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バレエ・ダンサー【29】
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左手指に僕の右手が触れると、一瞬彼女は手を引っ込めるように少し動かし、すぐにまた元あった場所に戻した。
「あら、触ったら駄目よ」
言葉は、行動とは裏腹だった。
おそらく真っ白な彼女の手指は、僕の予想以上に痩せていて皺があり、かと言って固くなかった。
例えて言うなら、中世のレディの手のような手。
二人は直角になるように、待合の寝台に横になっており、大きな、一つの毛布の中だ。
停車場の待合には、仮眠用に貸し出してくれる毛布があったからだ。
僕は、彼女の斜め左、頭上から彼女の顔を覗い、そして、彼女の連絡先をどういう方便で聞き出そうか考えていた。
(メール・アドレスを訊けば教えてくれるだろうか・・・)
「横に来ても良いわよ。何もしないで、一時間居られるなら」
僕は、時計の針のように体を回転させ、彼女の横に並んだ。そのせいで、二人の手は離れてしまったが、僕は構わないと思った。
「毛布一枚くらいがちょうど良い季節ね。寒くも暑くもない」
彼女の白いロングスリーブの木綿のワンピースの、裾の部分には、草花の刺繍が施されていた。
僕はアドレスを訊くのを忘れ、なんとなく、その日一日の内に起きたことを振り返っていた。
今朝、ホテルのロビーで、馬車を待っている彼女がバレエの練習をしているのを、僕は二階の手すりに寄りかかって、眺めていた。
すぐに馬車が到着して、僕はロビーに降り、彼女が荷物をまとめている横に差し掛かった。
彼女は、大きなキャスター付きのスーツケースの他に、紫のサテン製の大きなリボン型の手提げカバンを持っており、その手提げを持つのに手こずっていた。
「持ちましょうか」
そう、僕が声を掛け、彼女は遠慮すること無く、その大きなリボンを僕に託した。
彼女が苦労するのも仕方がなく、その大きなリボンは、ずっしりと重く、僕でさえ前に抱えるように持つ必要があった。
僕の荷物は肩掛けカバンだけ。
馬車は幌付きで、僕たちは荷台に並んで座った。
旅は道連れ。
隣村までは一時間も掛からなかった。
ウィーンのプラーターをこじんまりとさせたような、遊園地の土産物街に併設する小さな野外劇場で彼女は一人踊り、僕は特別にフリーで観劇させてもらった。
僕はそれまで、彼女のように、一人で踊る種類のバレエダンサーを知らなかった。
(そんなのあるのか)
でも彼女の踊りは、それは軽やかで繊細ながらもダイナミックなもので、僕は大いに気に入った。
伴奏は、劇場で落ち合った、これもフリーのピアニスト。
僕はそうして、成り行きで彼女の一日付き人を買って出たのであり、何もかも初めての経験だった。
そして今、僕は待合の寝台に、少しの間を空けて彼女の横に休んでいる。
恋の始まりを感じていた。
舞台が終わって軽い昼食を取り、土産物街を彼女に引っ張り回されていた時から、すでにその気持が芽生えていたのだった。
いや、傍目には恋人同士に見えていただろう。
「いつか、皆藤さんと、旅芸人みたいに、ドイツの村々を周れたら良いのに」
僕の、一足飛びのつぶやきに、眠っているようにも見えた彼女はすぐに反応した。
「額菜で良いわよ」
皆藤額菜。
その不思議な名前を、僕は劇場の案内板で見て識った。
そして、額菜というのが、「ガクナ」と読めば良いことを今、初めて識った。識ったが、そんなことはすぐにどうでも良くなって、僕は、手をゆっくりと動かして、彼女のワンピースに触れる。
今度は、彼女は動じなかった。
「それって、付き人ってこと」
彼女は僕に尋ねた。
「そう、ですね」
そもそも、彼女がこれまで、一人で移動してきたことも不思議だったが、それも詮索するには及ばない。僕が、この先どうしたいか、そして彼女がそれを受け入れてくれるかどうか、そこが問題なのだ。
「良いわよ。でも、ここでは、その手を私の胸の位置まで上げてきたりしないでね。ここでは」
ここでは。
彼女の付け足された言葉に、僕は勝手に期待を膨らませる。
