177 / 178
魔族大戦
第百七十七話 ノリッチ会戦
しおりを挟む
私たち第三軍はアバディーンラインの少し後方で一度、第一軍、第二軍の司令部と合流した。現場で戦っている軍人の意見を聞いて、さらに精密に士官は戦場を把握しなければならないし、情報を整理共有しないといけない。
いきなり戦場に行ってこいってやるほどブラック企業じゃないのだ、統一軍は。いや、軍人はブラック企業なところだけど。戦場で死んじゃうし。
私は将軍として初の戦場に何故かワクワクしていた。戦争だから人が死ぬことはわかっているけど、私自身何度も従軍しているし、戦場に慣れてきたのかもしれない。
というのも今度は一将として軍司令官として、戦場を運命を握る。女性であっても、というか、女性が男性優位の軍という環境の中で、自分の力を発揮できるって名誉なことだ。
女性であっても、男性であっても、現場では一人の人間としてベストを尽くすべきと考えているので、私をきっかけに様々な女性が社会で活躍することを心から望んでいる。
第一軍、第二軍の合同司令部と合流し、ここプリストンに統合参謀本部を置くこととなった。そこで作戦会議を行う予定だったけど、気になることがあった。ウェリントンがいないということだ。
いくら好戦的な王だとは言え、本部にいないのは気になったが、まず軍情報の報告を聞くこととなった。参謀長のリッチモンドは状況を語り始める。
「まず、統一宰相および、第三軍リーガン軍司令官閣下と、統一軍務司令官、ならびにテットベリー軍司令官閣下にお伝えします。
現在、東部戦線での統一海軍による、魔族船の強襲に成功。船を4隻拿捕し、魔族船の構造など、海軍力および航海技術の技術レベル調査をおこないました」
そのことばに私はテットベリー軍司令官ジェラードに、
「やった、こちらの海軍もやるわね、ジェラード」
と言ったのに対し、ジェラードは私に、
「これもお前がこれまで宰相として海軍編成など、着実に海軍力の向上を行ったおかげだ。ところで、リッチモンド参謀長、こちらの被害と相手の被害は?」
と言ったあとリッチモンドに聞いたので、軍事報告は軍務卿である、ジェラードが受け取ることとして、私は一時黙ることにした。リッチモンドはメガネを光らせながら、冷静に述べていく。
「敵軍は82名死亡、122名捕虜にしました、我が軍は12名死亡、負傷53名です。これは我が海軍の大砲の威力および、艦船技術改良により32ポンド砲の安定した発射技術によるものだと報告があります。
しかし、まだまだ魔族船の海戦能力は侮れず、もし、いつも通り魔族海軍が攻撃した場合、どうなるかはわからないと、指揮をとったホーク提督は申しておりました」
「そうか、まだ我が軍は海戦は不慣れなところがあるのか」
とジェラードが言ったのに加えて、私は魔族軍の状況を彼に尋ねた。
「こちらは進軍中だから、統一宰相府からの知らせを受けてないけど、そちらは魔王エターリアが動いたとか聞いていない?」
「国務卿バーナード殿が申すには、魔王は魔族船が襲撃を受けたことに対し、こちらが関知しないところだ、と繰り返し述べた模様です」
「まだ関知しないということは、エターリアは白を切るってことね、魔族船が陸軍の補給を行っていたことを。でもやはり、彼女は統一軍と全面戦争をする気はないということね。
だったら、このまま補給妨害と海上制圧のためこのまま我が海軍に仕事をさせて。エターリアは魔族海軍を送るつもりはなさそうだから」
「了解しました。宰相閣下」
あとでバーナードに言って、海戦で獲得した魔族の捕虜数名を魔王の前に引きずり出して、関与しているかどうか尋ねるよう言っておこう。多分また白を切るでしょうけど、良い外交圧力になる。おいそれと魔族船を送れないように。
納得し黙っていると、また、ジェラードがリッチモンド参謀長に尋ねた。
「陸の方はどうなっている、第一軍と第二軍の様子はどうだ、敵の状況は?」
「現在魔族軍は東部中央にひいて二手に分かれて、我が軍を攻撃する構えを見せているようです。こちらの中央側は魔将軍ヴェルドーが率いる15万の兵、左翼側は魔侯爵カウテスが率いる12万の兵です。
カウテス側は西をぐるりと迂回し、こちらの側面をとろうとしているようです。対し、ヴェルドーは中央から攻め入る構え。
