LARGO

ターキン

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1章 リベルタス騒乱

第11話:思念の力

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―――翌日、俺はレイジーから今回の依頼の詳細を聞き出すことに成功した。
先日の野盗の拠点の調査は、レイジー推薦の銀級冒険者パーティに引き継がれたらしい。
そして肝心の依頼主だが、そいつは王都西部・ケメン領の名も知れぬ旅商人だったそうだ。
ノトス西部の森林は物資の輸送ルートであり、実際に件の野盗の被害にあって討伐を依頼したそうだが・・・・・・正直いって胡散臭いと言わざるを得ない。
更にこいつは先着式の依頼であり、以前にも俺たち以外の冒険者が討伐に赴いていたらしいがその行方は不明。
にも拘わらず難易度は銅級向けのまま。
先着式と言う事で、ギルドの管理者以外には受けた本人達にしかこの依頼を知る術はない。
そしてそいつらも帰ってきていないのだから、本来なら明るみになるはずはなかった。
今回たまたま受けたのが俺達でなければ、尚も冒険者達がいたずらに命を落とし続けていただろう。
そしてレイジーは、一体どんな気持ちでこの依頼を受ける者達を送り出していたのだろうか。
考えれば考える程、疑問が後を絶たなかった。

 俺はドルフに直談判するべくギルドに殴りこんだが、生憎今はマルレーン領に出張しているらしい。
更には、帰還の目途も立たないとのこと。
いくらなんでもタイミングが良すぎる、ドルフの野郎・・・・・・ますますきな臭くなってきやがった。
しかし現状ではこれ以上俺に打てる手はない。
ドルフの件は一旦保留とし、レイジーの宣言通り大量に来ていたアンビション宛ての特命依頼をこなすこととした。
が、その前に真っ先にやっておかなければならないことがある。

「今日はお前たちに、魔法の話をしようと思う」

 ノトスの訓練場の隅で、俺は木の枝を片手に講師の真似事をする。
そんな俺の前で、3人は椅子代わりの切り株に座りながら真剣に耳を傾けていた。
そしてその中で、真っ先に口を開いたのはウィルだった。

「ラルゴさん・・・・・・俺・・・・・・」

 ウィルは一人、苦虫を潰したような表情をしている。
それも仕方のない話だ。
魔力無しという類稀なる才能・・・・・・しかしそれは、周りの殆どの者が当たり前のように持っているものを備えていないことに他ならない。
ウィルの苦悩は計り知れない物だろう。
だからこそ、猶更今回この話をする機会を設けたのだ。

「ウィル、歯痒いのはわかる・・・・・・だが必要な話だ。 今から俺がするのは、魔法を使える使えないという話じゃない」
「というと・・・・・・?」
「簡単な原理の話だ。 魔法はどのように使われ、そしてそれを使う者がどういう考えを持ってこれを行使するか、謂わば戦闘における駆け引きの話をする」
「は、はい!!!」

 話の概要を説明すると、3人は快く返事を返してくる。
その中でも、特にシャーヴィスがより意欲的な眼差しを見せていた。
 
「いいか? まず最初に、良き冒険者というのは常に先入観に囚われず、様々な可能性を考慮しながら行動しなければならない。 依頼の選択から戦闘、はては日常会話まで、だ。 絶対にこうなる! という固定観念に囚われると、いつか足元を掬われる」
「はい・・・・・・」

 3人は若干、容量を得ないといった表情を浮かべていた。

「魔法だって同じだ。 これは奴の・・・・・・ドルフの受け売りだが、あいつは冒険者にとって、なによりも大事なのはだと言っていた」
「知見・・・・・・ですか?」
「そう。 ただしそれは人伝の話だけじゃ駄目だ。 自分が実際に聴いて、観て、考える。 良き冒険者になる一番の近道はこれの繰り返しだってな」
「なるほど・・・・・・」
「前置きが長くなったな。 ということで改めて、魔法の話をしていこうと思う」

 俺は訓練場の土に大きく簡単な図を描いていく。

「まず魔力とは何か? これは、俺たちの殆どが生まれ持っている力だ。 その力が強ければ強い程、強力な魔法を行使できるし、物理的な力も強くなる。 そしてこの魔力は、俺たちの心臓から生み出されているというのが王都魔法学院の見解だ」
「へ、へぇ~・・・・・・」
「まあ口で言うよりやってみた方がわかりやすいだろう。 てことで、ウィルとアニーの二人で押し合いをしてみろ。 先に足をずらした方の負けだ」
「え、えぇ・・・・・・」

