マルテナ徒然抄 ~ 100cats 姉妹物語 ~

滝川 魚影

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(十)素人の菜園、手仕事

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 いつもどおり、四時過ぎに起きたんだけど、雨上がり、少し肌寒かったんだよね。そのせいだろうけど、ホトトギスの鳴き声はしない。代わりに、シジュウカラが囀っていて、まさか、第二弾の子育てって感じで、何かを警戒している鳴き声。ぼうちゃんも、自分のベッドではなく、僕の掛け布団の上で寝ているということは、やはり、寒いのだろう。
そんな目覚めで、珍しく布団に入ったまま、タブレットを開いたんだよね。クラウドでPDFファイルを開く。
 昨夜、国会図書館デジタルライブラリーからダウンロードしておいた『明恵上人集』の中の、伝記のファイルを選んでね。

 ・・・鳴滝と云ふ河を渡るに、馬立ち留りて水を飲まむとするを、手縄を少し引きたれば、歩々水を飲む見て思ふ様は、畜生とて拙き者だにも、人の心を知りて、行くとこと思ふらめ、留らずして、歩みながら水を飲むらめ。我、父母の遺命に依りて入寺する、一旦親類の名残惜しければとて、泣かるる事のうたてさよ。遥かに馬には劣りけりと覚えしかば、則ち、恋慕の心止めて、一筋に貴き僧と成りて、親をも衆生をも導かれんと、心中に願を発しけり。・・・

 やっぱり、徳の高い人は、動物の行いからでも、学ぶんだよな、と感心する。
 あ、そういえば、中玉トマトと、甘長の苗を植えるんだった、と思い立ち、布団を出て、顔を洗い、納屋に向かったんだよね。
 二種とも、昨年、僕とミエコおばさんが食べたもので、美味しかった種を採取し、乾燥したものを三月に植え、成長したものなんだよね。でも、流石に素人の仕業なので、十センチほどしか、成長していない。そちらも五株ほどだ。
 考えた末に、中玉トマトはマルチを張り、甘長の畝には、何もせずに植えることに。どちらの畝も、土は先週から作ってある。
「梅雨の晴れ間じゃないと、植えられないからね」
 少ないから、あっという間に終わったのであるが、水やりをしていると、誰かに声を掛けれれる。
「オッちゃん、朝から精が出るね」
「あ、先生こそ。散歩ですか。クロちゃんも一緒に」
 先生は、『ラーメン ちなつ』の隣、一〇二号の店子さん、『鍼灸・マッサージ Byan』の田村仙太郎さん、という東洋医学の先生。その世界では有名らしい。それと、極真空手界でもその昔、ブイブイ言わせていたという噂である。クロちゃんは、愛犬のラブラドル。
 でも流石に、屋号から「バイアン先生」と呼ぶ仕事人の友人はいない、よ。
「トマト植えてるのか。あ、そう言えば、今日もタケノコ並ぶかね。花屋さんの前」
「あ、たぶん。今日もこれから仕入れに行ってきますよ」
「そいつあ、楽しみだ。美味しかったんでね。昨日一本買ってって、タケノコご飯を作りましたよ」
「へえ、先生自ら」
「そりゃそうよ。そういう面倒くさい料理は、家内はやりません。僕は、面倒くさい料理担当」
「あは、そうなんですね。奥さんお元気ですか。しばらく会ってないですね」
「まあ、相変わらず、手広く、あれこれ飛び回ってますよ。生花だあ、コーラスだあ、てね」
「良いですね。また、コンサートある時はご案内ください。ポスター貼りますんで」
「はい、ありがとう。じゃあ、後で、タケノコよろしく」