それに対し、第一軍と第二軍を合同編成しなおしたエジンバラ王が率いる15万の軍が左翼に、中央20万の軍がウェリントン統一王陛下が直々に率いて、相手にするようです。残りの兵はそこまでの補給線を確保するようつとめています。
無論当初の作戦通り、補給線を構築しながら、防御態勢でじっくり腰をすえて、我が軍は戦線を押し上げながら東部領土を奪還しながら進軍中です」
「そうか、上手くいってるか、何も問題ないな……」
ジェラードと話し合って決めた戦略だけど何も問題なくて私は逆に心配になった。あのヴェルドーが相手なのに、こうも上手くいっていいのかな。なにかあいつに考えがあるのかも。
そう思っていると、突然走ってくる足音が聞こえて、入り口のドアが開くのを見た。ウェリントンについている精鋭親衛隊の伝令係、ほわほわ金髪天然ドジっ娘パステルだ。
「た、たたたた、た、大変です!」
「どうしたの?」
「何かありましたか?」
「確か親衛隊のパステルか?」
と中にいた3人が一斉に返事したので彼女は頭をかきむしりながら、困った風に答えた。
「うわああ、一斉に返事しないでください、ややこしい! ですから、大変なんです。ウェリントン陛下がヴェルドーと野戦に挑むこととなって! 急ぎ私が統一司令部に送られたんです!」
「何!?」
「陛下が!」
「なんですって!」
という私たちの驚きに、さらにパステルが混乱する!
「だから一斉に答えないでください! 誰に報告すればいいんですか!? 誰か一人がしゃべってください!」
ああもう、パニくっちゃてるよこの娘。とりあえず私はジェラードに、
「こういう軍事は軍務卿であるジェラードが報告を受けるべきじゃない?」
というと彼は冷静に、
「いや、直接報告を受けるのは私より参謀長の方が適しているだろう」
とリッチモンドに言うと、彼は眉一つ動かさず、
「いえ、この三人の立場から考えて、統括するのは統一宰相閣下が一番かと」
そう言ったので、ますます混乱するパステル!
「うわああああ。ややこしい! 軍隊ややこしい! 指揮系統ややこしい! 誰か早く一人に決めてえ!!」
泣きそうだなこの娘。しょうがないから私が受け答えするか。
「じゃあ、宰相として報告を受け取るわ。パステル、どうして陛下はヴェルドーと対決することになったの。ヴェルドーとは野戦を避けるよう、あらかじめ決めてあったはず。そうでしょ?」
「そうなんです、そうなんですよ! でも、陛下がヴェルドーは許しておくわけにはいかないってきかなくて!」
「どういうこと、あの陛下が取り乱しておられるの……? 何があったか詳しく説明して、パステル」
「そうです、えっと……。最初は陛下も防御線を築き、防戦するつもりで敵が放置した要塞に入って、ヴェルドーに対して待ち望む構えでした。
そこにヴェルドーがやってきて、やれ、腰抜けや、臆病者やとかほざいていて、必死に皆こらえていたんですけど、こちらが動かないのを見ると、今度は周辺地域の村人たちをみんなが見ている目の前で、くし刺しにしたり焼いたりして、処刑し出したんですよ。
陛下も流石に我慢できなくて、『関係のない無実の我が民をむざむざ見殺しになどできん!』とおっしゃって、ヴェルドーを倒すため15万の軍を率いて野戦に挑む計画をみんなに言ったんです。
お止めしたんですけど結局みんな折れちゃって、とりあえずジョセフさんが司令部に確認してくれとわたしに言って、つかわされたんですけど、だめですよねこれって……?」
「まずい! 陛下がヴェルドーの罠にかけられた!」
と私が声をあげるとジェラードは、
「ああ、おそらく罠だ。陛下をお止めしなければ」
と言ったので、私は考え始めた。ウェリントンは普段は冷静に判断できる優秀な王だけど、優しいところと勇ましいところがあるから、興奮して事態を把握していないだろう。
誰かが説得して、野戦を止めないといけないけど、それに適した人材は……、やはり私か。仲が良いし、なによりこれまでいろんなことがあったけど、何とか私が彼を補佐をして、バランスよく政治を行ってきた。
なら直接私が止めに行ったほうがいいわね……。考えをまとめてジェラードに相談した。
「いきなり陛下のことをお止めしたら角が立つわ、ここは援軍と称して私が2個軍団を率いて、陛下を直接説得するつもりだけど、問題ないかしら?」
