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二つの死闘
第百八十七話 人質救出作戦②
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「遅いわね……」
エイミアはつぶやく、彼女は苛ついていた。僕がクラリーナに捜索を頼んだ後、一日が経っている、ナオコが人質に取られてからというものの僕たちは、かなり張り詰めた緊張感のもと、危険を避けるため館から出られず、ストレスがたまっていた。
僕らは浅い睡眠をとったあと、客間に皆が集まって、ひたすらにクラリーナからの連絡を待っていた。アデルですら沈黙を続けている、というのも、彼が昨日つまらないブラックジョークを言って、シェリーが激怒して、危うく殴り掛かりそうになったからだ。
それからというものの、皆がずっと押し黙ったまま時間だけが過ぎていく、もう昼頃だ、昼食をとろうと思ったころ、我慢が出来なくなったメリッサは八つ当たりの不満を言い放ち始めた。
「クラリーナは何をしてるんだ、人質は私たちの娘だぞ、何か連絡一つよこしてもいいんじゃないか!」
「待て、メリッサ、僕が思うに、敵がどんな手段に及ぶか把握していない状況で、聖教徒騎士団の介入を殊更に相手に知らせるのはまずいんじゃないか。警察だってこういう場合、慎重に被害者と連絡を取る。まして電話なんてないのに、それはうかつな判断じゃないのか?」
「それもそうだが、連絡ぐらい……」
僕がメリッサをなだめるが納得がいかない様子だった。流石に母親の彼女にとって娘が人質に取られて、何もできない状況に苛立ちを感じるのは当然だろう、しかしここは感情を抑えて慎重な行動が必要だ。
その時僕たちの、部屋のドアをノックする音が聞こえた。メリッサが「誰だ?」と聞くと、どうやら家人の者らしい、だがメリッサは戸惑いの表情を浮かべた。
「どうしたんだい? メリッサ」
「いや、召使いがソフィアというものが訪ねてきたというが、いったいどこのどいつだと思ってな」
「それはクラリーナのヴァルキュリアだよ、早く、ここに通すよう言ってくれ」
「なるほど、やっとか……! わかった」
エイミアがソフィアという名前を聞いて微妙に驚きの表情を浮かべたが、もしかして彼女の知り合いかも知れないな、エイミアはヴァルキュリアのトップに位置する存在だから顔が広いのも当然だろう。
家人に連れられてソフィアは僕たちがいる客室へとやってきた。ソフィアは冷静に、かつ、和やかな表情を作っているのだろう、僕らを安心させる配慮が感じられた声のトーンで語った。
「初めましてが多いよね、私はクラリーナのヴァルキュリア、主な仕事はウェイトレスよ、今回は、副業のヴァルキュリアの仕事で来たわ」
「ソフィア、久しぶりね、もう3億年ぶりかしら、貴女はいつもの調子ね。まあ、クラリーナの能力を見る限り相当のヴァルキュリアがパートナーだと思っていたけど、貴女なら納得がいくわ」
と、エイミアは言った。やはり二人は知り合いだったか、となるとソフィアは高位ヴァルキュリアの可能性が高いな。まあ、クラリーナの能力だと神階第四、第五階層あたりだろう、彼女たちの関係はわからないが親しそうな雰囲気があった。
「クラリーナからの連絡だね、ソフィア。ナオコがどうなっているか、伝えに来たんだろう?」
僕の質問にソフィアは顔に影を落とす。メリッサが息をのんだ、まさか……!
