ヴァルキュリア・サーガ~The End of All Stories~

琉奈川さとし

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徒花

第八十九話 徒花

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 過去とは書き換えられないからこそ価値がある。後悔したり、絶望したり。そういった人生の苦しみ痛み、そして挫折した足跡があるからこそ、未来が輝いて見える。僕はそう思う。
 
「リリィ、こっちに来てはだめ! ご主人様、貴方のなさりたいように、ほら」

 リリィがこちらの銃口をみて、ぴたりと足を止めた。やはりな、時間変革能力は繊細だ。ララァと距離が離れていれば、それだけ時間の錯綜さくそうが大きくなる。おいそれとララァに使わすことはできない。

「何のつもりだ、お前!」

 リリィの威嚇にこたえるように今度はララァのほうに銃を向けた。

「こうするのさ」

 僕は容赦なく銃で彼女の頭をふっとばす。少女は笑いながら倒れる。それは壊れた人形、もしかしたら、最初から彼女は壊れていたのかもしれない。リリィが叫び声をあげ、ララァのほうに向きなおすと彼女は一瞬消え、僕の隣に現れる。

「最高ですわ! ご主人様! もっと私をしつけてください。私は思い通りに動くおもちゃ。好きなように遊んでくださいな」

 彼女は抱きついて胸を当ててくる。

「な、なにやってんだ、ララァ!」

 リリィは嫉妬で怒り狂い、距離を縮める。彼女は何が起こっているのか理解できないようだ、そりゃそうだ、敵と仲よさげに密着している。彼女にはそう見えるだろう。

 それに対しララァは笑みを浮かべていた。自分の能力が存分に発揮はっきできるまでリリィが近寄ってくれれば、彼女は僕という楽しい玩具を手にすることができる。すべては彼女の手の内に入る、そんなところか。

 それに対し僕は静かにリリィに対して銃を構えた。距離がまだ遠いのだろう、ララァはそれを察し、腕をつかもうとして妨害しようする、しかし、僕の腕は微動だしない。

「ダメ、今は来ちゃ駄目、リリィ逃げて!」

 僕は引き金を引く。うなる轟音。心臓部を狙ったがやはり、抱きつかれていては目標からわずかに外れる。銃撃は繊細な作業、引き金を引けば必ず目的通りの結果が出るとは限らない。

 リリィの表情が歪む。それは痛みからよるものではない。存在した物が消えてしまったからだ。──僕の狙い通りだ。僕の目標はリリィじゃない、──ララァだ。手の内にあったのは僕じゃない、ララァ君のほうさ。リリィが愕然がくぜんとして叫ぶ。

「嘘……⁉ ララァが消えてしまった。どうして――?」

 笑みを浮かべるのはただ一人、この僕だ。 

「何をした! 貴様!」

 激情に駆られる、リリィ。

「何もしてないよ、したのはララァさ」
「なんだと……!」

 銃の照準を合わせる。それを察知して、リリィは身を道の角を行ったところに隠した。銃撃はやまない、地面に赤い血の跡が点々と続いていく。

「ララァを、ララァを返せ!」
「僕にはどうしようもないね、時間変革能力の欠点さ」
「欠点……?」

「時間とは川のようなものさ。上流から下流へ、過去から未来へ。時間変革能力とは本来ある川に、隣に新たに水たまりを作るようなもの。

 まず初めに、変更したい部分に時間移動をして改変する。水たまりは下流へと流れていく、そしてもとある川に向かって合流する。そこで不自然のない川という時間の流れができる。

 言い換えれば、時間を飛んだララァは未来を変えるため、起こった事象から変えたい未来を更新できるよう考えて行動したんだ。その時、彼女は特異点となり彼女が起こした行動はまた特異点となって時間の流れに沿って新たなる事実を作り上げる。それが決定的にロゴスに矛盾しない限り、もとあった時間の川に合流するだろう。

 第三者である観測者には特異点となったもの、もともとあった出来事と異なった部分は、視界から消えたと感じる。そうやって、過去が書き変えられるんだ。しかし元あった時間の川は変わらないから、変更した部分だけ新たに現れたように観測者は感じた。これが時間変革能力の正体さ」

「ああ、ララァはそう言っていた。だからなんだ!」

「急ぐな、この能力には、ある問題点がある。特異点となったララァが変更する事象が多くなったら、現在の時間の川が別の時間の川に合流してしまうんだ。過去にさかのぼればさかのぼるほど、元いた現在と異なる現象が流れるように連鎖的に起きてしまう。

 いわゆるパラレルワールドに彼女が特異点となって、ララァだけが同じ存在でほかの森羅万象は別世界のものだ。つまり元の世界の人間は元のままで、彼女だけが別の世界に飛ばされる。しかしさっきの場合、リリィ、お前を救おうとしたのだが、ララァだけが消え、お前は撃たれてしまった。大体想像がつくだろう」

「まさか……飛んだのか、ララァだけ、世界を……!」

「そうだ、物を動かせば連鎖的に空気中の物質は移動されるし、また動かしたものは認識している人たちと食い違ってしまう。飛ぶ時間が長ければ長いほど異なった事実は異なった事実を連鎖的に生み出し、川は元いた川から離れていく。

 事象が小さい出来事ならば他の並列された川に合流して、パラレルワールドに飛ぶ。事象が大きな出来事であれば、変更するため作った水たまりが新たな川の流れになって、平行時空を生み出す。言い換えれば、元いた時空から見ればパラレルワールドを生み出してしまう。