「私が行った方がいいんじゃないか、相手はヴェルドーだぞ何を考えているのか……。お前の身に危険が及ぶかもしれない」
「でも、陛下あっての統一軍よ、陛下に何かあったことを最優先に考えるべきよ。貴方は東部西側左翼方向の、エジンバラ王の援軍に向かって。
あちらも罠にはめられるかもしれない。貴方とエジンバラ王とはしこりがあるけど、それを解消したいでしょ?」
「気づかいすまないな、ミサ……」
「ということよ、パステル。そう言えばこちらに来るまで何日かかったの?」
と話がまとまったので、パステルに話しを振ると彼女は嬉しそうに答えた。
「ああ、よかった、ミサ様が陛下を説得してくれるんだ。伝令の仕事終了。私の責任じゃなくなった。ええっと、あれから……七日です」
「七日!? 一週間も!」
「えっ、だって、なぜか女魔族が空を飛んで私を襲ってくるから、逃げるのに大変だったんですよ。なぜか無事ですけど」
「……。ジェラード、私は兵をまとめてすぐにここを出発するわ。このままだと戦いが始まってしまうかもしれない、なるべく急がないと」
「わかった、陛下を頼む」
とパステルがヴェルドーの妨害を受けているのを考えて、ヴェルドーの策にはまっていることを確信し、ジェラードにすぐに私が行くことを伝えて、この場を後にした。ウェリントンに何かあったら遅い、私が止めないと……!
リーガン兵を中心に2個軍団約6万の軍勢を率いて私はウェリントンがいるノリッチ平野に急ぎ向かった。早くいかないとウェリントンの命が危ない。
途中、森に差し掛かったところだ。私は軍を急停止させて、こちらの軍となった、元レクス隊の女魔族を飛兵として森の中に伏兵がいないか調べさせた。そしてレクスに彼女らは報告し、続いてレクスが私に見解を述べた。
「いますね、マイレディ、敵が」
「流石はレクス、特殊部隊出身。すぐにわかったようね」
「いえ、というのも、上空の偵察から隠すための隠ぺい工作がされていなかったようです」
「ということは、ヴェルドーはエターリアから情報共有してないってことね。わかった。なら、レクス、竜騎兵と工兵小隊を率いて、分かれ道から敵の後方を断って。私は何も知らないふりして、このまま進む」
「なるほど、了解です、マイレディ」
彼は嬉しそうに不敵に笑みを浮かべながら言った。竜騎兵とは銃を持った騎兵。馬ですぐさま移動し、戦うときは馬から降りて銃を撃つのが基本。
日本ではいない兵科だけど、偵察や先に陣地確保したり、相手を偽装攻撃したりするのに持ってこいの兵種。日露戦争のとき、日本海海戦の策を考えた海軍参謀の秋山真之の兄、陸軍の秋山好古が、騎兵中心の支隊を率いてロシア軍のコサック隊を食い止めていた時、似たような運用をしていた。
意図を理解した横で見ていたミリシアは私に落ち着いた様子で言った。
「よく見ているわね、そして、よく判断したわ、ミサ」
「ええ、慣れたものだわ」
「ということは、私が言った癖の練習のアドバイスのことを続けているようね」
「うん、おかげで快適だわ」
「やはり、貴女は……。なんでもない、良かったわ」
お互いうなずいた後、作戦は始まった。まず私たち歩兵が何食わぬ顔で、伏兵のもとへと進む。でもこれはこっちの罠。というのも罠にかけるつもりのヴェルドーの兵が森に潜んでいるんだけど、知っててしかも万全の態勢で向かい討つ。
もちろんいることがばれた伏兵なんて、待ち構えている最新技術にアップグレードしたマスケット兵の敵ではない。威力のある銃弾に、固い男魔族の肌も貫かれてしまう。
予想外の反撃に驚いた魔族の伏兵はすぐさま崩れて逃げ始める。でも、ここからが孔明の罠。なんと、逃げ道がふさがれて、そこには銃を持った我が軍が待ち構えていたのだ。
種明かしはこう、竜騎兵や騎兵は工兵小隊と機材を乗せて分かれ道からいち早く敵の後方に移動する。森では騎兵は使いづらいから、敵の伏兵に騎兵なんていない、歩兵ばかりだ。こっちの方が早くつく。
我が軍が早くついた分、時間ができ、その間馬から降ろされた工兵が周りの木を切って、道をふさぎ、その上から馬から降りた竜騎兵が銃を構えてじっと待つ。じゃっじゃーん、これで敵の後方に陣地にこもった銃兵が登場ー!