「ナオコさんは……」
「ナオコは……?」
その言葉に全員の息が詰まった。そしてソフィアは一瞬、間をためておいたあと、彼女は恐る恐る告げた。
「ナオコさんは……元気よ。うん、生きてた、どうやらアメリーの奴、今のところ殺す気はないみたいね」
「……そうか、よかった──」
「まてまて、ちょっとまて、今のタメはなんだったんだ⁉ てっきり何か起こったのかと思ったぞ!」
メリッサが安心したためか目に涙をためながら、激しくソフィアに食い掛る。ソフィアは素知らぬ顔でそっぽ向いて、手の平をわずかに天にかざす。
「いや、だって、みんな葬式みたいな顔してたじゃない、和ませようとしたのよ。いい演出だったでしょ?」
「いらんわ! その演技! あほ──っ!!」
メリッサが腕で顔を覆って、涙を見せないように叫んだ。よっぽど心配していたのだろう、りっぱな母親だな彼女は。
「ああ、ごめんごめん、ちょっとしたお茶目よ、重要なこと言付けをクラリーナから受けたから知らせなきゃならないんだけど後にする? 時間をとったほうがいい?」
ソフィアはさわやかに笑いながら言う、割とお茶目な部分があるな、この殺伐とした空間を一気に安心ムードに変えた。この空気を読む力は感心できるな。
「いや、すぐに伝えてくれ。時間が惜しい、急ぎ対策を練らなきゃならない。だから、君をよこしたそうだろ、ソフィア?」
「ええ、そうよ、佑月……さん、ああ、なくていいでしょ、もう、めんどくさい。佑月、やはり相手はアメリーよ、どうやら試合を優位に運ぶための目的で、動向は割とはっきりしていたわ、でも、クラリーナが動いたのは誤算だったようね」
「誤算?」
「後でクラリーナが言っていたけど、アメリーは教会団の組織というものを把握してなかった。よくある統一された権力構造を想像していたみたいだって。別に聖教徒騎士団は教会団の下部組織とはいえ、上と対立することなんてしょっちゅうよ。
あくまで、民衆のための聖騎士団であって、教会団のための騎士団じゃないから。そこんとこ貴方たちもよろしくね。割と間違えられやすいから」
僕の読みは当たったということか、クラリーナの素振りからそう感じただけだが、いい線をついていたようだ。対し、アメリーがこっちみたいに教会団と親しく接触しているとは限らない、それが功を奏したのだろう、駆け引きが有利になりやすく働いたようだ。
「それで、どうなったんだ状況は?」
メリッサは涙をふいて詳しい状況をソフィアに確認する。
「アメリーの要求は、大会当日、佑月とメリッサ、貴方たち二人と交渉したいとそういうことだったわ」
「大会当日? 試合当日じゃないのか、試合日にリーダーの、佑月をチームと引き離させて、戦力をそぎ、試合勝利を確実にするつもりならわかるが……」
「ああ、それは、クラリーナが試合に参加していることすら知らなかったんじゃない? クラリーナ自体を知っている素振りがなかったし」
「変だな……アメリー教官らしくない、情報が散乱している。あまりにもぬるい計画だ。どういうことだ?」
メリッサが考え込む姿に、ぱっと僕は頭の中でひらめいた。
「メリッサ。たぶん、アメリーは君がチームの主導権を握っているとの読みだったんじゃないか、それなら彼女のちぐはぐな行動が理解できる」
「なるほど……確かに。ウチはあくまで佑月がリーダーで、指揮をしていて私が補佐する役目に徹している。お前もぬるいところがあって何度も頭を抱えたが、割と筋がいいからな、お前は。だからいつも最終決断は佑月に任せていた。
その調教計画がついに功を奏した、そういうことか」
「そいつは、どうも」
ざっくりとした本音をありがとう、メリッサ。君はいい妻だよ。いつか見返してやるからな、覚えてろよ、もう。
「で、どうする佑月、このまま、相手の要求をのむ必要はないだろう。いっそクラリーナと協力して……」
「それは、まだ判断が早い、詳細の状況がつかめていない、ソフィア、アメリー周辺の様子はどうなんだい?」
僕がそう言うとソフィアは急に引き締まった顔をして、眉をひそめる。
「まず、アメリーが立てこもった空き家には、ほかのエインヘリャルはいなかったわ。周りは私たち聖騎士団が包囲していて、動きが取れないし、援軍も呼べない、でも、何か変なのよ」
