ヴァルキュリア・サーガ~The End of All Stories~

琉奈川さとし

文字の大きさ
143 / 211
ウェディングロード

第百四十三話 二人を結ぶ教会

しおりを挟む
「わあ、ここがコルドなんだあ」

 ナオコが手を広げて舞っている。コルドは険しい山に囲まれて、自然に埋没した雰囲気だ。僕は自分が登ってきた山の頂上へと手を伸ばす、見るとすっぽりと頂上が手の中に入ってしまった。

 遠いなあ、僕たちはここを登って来たんだよな。ここは森の中で木の香りがする。風の匂いが優しい。ふとメリッサを見ると銀色の髪の毛をたなびかせ、青い空に透き通って見えた。

「ついにたどり着いたね」

 僕は彼女に声をかける。

「ああ、私たちの運命の町に」

 彼女は優しく微笑む。今まで不安そうだった表情が消え、一気に幸せそうにする。彼女の胸の中で膨らんでいるのだろう、結婚という言葉が。

「エイミアは先に宿を取って休んでいてくれ」

 首をかしげた彼女は心配しながら、

「佑月ここの宿の場所わかるの、結構宿あるよ、山の宿場町だから」
「ああ、それじゃあ、教会に行っているから宿が決まったら、迎えに来てくれ」
「あら、私にお使いさせる気? まあ、いいでしょ、別に用とかないし、ナオコちゃんも連れて教会を見せてあげましょう」 

 気さくに承諾してくれたことで、やっぱり面倒見のいい女性だなエイミアは、と感じた。僕とメリッサは期待で胸を膨らませてこれからのことを話しながら、町の大きな教会へと目指す。

 手をつなぎ、二人で一歩一歩足並みをそろえて歩く。足跡一つずつが僕たちの足音をこの町に刻む感じで、なんだか少し不思議な気分になる。

 ギイッと古くさび付いた鉄のこすれる音をさせながら、大きな扉を開け教会に入る、僕たちは神父を探すがどこにもいない。辺りを探して、しばらくすると、「痛っ」っという声が聞こえた。

 どうやらメリッサが神父のおじいさんを踏んづけたみたいだ。

「あの……大丈夫でしょうか?」

 珍しくメリッサが敬語で恐る恐る神父を見る。白いひげを生やして群青色の神父服を着たおじいさんは、

「いやあ、この歳になると酒に飲まれることもあるんだなあ。昔は強かったんだがね」

 って、おいおい、昼間っから酒に酔っていたのか、大丈夫なのかな、この神父。

「それで、わざわざこの辺鄙へんぴな教会に何用かな、あまり信心深いものはここに来ないものでな。退屈しておった」

 メリッサは緊張した面持ちで、

「あの、ここで結婚式を挙げたいのです」

 と告げると、神父がちらりとこちらを見る。

「訳ありじゃな」

 僕たちは押し黙った。僕たちの表情を心の奥底をのぞくように眺めて神父は続けた。

「ここに来る連中はみな、教会団からにらまれたものばかりだ。税金逃れや、盗人、殺人者、異端者。だがな、それぞれの人生がある。もちろん私にも救えぬものもたくさんいる」

「待ってください、話を聞いてください!」

 老獪ろうかいそうな神父に、メリッサは即座に反応した。

「そなたは若いな、まだ名前を聞いていなかった」
「私はメリッサです。彼はその、私の婚約者で……でもこの世界の言葉がわからなくて、佑月というのですが」

「この世界?」
「いや、そのこの大陸の……」

「昔な、教会団の中で聞いたことがある。異世界からやってきて、この世界を破壊しているものがいると」
「それは……その……」

「そなたではなく男の御仁と話したい。通訳願えるかな」

 不安そうな顔をしたメリッサがこちらを向いて「神父が佑月と話したいそうだ」と言う。交渉はどうやら上手くいっていないらしい。僕たちは礼拝室の一番前の席に座らされ、老神父は重い腰を上げ立ち上がり僕の方に向く。

「異世界のものよ、そなたは神を信じるかな」

 メリッサが通訳する。直球できたな、この神父に嘘を言っても見抜かれるだろう、なら。

「僕は神を信じていません」
「佑月!」

 メリッサが慌てて声を上げたので、僕は落ち着いて「頼む直訳してくれ」と言う。彼女が通訳すると老神父は何か凄みを増してきた眼差しをする。

「なら、何故教会で式を挙げようとする。別に神を信じていなければ、神の前での誓いなど意味があるまい。勝手に夫婦と名乗るが良いのではないかな」

 メリッサは気色ばんで僕に向かって通訳した。神父からすれば当然の言い分だ、僕は言葉をつづけた。

「そうですねその言い分はもっともだと思います。しかし、教会というものは世界とつながっているのです。僕の世界では、いろんな宗教があり、相争っています。それぞれの考えがあり、それぞれの文化があり、衝突しています。でも、必ず冠婚葬祭かんこんそうさいは宗教が関わってきます。

