来ず、くたっとカイトさんに凭れかかった。すると、ギュッと抱き締められてスルッと頭から首に掛けて撫でられ、思わず「んっ。」と声が漏れてしまい恥ずかしくなる。
「はぁ、想像以上だ。ユン、君が可愛すぎてどうにかなりそうだ。初心な君の反応に、今すぐ襲い掛かりたくなるが、まだ我慢するとしよう。いつか、君の全てを貰う。」
耳元でそう言われ、僕は真っ赤になりながらも、ゆっくり頷いてカイトさんの胸に顔を埋めたのだった。
―――――
「やってくれたな、ただで済むと思うなよ。」
「ユンはお前のものじゃない。だがレーテル、お前には感謝している。」
「お前に感謝されても嬉しくない!僕のユンに近付けなくしてやる!」
「ふっ、俺を腑抜けどもと一緒にするな。今まではお前がユンに近付くやつらを排除してきたんだろうが、もうそれは俺の役目だ。ユンを守ってきたことは褒めてやるがな。」
「お前のためじゃない!あぁ、もう!最悪過ぎて吐きそうだ…!」
ギリギリと歯を食いしばりながら俺を睨み付けるレーテルに、カイトはふっと鼻で笑い、言い争いは激化する。
カイトとユンが付き合い始めた時から、レーテルとカイトとの言い争いは絶えないのだが、そんなことを夢にも思わず気付かないユンは、親友と恋人それぞれから愛され守れていくのだった。
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