「変?」
「ええ、そこにエインヘリャルの気配がナオコちゃん以外では一人いるんだけど、姿が見えないのよ」
「姿が見えない……? 隠れているのか」
「いえ、一部屋にアメリーが目の前にいて、その中から強いエインヘリャルの気配がするのよ。たぶん姿を消しているんだと思う、クラリーナはそのまま制圧しようとしたんだけど、私は止めたわ、相手の能力がつかめないままで人質がとられているんだもの。
ナオコちゃんの安全が確保できないのに戦闘は危険だから」
「それは妥当な判断だと思う、しかし姿が見えないか。もしかしてアメリーの策はその能力にあるかもしれない、きっと」
「クラリーナはトリッキータイプだと言っていたわ」
「トリッキー?」
「ああ、私たちの用語で、正面から戦うんじゃなくて、立場を優位にするために能力を使って、相手の弱点を突く、または、罠にはめる。貴方にちょっと似てるかもしれないわね、佑月」
「たしかに……」
僕がメリッサから与えられた能力は二つ、イメージから武器を作り出す能力と、ロストテクノロジーと書かれた正体不明で、体の動きを活発化させる能力、またその補助。ロストテクノロジーを全開で使うと、ザメハのときみたいに体に負担がかかる可能性があるから、これは制限して使うようにしている。
また、ロストテクノロジーに頼るのは危険すぎる、メリッサが残した呪詛のような言葉、“僕の人間性が失われる”というデメリットが含まれている可能性があった。うかつに使えない。
だから、不利な時は頭を使って、非正規戦闘行為で有利に戦いを進めるのが僕の戦闘スタイルだ。
なら、そういうタイプの相手が現れたなら厄介だ。だから人質という策をアメリーは選んだんだろう。慎重に事を運ぶ必要がある。
「わかった、相手の要求をのもう、僕が試合当日アメリーに会いに行く」
「馬鹿を言うな、佑月! 相手の罠にむざむざ入るというのか、私は反対だ!」
メリッサは僕とソフィアの会話に割って入る。当然だ、彼女は非常に効率的な策を考える、だがそれは時として、現場であらゆることに対処できない可能性がある。
「メリッサ、僕が今まで戦いの中で、勝ちを拾ってこられたのは何なのか、考えてみたことがあるかい?」
「ん? どういう意味だ」
「僕は駆け引きで勝ってきた、不利な状況でも、勝利を重ねてきた。もちろんそのための策は練る。だからさ、ここは僕の培ってきた経験と、頭脳にかけてみないかい?」
「ま、まってください! 試合はどうするんですか⁉ 佑月さん抜きで戦えってことですか!」
とつぜんレイラが動揺のあまり叫び始めた。僕は安心させるよう静かに語った。
「もちろん試合も続行する、でもそれは相手も同じ状況なんだ、アメリーとそのエインヘリャルがいないことになる。最初に登録した選手以外出場してはならないという大会のルールだ。もちろん、その時チームの指揮は他のものに任せる。
……メリッサ、頼む」
「はあ⁉ 私が指揮を執るって! 馬鹿を言うな、お前の能力は私がいなければ十分に発揮できないだろう、なのにお前は単独で救出に向かいに行こうというのか!」
メリッサは慌てて僕の無謀と言える作戦を否定し始める。僕の能力はメリッサがいないと弾の補充と武器の切り替えもできない。アデルが作ったAKMを使う必要があるが、いかんせん威力不足のきらいがある。
彼女が異論を唱えるのは当たり前だ。
「もちろん一人で行くつもりはないよ、エイミア、僕についてきてくれ」
「私⁉」
エイミアが驚いて自分の顔に指をさす。メリッサはもう爆発寸前で僕に食い掛ってきた。
「馬鹿が馬鹿を重ねるな! エイミアがうかつな奴だから、こんなややこしい事態になったのだろう。私は反対だ。エイミアは力があっても、救出作戦のような繊細な行動に向かない、冗談もほどほどにしろ!」
メリッサはむくれて腕を組んでそっぽを向いた。わかるよその気持ち、ナオコのことが心配なんだろ、だからメリッサ自身が助けに行きたいんだ。だが……。
「ソフィア、確かさっき言ってたけど、彼女は僕とメリッサと交渉したいとアメリーは要求したんだよな?」
「ええ、そうよ」