 しかし、もとあった時空は何も変わらない。そこの時空にいた人物は元から決まった未来が訪れる。そして、特異点となったララァがパラレルワールドに移動するだけだ」

「そうだ、だから、ララァは遠い過去に飛ぶつもりはない。そう言っていた」

 リリィは僕の話に聞き入っているようだ。

「そこで僕はあるトラップを仕掛けた。リリィとララァを離れさせ、それに気づいてリリィが追いかけてくるまで、時間稼ぎのため長話をする。そして、リリィがこっちに追いついた時、ララァを殺す。
 
 無論ララァは息絶える前に時間変革能力で銃弾をかわす。そして、リリィがこちらに着いた瞬間リリィを撃つ。本来、僕の世界の銃というのはそう簡単に一瞬で殺せるほどの傷を負わせるのは難しいが、ララァはそれを知らない。リリィが殺されると思って時間変革能力をまた使ってしまった。

 するとどうなると思う?」

「ララァがあたしを助ける」

「違うな、ララァは非力だ。銃を構えた僕をどうすることも出来なかった。だから僕がリリィに銃を向ける前、構える前までさかのぼらなければならない。一回時間変革能力を使った時より前、つまり、ララァが自分の死を回避したより前に、時間をさかのぼって現在を変えようとする。
 
 そうなるとどうなるか。実は決定的な矛盾が生まれてしまう。時間変革能力を使ったから一回ララァは生き延びて存在しているのに、僕に銃を構えさせないようにすると、その時点から未来の自分、生き延びているはずの現在の彼女が、言い換えれば、時間変革能力を一回使って存在している今のララァが存在しなかったことになってしまう。

 時空を飛んだ彼女の存在はいったい何なのか説明不可能だ。無論、これはおかしい。

 ララァは一回死を回避したから時間変革能力を使ったのに、元から死んでない存在になってしまう。じゃあ、銃を構えさせないように時間を飛んだ今現在のララァは何の存在になってしまうのか?

 時間の流れから解放され、時間変革能力を使った以後の未来は消えてしまう。存在自体が矛盾しているからね。これはララァを立て続けに2回殺した場合は起こらない。彼女が時をさかのぼっても、特異点になって新たな川が発生する、つまりパラレルワールドに飛ぶだけだから、存在できる存在だ。

 しかし、今回起きたことはリリィが狙われることを改変することによって生じた矛盾の存在にララァはなってしまった。存在しない存在、論理ロゴスの世界の限界を超えた世界に彼女は存在することになってしまう」

「じゃあ現在のララァはどこに行ったんだ!」

「……おそらく時空の狭間、時間が流れない世界。存在が否定されたものがはまる、タイムパラドックスそのものの存在はずのないものが存在する、論理的には存在しない矛盾した世界へ。

 ロゴスから解き放たれ、存在が許されない超時空的存在。彼女はもはや存在しているとは言えない。世界から存在を否定されたんだ、自らの行為によって」

 ……わずかにリリィのすすり泣く声が聞こえてきた。彼女は理解したんだ、どうやっても、もはや二度とララァには会えない。おそらく彼女にとってはすべてと言ってもいい、大切な人だったんだろう、気持ちはわかる。

 嗚咽おえつが終わり、そして震える声でこう叫んだ。

「きっ……さ、まぁ――っ! ララァをハメたな――――――!!!」


───────────────

 話はララァのもとへと飛ぶ。彼女は時空を飛び矛盾した世界で存在していた。存在するはずのないものが存在する世界。世界は逆さから町がはえたり横から家がはえたりしており、住人も顔も体もぐちゃぐちゃだ、何が何だかわからない世界にララァはいた。

「やられましたわ、佑月さん、とっさの事で時間変革能力を使ってしまいましたが、まさかこんなところに飛ばされるなんて」

 彼女は住人に話しかけた。

「もしもし? この世界はどうなっているのかしら、教えてくださらない?」
「くるああ、じじめんええ、あべべべべべべ。ばじれめしべべべ」

「はあ、言葉も通じませんか困りましたわ」

 彼女は数百回、時間変革能力を使ったがこの矛盾した世界から抜け出せなかった。

「どうしようかしら、本当に困りました。ご主人様やリリィが心配ですわ、何とかミズガルズに戻れないかしら……?」

 ──その瞬間だった、突然耳元、いや脳に直接話しかけるものが現れた。

「ララァ、ララァ……聞こえるか……?」
「誰? どなたが私に話しかけているの⁉」

 周りを見渡すがそれらしい人物はいない。

「私は神、──創造神といえばお前にもわかるだろう」
「神様!? 本当にいらしたの⁉ いえ、それよりもわたくしなどに何の御用ですか?」

「ララァお前の能力は非常に利便性が高く、応用がききやすい。お前は気付かぬが様々な用途に使えるだろう」

「でも今のわたくしはヴァルキュリアとはぐれてしまいましたし、こんな変な世界に閉じ込められてどうしようもありませんわ」

「ヴァルキュリアなら、私がヴァルハラに返した、そして私がここから抜け出す知恵を授けよう」
「本当ですか⁉」

「ただし条件がある」
「……何でございましょう?」

「一つラグナロクの契約の民になる権利を破棄し、いち神族としてこのまま生きよ。二つ、新たに私と契約し、世界の管理者としてその役目を果たせ。三つ、何があっても私に従え、飲めるか?」

 その言葉にララァはほくそ笑んだ。

「面白い提案でございます、その条件喜んで受けましょう──!」

 その瞬間彼女の右手に紋章が刻まれた、本物の神の使いの証、神の代行者と認められたのだ。

「その言葉深く心に刻め、まずは……」

 そうしてララァは世界の管理者として再び佑月の前に現れるとは、この時彼は思いもしなかった。
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