 それは何故かというと、宗教は人間と世界をつなげる交渉者であるからです。宗教はこの世界の事柄をありのままを人間に伝え、そしてそれを少しでも救う役目があります。
 
 文化、歴史、過去の人物。これは人間にとってとても大切なものです。教会で式を挙げることはその世界に自分たちの誓いを示すことであり、それを祝い祝われることはそこの社会、文化の中に溶け込む意味を持ちます。
 
 だから式を挙げたいのです。僕たちの結婚がこの世界で認められるように」

 僕は持論を広げた。この世界で通じる理屈だとは思わないけど、言わなくて後悔するより、言って後悔する方がいい。

 複雑な表情をしたメリッサは丁寧に通訳しているのだろう。少し時間がかかっていった、老神父は目を見開いた。

「交渉者か、我らは交渉者か……長い年月、信仰に身を捧げてきたが、初めて知ったわ。そうか……神は……」

 不思議ながら嫌悪感のしない複雑な表情をして、考えを巡らせているのだろうか、老神父は黙っている。そして無言の時間が続く。15分ほどたったころだ、神父は口を開いた。

「わかった。やっても良い」

 神父の言葉にメリッサが急に目を見開き、歓喜の顔に変わる。

「ただし……条件がある」
「何ですか?」

 メリッサと老神父のあいだで会話が広げられているから、僕にはよくわからないが僕の言葉が良い方向に行っているらしい、気持ちが伝わったようだ。

「結婚式の計画は、そなたらたちの世界の文化のやり方でやるべきだ。式の作法、衣装はそなたら自身で用意しなさい。わたしはただ交渉者として、そなたらの世界と我らの世界との媒介者ばいかいしゃになろう」

 メリッサが自分の手と手を合わせた。

「神父ありがとうございます!」
「僕にはよくわからない。どうなっているんだ」

 戸惑いを隠せない僕にメリッサが抱きつき、そして、

「結婚式を挙げても良いって! そのかわり自分たちの文化の作法で挙げなさいって!」

 といった言葉に僕は安堵あんどした、良かった、僕たちの想いが伝わったんだな。その様子を見て老神父が優しく微笑んだ。
 
 ご機嫌のメリッサは神父とよく話し合い、日取りや式の内容を膨らませているようだった。こういうことは女の子に任せた方が良いな、下手な横やり入れて話をこじらせるわけにはいかない。結婚式は女性にとって一生に何度かしかない最高の晴れ舞台だ。

 僕は無粋な真似はしたくない、ただ彼女の嬉しそうな横顔をぼんやり眺めていた。神父との話が弾んでいるようで、二時間ぐらいたった感じがする。そしてしばらくすると、エイミアとナオコが迎えにやってきた。

「やっほーメリッサちゃん。上手くいった?」
「ママ、パパ! どうだった?」

 エイミアの姿を見ると老神父はエイミアをじろじろ眺めはじめた。

「ほう、エイミアではないか久しぶりだな。相変わらずええ乳しておるの」
「うるさい! エロ神父!」

 何故かエイミアは老神父と言い争っている。どうやら二人は顔見知りらしく、因縁がありそうだ。

 宿に着くと僕たちは結婚式計画を皆に説明した。

「みんな、式に来てくれるだろうか?」

「はい、もちろんです! 結婚式は女性の憧れですからね、私も一度試しに式の感じを味わってみたかったです」

 レイラは嬉しそうに答え他の皆もそれに同意する。

「パパ、ママ! おめでとう!」
「ナオコ、まだ始まってないぞ」
「だってママすっごい嬉しそうなんだもん、私もおんなじ気持ちになりたい」

 普通、父親と母親の結婚式って直で見られる子どもはまれだからね。ナオコは嬉しそうに「ケッコン、ケッコン!」と息をまきながら興奮していた。

 そしてみんなでエイミアとメリッサは式の内容を膨らませ始めた。

「へえ、ブーケっていうの? それとると男運上がるの?」
「まあ、そうだな」
「ええそうなんですか! 私欲しいです!」

 とレイラが嬉しそうに反応し、シェリーは「はあ~、結婚ねえ、私に縁があるのかねえ」とため息一つ。ほかのヴァルキュリアも含めて女子同士会話が弾んでいる。

 このパーティーは女子が多いから、もう宴会とおしゃべりだらけで、僕とブライアンは苦笑いをうかべるだけだった。

 それから式の準備が始まった、メリッサはテキパキと衣装を作り、僕の真っ白なタキシードも作ってくれた。うわあ、恥ずかしいなこれ着るの、でもなあメリッサに恥をかかせるわけにはいかないもんな、我慢するか。せっかく作ってくれたし、一生に一回の経験だもんな。

 女子たちは昼間集まってドレスをあれこれ言いながらみんなで作っている。男子禁制らしく、僕はどんなドレスか知らない、楽しみだなあ、メリッサのドレス姿。

 ……こうして慌ただしい日々が続く中、ついに結婚式の日がやってきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...