幼女救世主伝説-王様、私が宰相として国を守ります。そして伝説へ~

琉奈川さとし

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魔族大戦

第百三十七話 真実……

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 「──愛していました」、オリヴィアのその言葉の重みの真意を知っていた私は息をのんだ。彼女の気持ち、そして愛情。それを知っていながらも、私は彼女に対して鬼にならないといけない。

 これが政治家の宿命、一匹の鬼を心に飼う者は冷酷かつ非情な一面を持ち合わせてないと、人を救えない。私はネーザン国民いや、このヴェスペリアを救う使命を負っている。一時の憐憫れんびんは捨てなくてはならない。

 オリヴィアに対する同情や憐れみの言葉が出そうな私の唇をきゅっと結び、彼女から真実を聞き出すことを優先した。

「意味がわからないわ、オリヴィア。その様子だと、やはり、グリードの死に貴女は関係しているようね」
「わ、わたしは、ただ、ただ……」

「ただ……、何?」

 ぽろぽろと涙をこぼしていく、か弱き少女に重ねて私は詰問をする。ようやく重い口を開き始めた彼女の言葉に耳を傾けた。

「……彼、ウェル君が、ネーザン国民に、民衆に憎まれる存在として、人々に語り継がれるのを避けたかったんです……」
「避けたかった?」

「彼がこのまま平民院首相でいると、致命的な失政を繰り返すのは、近くで対立する党首としてわかっていました。

 いま、平民たちが望んでいるのは、誰かに暮らしを安定させてもらうこと……。彼が望む政策は今ではなく、未来の事しか考えていませんでした」

 そう、私も昔からグリードの事を理想主義的すぎることを危惧していた。彼が平民院首相ながらも、平民への認識の甘さが現実の政治として如実に現れていた。それをそばで見ていたオリヴィアは苦々しそうに言葉を絞り出し、話をつづける。

「もし、このままほうっておくと、彼は増税に踏み切り、平民の暮らしはぐちゃぐちゃになってしまう。ウェル君が思っているほど、人は純粋ではないし、理想的ではないし、現実はとても汚い。

 彼がいくら未来の必要性を説いても、増税に踏み切れば、不景気になったら、富裕層はあっさり、自ら可愛がっていた部下さえも平気で切り捨て、他人がどうなろうと知ったことではありません……。

 貧民層はこんな事態になったら、ウェル君をまるで悪魔のように憎み続けたことでしょう。

 ──単純じゃないんですよ! 社会って! いつもウェル君は最後に言ってました。きっと話せばわかってくれると。あの時もそう、いつもそう、私が問い詰めた時、最後に大丈夫だと言い残しますけど、私にはわかります。汚い大人たちのやることが。

 金のためなら、平気で人を裏切るし、自分のためなら、親友や家族さえも貶め、自分の守りたいものだけを守る。そんな平民にとって国のことなんて、ただの形。ケース。箱。

 興味ないんですよ、平民たちの本音は! 未来のことなんて知らないし、他人の子どもたちの事なんてわからないし、経済の事なんて知らないし、国のことなんかホントはどうでもいい! 彼らにとって自分たちの暮らしが良くなればそれだけでいいんです!

 のちの歴史の事なんて、民衆にはわかりませんよ! 今の自分たちの暮らしで精いっぱい。そんなひとたちにいくら言葉を尽くしても、増税なんて受け入れられるはずがないでしょう!

 とくに、戦時中に、しかも、この経済混乱期の真っ最中に! ミサ様が必死に悩み、考えて、ソフトランディングなさろうとしていることは私にはわかっています。

 でも彼にはわからなかった! 理想しか見えてなかったんですよ、ウェル君は。ウェル君の頭の中では、平民たちは知識がないだけで、本当は純粋で、穏やかで、人の気持ちがわかる、善人しかいないと思ってる。

 ──そんなことなんて、ありえないのに!

 ほんと、馬鹿なんですよ、彼……。私、何度も何度も警告したんですよ、貴方このままだと、殺されるよって、政治ってそういうもんだからって。でも彼は笑顔でそれが本望って言うんですよ! ──私の気持ちも知らないで!

