頬杖をつく女 2017.5.23 〜

鏡子 (きょうこ)

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第23章 繋がり、絆

様々なアトラス

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世界各国地図集成について
-- 55年度全国共同利用外国図書から --

野村正七


このたび附属図書館で約160冊の外国の地図帳が購入された。目下整理中とのことであるが、遠からず一般の閲覧に供されることと思われる。これらの地図帳の購入は筆者が附属図書館長のころから文部省に要望していたものであるが、今回ようやく全国の国立大学の共同利用外国図書ということで予算化されたもので、地図帳を愛する者の一人として喜びにたえない。


地図帳をアトラス(Atlas)というのは、メルカトル図法で有名なオランダのメルカトル(Geraard Mercator 1512~1594)が遺言して彼の死後、1602年に出版された地図に”アトラス”という呼び名を用いて以来慣用化されたものである。(メルカトル・アトラスも1636年が購入アトラスの中に含まれている。)アトラスというのはギリシャ神話に出てくる力持ちの神様で、ゼウス神に反逆したため、その罰に地球を頭の上に担がされたとされている。


メルカトルがわざわざ遺言してまで彼の地図帳にアトラスという文字を冠したかについては、記録がないのでわからない。アトラスが盛んに出版されるようになったのは16世紀の後半からで、その理由としては15世紀後半、グーテンベルクの発明した印刷術がしだいに地図印刷の分野にも及んできたことと、コロンブスの新大陸の発見やバスコダガマのインド航路の確立などが、当時のヨーロッパ人の地理に対する興味と関心をそそったことの二つがあげられる。


今回購入されたアトラスを便宜上、その目的と内容とによって分類すると、次のように大別することが出来る。

世界アトラス

国勢アトラス

歴史アトラス

経済アトラス

気候アトラス

空中写真アトラス

古い時代に作成されたアトラス

その他のアトラス

もっともこれはあくまでも便宜的なもので、個々のアトラスの中には、内容的に いって特定のカテゴリーに属させるのにちゅうちょせざるを得ないものがあるのも 事実である。


1. 世界アトラス (World atlas)

各国のアトラス出版業者が刊行している世界の各地域の地図を掲載しているアトラスで、 一般の家庭や学校教育用に用いられることを意図して作られている。この種のアトラスは もともと百科辞典の別巻として作成されることが多かったが、近年はアトラスとして独自に 刊行される傾向がある。わが国で刊行される世界アトラスにも同じような傾向があるようで ある。
世界アトラスといっても、世界の各地域に平等にページを割当てるというわけではなく、 イギリスのアトラスはイギリス本国に他の地域よりも多くのページを割き縮尺の大きい地図を 掲載するのが普通で、西ドイツのアトラス、フランスのアトラス皆然りである。読者の多くが その国民であってみればこれも当然のことで、注記(地図中の文字)もイタリア製のアトラス はイタリア語を用いている。唯一の例外はソ連の「アトラスミーラ」で、これはロシア語 版と英語版の二種類がある。

どのアトラスも背後に長い歴史を持っていて、創刊が百年以上に遡るものも珍しくなく、 その間に何十回という改訂を重ねている。個々のアトラスにはそれぞれ個性があって、 山地・盆地・平野などの自然の地形の表現に力を注いでいるもの、地図の美しさを優先させ るものなど、それぞれの国民性が地図に反映しているのも面白い。

2. 国勢アトラス(National Atlas)

第二次世界大戦後に出現してきたアトラスで、各国が自分の国の実情は勿論、他の諸外国 にも認識して貰うことを目的として、政府機関が作成したアトラスである。 わが国はもともとこの種の事業に金を投ずることには消極的であったが、世界の50国以上 が国勢アトラスを出版しているのを黙視するわけにもいかず、昭和53年(1978)に おそまきながら刊行された。日本語版と英語版の二通りがある。
ナショナルアトラスの内容は国によってさまざまで大部のものもあれば手軽なものもあり、 精祖もまたまちまちであるが、概して農業図、工業図、交通図、国土計画図といった、 特定のテーマを取り扱った主題図が内容に大半を占めている。統計現象は年と共に変動が 著しいから、内容をアプツーデートに保つためには頻繁に改訂が必要であり、何年 おきに改版が出るかはそれぞれの国の政府のナショナルアトラスに対する熱度の如何を 測る尺度といえるであろう。

3. 歴史アトラス(Historical atlas)

わが国では歴史地図帳といえば高校生の参考用程度のものが出版されているにすぎないが、 世界的には高級な歴史アトラスが出版されている。歴史アトラスの出版はヨーロッパ人 の移住後の歴史の浅い新大陸では少なく、旧大陸とくにヨーロッパに現在のところ集中 しているようである。


