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序章 終わりの始まり
01 世界と女神とダンジョンコアと
しおりを挟む「はぁ!? なによ、これ。どうなってんの!」
いま目の前で喚いている女は、さっき封印から解き放たれたばかりの女神だ。
その名に相応しい神々しい美貌。そして性格は横暴。
「私の世界が消滅寸前じゃないの。ちょっとダンジョンコア。説明しなさい!」
いや、そんなこと言われても……。
そもそも、あんたは僕の体を乗っ取って、自分の封印を解くために好き勝手に暴れてただろ。操り人形だった僕がそんなこと知るか──。
とは、口が裂けても言えない。言えば確実に殺される。
女神とはそういう奴で、僕は自分の目を通してずっとその暴虐を見てきた。
それに。
「ふざけやがって。私を封印しただけじゃ飽き足らず、私のオルワルドまで……あの道化師野郎、ぶっ殺す!」
女神は僕に意見など求めていない。ただ八つ当たりしたいだけ。
対処は台風と一緒だ。ただ家の中で通り過ぎるのをじっと黙って待つ。それが一番の安全策で、いつも通りならこの暴風雨も時期に収まるはず。
でも今回は少し様子が違った。
「ダンジョンコア。このスキルをくれてやるから、オルワルドのこと夜露死苦!」
はぁ!?
よろしくってどういう?
驚きで思わず声になりそうだった。
女神が混乱する僕の体を掴み、光るなにかを押し込むと。
言葉のとおりにスキルが発現した。
僕の脳裏に浮かぶスキル名は【魔素感知・神級】とある。
「魔素が百%になったらオルワルドが消滅するから、絶対に阻止しなさい。目標値は、そうね……私が戻るまでに六十%以下にして」
女神は寝起きの体をほぐしながら、そう言い放った。そして次第に彼女の体を光る魔素の膜が覆い始める。
僕はこのエフェクトを何度も見て知っている。これは転移の光!
「ちょ、待てよ。戻るってどこに行く──」
声を発して後悔した。
──やばい、殺される!
「私? ちょっとお礼参りに。じゃ、任せたから!」
僕は予想外な女神の反応に呆然としながら、かき消える女神の姿を見送った。
最後に見せたワンパク坊主のような笑顔が悪い意味で印象的だった。
最悪だ……。
僕はさっき、女神の傀儡という悪夢から解放された。
あと少しだった……。女神が天界だかどこかへ消えて、完全に開放されるはずだったのに。
それがどうだ。
自分の世界の命運を僕に押し付け、自分は好き勝手。
世界の危機?
それはつまり、僕たちの危機だ。知ってしまえば放置はできない、そんな女神の計算が透けて見えてきて。
そして、またいいように踊らされる自分に──。
「あぁ、ムカつく!」
魔素の過剰で世界が消滅?
そんな話、聞いたことがない。
もしかして嘘なんじゃ──よぎる仮定に意味がないことはわかっている。嘘か真か、その正否の確認が取れない以上、本当のこととして動くしか選択肢はない。
僕は死にたくない。
それはあの女も承知の上。
「結果がどう転がっても知らないからな、くそ女神」
僕は怒りが収まらないまま、スキル【魔素感知・神級】を起動させると。
眼前の何もない空間に次々と情報ウインドウが開いていく。
世界──オルワルドの全魔素量に始まり、各地域の魔素の動き、濃度、魔素を持つ魔物や魔獣の分布など、魔素に関係する情報が次々と現れ、頭の中に土石流のごとく流れ込んできた。
「あのくそ女……。よくもこんなハイスペックなスキルを──」
恨み節の余裕もなくなり、スキル制御に集中する。
洪水のような情報量。
頭がパンクしそうになり、僕は自分の生命線といえるダンジョンの制御を手放してしまった。
が、そのおかげで少し余裕が生まれた。
ダンジョンの情報が完全に遮断された気持ち悪さが情報の精査を急がせる。
「──なっ! 九十八%!? しかも魔素が徐々に増えている。世界って僕と同じで魔素が自然回復するのかよ」
事態は予想以上に深刻だ。
世界に残された時間は?
浮かんだ疑問に頭が反応しない。
神級スキルで消耗し、焦りがパニックを呼ぶ。混乱する頭が無秩序に心の引き出しをこじ開けた──。
僕は千年以上前にこの世界に転生した元日本人。
転生先は魔物に属する鉱物生命体──ダンジョンコアだ。
転生者といっても僕に特別な力はなにもない。
そして多少ラノベをかじっていた僕は自分が人間に狙われる対象だと知っていた。だから慎重に安全第一をモットーに、ダンジョンに入口を作らず、ただ本能に従い黙々と穴を掘りダンジョンを大きくしていった。その過程で出土品を愛でるという趣味もできた。
三人の守護者たちに囲まれた平和でほのぼのとしたスローライフがそこにはあった。
あの女神と関わるまでは……。
「落ち着け。冷静になれ。いまは昔を懐かしんでいる場合じゃない」
言い聞かせるように。
諭すような声色で自分に語りかけた。
落ち着き、頭がようやく仕事を再開した。
「残り二%。オルワルドの魔素増加ペースが一定だと仮定した場合──世界は十年で終わる」
まだ間に合う。そう思える程度に時間はある。
「アインス」
「はい、マスター」
返事をして、アインスが僕に向いて膝を突く。
その瞬間。
腰で切りそろえた黒髪がふわりと広がり、長く尖った耳が顔をのぞかした。
僕を見つめる黒い双眸が次の言葉をいまかいまかと待っている。
「苦労をかけたね」
「いえ。マスターこそ無事のご帰還おめでとうございます」
彼女は僕が作った守護者のひとり、アインス。
僕の参謀であり、守護者の長。
彼女は女神が喚いている間も、僕がひとりパニクっていたときも、静かに僕の後ろに控えていた。
「事情は把握しているよね」
「はい、いかがなさいますか?」
「んー、とりあえず対症療法にしかならないけど、まずはシンプルな方法を試してみようか。時間稼ぎくらいにはなりそうでしょ」
僕の言葉に対し、アインスはなにかを察したように笑みを浮かべ。
「かしこまりました。最適な地域の選定に入ります」
と返した。
こうして、世界を救う僕たちの戦いが始まった。
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