 私はウェル君に、みんなに愛される政治家になって欲しかった。子どもたちが喜んでくれる平民たちの総理になってほしかった──。彼みたいに清くて正しくて理想に燃える男性。実は私のなかの政治家の理想像でした、彼。

 いつも、貧しい人々のことを考えて、私みたいな馬鹿な人間をこうだよって、優しく導いてくれる大人の男性。いいですよね、そういう政治家って。女なら憧れちゃいますよね、そういう男性ひと

 でも、現実はそれを許してくれない。彼の居場所は現在にはないんですよ、こんな戦火にまみれた世界で。

 ……でも、でもね……。でも、私、そんな彼が好きだったんです! 愛していたんです! こんな世界に、人が人を憎んで当たり前な世界に、理想を信じ続ける馬鹿な男が!!!

 だから──!」

「だから殺したの、貴女が、グリードを?」
「ちがう! 違います! 私はただ、彼に……安全な刑務所で戦争を乗り切ってほしかっただけです! 殺してなんていません! 

 できるわけないじゃないですか! そんなこと、私に……!! 彼を守りたかった、それだけです、私は! ただっ!」
「……守りたかった。その口ぶりだと、誰かに狙われていたの、グリードは……?」

 彼女の激情に私は鋼鉄の顔で対応する。重要なのはここから。私はオリヴィアの本当の気持ちがこの耳で聞けて嬉しかったけど、そうじゃない、そうじゃないのよ、彼の汚名を晴らすためには……!

 オリヴィアは絞り出すように、私の知らなかった情報を告げた。

「ウェル君って、王党派に狙われていたんですよ……。彼の掲げる共和思想は、古い貴族趣味の人間たちにとって、変わっていく平民たちと同様に邪魔で邪魔で仕方なかった。

 昔から、ウェル君は王党派から襲われてて、家が彼らに焼かれたりしてましたけど、彼が首相になってから、暗殺しようとする動きが私のもとに知らされました。

 ウェル君の政治がおかしくなり始めて、王党派の平民層での支持がまし、勢いに乗って彼を襲おうとたくらむ輩が増えていました。

 私がきいた話では、彼が王宮襲撃事件で手痛い打撃を受けた時、この機会に彼を引きずり降ろそうと、王党派はたくらんでいたんです。

 その機会に憎き彼を殺そうと……。あのまま首相から一議員として野に放たれては危険だったんです! 首相じゃない彼を守り切る組織なんてないんですよ、今のご時世には。

 私はただ、彼を王党派から守るために、厳重な警護がついている政治犯として牢にいて欲しかった、ただそれだけなのに! でも、何でこんなことに!? 

 ──何でウェル君が死なないといけなかったんですかっ!!!」

「……王党派がウェル・グリードを殺そうとしていた。なるほど、もっともらしい。政治がわかるものなら、当然納得できる話ね。──執権である私以外は」
「えっ……!?」

「残念ながらそれは事実ではないわ。王宮襲撃事件でウェル・グリードを降ろそうとしていたのは、ほかでもない、共和派自身よ。とくに極左派は共和党内のバランスをとっていた彼が邪魔だったのよ。

 彼を排除して、共和派を乗っ取り、平民議会を乗っ取ろうとしていた。彼らの思惑通りに平民たちの独裁という形でネーザンを共和国としようとする計画が進んでいた。

 グリードはそれを必死に止めていた。しかし、現実にはもっとおかしなことが起きていた……。実はその極左派すら、誰かの操り人形になってしまっていた。これが真実の一面よ、オリヴィア……!」

「そんな、私! じゃあ、あの人達の言っていたことは? あの人が言っていたように王宮襲撃事件が起きたし、平民院が空転しだしたし、いったい何が……?」
「よく思い出して、オリヴィア。貴女はさっき、あの人たちって言ったわね。誰から聞いたの? そこが重要なのよ、真実にたどり着くには」

「……っ!」
「──話して! グリードの仇をとりたくないの!?」

「……ウェル君の仇……?」
「彼は利用されたのよ、そして貴女も。平民が権力を握るのを避けるために、このネーザンを思い通りにしようとしている奴に。

 そいつにグリードは殺されたのよ、司法の場も巻き込んでね。ねえ、話して。これを解決できるのは、戦地におられる陛下もご存じないことだし、今では私以外ありえない。

 お願い、いったい誰に聞いたの? グリードが王党派に殺されるって。話して、オリヴィア!」
「……レスター市警の人に、です……。彼らは治安にかかわっているから、ネーザン国内の危険団体の事を知っているだろうし、それに私が会ったその人たちはちゃんと身分の確かな人だし、そんな……。警察がまさか……?