相手は罠にかけようと構えてたぶん、挟み撃ちにされると兵の心はぽっきり折れやすい。ほとんどけが人は出ないまま、敵の歩兵を倒すか捕虜にした。計捕虜80名、うめー。
レクスが厳しく捕虜を尋問したが、裏切り者! と叫ぶばかりの魔族兵にミリシアが間に入って尋ねた。
「ねえ私がだれかわかる?」
「貴女は……、魔公爵ミリシア様! 楽師である貴女がなぜここに!」
「実はね、魔族軍を裏切ったふりをして、魔王の特命を受けて、ヴェルドーを止めに来たのよ」
「特命!? まさか、しかし……」
魔族兵が口々に話すが、戸惑いは広がるばかり。その様子にミリシアはにこりと笑った。
「思い当たる節があるでしょ、貴方たち」
「それでは、魔王様は勝手に東部で進軍したことにお怒りを……!」
「ええそうよ、ヴェルドーを内偵していた結果、彼は危険人物だと判断したわ。魔王の命に従わない、魔族の真の敵を排除するよう、私に言ったわ。
ねえ、じゃあ、聞かせてくれない? ヴェルドーは何故進軍したの。今どこにいるの、正確な規模は? 作戦は?」
「……将軍は、今ネーザン王を討たなければ、こちらに勝ち目はなくなるため、急ぎ進軍を始めたと述べました。また、いまはノリッチ平野にて統一王との会戦準備を、12万の兵でたしか明後日に始めるとか聞いております。
作戦は我々は聞かされておりません。我々はここで敵の援軍を食い止め、時間を稼ぐ、できなければすぐに戻って、敵の援軍の規模を報告して来いと言われました」
「そう良かったわ。私が魔王様との仲を取り持ってあげる。しばらくは捕虜として待遇するから、ネーザンで待っててね」
「ははっ!」
彼らを兵たちが連れて行ったあと。私はミリシアにこういった。
「時間がないわ。明後日までにノリッチに到着しないと」
「ええ、急ぐわよ、ミサ!」
私たちは寝る間も惜しんで、急ぎノリッチ平野に向かった。
いきなり戦場に行ってこいってやるほどブラック企業じゃないのだ、統一軍は。いや、軍人はブラック企業なところだけど。戦場で死んじゃうし。
私は将軍として初の戦場に何故かワクワクしていた。戦争だから人が死ぬことはわかっているけど、私自身何度も従軍しているし、戦場に慣れてきたのかもしれない。
というのも今度は一将として軍司令官として、戦場を運命を握る。女性であっても、というか、女性が男性優位の軍という環境の中で、自分の力を発揮できるって名誉なことだ。
女性であっても、男性であっても、現場では一人の人間としてベストを尽くすべきと考えているので、私をきっかけに様々な女性が社会で活躍することを心から望んでいる。
第一軍、第二軍の合同司令部と合流し、ここプリストンに統合参謀本部を置くこととなった。そこで作戦会議を行う予定だったけど、気になることがあった。ウェリントンがいないということだ。
いくら好戦的な王だとは言え、本部にいないのは気になったが、まず軍情報の報告を聞くこととなった。参謀長のリッチモンドは状況を語り始める。
「まず、統一宰相および、第三軍リーガン軍司令官閣下と、統一軍務司令官、ならびにテットベリー軍司令官閣下にお伝えします。
現在、東部戦線での統一海軍による、魔族船の強襲に成功。船を4隻拿捕し、魔族船の構造など、海軍力および航海技術の技術レベル調査をおこないました」
そのことばに私はテットベリー軍司令官ジェラードに、
「やった、こちらの海軍もやるわね、ジェラード」
と言ったのに対し、ジェラードは私に、
「これもお前がこれまで宰相として海軍編成など、着実に海軍力の向上を行ったおかげだ。ところで、リッチモンド参謀長、こちらの被害と相手の被害は?」
と言ったあとリッチモンドに聞いたので、軍事報告は軍務卿である、ジェラードが受け取ることとして、私は一時黙ることにした。リッチモンドはメガネを光らせながら、冷静に述べていく。
