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一章 ラストワン
1-01 春の嵐
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いつもと変わらぬ教室の風景。
この席は真ん中の列の前よりは後ろに近い位置にある。ここから眺める人の流れや耳に入る会話、築かれる人間関係を静かに観察している。かといってクラスで一番に登校するまでの意気込みはない。ある程度人が集まってからの雰囲気がいいと思う。
次々と生徒が入ってきては賑やかになってきた。今朝もクラスの女子達は仲の良い者同士でまとまってワイワイはしゃいでいる。
「見て見てー、これ昨日原宿で買ったのー」
「きゃー、かっわいいー」
「でしょでしょー」
すぐ横の一角でひときわ盛り上がったグループは、いつも4、5人でつるんでいる。高校生になると女子はそれなりに色気づいて、しかもみんなそれなりに可愛い。中でも彼女達のグループは一段と可愛い子が揃っていて、会話もおしゃれに関連したことや恋愛話が多い。
そのうちの一人、《小金沢サキ》が俺に話し掛けてきた。
「ねえねえ田中君、これどうかな?」
彼女の長い茶髪のストレートには、スワロフスキーをあしらったヘアピンがピンクの光りをキラキラと放っていた。
「へえ、可愛いねそれ」
「うっそー、やだー、ありがとー」
喜んでもらえて何よりだが、いったい何が嘘で、何が嫌で、どうお礼に結び付いたのか全く意味不明だ。けれど、そうは思っても口には出さない。
「田中君、サキに惚れちゃ駄目よー」
さらにもう一人の女子がわけの分からないことを言い出したので、適当に愛想笑いしておいた。褒めたのはヘアピンなのだが、それを言うとややこしくなりそうだ。付け加えると、決して小金沢が可愛くないわけではない。どっちかというと奇麗が過ぎるぐらいだ。
「おーっす、小金沢ー!」
「おっはよー三門君」
クラスのそこそこの男どもはみな、小金沢に構いたがる。あのパッチリした目に潤いのあるピンクの小口、ポイントごとに目立つパーツを揃えてなお全体的に整った顔立ち。誰が見たってクラス一と答えるだろう。
でも俺は、いくら可愛くてもいくら綺麗でも、化粧を盛った顔には惹かれないし、良さが判らない。当然、小金沢サキのことを意識することもなかった。それは変でも何でもなく、他に気になる子がいたからだと思う。
「見て見てー、これ昨日ギャップフロントで買ったのー」
「きゃー、かっわいいー」
「でしょでしょー」
きた。
教室の前の扉から二人の女子が入ってくる。その一人の《宮原ハヤミ》、俺は彼女のことが気になって仕方がない。色気もなにもない彼女は、今日も長い黒髪を無造作にくくり、赤い太ぶちの眼鏡をかけ、手にはポータブルゲーム機を持っている。いわゆる《オタ女》だった。
窓際の一番前、俺の席からは少し遠い位置に座る彼女の声に耳を澄ませる。
「そうそう、私そろそろジョブチェンジしようと思って」
「えーなんで? ハヤのドロッ……おっとゴメン、ナイトは今じゃちょっとしたヒーローじゃない。勿体ないよ」
彼女達の会話は半分以上が解読不能だ。さすがはオタ女。ちなみにもう一人の《白銀ミニ》も眼鏡だ。しかも銀ぶち眼鏡で短髪。この子も可愛いと思うんだが、いつから俺は眼鏡フェチになったのだろう? いや、断じてそれはない。二人とも眼鏡をはずしても可愛いと思う。それは確かだ。
「別にヒーローでいたいわけじゃないし、それに今度は魔法も使ってみたいなーって」
「待ってよー、ナイトいないと厳しいんだってば。せめて《エリサールの月》は落としておきたいの」
「りょーかい。じゃあ今夜にでも行きますか? シーフ殿」