ソフィアはこの事態を予測していなかったのだろう、うろたえていた。僕はやんわりとメリッサに向けて諭した。
「ということは、アメリーの目的はチームの機能不全を企んでいるということだ。僕とメリッサが抜けてしまえば、チームを指揮できる人物がいなくなる。僕たちはナオコ救出と、試合に勝利することを同時にする必要がある、そうじゃないかい?」
「しかし……」
「ちょっと待って!」
今度はソフィアが異論を唱えそうだ。彼女は急ぎ告げる。
「クラリーナがいるじゃない! あの娘に協力を頼むか、任せてくれれば……」
「それは僕から丁重にお断りさせてもらう」
「どうして⁉」
「クラリーナが戦闘に及んだら、すぐさまアメリーはナオコを殺すだろう。流石に教会団相手に単独で勝ち目がないからね。とっとと足手まといを始末して、逃げる判断をする、僕ならそうするね」
「僕ならね、って……貴方……」
僕の真剣な瞳で今まで修羅場をくぐってきたことをソフィアに伝える。ソフィアはあきらめたのか、悔し気に言う。
「貴方が言うなら、そうすればいいと思うわ。でもクラリーナは納得しないと思う。あの娘は一本、筋の通った行動しかできないから」
「ならこう言ってくれ、娘は親の僕がこの手で助ける、クラリーナ、君は、相手を逃がさずにナオコの安全を確保しつづけるよう努力してほしいと」
「佑月……そう、わかったわ、それなら彼女も納得できると思う。……感謝するわ、佑月」
感謝するのは僕の方だと思うが、たぶんクラリーナにも抱えている事情があるのだろう、僕はわざとその言葉に返事をせずに、聞き流す。そして最後にエイミアに確認をした。
「今回は君がパートナーだ、エイミア。ナオコをさらわれた責任をとってくれるんだろ?」
「……もちろんよ、佑月。今度ばかりは私の責任だし、直接助けられるならそれに越したことはないわ、いいわ、やってやろうじゃないの!」
そうして、僕とエイミアは握手を交わす。メリッサは不満たっぷりに「この……!」とつぶやいていたが、もう反対はしなかった。周りみんなはうつむいていた。僕らはこの二つの戦いを必ず勝利で終わらせなければならない。絶対にね。
エイミアはつぶやく、彼女は苛ついていた。僕がクラリーナに捜索を頼んだ後、一日が経っている、ナオコが人質に取られてからというものの僕たちは、かなり張り詰めた緊張感のもと、危険を避けるため館から出られず、ストレスがたまっていた。
僕らは浅い睡眠をとったあと、客間に皆が集まって、ひたすらにクラリーナからの連絡を待っていた。アデルですら沈黙を続けている、というのも、彼が昨日つまらないブラックジョークを言って、シェリーが激怒して、危うく殴り掛かりそうになったからだ。
それからというものの、皆がずっと押し黙ったまま時間だけが過ぎていく、もう昼頃だ、昼食をとろうと思ったころ、我慢が出来なくなったメリッサは八つ当たりの不満を言い放ち始めた。
「クラリーナは何をしてるんだ、人質は私たちの娘だぞ、何か連絡一つよこしてもいいんじゃないか!」
「待て、メリッサ、僕が思うに、敵がどんな手段に及ぶか把握していない状況で、聖教徒騎士団の介入を殊更に相手に知らせるのはまずいんじゃないか。警察だってこういう場合、慎重に被害者と連絡を取る。まして電話なんてないのに、それはうかつな判断じゃないのか?」
「それもそうだが、連絡ぐらい……」
僕がメリッサをなだめるが納得がいかない様子だった。流石に母親の彼女にとって娘が人質に取られて、何もできない状況に苛立ちを感じるのは当然だろう、しかしここは感情を抑えて慎重な行動が必要だ。
その時僕たちの、部屋のドアをノックする音が聞こえた。メリッサが「誰だ?」と聞くと、どうやら家人の者らしい、だがメリッサは戸惑いの表情を浮かべた。
「どうしたんだい? メリッサ」
「いや、召使いがソフィアというものが訪ねてきたというが、いったいどこのどいつだと思ってな」
「それはクラリーナのヴァルキュリアだよ、早く、ここに通すよう言ってくれ」
「なるほど、やっとか……! わかった」
エイミアがソフィアという名前を聞いて微妙に驚きの表情を浮かべたが、もしかして彼女の知り合いかも知れないな、エイミアはヴァルキュリアのトップに位置する存在だから顔が広いのも当然だろう。
家人に連れられてソフィアは僕たちがいる客室へとやってきた。ソフィアは冷静に、かつ、和やかな表情を作っているのだろう、僕らを安心させる配慮が感じられた声のトーンで語った。
「初めましてが多いよね、私はクラリーナのヴァルキュリア、主な仕事はウェイトレスよ、今回は、副業のヴァルキュリアの仕事で来たわ」
「ソフィア、久しぶりね、もう3億年ぶりかしら、貴女はいつもの調子ね。まあ、クラリーナの能力を見る限り相当のヴァルキュリアがパートナーだと思っていたけど、貴女なら納得がいくわ」
と、エイミアは言った。やはり二人は知り合いだったか、となるとソフィアは高位ヴァルキュリアの可能性が高いな。まあ、クラリーナの能力だと神階第四、第五階層あたりだろう、彼女たちの関係はわからないが親しそうな雰囲気があった。
「クラリーナからの連絡だね、ソフィア。ナオコがどうなっているか、伝えに来たんだろう?」
僕の質問にソフィアは顔に影を落とす。メリッサが息をのんだ、まさか……!
「ナオコさんは……」
「ナオコは……?」
その言葉に全員の息が詰まった。そしてソフィアは一瞬、間をためておいたあと、彼女は恐る恐る告げた。
「ナオコさんは……元気よ。うん、生きてた、どうやらアメリーの奴、今のところ殺す気はないみたいね」
「……そうか、よかった──」
「まてまて、ちょっとまて、今のタメはなんだったんだ⁉ てっきり何か起こったのかと思ったぞ!」
メリッサが安心したためか目に涙をためながら、激しくソフィアに食い掛る。ソフィアは素知らぬ顔でそっぽ向いて、手の平をわずかに天にかざす。
「いや、だって、みんな葬式みたいな顔してたじゃない、和ませようとしたのよ。いい演出だったでしょ?」
「いらんわ! その演技! あほ──っ!!」
メリッサが腕で顔を覆って、涙を見せないように叫んだ。よっぽど心配していたのだろう、りっぱな母親だな彼女は。
「ああ、ごめんごめん、ちょっとしたお茶目よ、重要なこと言付けをクラリーナから受けたから知らせなきゃならないんだけど後にする? 時間をとったほうがいい?」
ソフィアはさわやかに笑いながら言う、割とお茶目な部分があるな、この殺伐とした空間を一気に安心ムードに変えた。この空気を読む力は感心できるな。
「いや、すぐに伝えてくれ。時間が惜しい、急ぎ対策を練らなきゃならない。だから、君をよこしたそうだろ、ソフィア?」
「ええ、そうよ、佑月……さん、ああ、なくていいでしょ、もう、めんどくさい。佑月、やはり相手はアメリーよ、どうやら試合を優位に運ぶための目的で、動向は割とはっきりしていたわ、でも、クラリーナが動いたのは誤算だったようね」
「誤算?」
「後でクラリーナが言っていたけど、アメリーは教会団の組織というものを把握してなかった。よくある統一された権力構造を想像していたみたいだって。別に聖教徒騎士団は教会団の下部組織とはいえ、上と対立することなんてしょっちゅうよ。
あくまで、民衆のための聖騎士団であって、教会団のための騎士団じゃないから。そこんとこ貴方たちもよろしくね。割と間違えられやすいから」
僕の読みは当たったということか、クラリーナの素振りからそう感じただけだが、いい線をついていたようだ。対し、アメリーがこっちみたいに教会団と親しく接触しているとは限らない、それが功を奏したのだろう、駆け引きが有利になりやすく働いたようだ。
「それで、どうなったんだ状況は?」
メリッサは涙をふいて詳しい状況をソフィアに確認する。
「アメリーの要求は、大会当日、佑月とメリッサ、貴方たち二人と交渉したいとそういうことだったわ」
「大会当日? 試合当日じゃないのか、試合日にリーダーの、佑月をチームと引き離させて、戦力をそぎ、試合勝利を確実にするつもりならわかるが……」
「ああ、それは、クラリーナが試合に参加していることすら知らなかったんじゃない? クラリーナ自体を知っている素振りがなかったし」
「変だな……アメリー教官らしくない、情報が散乱している。あまりにもぬるい計画だ。どういうことだ?」