 若干困惑しつつも、アニーとウィルは立ち上がる。
そうして向かい合うと、ゆっくりと手を組み合わせた。

「では、はじめ!」

 俺の合図と共に、二人が力を込め始める。

「う~~~、ぬぐぐぐぐぐ!」

 激しく力を入れ合う二人。
しかし、その勝負が終わるのはあっという間だった。

「・・・・・・オリャッ!」
「ひんっ!」

 アニーが姿勢を崩しながら尻もちをつく。

「そこまで! 勝者、ウィル!」

 結果は、僅かな押し合いの末にウィルが圧勝。

「よ、よっしゃ」
「え・・・・・・えー・・・・・・?」

 あまり嬉しくなさそうにガッツポーズを取るウィル。
対して、まるで話の前提が合わないとばかりにアニーが俺に視線を向けてくる。

「よくわかったか? 戦いにおいて、必ずしも魔力の総量が決定的な差にはなり得ないという事が」
「す、すいません・・・・・・よくわかんないです」
「無理もない。 ではなぜ、アニーが魔力なしのウィルに負けたのか、原因は幾つかあるが・・・・・・シャーヴィス、何だと思う?」
「は、はい! ウィルが日々の鍛錬を欠かさず行っているから・・・・・・でしょうか?」

 突然話を振られたにも拘わらず、シャーヴィスは自信ありげに答えた。

「まあ正解の一つだ。 魔力がないったって身体は鍛えれば強くなる。 今回の結果は、ウィルの普段の特訓が無駄じゃない事の証左でもあるわけだ」
「おお・・・・・・」

 それを聞いてウィルは嬉しそうにウィルは笑みを浮かべる。
逆にアニーは不服そうに言葉を放ってきた。

「それじゃまるで、私が普段から何もしてないみたいじゃないですか!」
「まあそう怒るな。 鍛錬ったって方向性ってものがあるだろう? ウィルは斥候と必要な能力を、アニーは魔法使いとして必要な能力を伸ばしてきたはずだ。 その場その場でそれが活きる、活きないといった場面は必ず出てくる」
「そ、そうですね・・・・・・」
「それにな、俺は3人の中で一番魔力が高いのは・・・・・・他ならぬアニーだと確信している」
「えっ・・・・・・そんないきなり褒められたら照れちゃいますよ・・・・・・」

 そう言ってアニーは照れ臭そうにもじもじしだした。
ウィルとシャーヴィスは何も言わずにそんなアニーを見つめている。 

「次に他のアニーの敗因だが・・・・・・魔力の操作を上手く体得できていない・・・・・・一番はこれだろうな」
「そ、それは認めますけど・・・・・・」
「魔法は練って射出するのが全てじゃない。 使いようによっては、身体能力の向上にだって転用できる。 俺みたいに格闘術と組み合わせて使うのは稀有な例かもしれないが、それを専門とする流派だってない事はないんだぜ?」
「な、なるほど! ラルゴさんはそのような流派の元で修行を積んだのですね!」
「いや、俺のは我流だが・・・・・・」

 そう言うと、またも3人はがくりと肩を落とした。

「まあなんだ、人によって射出魔法が得意だとか、体内に循環させるのが得意だとか色々あるっちゃあるんだが、こいつも実際にやるのが一番早い。 てことでだアニー、そこの訓練用の木人に向かってファイアボールを撃ってくれないか?」
「は、はい! それなら!」

 アニーは張り切りながら赤い魔力を漲らせると、それを樫のロッドの先端に収束させていく。
そのままアニーが木人目掛けてロッドを勢いよく突き出すと同時に、巨大な火球を放った。
放たれた巨大な火球は周囲の空気を巻き込みながら、訓練用の木人目掛けて勢いよく突き進んでいく。
そのままそれを呑み込むと、瞬く間に消し炭へと変えてしまった。
同時に、遠巻きにこれを見ていた冒険者達が派手にどよめいたのがわかる。

「えっへん! どうでしょう!」
「相変わらず凄い威力だな。 とても下級冒険者の放つ魔法だとは思えない」
「えへへ~そんな褒められたら困っちゃいます~」

 アニーは余程嬉しいのか、身体をくねらせながら小躍りしている。

「それでその魔法、どこで覚えた?」

 その問いに対し、アニーは自信無さげに答えた。

「えと・・・・・・独学ですけど・・・・・・」
「だろうな。 いいかアニー、お前がファイアボールと思って撃ってるものは、だ」
「ファイヤーキャノン?」

 俺は懐から自前の魔法教本を取り出した。
と言っても、ガキの頃に家の本棚を漁った時に見つけたもの。
今となっては大分型落ちではある。
それでも、今回アニーが使った魔法についてはしっかりと記述が残されている
そして俺は、本来のファイアボールの記されたページを3人に見せた。

「えぇ・・・・・・全然思ってたのと違う・・・・・・なんていうか、その・・・・・・小さいんですね・・・・・・」
「ああ。 ファイアボールっていうのは本来何発も撃てる燃費の良さが売りだ。 一撃の威力に特化したファイヤーキャノンとはまるで用途が異なる。 ではこれを踏まえて、もう一度やってみてくれ」
「は、はい!」