 組織自体は歴史上最近にできたとはいえ、昔から治安維持組織の流れを汲んでいる人たちですよ。旧時代でも、レスター市内では数少ない平民たちの信頼のできる人たちだったんですよ!。

 そんなのって……!?」
「ありがとう、貴女の意見はとても参考になったわ、あとの事は私に任せて。貴方は平民院宰相として、自分のできることをしなさい。そして考えなさい。

 今はそれが、貴女にとって、ウェル・グリードにとって、国民にとって大切なことよ。

 ──いいわ、下がって」
「で、でも! 私!」
「下がりなさい! わかったわね?」

 オリヴィアは動揺を隠せないまま、ただ「はい……」とうなずいた。やっと、確証が持てたわ、これで。私の思った通りだった。

 ちょろちょろと人の気持ちを踏みにじるハイエナめ。瞬時、私は窓の外を見た。空を見上げた、むしろにらんだ。そして待った。未来へと扉が開かれることを。

 三分ほどで静かにドアノックの音が聞こえた。私は静かに「誰?」とたずねると、「閣下、リングです」と答えたので、私は優しい声で「さあ、お入りなさい」と返した。

 リングはコツコツと靴を鳴らし、音で私の近くに来たことがわかっていた。背中を向けながら、窓の外を眺めたまま黙っていると、「リングです」「ラングレーです」とそれぞれ言ったので、私は冷静に言った。

「よく来てくれたわね、リング、ラングレー」

「はい!」
「はっ……」

 との返事に、私の言葉は続ける。

「想定外の事が起こったわ、リング」
「どうなされました、閣下!」

「グリードが処刑されたわ、私の計画より早く」
「まさか! 誰もが閣下の御恩を受けながら、その閣下の御差配を裏切る輩がいるのですか、このネーザンに!」

「ええ、きっととても狡猾なやつよ、私をさらに上回るとは……」
「誰です、その輩は!?」

「わからないわ、今回はお手上げよ。ねえ、リング、心当たりない?」
「さて、ミサ閣下を上回り、平民院裁判所を操るものなど……、まさか!?」

「……誰よそいつ……?」
「……もしやオリヴィア殿では!? ええ、それなら納得がいきます!」

「オリヴィア、なぜ?」
「オリヴィア殿なら、平民有力者たちに顔がききますし、商人たちへのネットワークがあり、それに野党第一党の党首でありました。

 与党だったウェル・グリードをうらやみ、王宮襲撃事件を利用して、彼を引きずり下ろし、自分が総理になる野望をたくらんでいたのでは!?

 ええそうに違いありません! 警察どもが言ってました。オリヴィアめが、警察にコネクションを持とうとしていると。

 もしかして、総理になった今こそ、邪魔になるウェル・グリードを謀殺したのでは! 彼女は今首相にある地位。裁判所を操ることなど造作もないこと!

 でないと、さっきの即刻死刑など考えられません! さらに、グリードめを裁判で抵抗されないように口をふさぐなど! なんと悪辣な魔女め!

 閣下! あの女に騙されてはいけませんぞ! あの女はこの国を乗っ取ろうとする悪女、あの笑顔に騙されてはいけません! 腹の中で何を考えているか、わかったものではありません!

 ええ、恐ろしいことです、オリヴィアめ……!!!」
「──ん? 今なんて?」

「いや、ですから! オリヴィアがグリードを殺すために警察を使い逮捕させて、あまつさえ平民裁判所を裏で操り、即刻ギロチンにかけ、口を封じたと!」

「──やっとボロを表したわね、リング……!」
「はっ──?」

 私はその刹那せつなにリングの前に振り返り、テーブルをこぶしで叩いた!!