しかし、そのくせ僕はなぜだか、このままずっと、この停車場で、この状態で彼女と居たいとも願う。
この距離感のままで。
でも、そう我儘に願う僕は、それが叶わないと思うからこそ、それを願うのかもしれない。
僕は横向きから仰向けに体勢を変え、その後間もなく、彼女のほうが今度は横向きになり、その拍子に右手が僕の下腹部に触れた。
彼女が軽く吹き出すように息を吐き、それで彼女が微笑んでいるのが僕に知れる。
彼女の手が意図せず、僕の固くなったものに当たったのだ。
想えば、彼女はあの女優に似ていた。
その女優の名前が何だったか、僕は目を閉じて考えていた。
どうしても思い出せない。そして、思い出せないうちに、その女優の面影は脳裏からフェイドアウトしていき、その上に彼女のイメージが取って代わる。
彼女が好きだ。
明日からも彼女の付き人をしながら、同じホテルに泊まり、寝食をともにするのだ。
それが何日間か分からないが、僕はそう過ごして、やがて日本へ帰る。ただ、その先のことは分からない。話し始めた瞬間は、いつか彼女と恋人同士になれたら、彼女の付き人となって旅回りをしたいと想っていた僕は、もうすでに、明日から彼女の付き人をすると決めていた。
僕はその図々しさを悟られまいとするかのように、僕の右手は彼女を求めて動き、彼女の右手に重なる。
重なって初めて、僕は悟られない事を願ったのでは無くて、自分が確認をしたことに気づいた。
いや、彼女のほうが早くそれに気づいた。
だから彼女は、僕の右手を軽く握ったのだ。
彼女の意外と固く、細い、少し皺のある指が、僕の手の甲を包み、僕はその温もりを感じていた。
これが続いても構わない。
しかし、幌馬車は間もなくやってきて、僕たちはホテルに帰った。
十九世紀からあるというその木造のホテルは、よく手入れされていた。
僕たちは考えた末に、やはり部屋を一緒にしてもらうことに決め、フロントに願い出た。支配人は快く承諾してくれ、僕たちは二つのシングル部屋から、大きい一つの部屋に移動した。
ツインどころか、ひと家族で滞在できそうな部屋だった。
「これなら、ロビイで練習しなくて済むわ」
額菜は、そのことで大喜びだ。
ボーイが荷物を運び終えた後、夕食の準備が整っていることを告げた。
このホテルは料理が有名だ。
今晩のメニューは、ひよこ豆のクリームスープ、三種のチーズのシーザース・サラダ、特製バジルソースの豚肉ソテーであった。
彼女は、料理のどこが美味しいかを話しながら、それでいて静かに丁寧に、しかもモリモリとよく食べた。やはり、体を使う職業の人ならではの健啖家なのだろう。
反して僕は、大食漢でも、体を動かす職業でもないので、彼女の食欲に圧され気味で、むしろよく食べる彼女を観察するほうに夢中であった。
しかし、そんな僕でも、サラダのソースの味、そしてパンが、そもそも普通のレストランと比べ物にならないくらい美味しいと思った。こういう基本的なところに腕が出る、と。
夕食を終えると、額菜は急に疲れが出たらしく、眠くなっちゃった、と告げた。
支配人に夕食のお礼を伝えて、二階に上がろうとしたとき、僕たちはロビイのグランドピアノの上に、八割れの丸々太った猫を認めた。
額菜が撫でていると、支配人が近づいてきて、部屋に連れて行って良い、と言う。
彼女が猫を抱き上げても、ふてぶてしい老猫は体勢を変えない。
「おやすみなさい、支配人」
僕は支配人に挨拶をして、彼女の後に続いて木の階段を上がった。
部屋に戻って、僕は彼女のために、バスタブにお湯を張った。
ドイツのホテルに在りそうな、大きく深めのバスタブ。これもこのホテルの特徴だろう。
僕がシャワーを終え、バスルームから出てくると、額菜は既にベッドの中で眠っていた。
ものすごく大きなダブルベッドで。
僕はカーテンをすべて閉め、彼女の左に潜り込んだ。
少し残念な気もしたが、この状態も悪くないと思い直し、シュニッツラーの自伝を取り出して読んだ。
木の香りがした。
リネンウォーターの匂いだろう。
彼女はその香りの中、静かな寝息を立てている。
(いつも、夜はこんなふうに早寝なのだろう)
