悲喜交々

鏡子 (きょうこ)

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2019.3 メッセージ覚え書き

平塚 らいてう 『元始、女性は太陽であった』

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ネットの活動を、休む予定だったんだけど、日々、どんなメッセージが降りてくるか想像もつかない。

とりあえず、この章に、何か降りてくるたび、覚書として、書き記しておこうと思う。


2019.3.4

平塚 らいていの 
「元始、女性は太陽であった」のメッセージが、ひっきりなしに降りてきた。

この言葉は、以前から知る言葉ではあったが、私の知識で上手く説明することが出来ないので、wikipediaの解説を転載することにする。




 『平塚らいてう』


日本の思想家、評論家、作家


平塚 らいてう(ひらつか らいちょう、本名:平塚 明(ひらつか はる)

1886年(明治19年)2月10日 - 1971年(昭和46年)5月24日)は、日本の思想家、評論家、作家、フェミニスト、戦前と戦後に亘(わた)る女性解放運動家。戦後は主に反戦・平和運動に参加した。日本女子大学校(現:日本女子大学)家政学部卒、2005年に同大学は平塚らいてう賞を創設した。


平塚は、特に、大正から昭和にかけ、婦人参政権等、女性の権利獲得に奔走した活動家の一人として知られる。結局、その実現は、第二次世界大戦後、連合国軍の日本における占領政策実施機関GHQ主導による「日本の戦後改革」を待たざるを得なかった。しかし、1911年(明治44年)9月、平塚25歳の時、雑誌「青鞜」発刊を祝い、自らが寄せた文章の表題『元始、女性は太陽であった』は、女性の権利獲得運動を象徴する言葉の一つとして、永く人々の記憶に残ることとなった。

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