「わーっ、ダメ、今の私のレベルじゃまだ無理っ」
「あっははは」
……さっぱり分からない。ナイトとかシーフとか、あとはエリサールの月だっけ? やっぱり何かのゲームの話だよな。
「うっわやだ、あっこでまたキモい話してない?」
若干大きめの声でそう言ったのは隣の小金沢サキだ。彼女はあそこの二人を毛嫌いしている。その態度はクラスの他の女子や男子にまで影響していた。
でも俺には、そんな周りの意見は気にならなかった。宮原ハヤミが後ろを向いて白銀と話す時に見せる笑顔――彼女のすっぴんで自然な笑顔は、化粧をしたクラスのどの女子のものより俺には破壊力があった。
そんな、まだ恋かどうかも判らない二年の春が始まったばかりの今日、嵐は突然訪れた。
「ねえ、ハヤの好きなタイプってどんな?」
それは白銀ミニが発した突拍子もない質問。俺は思わずドキっとした。と同時にクラス中が一瞬静まりかえっていた。
教室から廊下に出ようとしたある男子は立ち止まり、数人の男どもは立ち上がり、座ったままの奴等も驚きの顔を彼女に向け、他の冷静を装った風の男どもも視線は彼女、宮原ハヤミに注目していた。
シーンとなった教室。さすがにどんなバカでも、どんな鈍い奴でも判る。ほぼ全員の男子が宮原ハヤミを意識しているのだと。次の瞬間、クラスの女子から一斉に笑顔が消えた。とんでもなく悪いムードだ。
けれど宮原ハヤミはそんな周りの空気など全く気にすることなく質問に答えた。
「もち、キング・カスケード」
「えー、それバーチャルじゃん」
「でも、実在する誰かではあるでしょ」
キングなんたら? 何のことだいったい?
静まった教室中に響いた今の会話をキッカケに、元の騒がしさが戻ってくる。まるで魔法で止まった時が動き出したようだ。そんなほんの短い緊迫が解けた後、俺の横で悪意を持った小さな一言が聞こえた。
「まじウゼェ」
小金沢サキだった。周りの女子達も同調するように頷いていた。
女子コエェ。
この席は真ん中の列の前よりは後ろに近い位置にある。ここから眺める人の流れや耳に入る会話、築かれる人間関係を静かに観察している。かといってクラスで一番に登校するまでの意気込みはない。ある程度人が集まってからの雰囲気がいいと思う。
次々と生徒が入ってきては賑やかになってきた。今朝もクラスの女子達は仲の良い者同士でまとまってワイワイはしゃいでいる。
「見て見てー、これ昨日原宿で買ったのー」
「きゃー、かっわいいー」
「でしょでしょー」
すぐ横の一角でひときわ盛り上がったグループは、いつも4、5人でつるんでいる。高校生になると女子はそれなりに色気づいて、しかもみんなそれなりに可愛い。中でも彼女達のグループは一段と可愛い子が揃っていて、会話もおしゃれに関連したことや恋愛話が多い。
そのうちの一人、《小金沢サキ》が俺に話し掛けてきた。
「ねえねえ田中君、これどうかな?」
彼女の長い茶髪のストレートには、スワロフスキーをあしらったヘアピンがピンクの光りをキラキラと放っていた。
「へえ、可愛いねそれ」
「うっそー、やだー、ありがとー」
喜んでもらえて何よりだが、いったい何が嘘で、何が嫌で、どうお礼に結び付いたのか全く意味不明だ。けれど、そうは思っても口には出さない。
「田中君、サキに惚れちゃ駄目よー」
さらにもう一人の女子がわけの分からないことを言い出したので、適当に愛想笑いしておいた。褒めたのはヘアピンなのだが、それを言うとややこしくなりそうだ。付け加えると、決して小金沢が可愛くないわけではない。どっちかというと奇麗が過ぎるぐらいだ。
「おーっす、小金沢ー!」
「おっはよー三門君」