どういうわけで、彼女はフリーのバレエダンサーになったのだろう。僕は、いつかその事を彼女に訊いてみたいが、今はまだ早い、と思う。
そんな事を考えている内に、僕も眠りに落ちていった。
もう朝なのだろう。
僕は刺激的な夢の続きだと、一瞬解釈しようとしたが、それは現実なのだった。
でも、そうと気づいても、僕はしばらくじっと状況を把握しようと努め、息を潜めた。
彼女は、何も纏わずに全身で僕に絡みつくように抱擁していた。
それは柔らかく、少し汗ばんで微熱を帯びていた。僕の背中に押し付けられた彼女の胸は想像よりも豊かで、しかも弾力があった。彼女の左足は、僕の両足の間に差し込まれ、そのせいで、僕の太腿を刺激し、膝は彼女のふくらはぎを感じている。
細くも筋肉質の両腕は脇腹から差し込まれ、その先端は繊細に僕のものを愛撫していた。
僕の体は、すでに全体がとてつもなく過敏になっていて、全貌を把握しきるまで、間に合わなかった。
そして額菜もその前に、僕が覚醒したことに気がついたらしい。
彼女は瞬時に離れ、するりと体を反転させ、僕に背を向ける。それはダンサーらしい身のこなしで、僕は肩透かしを食らった感じである。
(今度はあなたの番よ、ということか・・・)
違った。
彼女は胸に比して、少し小ぶりな臀部を僕の下腹部に押し付け、僕のものをつかんで、器用に自分の中に招き入れた。
「あっ」
どちらが上げた声か。二人同時だったか。
彼女の粘膜と粘液の隙間に、僕は没入して、瞬時に意識が飛び散るのが解った。
彼女のリードは続く。
僕はただただ翻弄され、彼女についていくように反応しただけだった。
僕は、そのうちに、降伏するようにゆっくりと脈動して、彼女の泉にすべてを吐き出した。額菜はそれに反応するように、かすかに痙攣した。
そのまま二人は、余韻の中に居て、僕は薄目を開け、壁をぼんやりと眺めていた。
目が暗闇に慣れると、左の壁際の、箪笥の上に八割れがいるのが判った。
僕たちは、再び眠りに落ちていった。
そのような朝が、更に三回続いたが、四回目は無かった。
額菜は、何の前触れもなく、何も告げずにホテルを出ていった。
しかし、その朝も目覚めると、八割れは変わらずに居た。
僕のベッドの上に。
彼女の不在を教えようとするかのように。
「あら、触ったら駄目よ」
言葉は、行動とは裏腹だった。
おそらく真っ白な彼女の手指は、僕の予想以上に痩せていて皺があり、かと言って固くなかった。
例えて言うなら、中世のレディの手のような手。
二人は直角になるように、待合の寝台に横になっており、大きな、一つの毛布の中だ。
停車場の待合には、仮眠用に貸し出してくれる毛布があったからだ。
僕は、彼女の斜め左、頭上から彼女の顔を覗い、そして、彼女の連絡先をどういう方便で聞き出そうか考えていた。
(メール・アドレスを訊けば教えてくれるだろうか・・・)
「横に来ても良いわよ。何もしないで、一時間居られるなら」
僕は、時計の針のように体を回転させ、彼女の横に並んだ。そのせいで、二人の手は離れてしまったが、僕は構わないと思った。
「毛布一枚くらいがちょうど良い季節ね。寒くも暑くもない」
彼女の白いロングスリーブの木綿のワンピースの、裾の部分には、草花の刺繍が施されていた。
僕はアドレスを訊くのを忘れ、なんとなく、その日一日の内に起きたことを振り返っていた。
今朝、ホテルのロビーで、馬車を待っている彼女がバレエの練習をしているのを、僕は二階の手すりに寄りかかって、眺めていた。
すぐに馬車が到着して、僕はロビーに降り、彼女が荷物をまとめている横に差し掛かった。
彼女は、大きなキャスター付きのスーツケースの他に、紫のサテン製の大きなリボン型の手提げカバンを持っており、その手提げを持つのに手こずっていた。
「持ちましょうか」
そう、僕が声を掛け、彼女は遠慮すること無く、その大きなリボンを僕に託した。
彼女が苦労するのも仕方がなく、その大きなリボンは、ずっしりと重く、僕でさえ前に抱えるように持つ必要があった。
僕の荷物は肩掛けカバンだけ。
馬車は幌付きで、僕たちは荷台に並んで座った。
旅は道連れ。
隣村までは一時間も掛からなかった。
ウィーンのプラーターをこじんまりとさせたような、遊園地の土産物街に併設する小さな野外劇場で彼女は一人踊り、僕は特別にフリーで観劇させてもらった。
僕はそれまで、彼女のように、一人で踊る種類のバレエダンサーを知らなかった。
(そんなのあるのか)
でも彼女の踊りは、それは軽やかで繊細ながらもダイナミックなもので、僕は大いに気に入った。
伴奏は、劇場で落ち合った、これもフリーのピアニスト。
僕はそうして、成り行きで彼女の一日付き人を買って出たのであり、何もかも初めての経験だった。
そして今、僕は待合の寝台に、少しの間を空けて彼女の横に休んでいる。
恋の始まりを感じていた。
舞台が終わって軽い昼食を取り、土産物街を彼女に引っ張り回されていた時から、すでにその気持が芽生えていたのだった。
いや、傍目には恋人同士に見えていただろう。
「いつか、皆藤さんと、旅芸人みたいに、ドイツの村々を周れたら良いのに」
僕の、一足飛びのつぶやきに、眠っているようにも見えた彼女はすぐに反応した。
「額菜で良いわよ」
皆藤額菜。
その不思議な名前を、僕は劇場の案内板で見て識った。
そして、額菜というのが、「ガクナ」と読めば良いことを今、初めて識った。識ったが、そんなことはすぐにどうでも良くなって、僕は、手をゆっくりと動かして、彼女のワンピースに触れる。
今度は、彼女は動じなかった。
「それって、付き人ってこと」
彼女は僕に尋ねた。
「そう、ですね」
そもそも、彼女がこれまで、一人で移動してきたことも不思議だったが、それも詮索するには及ばない。僕が、この先どうしたいか、そして彼女がそれを受け入れてくれるかどうか、そこが問題なのだ。
「良いわよ。でも、ここでは、その手を私の胸の位置まで上げてきたりしないでね。ここでは」
ここでは。
彼女の付け足された言葉に、僕は勝手に期待を膨らませる。
しかし、そのくせ僕はなぜだか、このままずっと、この停車場で、この状態で彼女と居たいとも願う。
この距離感のままで。
でも、そう我儘に願う僕は、それが叶わないと思うからこそ、それを願うのかもしれない。
僕は横向きから仰向けに体勢を変え、その後間もなく、彼女のほうが今度は横向きになり、その拍子に右手が僕の下腹部に触れた。
彼女が軽く吹き出すように息を吐き、それで彼女が微笑んでいるのが僕に知れる。
彼女の手が意図せず、僕の固くなったものに当たったのだ。
想えば、彼女はあの女優に似ていた。
その女優の名前が何だったか、僕は目を閉じて考えていた。
どうしても思い出せない。そして、思い出せないうちに、その女優の面影は脳裏からフェイドアウトしていき、その上に彼女のイメージが取って代わる。
彼女が好きだ。
明日からも彼女の付き人をしながら、同じホテルに泊まり、寝食をともにするのだ。
それが何日間か分からないが、僕はそう過ごして、やがて日本へ帰る。ただ、その先のことは分からない。話し始めた瞬間は、いつか彼女と恋人同士になれたら、彼女の付き人となって旅回りをしたいと想っていた僕は、もうすでに、明日から彼女の付き人をすると決めていた。
僕はその図々しさを悟られまいとするかのように、僕の右手は彼女を求めて動き、彼女の右手に重なる。
重なって初めて、僕は悟られない事を願ったのでは無くて、自分が確認をしたことに気づいた。
いや、彼女のほうが早くそれに気づいた。
だから彼女は、僕の右手を軽く握ったのだ。
彼女の意外と固く、細い、少し皺のある指が、僕の手の甲を包み、僕はその温もりを感じていた。
これが続いても構わない。
しかし、幌馬車は間もなくやってきて、僕たちはホテルに帰った。
十九世紀からあるというその木造のホテルは、よく手入れされていた。
僕たちは考えた末に、やはり部屋を一緒にしてもらうことに決め、フロントに願い出た。支配人は快く承諾してくれ、僕たちは二つのシングル部屋から、大きい一つの部屋に移動した。
ツインどころか、ひと家族で滞在できそうな部屋だった。
「これなら、ロビイで練習しなくて済むわ」
額菜は、そのことで大喜びだ。
ボーイが荷物を運び終えた後、夕食の準備が整っていることを告げた。
このホテルは料理が有名だ。