「敵軍は82名死亡、122名捕虜にしました、我が軍は12名死亡、負傷53名です。これは我が海軍の大砲の威力および、艦船技術改良により32ポンド砲の安定した発射技術によるものだと報告があります。
しかし、まだまだ魔族船の海戦能力は侮れず、もし、いつも通り魔族海軍が攻撃した場合、どうなるかはわからないと、指揮をとったホーク提督は申しておりました」
「そうか、まだ我が軍は海戦は不慣れなところがあるのか」
とジェラードが言ったのに加えて、私は魔族軍の状況を彼に尋ねた。
「こちらは進軍中だから、統一宰相府からの知らせを受けてないけど、そちらは魔王エターリアが動いたとか聞いていない?」
「国務卿バーナード殿が申すには、魔王は魔族船が襲撃を受けたことに対し、こちらが関知しないところだ、と繰り返し述べた模様です」
「まだ関知しないということは、エターリアは白を切るってことね、魔族船が陸軍の補給を行っていたことを。でもやはり、彼女は統一軍と全面戦争をする気はないということね。
だったら、このまま補給妨害と海上制圧のためこのまま我が海軍に仕事をさせて。エターリアは魔族海軍を送るつもりはなさそうだから」
「了解しました。宰相閣下」
あとでバーナードに言って、海戦で獲得した魔族の捕虜数名を魔王の前に引きずり出して、関与しているかどうか尋ねるよう言っておこう。多分また白を切るでしょうけど、良い外交圧力になる。おいそれと魔族船を送れないように。
納得し黙っていると、また、ジェラードがリッチモンド参謀長に尋ねた。
「陸の方はどうなっている、第一軍と第二軍の様子はどうだ、敵の状況は?」
「現在魔族軍は東部中央にひいて二手に分かれて、我が軍を攻撃する構えを見せているようです。こちらの中央側は魔将軍ヴェルドーが率いる15万の兵、左翼側は魔侯爵カウテスが率いる12万の兵です。
カウテス側は西をぐるりと迂回し、こちらの側面をとろうとしているようです。対し、ヴェルドーは中央から攻め入る構え。
それに対し、第一軍と第二軍を合同編成しなおしたエジンバラ王が率いる15万の軍が左翼に、中央20万の軍がウェリントン統一王陛下が直々に率いて、相手にするようです。残りの兵はそこまでの補給線を確保するようつとめています。
無論当初の作戦通り、補給線を構築しながら、防御態勢でじっくり腰をすえて、我が軍は戦線を押し上げながら東部領土を奪還しながら進軍中です」
「そうか、上手くいってるか、何も問題ないな……」
ジェラードと話し合って決めた戦略だけど何も問題なくて私は逆に心配になった。あのヴェルドーが相手なのに、こうも上手くいっていいのかな。なにかあいつに考えがあるのかも。
そう思っていると、突然走ってくる足音が聞こえて、入り口のドアが開くのを見た。ウェリントンについている精鋭親衛隊の伝令係、ほわほわ金髪天然ドジっ娘パステルだ。
「た、たたたた、た、大変です!」
「どうしたの?」
「何かありましたか?」
「確か親衛隊のパステルか?」
と中にいた3人が一斉に返事したので彼女は頭をかきむしりながら、困った風に答えた。
「うわああ、一斉に返事しないでください、ややこしい! ですから、大変なんです。ウェリントン陛下がヴェルドーと野戦に挑むこととなって! 急ぎ私が統一司令部に送られたんです!」
「何!?」
「陛下が!」
「なんですって!」
という私たちの驚きに、さらにパステルが混乱する!
「だから一斉に答えないでください! 誰に報告すればいいんですか!? 誰か一人がしゃべってください!」
ああもう、パニくっちゃてるよこの娘。とりあえず私はジェラードに、
「こういう軍事は軍務卿であるジェラードが報告を受けるべきじゃない?」
というと彼は冷静に、
「いや、直接報告を受けるのは私より参謀長の方が適しているだろう」
とリッチモンドに言うと、彼は眉一つ動かさず、
「いえ、この三人の立場から考えて、統括するのは統一宰相閣下が一番かと」
そう言ったので、ますます混乱するパステル!