4. 経済アトラス

経済アトラスでは古くからイギリスのオックスフォードアトラスが世界全体及び各洲 毎の経済アトラスを手がけて信頼を得ていた。しかし近年は農業・鉱工業・貿易・商業 といったふうに、テーマ毎の経済アトラスが出版されるようになってきた。この分野も 主たる資料である統計値の変動が激しいので、絶えず改訂版を準備しなければならない 事情があり、経済アトラスの点数が急激に増大するとは期待できない。ただ最初に記した 世界アトラスの中で経済地図の占める割合が着実に増加しているのは顕著な事実である。


5. 気候アトラス(Climate atlas)

世界各地で気象観測地点が年を追うて増加し、観測される気象要素の種類も増加し、 さらに高空の気象観測が加わり、しかもこれら気象統計の経済的蓄積が増大するにつれ、 ローカルな気候の差異が数値的に実証されるようになってきた。地域的気候アトラスの 出版はこれらの事実に対応するもので、今後とも増加するものと思われる。

6. 空中写真アトラス

大きな縮尺の地図は現在ほとんどすべての国が空中写真を図化機にかけて作成するとい う手段をとっており、空中写真は地図製作の前提として不可欠のものとなった。 また目的によっては人間による取捨選択の行われた結果である地図よりもそれ以前の 空中写真の方がより効果的な場合もあり、この種のアトラスが出現するようになった。
7. 古い時代に作成されたアトラス

今回購入されたアトラスの中で点数の最も多いのはこのカテゴリーに属するアトラス である。これらのアトラスは15世紀の末葉から18世紀の中葉にかけてのいわゆる ヨーロッパのアトラス全盛時代にヨーロッパの各地で出版されたもので、世界史の ”地理的発見時代”に対応している。
これらのアトラスに収められている地図はいずれも近代的な測量術に基いて作成された 地図ではなく、ヨーロッパについては幼稚な前近代的な測量と、地図作成者のカンに よっており、またヨーロッパ以外の地域については旅行者の記録や船乗りの経験に 基いているが、一方では中世以来のキリスト教神学の影響も色濃く残っていて空想的 描写も随所で行われている。そういう意味では当時のヨーロッパ人の地理的意識を 理解するには絶好の資料といえるであろう。

ここではその一つ一つについて紹介する余裕はないが、その中でもアトラスのサイズ が新聞紙の二ページ大という最も大きなアトラスについて述べ、その他は機会を見て 解説したいと思う。

Atlas des Grossen Kurfursten 
 (大皇帝選挙侯アトラス)
このアトラスはオランダ人でオランダ西インド会社の代表をしたこともあればドイツの ブランデンブルク侯に仕えたこともあるヨハン・モリツ(Johann Moritz)が1665年 ないし1666年にブランデンブルク侯フレデリック・ウィリアム(Frederick William) に呈上したアトラスである。
われわれが目の前にするこのアトラスもびっくりする程大きなものであるが、本物は 縦170cm、本を開いたときの横は222cmの大きさで、それをファクシミリを用いて縦、 横ともに2分の1縮小した縮刷版であるというから二度びっくりさせられる。本物は 東ドイツのベルリン国立博物館に大切に保存されている。

オランダがスペイン、ポルトガルを抜いて世界の海を制覇し、こんどは逆にイギリスに 制海権を奪われるまでの17世紀の前半がオランダの黄金時代であるが、それはまた オランダの”地図”の黄金時代でもあった。アムステルダムの町には、地図の資料を 集め、銅版に彫刻し、それを印刷して地図に仕上げ、それを売り捌く地図屋が何十軒と あったが、モリツはそれらの中から11軒を選んでそれぞれ得意とする地方の地図( 掛地図)をつくらせ、これを買い上げてアトラスに整えたのである。これらの地図 製作者の中にはブロー(Joan Blaeu)、ビッシェル(Nicolas Visher)、ホンジュウス (Henricus Hondius)などアトラスの作者として今日でも名の聞こえている人が名を 連ねている。

アトラスに収められている37の図葉の大部分はヨーロッパ各地域であるが、北アメリカや 南アメリカの地図や、アジアではインドや中国の地図もある。

先にも述べたように、これらの地図は伝聞に基いて描かれたものが大部分であるが、 中には第17図 "Rynlandia"(もとのライン川の河口、現在のデンハーグの付近)の縮尺 3万分の1の地図のように、三角測量を行って作成したものもある。これは製作者の ドウ(Jan Janzoon Dou)が1615年スネルが確立した三角測量術をいち早く身につけた 測量士だったからで、近代的地図の芽が見られるのは興味がある。

(元学長 地理学)






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