今晩のメニューは、ひよこ豆のクリームスープ、三種のチーズのシーザース・サラダ、特製バジルソースの豚肉ソテーであった。
彼女は、料理のどこが美味しいかを話しながら、それでいて静かに丁寧に、しかもモリモリとよく食べた。やはり、体を使う職業の人ならではの健啖家なのだろう。
反して僕は、大食漢でも、体を動かす職業でもないので、彼女の食欲に圧され気味で、むしろよく食べる彼女を観察するほうに夢中であった。
しかし、そんな僕でも、サラダのソースの味、そしてパンが、そもそも普通のレストランと比べ物にならないくらい美味しいと思った。こういう基本的なところに腕が出る、と。
夕食を終えると、額菜は急に疲れが出たらしく、眠くなっちゃった、と告げた。
支配人に夕食のお礼を伝えて、二階に上がろうとしたとき、僕たちはロビイのグランドピアノの上に、八割れの丸々太った猫を認めた。
額菜が撫でていると、支配人が近づいてきて、部屋に連れて行って良い、と言う。
彼女が猫を抱き上げても、ふてぶてしい老猫は体勢を変えない。
「おやすみなさい、支配人」
僕は支配人に挨拶をして、彼女の後に続いて木の階段を上がった。
部屋に戻って、僕は彼女のために、バスタブにお湯を張った。
ドイツのホテルに在りそうな、大きく深めのバスタブ。これもこのホテルの特徴だろう。
僕がシャワーを終え、バスルームから出てくると、額菜は既にベッドの中で眠っていた。
ものすごく大きなダブルベッドで。
僕はカーテンをすべて閉め、彼女の左に潜り込んだ。
少し残念な気もしたが、この状態も悪くないと思い直し、シュニッツラーの自伝を取り出して読んだ。
木の香りがした。
リネンウォーターの匂いだろう。
彼女はその香りの中、静かな寝息を立てている。
(いつも、夜はこんなふうに早寝なのだろう)
どういうわけで、彼女はフリーのバレエダンサーになったのだろう。僕は、いつかその事を彼女に訊いてみたいが、今はまだ早い、と思う。
そんな事を考えている内に、僕も眠りに落ちていった。
もう朝なのだろう。
僕は刺激的な夢の続きだと、一瞬解釈しようとしたが、それは現実なのだった。
でも、そうと気づいても、僕はしばらくじっと状況を把握しようと努め、息を潜めた。
彼女は、何も纏わずに全身で僕に絡みつくように抱擁していた。
それは柔らかく、少し汗ばんで微熱を帯びていた。僕の背中に押し付けられた彼女の胸は想像よりも豊かで、しかも弾力があった。彼女の左足は、僕の両足の間に差し込まれ、そのせいで、僕の太腿を刺激し、膝は彼女のふくらはぎを感じている。
細くも筋肉質の両腕は脇腹から差し込まれ、その先端は繊細に僕のものを愛撫していた。
僕の体は、すでに全体がとてつもなく過敏になっていて、全貌を把握しきるまで、間に合わなかった。
そして額菜もその前に、僕が覚醒したことに気がついたらしい。
彼女は瞬時に離れ、するりと体を反転させ、僕に背を向ける。それはダンサーらしい身のこなしで、僕は肩透かしを食らった感じである。
(今度はあなたの番よ、ということか・・・)
違った。
彼女は胸に比して、少し小ぶりな臀部を僕の下腹部に押し付け、僕のものをつかんで、器用に自分の中に招き入れた。
「あっ」
どちらが上げた声か。二人同時だったか。
彼女の粘膜と粘液の隙間に、僕は没入して、瞬時に意識が飛び散るのが解った。
彼女のリードは続く。
僕はただただ翻弄され、彼女についていくように反応しただけだった。
僕は、そのうちに、降伏するようにゆっくりと脈動して、彼女の泉にすべてを吐き出した。額菜はそれに反応するように、かすかに痙攣した。
そのまま二人は、余韻の中に居て、僕は薄目を開け、壁をぼんやりと眺めていた。
目が暗闇に慣れると、左の壁際の、箪笥の上に八割れがいるのが判った。
僕たちは、再び眠りに落ちていった。
そのような朝が、更に三回続いたが、四回目は無かった。
額菜は、何の前触れもなく、何も告げずにホテルを出ていった。
しかし、その朝も目覚めると、八割れは変わらずに居た。
僕のベッドの上に。
彼女の不在を教えようとするかのように。
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