「うわああああ。ややこしい! 軍隊ややこしい! 指揮系統ややこしい! 誰か早く一人に決めてえ!!」
泣きそうだなこの娘。しょうがないから私が受け答えするか。
「じゃあ、宰相として報告を受け取るわ。パステル、どうして陛下はヴェルドーと対決することになったの。ヴェルドーとは野戦を避けるよう、あらかじめ決めてあったはず。そうでしょ?」
「そうなんです、そうなんですよ! でも、陛下がヴェルドーは許しておくわけにはいかないってきかなくて!」
「どういうこと、あの陛下が取り乱しておられるの……? 何があったか詳しく説明して、パステル」
「そうです、えっと……。最初は陛下も防御線を築き、防戦するつもりで敵が放置した要塞に入って、ヴェルドーに対して待ち望む構えでした。
そこにヴェルドーがやってきて、やれ、腰抜けや、臆病者やとかほざいていて、必死に皆こらえていたんですけど、こちらが動かないのを見ると、今度は周辺地域の村人たちをみんなが見ている目の前で、くし刺しにしたり焼いたりして、処刑し出したんですよ。
陛下も流石に我慢できなくて、『関係のない無実の我が民をむざむざ見殺しになどできん!』とおっしゃって、ヴェルドーを倒すため15万の軍を率いて野戦に挑む計画をみんなに言ったんです。
お止めしたんですけど結局みんな折れちゃって、とりあえずジョセフさんが司令部に確認してくれとわたしに言って、つかわされたんですけど、だめですよねこれって……?」
「まずい! 陛下がヴェルドーの罠にかけられた!」
と私が声をあげるとジェラードは、
「ああ、おそらく罠だ。陛下をお止めしなければ」
と言ったので、私は考え始めた。ウェリントンは普段は冷静に判断できる優秀な王だけど、優しいところと勇ましいところがあるから、興奮して事態を把握していないだろう。
誰かが説得して、野戦を止めないといけないけど、それに適した人材は……、やはり私か。仲が良いし、なによりこれまでいろんなことがあったけど、何とか私が彼を補佐をして、バランスよく政治を行ってきた。
なら直接私が止めに行ったほうがいいわね……。考えをまとめてジェラードに相談した。
「いきなり陛下のことをお止めしたら角が立つわ、ここは援軍と称して私が2個軍団を率いて、陛下を直接説得するつもりだけど、問題ないかしら?」
「私が行った方がいいんじゃないか、相手はヴェルドーだぞ何を考えているのか……。お前の身に危険が及ぶかもしれない」
「でも、陛下あっての統一軍よ、陛下に何かあったことを最優先に考えるべきよ。貴方は東部西側左翼方向の、エジンバラ王の援軍に向かって。
あちらも罠にはめられるかもしれない。貴方とエジンバラ王とはしこりがあるけど、それを解消したいでしょ?」
「気づかいすまないな、ミサ……」
「ということよ、パステル。そう言えばこちらに来るまで何日かかったの?」
と話がまとまったので、パステルに話しを振ると彼女は嬉しそうに答えた。
「ああ、よかった、ミサ様が陛下を説得してくれるんだ。伝令の仕事終了。私の責任じゃなくなった。ええっと、あれから……七日です」
「七日!? 一週間も!」
「えっ、だって、なぜか女魔族が空を飛んで私を襲ってくるから、逃げるのに大変だったんですよ。なぜか無事ですけど」
「……。ジェラード、私は兵をまとめてすぐにここを出発するわ。このままだと戦いが始まってしまうかもしれない、なるべく急がないと」
「わかった、陛下を頼む」
とパステルがヴェルドーの妨害を受けているのを考えて、ヴェルドーの策にはまっていることを確信し、ジェラードにすぐに私が行くことを伝えて、この場を後にした。ウェリントンに何かあったら遅い、私が止めないと……!