 朝食後、朝ドラを見るというミエコおばさんを置き去りにして、石井農園へ。今朝も奥さんが出迎えてくれる。
「雨上がりだから、タケノコ、いっぱい良いの採ってきたよ。私も行ったからね。あと、今朝は、ヤングコーンと空豆がある」
 やっぱり、プロは違う。都合、コンテナ三個分の仕入れなり。その帰り道。
「ちょっと、寄っていくか」
 開店直後の野菜市場に寄っていくことに。
「あった、あった」
 目当てのラッキョがありました。鹿児島産。まだちょっと高いけど、この市場での初物なので、一袋(一キロ)購入。これは自分用ですよ。塩漬けにします。あと、ついでに鷹の爪の苗を一ポット購入。ラッキーなことに、一ポットに三本生えているし。個人菜園には、これで十分。これで、夏には、二三年分の鷹の爪を収穫できるはず。
 帰宅後、マルテナに行ってみると、すでに「花カフェ たきざわ」は開店準備中。
「おはようございます、タキザワさん。良いの仕入れてきましたよ」
「あ、オトヤさん、おはよう。おお、すごい」
「タケノコはいいサイズばかりだから、一本二百円。ヤングコーンと空豆は・・・」
 ここは小声で、おまけみたいなもんだから帰りに市場で値段見てきた、と言う。
「ヤングが五本束(たば)で二百円。空豆が剥いて、二十粒で三百円、こっちは袋詰めで、いきますか」
「了解です」
 僕は、納屋に行き、空豆の皮むき、袋詰。それを済ますと、今度はおばさんの朝食作り。
「おばさん、どうします、今朝は」
「何か、要らないって感じ。暑くてさ、なんか梅雨通り越して、夏になったみたいね」
「朝方は寒いくらいだったのな。でも、何にも食べないと熱中症になるから。そうだ、雑炊にしますか」
「それなら食べられるかな」
 年寄りは、熱中症なんて、命取りなんだよね。
 僕は、庭先に三つ葉があったな、と思い玄関から外に出た。ついでに漸く伸びてきたニラを少し採る。三つ葉は、新芽に近いところだけを切りとる。
あとは、キュウリの古漬けを冷蔵庫のぬか床バックから取り出す。
 古漬けをたたき、細かく刻む。三つ葉も刻む。そして、冷凍ご飯を出し、水を張った手鍋にそのまま投入して火にかける。
タンパク質が足りないよ、だから、味噌汁も作りたいので、お麩の味噌汁を作ろう。別の鍋を用意。
味噌汁ができる頃、雑炊がいい感じになった。ニラをみじん切りにして、三つ葉と一緒に雑炊に投入。古漬けは皿に盛り、白ごまを掛けておく。ヨーグルトを出す。お茶っ葉をセット。薬缶を火にかける。
ふと、料理って、ミニマラソンみたいだな、と想う。意外と、ラストスパートが物を言うから。僕は短距離の選手だったから、本当のところは知らんけど。はい、ちょうど整いましたあ。
「おばさん、できたよ」
「あら、早いね。さすがオトヤ。備蓄米がもう、店頭に届くらしいよ」
「ああ、随意契約のね。なんか高山さんが、昨日かな、教えてくれたんだけど。随意契約って、本当は、国の業務契約では最近ほとんどやってないやり方なんだってさ。昔、それが癒着の温床になってて、それを防ぐためにやらなくなったらしい」
「癒着って、国と業者」
「そう、よく昔聞いたでしょ、そういう話。もちろん、いろいろ手続きの方法があって、国の事業をやる業者を決めるわけなんだけど、結局、随意契約って、担当役人の胸三寸で決まっちゃうわけ。だから、接待とか、そういうのにつながるの。それが国会で問題になって、それから競争入札とか、企画競争とか、フェアな選定が主流になっていったわけだんだってさ。でもそのやり方が今回の備蓄米に関しては、時間ばかりかかって、さっぱり効果が見えない。そこで、しびれを切らした首相の一声で、随意契約にしたら、ってなったわけ。それは、過去のいろいろな業務のことを熟知していないと、出てこない発想なんだってさ」
「石田首相か。やっぱり、実務に詳しいっていうのは、ホントなんだね」
「そういうこと。自民党は相変わらず支持できないけど、いまの政権は頑張ってるかも」
「アメリカ関税の件もね。ああいうの野党じゃ、絶対できないもんね、おそらく」
「さあ、食べましょ。古漬けかけようか」
「ありがとう」
 結局、ミエコおばさんは、美味い美味いと、おかわりをしましたよ。心配して損した
 ご飯の後片付けは、おばさんに任せて、マルテナ市場の様子を見に行く。問題なし。今日も売れるかなあ。さあ、やっと僕の今朝のメインイベントに進めます。らっきょうの塩漬け。
 まず、納屋から二リッター瓶を一つ出してきて、念の為、熱湯殺菌して、乾かす。
 その後、らっきょう一キロを裏の洗い場でバケツに開け、軽く水洗いしたあと、椅子に座って皮むき作業。
 これが意外に無心になれるのだ。鹿児島県産の砂丘らっきょう。少し痩せているが、実はこういう方が良い味が出るものなんだよね。
 ミエコおばさんが嗅ぎつけてやってくる。
「おお、やってるね」
「そう、さっき市場に寄ったら、市場に出てた。おばさん、ちょうど良いところに来た。いつもの塩水作って、熱冷ましておいてほしんです。忘れてた」
「えーと、二リッターの水に、粗塩十五グラム、でしょ」
「正解。ボケの心配なし」
「うるさい」
 こういうのやらせないと、ほんとボケるからなあ。
 皮むきが終わったら、頭と尻尾を切る作業。らっきょうは、細かい手先の作業が多いね。
 結局、僕の段取りのミスで、塩水の粗熱を取るのに、午前中いっぱいかかってしまいましたとさ。
 瓶にすべてを入れて、らっきょうがすべて浸るまでお酢を足し、最後に鷹の爪を一本入れ、密封。蓋に付箋を貼り、産地と日付を書き入れ、納屋に。二週間後くらいかな。
 マルテナ市場に様子を見に行ったが、すでにタケノコは五本売れ、ヤングコーンは無くなっていました。
 僕は、ちょっと考えて、ミエコおばさんを温泉に連れて行くことに。
 こういう熱が体にこもり始めた時は、それが一番良いかも、と思ったのでした。
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