LARGO

ターキン

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1章 リベルタス騒乱

第10話:発作

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―――深夜。
 森の中に響く、拘束された野盗達のうめき声。
そして、街道脇に簡易的に作られたキャンプ。
そこに灯された焚火の横で、暇そうに座り込むラルゴとシャーヴィス。

―――ヒヒィン!

 不意に聞こえた馬の嘶きが、静寂を切り裂く。
それと同時に遠くから、明かりを放ちながら近づいてくる小隊の姿が見える。
より近づくにつれ、明らかとなるその正体。
それは、ノトスギルドがよこした現場検証班であった。
野盗を収容すべく用意された3台の幌馬車。
そして、馬を駆りながらこれを指揮する一人の女性。
それは、紫のシニヨン髪が特徴的なノトスの受付嬢、レイジーであった。
その横にはウィルとアニーの姿もある。

「ラルゴさん!」

 真っ先にシャーヴィスとアニーが駆け寄ってくる。

「ああお前達、よくやってくれた。 詰め所の奴らは丁寧に対応してくれたか?」
「正直最初はあまり取り合ってくれなかったんですが・・・・・・ラルゴさんの名前を出したら、面白いくらい対応が変わってびっくりしました」
「そうか、まあ無事呼び寄せられて良かったぜ」

 そう言いながら俺は、馬上からこちらの様子を窺うレイジーに視線を飛ばした。
レイジーもそれに気づいたのか、ため息をつきながら渋々近づいてくる。

「こんな夜中にわざわざご指名いただきありがとうございます、ラルゴさん。 ご存知ですよね、ノトスギルドは夜10時で閉店ですよ」
「そんな事はわかってる。 それに、嫌われるのがわかってて、わざわざ万年定時上がりのお前を指名すると思うか?」
「はぁ・・・・・・。 とりあえず話を伺いましょうか」

 レイジーはそう言いながら馬を降りると、そのまま拘束した野盗達の元へと歩き出していく。
そして一言、レイジーにしては大きいリアクションで口を開いた。

「あの男は・・・・・・ドニー?」
「ああ、その通り。 こんな所で会う事になるとは思いもしなかっただろ?」
「・・・・・・ええ。 それに、その取り巻きも・・・・・・凄い数ですね。 これは全部ラルゴさん達が?」
「当たり前だろうが。 それにな、今俺が言いたい事・・・・・・お前だって元冒険者なんだから、わからないはずがないよな?」

 受付嬢になる資格は、最低でも銀級以上のキャリアが必要だ。
ギルドマスターのドルフが言うには、レイジーは元金級の受付嬢。
当然、少なからず依頼はこなしてきているはずだ。
故に、この現場を見て何も思うところが無いという事はありえない。
実際そういう反応をしている。

「依頼主は誰だ? 俺がいたから何とかなったものの・・・・・・こんな依頼、銅級に受けさせていいものじゃない!」

 そう怒鳴りつけると、レイジーは丁重に頭を下げだした。

「そうですね・・・・・・ギルドを代表してお詫びさせていただきます」
「お前なぁ、謝って済む問題かよ!?」
「ラルゴさんが言いたいことは重々承知しているつもりです。 これについては、後ほどギルドで調査を進めさせていただきますので・・・・・・それで納得していただけないでしょうか?」
「出来ると思うか? お前ともあろう者が・・・・・・なんでこんな依頼を・・・・・・」
「それは・・・・・・」

 レイジーは一瞬言葉を詰まらせたが、しばらくしてまた言葉を続け始めた。

「マスター・・・・・・ドルフさんが許可したからです」
「ドルフが!?」
「・・・・・・ええ。 その意図するところはわかりませんが・・・・・・彼なら、今回の敵の規模を把握していたとしても不思議ではありません」

 ということは、レイジーもまた何も知らずにこの依頼を発行させられた被害者という事か?
馬鹿みたいに責め立てちまったが・・・・・・今回の責任がドルフにあるのだとしたらまた話は変わってくる。
改めて、ギルドに戻ったらレイジーも交えて話をつけなければならないか。
と、そうこうしている間に、レイジーが連れてきた応援の冒険者達は、拘束したドニー達野盗を馬車に積み終えていた。
2台の馬車はそんなこんなですし詰め状態、残る1台は護衛の冒険者達用だろう。

 そしてレイジーは再度、申し訳なさそうに俺に近づいてきた。

「ラルゴさん、今回の依頼は無事達成として処理させていただきます。 それに加えて、難易度相応の星を上乗せすると共に、追加の報酬も出させてもらいます」
「・・・・・・それで解決する話か? 危うく命を落とすかもしれなかったんだぞ?」
「それはその通りですね、ですが私にできる事はこれが限度です。 金で解決するのが嫌と言うのなら、追加の報酬の件は無かったことにさせていただきますが」
「いや、それとこれとは話が違うだろうが。 まあ、これ以上お前に言ったところでどうしょうもないのも事実だ、落とし所としてはそうせざるを得ないか・・・・・・」

 そう言うと、レイジーはまたも深いため息をついた。

「・・・・・・それにしても、ノトスを去ったドニーが、まさか野盗に落ちぶれているなんて・・・・・・本当に嘆かわしい事です」
「全くそのとおりだ。 こういう奴らのせいで冒険者のイメージが下がるのは、いい加減勘弁願いたい」 
「ええ、本当に。 皆が皆ラルゴさんのような冒険者なら、私もこんな思いをしないで済んだのに・・・・・・」

 レイジーは意味深にそう呟いた。
まあこんな夜遅くに呼び出されちゃ、誰だってそう思うのも無理はない。
今後こんな事は起こらないで欲しいものだが・・・・・・。

「おっとそういえば・・・・・・達成のお墨付きをもらったはいいが、野盗共の拠点をまだ見つけられてない。 まだ賊が他に残ってないとも言い切れんぞ」
「ラルゴさん・・・・・・流石にこれ以上の消耗は、教え子達に取っても荷が重いかと」

 そう言うレイジーの言う視線の先、3人は酷く疲弊している。
なんだかんだ、ほぼ休みなしで昼から動きっぱなしだったからな、無理もない。

「そうだな・・・・・・元はと言えば今日中に終わらせられる依頼という話だったしな・・・・・・大人しく引き上げるとしよう」
「はい。 依頼主と拠点の調査は、こちらで改めて行わせていただきますので」
「ああ、それについては入念に頼むぞ」
「ええ。 それに、明日からもラルゴさん達にはこなして頂きたい依頼がたくさんありますので」
「ん? どういうことだ?」
「フレッチャー卿のはからいで、アンビション宛ての特命依頼がたくさん届いているんですよ」
「チィ・・・・・・・これだから貴族って奴は!」

 レイジーとの話もそこそこに、俺達は西部森林を去った。
帰路は何事もなく、驚くほどスムーズにノトスへ到着。
そして、報酬は当初の倍の金貨20枚。
こんな田舎では考えられない程に高い報酬である。
貴族のシャーヴィスにはイマイチ価値がわからなかったようだが、ウィルとアニーは驚きで腰を抜かしていたほどだ。
これでは二人の依頼の報酬が霞んでしまうが・・・・・・まあ、冒険者を続けていればそういうこともままある。
ただ、デビュー初日で味わうにしては些か濃すぎるが・・・・・・。

 そんなこんなで、俺達の激動の一日はやっと終わりを告げた。

「お疲れ様でした!!!」
「ああ、お疲れ。 ゆっくり休めよ」

 シャーヴィス達はギルドの下の通りにある冒険者寮の部屋を間借りしているらしく、報酬の分配を終えると、とてもくたくたな様子で帰っていった。
俺はそれを一人見送りると、そのままとぼとぼと家路につく。
目指すはノトスの南の区画にある寂れた我が家だ。

「・・・・・・」

 暗い夜道を一人で歩いているせいからか、否が応でも神経が研ぎ澄まされてしまう。
半端に舗装された石畳の路を歩きながら、つい何度も周囲を振り返ってしまった。

「気のせいか?」

 戦いの高揚が未だに覚めないせいか、どうにも視線を感じている気がしてならない。
こんな俺に用があるくらいだから、いつぞやのお礼参りだろうか。
しかしいくら待てども、姿を現すことはなかった。
そもそも、そんなものは最初からいなかったのだ。
或いは、猫や海鳥の視線に過敏に反応しちまっているか、何にせよ・・・・・・特に何かが起こるということはなかった。

 そんなこんなで俺は、南区画の端にある我が家へと辿り着く。

「はぁ・・・・・・流石に一日に詰め込みすぎたな・・・・・・。 明日からは少しペースを見直そう・・・・・・ん?」

 家に着くやいなや、郵便受けに入っている一枚の便箋に目が行った。
それをそっと取り出すと、丁寧に封がされていることがわかる。

「またか・・・・・・」

 封を開けずとも、その差出人はわかっていた。
そもそも、好き好んで俺に手紙を送りつける奴なんてのは一人しかいない。

「・・・・・・今回のはいつぶりだったろうか」

 僅かに震える手で、見慣れた封を開ける。
そこにはいつもどおり、見慣れた綺麗な字体で、とても丁寧に書かれた手紙が入っていた。

―――ラルゴへ。
 元気でやっているかしら?
心配性なあなたのことだから、私たちに何かあったんじゃないか気になって夜もまともに眠れないんじゃない?
でも安心して、私もカーラもケヴィンも、元気すぎるくらいに元気だから。
それと今回の手紙だけど、少し遅くなってしまってごめんなさい。
こなす仕事が多すぎて、満足に手紙を書く暇もなかったわ。
でも安心して、私達もようやく落ち着いてきたところだから。
また以前と同じペースで手紙を送れると思うわ、楽しみにしていてね。

 それでね、私たちは今、東部モナー領・クリニエールのギルドで活動しているわ。
気が向いたらでいいから、たまにはあなたの返事も聞かせてちょうだい。
皆待ってるから。
ラスターのネリー・ファーレンハイトより。

「・・・・・・」

 俺は黙って私室へ戻ると、革製のレターケースファイルの一番後ろに手紙をしまった。
手紙の数は・・・・・・今回ので、記念すべき50枚目。
この間、俺が返事を書いたことは一度もない。
にも関わらず、週に1度、遅くても月に1度は似たような内容の手紙が届いてくる。

 差出人に自覚はないかもしれないが、はっきり言ってこれは重度のストーカーだ。
まあそれをこうして大事にしまっている俺も俺か・・・・・・。
しかし、毎回毎回こんなもん送られて、一体なんて返事しろというのか。
・・・・・・いや、あの3人の面倒を任されたことくらいは書けなくもないか・・・・・・。

 そう思い立ってすぐに、俺は机の上にまっさらな便箋を置き、羽ペンとインクを用意する。
そして何をどう伝えようか、腕を組みながら頭の中でじっくりと整理していく・・・・・・。
が、結局手はそれ以上動くことはなかった。
つまらない意地なのだろうが、今更返事を出そうという気にはなれなかったのだ。
正直、いい加減忘れてもらいたい。
いくら思い返したところで、過去の輝かしい日々には戻れないのだから。
それに、時が経てば自然と手紙も送られなくなるだろう。
・・・・・・それはそれで、何か物寂しい気もしなくもないが・・・・・・。

「ああ・・・・・・スッとしねえ!」

 俺は余計な考えを振り払うように着ていた装備を脱ぎ去り、そのままだだっ広い浴室へと入った。
そうして蛇口を捻ると、シャワーから冷たい水が湧き出してくる。

―――サーッ

 静かな浴室に、ただ水が滴り落ちる音だけが響き渡っている。
ただ無心で冷水シャワーを浴び続けていると、ふと傷つけられた左腕に水が沁み渡った。
それがひりひりと痛みだすと共に、戻れない過去の思い出が少しずつ蘇ってくる。

「もう・・・・・・うんざりだ・・・・・・」

 この1年半、俺はノトスで冒険者を何事もなくやってこれていた。
・・・・・・そう思いたかった・・・・・・。
だが、さっきの戦いで改めて思い知らされた。

 今までの経験上、恐らくだが俺はある程度魔力の強い存在を前にすると身体に不調をきたしてしまう。
それは心臓の動悸から始まり、耳鳴り、視界の明滅、果ては気絶するくらいにその症状は重い。
・・・・・・そして遂に、今まで鳴りを潜めていたあの発作が起こってしまった。
あの酷く落ちぶれたドニーを前にして心臓の動悸だ。
おかげで戦闘中ずっと息苦しくて仕方なかった。
まあその程度で済んだのは不幸中の幸いかもしれないが、シャーヴィスには戦いの駆け引きと誤解される始末。
これが嫌で俺はノトスに活動地点を限定しているというのに、まさか銅級の依頼でこんな事を味わう事になるとは思いもしなかった。

 3人の面倒を見るにあたって、何度もこの話をするべきか考えた。
命を預かる以上、個々の身体状況を知っておくのは必要なことだからな。
だが・・・・・・結論として俺は伝えないことを選んだ。
無敵の師匠を演じていたい・・・・・・というよりは、余計な心配をかけさせたくないからだ。
それに、ギルドマスターのドルフはこの問題をよく理解していてくれた。
だからこそ俺はノトスで気兼ねなく依頼に臨めていたというのに・・・・・・。
あんな依頼を許可していたと知っては、最早奴を信じろという方が無理な話だ。

―――悔しい。
ただひたすらに。
依然として、根本的な原因も解決策も何もわからない。
いや、そんなものは世界中のどこにもないのだ。
そう思わなければ、やっていられなかった。
可能性の無い夢など見ない方がいい。
俺はノトスでそこそこやれている・・・・・・それでいいじゃないか。

「・・・・・・クソッ!」

 もやもやをはらうように、強く壁に頭を打つ。
パキリと、新調したばかりのタイルが割れる音がした。
そこに痛みはなく、ただ額を伝う赤い血が冷たい水と共に流されていく。
俺はただ、それを呆然と眺めていた。
そして、ぽろぽろと崩れ落ちるタイルの破片。
それを見て俺は、ハッと我に返った。

「おっといかんな! ・・・・・・俺がこんな調子では、あいつらに余計な心配をかけさせちまう。 何事も平常心だ、平常心!」

 今回の発作だって、たまたま不幸が折り重なっただけの産物に過ぎない。
だからそうそう起こる事などありえない。
そんな不安にとらわれるな。
俺はあいつらが一人前になるまで面倒を見てやらねばいけないのだ。
それが今の俺にできる最大限、そして唯一の仕事なのだから・・・・・・。

 心機一転、蛇口を止めて浴室を出る。
そのまま、心のゴミを消し去るように分厚いタオルで身体を拭い、私室にある整えたベッドの上に勢いよく飛び込んだ。

 さあ、明日もこなすべき依頼が待っている。
ドルフにだって、問い詰めなきゃならない事ができたしな。
あいつらが理不尽に晒されないよう、まずはギルドのいい加減な部分を是正する。
前線を張れないというのなら、そういった方法で支援する道だってあるはずだ。
冒険者としての生き方は決して一つじゃない。
肝心なのは、冒険者を続けること。

―――ただそれだけが、今の俺を支える唯一の矜持だった。
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