リーガン兵を中心に2個軍団約6万の軍勢を率いて私はウェリントンがいるノリッチ平野に急ぎ向かった。早くいかないとウェリントンの命が危ない。
途中、森に差し掛かったところだ。私は軍を急停止させて、こちらの軍となった、元レクス隊の女魔族を飛兵として森の中に伏兵がいないか調べさせた。そしてレクスに彼女らは報告し、続いてレクスが私に見解を述べた。
「いますね、マイレディ、敵が」
「流石はレクス、特殊部隊出身。すぐにわかったようね」
「いえ、というのも、上空の偵察から隠すための隠ぺい工作がされていなかったようです」
「ということは、ヴェルドーはエターリアから情報共有してないってことね。わかった。なら、レクス、竜騎兵と工兵小隊を率いて、分かれ道から敵の後方を断って。私は何も知らないふりして、このまま進む」
「なるほど、了解です、マイレディ」
彼は嬉しそうに不敵に笑みを浮かべながら言った。竜騎兵とは銃を持った騎兵。馬ですぐさま移動し、戦うときは馬から降りて銃を撃つのが基本。
日本ではいない兵科だけど、偵察や先に陣地確保したり、相手を偽装攻撃したりするのに持ってこいの兵種。日露戦争のとき、日本海海戦の策を考えた海軍参謀の秋山真之の兄、陸軍の秋山好古が、騎兵中心の支隊を率いてロシア軍のコサック隊を食い止めていた時、似たような運用をしていた。
意図を理解した横で見ていたミリシアは私に落ち着いた様子で言った。
「よく見ているわね、そして、よく判断したわ、ミサ」
「ええ、慣れたものだわ」
「ということは、私が言った癖の練習のアドバイスのことを続けているようね」
「うん、おかげで快適だわ」
「やはり、貴女は……。なんでもない、良かったわ」
お互いうなずいた後、作戦は始まった。まず私たち歩兵が何食わぬ顔で、伏兵のもとへと進む。でもこれはこっちの罠。というのも罠にかけるつもりのヴェルドーの兵が森に潜んでいるんだけど、知っててしかも万全の態勢で向かい討つ。
もちろんいることがばれた伏兵なんて、待ち構えている最新技術にアップグレードしたマスケット兵の敵ではない。威力のある銃弾に、固い男魔族の肌も貫かれてしまう。
予想外の反撃に驚いた魔族の伏兵はすぐさま崩れて逃げ始める。でも、ここからが孔明の罠。なんと、逃げ道がふさがれて、そこには銃を持った我が軍が待ち構えていたのだ。
種明かしはこう、竜騎兵や騎兵は工兵小隊と機材を乗せて分かれ道からいち早く敵の後方に移動する。森では騎兵は使いづらいから、敵の伏兵に騎兵なんていない、歩兵ばかりだ。こっちの方が早くつく。
我が軍が早くついた分、時間ができ、その間馬から降ろされた工兵が周りの木を切って、道をふさぎ、その上から馬から降りた竜騎兵が銃を構えてじっと待つ。じゃっじゃーん、これで敵の後方に陣地にこもった銃兵が登場ー!
相手は罠にかけようと構えてたぶん、挟み撃ちにされると兵の心はぽっきり折れやすい。ほとんどけが人は出ないまま、敵の歩兵を倒すか捕虜にした。計捕虜80名、うめー。
レクスが厳しく捕虜を尋問したが、裏切り者! と叫ぶばかりの魔族兵にミリシアが間に入って尋ねた。
「ねえ私がだれかわかる?」
「貴女は……、魔公爵ミリシア様! 楽師である貴女がなぜここに!」
「実はね、魔族軍を裏切ったふりをして、魔王の特命を受けて、ヴェルドーを止めに来たのよ」
「特命!? まさか、しかし……」
魔族兵が口々に話すが、戸惑いは広がるばかり。その様子にミリシアはにこりと笑った。
「思い当たる節があるでしょ、貴方たち」
「それでは、魔王様は勝手に東部で進軍したことにお怒りを……!」
「ええそうよ、ヴェルドーを内偵していた結果、彼は危険人物だと判断したわ。魔王の命に従わない、魔族の真の敵を排除するよう、私に言ったわ。
ねえ、じゃあ、聞かせてくれない? ヴェルドーは何故進軍したの。今どこにいるの、正確な規模は? 作戦は?」
「……将軍は、今ネーザン王を討たなければ、こちらに勝ち目はなくなるため、急ぎ進軍を始めたと述べました。また、いまはノリッチ平野にて統一王との会戦準備を、12万の兵でたしか明後日に始めるとか聞いております。
作戦は我々は聞かされておりません。我々はここで敵の援軍を食い止め、時間を稼ぐ、できなければすぐに戻って、敵の援軍の規模を報告して来いと言われました」
「そう良かったわ。私が魔王様との仲を取り持ってあげる。しばらくは捕虜として待遇するから、ネーザンで待っててね」
「ははっ!」
彼らを兵たちが連れて行ったあと。私はミリシアにこういった。
「時間がないわ。明後日までにノリッチに到着しないと」
「ええ、急ぐわよ、ミサ!」
私たちは寝る間も惜しんで、急ぎノリッチ平野に向かった。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる