夕焼けステンドグラス

結月 希

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銀髪の少年 前編

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 クラクションの音が熱でぼんやりとした脳に突き刺さる。どうやらすぐ近くで事故があったらしい。反射的に音のした方を見ると人だかりが出来ていた。怪我人もいるらしくいつの間にか救急車もきていた。どれくらいの規模の事故だったのか、怪我した人は無事なのか、好奇心と心配で覗きたくはなったけれど、あいにくそんな元気はなかった。それどころか頭も身体も重くて痛くて、めまいも酷くて気を抜いたら倒れてしまいそうだった。

 残りの仕事と上司の相手を快く私の代わりに請け負ってくれた後輩には申し訳ないけれど、これは早退して正解だったかもしれない。……もう次直接会うことはないかもしれないから、家に帰ったらお礼の連絡をしないと。あぁ、明日からわたしはどうなるんだろう。さっきから無視している上司からのショートメールを思い出してしまい憂鬱さに襲われる。なんでも上司より先に身勝手な理由で帰ったからクビにする。明日から仕事に来なくていい、だそうだ。元々、会社の異常なブラックさも知っていたし、会社を出る前にも散々言われていたから何となくこうなることはわかっていた。きっと会社のいう『常識のある社会人』であれば、体調がどれだけ悪かろうが今頃働いているだろうし、今まではその通りにしていた。でも今日の私はそのまま帰ってきてしまった。実際、あのブラック企業の人手の少なさからしてクビはありえない話だとは思う。私の経歴からして次の仕事を見つけるのは大変だから今から必死に謝りに来ると思っているのだろう。でも、もう次なんてなくてどうだっていい。だから、そのままやめてやろうと思う。もうこの人生がどうなろうと知ったこっちゃない。それくらい疲れてしまったんだ。

「う……いっ、たぁ……」
 先程よりだいぶ酷くなった痛みに思わず呻き声が漏れた。何故か身体の痛みが強くなっていった。身体の痛みのせいか、心の痛みのせいか、もしくはどちらもか。自然と目に涙が滲んだ。それでも何とか前に進もうと、視界を拭って痛みを無視して、顔を上げるとどんよりとした曇り空が広がっていた。本来なら夕焼けが見える時間だけど、あいにく雲が邪魔して少しも色はなかった。もしも今晴れていたら空の色が心に刺さったんだろうかか。私の心は少しでも晴れたのだろうか。……あの子がいたら晴れてたのかな。もしも、あの子じゃなくて私、が………あれ……。

 急に視界が暗くなって、立っていられなくなる。運良く、近くに電灯があったからなんとなか倒れずには済んでいる。でも、これは、相当まずいのかもしれない。意識がふわふわして、勝手に目が閉じていって。柱に寄りかかるのが精一杯で歩くことはもうできなかった。横を通り過ぎる人達は私のことを気にかけもしないで先に進んでいく。そんな中一人止まって何も出来ない自分がなんだか惨めで

 「…はっ、あははっ」
惨めで馬鹿らしくて、悲しくて笑えてくる。

 あぁ、もう、限界だ。身体も心ももう、もたない。私は、諦めて、歪む視界と遠のく意識に身を任せて、そのまま眠ろうとした。……でもそれは許されなかった。

「あの、すみません。相原千明さん、であってますか?」
 ふと後ろから自分の名前が呼ばれて思わず目を開けた。声をした方を見ると変わった格好の男の子が立っていた。
「えっと……そう、ですけど……」
  銀色の髪にオレンジ色のメッシュ。服はどこかの漫画で出てきそうな執事を思わせるようなもので、コスプレか、それか体調悪すぎて幻覚を見たか、と思ってしまうほどの不思議さだ。

 じっと見ていると、その男の子はハッとしてそのオレンジ色の目を申し訳なさそうに動かしながら口を開いた。
「ご、ごめんなさい。急に話しかけられてもビックリしますよね、ごめんなさい。」
「いや、大丈夫……」
  ビックリしたのは事実だった。だけど年下の子にこうも謝られるとなんだかこっちも悪い気がして反射的に応えてしまう。変わらず、痛む頭を頑張って動かしながらなんとか言葉を繋げる。
「えっと、君は……」
「あ、僕名乗ってませんでしたね。ごめんなさい。……でも、その前に。」
そういって、不思議な少年は私にゆっくりと近づいてきた。
「少しだけ手を出してもらっていいですか?」
「え、手……?」
 言われるがままに重い腕を上げ、少年に差し出した。すると、その子は私の手を優しく両手で包んで何か祈るかのように目を瞑った。元々、その少年の顔立ちがいいのもあってか、まるで天使みたいだとぼんやり見とれてしまった。
「…よし、これで大丈夫。」
 しばらくしてゆっくりと目を開いて私に微笑んだ。
「多分、これで痛みとか無くなってると思うんですけど、どうですか?」
「えっ。」
 言われてみると確かに先程までの痛みも怠さも嘘のようにどこにもなかった。 
「ないけど……、君は一体……」
「じゃあ、改めて、僕の名前はモルテと言います。」
 少年は手を胸にあて、軽くお辞儀をしたまま口を開いた。
「貴女を、お迎えに上がりました。」
「迎えに、って……?どこに…?」
「僕らのいる世界に、ですね。上の方から          千明さんに来てもらって日頃の疲れを癒すよう言われてまして」
 さも当たり前のようにサラサラ話すモルテと名乗った少年に対して、私はまったく理解できないでいた。さっきからファンタジー要素が強すぎる。夢でも見てるんだろうか。
「…って言われてもよく分からないですよね。」
「まぁ……そうね。その、モルテくん?のいる世界って……?」
「あ、僕のことは呼び捨てで大丈夫ですよ。そうですね……通称、夕焼けの世界って呼ばれてるところです。」
「夕焼け?」
「はい、ずっと綺麗な夕焼けが広がってるんです。それだけじゃなくて思ったことがなんでもその世界の中なら叶うような、そんな世界なんです。」
 あぁ、間違いなくこれは夢だ。なんでも叶うとかよくありそうな設定だ。
「き、来てもらったらきっと少しは楽になると思うんです。千明さん、すごい普段から頑張ってる方だから、僕としても癒してあげたくて……」
 私が黙ってるからか段々とモルテの声は自信なさげになっていた。もしかしたら私がついて行かないと困る理由があるのかもしれない。
「……じゃあ、ついて行こうかな。」
 どうせ夢だし。私にとっても悪くないし、むしろ好きな世界観だし。なにより、同じくらいの歳の弟がいた身としては断るのは心苦しかった。
「ほんとですか!?よかったぁ」
 ほっとしたようにわかりやすく顔をパァっと明るくして、私も釣られて口角が上がりそうになった。
「じゃあ、僕の手、握って貰えますか?」
 そういって差し出された手を私は躊躇いもなく掴んだ。一回り小さく、冷たい手だった。
「で、目を瞑ってもらって………よし、それじゃあ行きますよ?」
「うん。」
 言われた通り目を瞑って返事をしたら、意識が落ちるような感覚がした。
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