「なんで! なんで、あんたがオリヴィアが警察と接触していることを知っているのよ! なんで、いまさっきグリードの即刻処刑が行われたことを知っているのよ!!! リング!!」
「えっ……?」

 リングは茫然ぼうぜんとしていた。今まさに失言をしたことに気づいていないようなので、現在状況をわからせてやった。

「確かに私はさっきまで、グリードの法廷が行われた裁判所にいたし、処刑所にも立ち会っている。でもね、この状況をほとんど把握しているとはどういうことよ。

 裁判の後、一回、宰相府に戻ったとき、官僚たちは何も知らされてなかったし、私はその足で処刑所に行ったのよ。

 それで、グリードの最期の言葉を受け、また宰相府に戻って、警察を集めた時、彼らは状況を全く理解してなかったわ。

 なんで、国家安全保障局長の貴方が、今、この時まで、官僚も警察も知らなかったことを、勝手に知っているのよ!!! しかもさっき明らかになった、オリヴィアが警察と接触していたことなど、私には全部初耳だった!

 ──さあ言い訳して頂戴、リング。ぺらぺらとしゃべるその口で!!」
「なっ、何をおっしゃいます!? そんなもの警察の者に聞けばわか……」

 彼の返事に、私は冷静にこの部屋にいた警察隊員に聞いてみた

「ねえ、オリヴィアの事を知っていた? 貴方たち警察では、噂になってた? それで、どこからかしらないけど、未来の裁判の内容や、結果まで知っているの? その情報のかけらでも聞いたことがある人がいるの、この中に?」

 警察隊員は顔を見合わせ、ざわついた後、口々に、

「いえ、初耳です」
「オリヴィアって最近首相になられた女性ですよね、えっ、さっきいらっしゃった方ですよね?」
「裁判が……行われたんですか? グリード元首相の」
「うわさ、はあ。というよりも、ここにおられる方はどなたです? リングさんっていう方みたいですけど。国家安全保障局長ってなんです?」

 と言って、どんどん顔の色が青ざめていくリングだった。次に必死に取り繕うと弁解を始めた。

「これは、私をハメようとする誰かの陰謀です! ええそうです! 国家安全保障局長の私をうらやみ、この地位から引きずり下ろそうと!」

「馬鹿も休み休み言いなさい。あんた、秘密警察って立場を忘れているの? 一般には存在すら知られていないし、新しくできたばっかりだし、目立った動きは公爵反逆事件と今回だけ。

 なんであんたをうらやむ必要があるのよ、あんたを。そもそも一般にはあんたが前の秘密警察もしていたことなんて知らされてないでしょ。

 考えれば当たり前の事でしょ。秘密にしなきゃ秘密警察じゃないんだから」
「あ、いや、その……」

「ねえ、ラングレー? 貴方、国家安全保障局長の副官としてグリードの裁判内容や処刑されたことを知ってた?」

 動揺するリングをほっとき、すぐさまラングレーに話題を振る。彼は冷静に答えた。

「初耳です。私はこの前から、ミサ宰相閣下より、リング局長が越権行為をしないように見張るよう命じられていましたが、そのようなこと、国家安全保障局では聞いたことはありません。実際、今聞いて、驚いています」

「え……!」

 リングは予想だにしていない状況に驚きが隠せなかった。それに対し私は現実を教えてあげた。

「実はね、あんたを罠にかけたのは、この私。あんたがラングレーより、勝手な行動をし始めてるって言われたから、しっぽを出さないか待っていたのよ。

 まあ、グリードが殺されたのは計算外だったけどね。

 だから、私の計画を知っているのも、私しかいないのよ実は。ラングレーにはあんたを内偵し見張るように言っていただけで、他には何も命令してない。秘密にしていたのよ、計画を。

 私だけしか知らない計画。情報がもれたら困るからね。秘密厳守。

 結局、この騒動で真実をほとんど知っているのは私以外一人しかいないはずなの。グリードをハメた犯人、本人以外はね──!!!」
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