クラスのそこそこの男どもはみな、小金沢に構いたがる。あのパッチリした目に潤いのあるピンクの小口、ポイントごとに目立つパーツを揃えてなお全体的に整った顔立ち。誰が見たってクラス一と答えるだろう。
でも俺は、いくら可愛くてもいくら綺麗でも、化粧を盛った顔には惹かれないし、良さが判らない。当然、小金沢サキのことを意識することもなかった。それは変でも何でもなく、他に気になる子がいたからだと思う。
「見て見てー、これ昨日ギャップフロントで買ったのー」
「きゃー、かっわいいー」
「でしょでしょー」
きた。
教室の前の扉から二人の女子が入ってくる。その一人の《宮原ハヤミ》、俺は彼女のことが気になって仕方がない。色気もなにもない彼女は、今日も長い黒髪を無造作にくくり、赤い太ぶちの眼鏡をかけ、手にはポータブルゲーム機を持っている。いわゆる《オタ女》だった。
窓際の一番前、俺の席からは少し遠い位置に座る彼女の声に耳を澄ませる。
「そうそう、私そろそろジョブチェンジしようと思って」
「えーなんで? ハヤのドロッ……おっとゴメン、ナイトは今じゃちょっとしたヒーローじゃない。勿体ないよ」
彼女達の会話は半分以上が解読不能だ。さすがはオタ女。ちなみにもう一人の《白銀ミニ》も眼鏡だ。しかも銀ぶち眼鏡で短髪。この子も可愛いと思うんだが、いつから俺は眼鏡フェチになったのだろう? いや、断じてそれはない。二人とも眼鏡をはずしても可愛いと思う。それは確かだ。
「別にヒーローでいたいわけじゃないし、それに今度は魔法も使ってみたいなーって」
「待ってよー、ナイトいないと厳しいんだってば。せめて《エリサールの月》は落としておきたいの」
「りょーかい。じゃあ今夜にでも行きますか? シーフ殿」
「わーっ、ダメ、今の私のレベルじゃまだ無理っ」
「あっははは」
……さっぱり分からない。ナイトとかシーフとか、あとはエリサールの月だっけ? やっぱり何かのゲームの話だよな。
「うっわやだ、あっこでまたキモい話してない?」
若干大きめの声でそう言ったのは隣の小金沢サキだ。彼女はあそこの二人を毛嫌いしている。その態度はクラスの他の女子や男子にまで影響していた。
でも俺には、そんな周りの意見は気にならなかった。宮原ハヤミが後ろを向いて白銀と話す時に見せる笑顔――彼女のすっぴんで自然な笑顔は、化粧をしたクラスのどの女子のものより俺には破壊力があった。
そんな、まだ恋かどうかも判らない二年の春が始まったばかりの今日、嵐は突然訪れた。
「ねえ、ハヤの好きなタイプってどんな?」
それは白銀ミニが発した突拍子もない質問。俺は思わずドキっとした。と同時にクラス中が一瞬静まりかえっていた。
教室から廊下に出ようとしたある男子は立ち止まり、数人の男どもは立ち上がり、座ったままの奴等も驚きの顔を彼女に向け、他の冷静を装った風の男どもも視線は彼女、宮原ハヤミに注目していた。
シーンとなった教室。さすがにどんなバカでも、どんな鈍い奴でも判る。ほぼ全員の男子が宮原ハヤミを意識しているのだと。次の瞬間、クラスの女子から一斉に笑顔が消えた。とんでもなく悪いムードだ。
けれど宮原ハヤミはそんな周りの空気など全く気にすることなく質問に答えた。
「もち、キング・カスケード」
「えー、それバーチャルじゃん」
「でも、実在する誰かではあるでしょ」
キングなんたら? 何のことだいったい?
静まった教室中に響いた今の会話をキッカケに、元の騒がしさが戻ってくる。まるで魔法で止まった時が動き出したようだ。そんなほんの短い緊迫が解けた後、俺の横で悪意を持った小さな一言が聞こえた。
「まじウゼェ」
小金沢サキだった。周りの女子達も同調するように頷いていた。
女子コエェ。
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