メリッサが考え込む姿に、ぱっと僕は頭の中でひらめいた。
「メリッサ。たぶん、アメリーは君がチームの主導権を握っているとの読みだったんじゃないか、それなら彼女のちぐはぐな行動が理解できる」
「なるほど……確かに。ウチはあくまで佑月がリーダーで、指揮をしていて私が補佐する役目に徹している。お前もぬるいところがあって何度も頭を抱えたが、割と筋がいいからな、お前は。だからいつも最終決断は佑月に任せていた。
その調教計画がついに功を奏した、そういうことか」
「そいつは、どうも」
ざっくりとした本音をありがとう、メリッサ。君はいい妻だよ。いつか見返してやるからな、覚えてろよ、もう。
「で、どうする佑月、このまま、相手の要求をのむ必要はないだろう。いっそクラリーナと協力して……」
「それは、まだ判断が早い、詳細の状況がつかめていない、ソフィア、アメリー周辺の様子はどうなんだい?」
僕がそう言うとソフィアは急に引き締まった顔をして、眉をひそめる。
「まず、アメリーが立てこもった空き家には、ほかのエインヘリャルはいなかったわ。周りは私たち聖騎士団が包囲していて、動きが取れないし、援軍も呼べない、でも、何か変なのよ」
「変?」
「ええ、そこにエインヘリャルの気配がナオコちゃん以外では一人いるんだけど、姿が見えないのよ」
「姿が見えない……? 隠れているのか」
「いえ、一部屋にアメリーが目の前にいて、その中から強いエインヘリャルの気配がするのよ。たぶん姿を消しているんだと思う、クラリーナはそのまま制圧しようとしたんだけど、私は止めたわ、相手の能力がつかめないままで人質がとられているんだもの。
ナオコちゃんの安全が確保できないのに戦闘は危険だから」
「それは妥当な判断だと思う、しかし姿が見えないか。もしかしてアメリーの策はその能力にあるかもしれない、きっと」
「クラリーナはトリッキータイプだと言っていたわ」
「トリッキー?」
「ああ、私たちの用語で、正面から戦うんじゃなくて、立場を優位にするために能力を使って、相手の弱点を突く、または、罠にはめる。貴方にちょっと似てるかもしれないわね、佑月」
「たしかに……」
僕がメリッサから与えられた能力は二つ、イメージから武器を作り出す能力と、ロストテクノロジーと書かれた正体不明で、体の動きを活発化させる能力、またその補助。ロストテクノロジーを全開で使うと、ザメハのときみたいに体に負担がかかる可能性があるから、これは制限して使うようにしている。
また、ロストテクノロジーに頼るのは危険すぎる、メリッサが残した呪詛のような言葉、“僕の人間性が失われる”というデメリットが含まれている可能性があった。うかつに使えない。
だから、不利な時は頭を使って、非正規戦闘行為で有利に戦いを進めるのが僕の戦闘スタイルだ。
なら、そういうタイプの相手が現れたなら厄介だ。だから人質という策をアメリーは選んだんだろう。慎重に事を運ぶ必要がある。
「わかった、相手の要求をのもう、僕が試合当日アメリーに会いに行く」
「馬鹿を言うな、佑月! 相手の罠にむざむざ入るというのか、私は反対だ!」
メリッサは僕とソフィアの会話に割って入る。当然だ、彼女は非常に効率的な策を考える、だがそれは時として、現場であらゆることに対処できない可能性がある。
「メリッサ、僕が今まで戦いの中で、勝ちを拾ってこられたのは何なのか、考えてみたことがあるかい?」
「ん? どういう意味だ」
「僕は駆け引きで勝ってきた、不利な状況でも、勝利を重ねてきた。もちろんそのための策は練る。だからさ、ここは僕の培ってきた経験と、頭脳にかけてみないかい?」
「ま、まってください! 試合はどうするんですか⁉ 佑月さん抜きで戦えってことですか!」
とつぜんレイラが動揺のあまり叫び始めた。僕は安心させるよう静かに語った。
「もちろん試合も続行する、でもそれは相手も同じ状況なんだ、アメリーとそのエインヘリャルがいないことになる。最初に登録した選手以外出場してはならないという大会のルールだ。もちろん、その時チームの指揮は他のものに任せる。
……メリッサ、頼む」
「はあ⁉ 私が指揮を執るって! 馬鹿を言うな、お前の能力は私がいなければ十分に発揮できないだろう、なのにお前は単独で救出に向かいに行こうというのか!」
メリッサは慌てて僕の無謀と言える作戦を否定し始める。僕の能力はメリッサがいないと弾の補充と武器の切り替えもできない。アデルが作ったAKMを使う必要があるが、いかんせん威力不足のきらいがある。
彼女が異論を唱えるのは当たり前だ。
「もちろん一人で行くつもりはないよ、エイミア、僕についてきてくれ」
「私⁉」
エイミアが驚いて自分の顔に指をさす。メリッサはもう爆発寸前で僕に食い掛ってきた。
「馬鹿が馬鹿を重ねるな! エイミアがうかつな奴だから、こんなややこしい事態になったのだろう。私は反対だ。エイミアは力があっても、救出作戦のような繊細な行動に向かない、冗談もほどほどにしろ!」
メリッサはむくれて腕を組んでそっぽを向いた。わかるよその気持ち、ナオコのことが心配なんだろ、だからメリッサ自身が助けに行きたいんだ。だが……。
「ソフィア、確かさっき言ってたけど、彼女は僕とメリッサと交渉したいとアメリーは要求したんだよな?」
「ええ、そうよ」
ソフィアはこの事態を予測していなかったのだろう、うろたえていた。僕はやんわりとメリッサに向けて諭した。
「ということは、アメリーの目的はチームの機能不全を企んでいるということだ。僕とメリッサが抜けてしまえば、チームを指揮できる人物がいなくなる。僕たちはナオコ救出と、試合に勝利することを同時にする必要がある、そうじゃないかい?」
「しかし……」
「ちょっと待って!」
今度はソフィアが異論を唱えそうだ。彼女は急ぎ告げる。
「クラリーナがいるじゃない! あの娘に協力を頼むか、任せてくれれば……」
「それは僕から丁重にお断りさせてもらう」
「どうして⁉」
「クラリーナが戦闘に及んだら、すぐさまアメリーはナオコを殺すだろう。流石に教会団相手に単独で勝ち目がないからね。とっとと足手まといを始末して、逃げる判断をする、僕ならそうするね」
「僕ならね、って……貴方……」
僕の真剣な瞳で今まで修羅場をくぐってきたことをソフィアに伝える。ソフィアはあきらめたのか、悔し気に言う。
「貴方が言うなら、そうすればいいと思うわ。でもクラリーナは納得しないと思う。あの娘は一本、筋の通った行動しかできないから」
「ならこう言ってくれ、娘は親の僕がこの手で助ける、クラリーナ、君は、相手を逃がさずにナオコの安全を確保しつづけるよう努力してほしいと」
「佑月……そう、わかったわ、それなら彼女も納得できると思う。……感謝するわ、佑月」
感謝するのは僕の方だと思うが、たぶんクラリーナにも抱えている事情があるのだろう、僕はわざとその言葉に返事をせずに、聞き流す。そして最後にエイミアに確認をした。
「今回は君がパートナーだ、エイミア。ナオコをさらわれた責任をとってくれるんだろ?」
「……もちろんよ、佑月。今度ばかりは私の責任だし、直接助けられるならそれに越したことはないわ、いいわ、やってやろうじゃないの!」
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イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
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高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
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現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
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【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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