 言って、アニーが赤い再び赤い魔力をロッドへと込めていく。

「う~ん・・・・・・えいっ!」

 俺の教えも空しく、アニーは再び再び巨大な火球を放って木人を焼き尽くしてしまった。
それだけ、この撃ち方が癖として沁みついてしまっている。
まあ無理もない、人間成功例をひたすら反復して覚えていくものなのだから、それだけアニーはファイアボールと勘違いしたこの魔法を撃てるよう鍛錬してきたということなのだろう。
だがこのままでは、アニーはファイヤーキャノンを極めただけの魔法使いに留まってしまう。

「アニー・・・・・・ファイヤーキャノンを撃てとは言ってないぞ」
「ご、ごめんなさい・・・・・・つい癖で・・・・・・」

 消費の思い魔法を2発も撃ったせいで、アニーはぜぇぜぇと息を切らしている。

「ズバリ、魔法使いの資質とは何か。 それは魔力の総量と、精密な魔力操作、そしてそれを行うスピードの3点だ」
「は、はぇー・・・・・・」
「はぇーって・・・・・・お前たちの師匠はそんな事も教えてくれなかったのか?」
「ロイエンタール先生は魔法に関してはからっきしだったもので・・・・・・」
「そうか・・・・・・てーと、魔力の見分け方は?」
「ごめんなさい、そもそも魔法を使われるといった経験がなかったもので・・・・・・」
「ああ・・・・・・」

 まあ、あれだけの戦闘技術を仕込んだんだ、魔法までってのは些か贅沢が過ぎるか。
確かに平和に暮らしているだけなら、普段魔法なんて見る機会がないかもしれないしな・・・・・・。
これは文化の違い・・・・・・というよりは境遇の違いだろうか。
元より魔法使いになる奴だって、冒険者の中でも5人に一人くらいの割合だしな、そう考えるとしっくりくる。

「魔力の見分け方ってのは主に相手の魔力量の目算と、その性質を掴むことだ。 ちなみに魔力の色はその特性を表している。 赤色は火、緑は風、黄は土、青系は水、と、ざっくり4つだ」
「なるほど・・・・・・勉強になります」

 こんな事を1から教えねばならんとは、なんとももどかしい。
いくらおおっぴらに魔法を普及していないとはいえ・・・・・・これくらいの共通認識は欲しいところだ。

「次だ。 魔力は、俺たちの思念がある程度形になったものだと考えられている。 例えば―――」

 俺は掌に込めた魔力を、発火させて見せた。

「わぁっ!」
「今見せたのは元素魔法。 またの名を、精霊魔法と言う」
「精霊・・・・・・魔法?」
「ああ。 元素魔法は本来、魔力を念じた通りに精霊に変換してもらうことを指す」
「あの・・・・・・精霊っていうのは?」
「この世界を構成する一部のような存在だと言われている。 しかも、意思を持っているらしい」
「い、意思!?」
「ああ。 例えば、腹が減ったら飯を食べなきゃって思うだろ? それと同じように、そこに思念を込められた魔力があるのなら、その通りに変換しなければ! と、精霊はそう考えるらしい」
「そ、そうなんですか・・・・・・」
「つまり、精霊が変換しやすいよう、より効率的に魔力を練るのが精霊魔法というわけだ」
「そうだったんですね・・・・・・私はてっきり、自分の思いの力なのかと思っていました」
「考え方的にはそれでいいんだ。 変に難しく考えて想像力を欠いては元も子もないからな。 ただ、思念の力っていうのは個人差がある。 本人が想像もできないことはそもそも魔力として練れないし、逆も然りだ。 この程度の力と思念を込めても、精霊の解釈次第では凄まじい力で出力されることだってある。 つまりだ、アニーのファイヤーキャノンは、この思念を込める段階から間違えているというわけだ」
「な、なるほど! じゃあ、私がもっと弱めに思念を込めれば!」
「そういうことだ。 それじゃ、今の話を踏まえてもう一度やってみろ」
「はい!」

 そう言ってアニーは張り切って魔力を練り上げていく。
ロッドに込められる赤い魔力が、気持ちさっきのよりは小さいく感じられる。

「ファ、ファイアボール!」

 言葉と同時に杖の先端から火球が放たれ、木人が炎上する。
先程のファイヤーキャノンよりは目に見えて小さくなったが、それでも普通のファイアボールに比べれば大きい。
それだけ、普段からアニーの思念は精霊に拡大解釈されていると考えられるだろう。

「ど、どうですか!?」
「消し炭にはならなかったが・・・・・・まあ、イメージとしてはそんな感じだ。 負担もさっきより少なかったんじゃないか?」
「た、確かに・・・・・・気持ち身体が楽なような・・・・・・」
「精霊は思念を変換する時に、使用者から魔力を頂戴していくんだ。 だから思念が弱くなればその分魔法もたくさん撃てる。 アニーの当分の課題は、思念の出力の匙加減を覚えることだな」
「が、がんばります!」

 そう鼻を鳴らすアニーだったが、幾度も大魔法を放ったせいか大分疲れてしまっていた。

「じゃあ次はシャーヴィスの番だな」
「僕ですか? 僕はラルゴさん達みたいに魔力を生成したりできないですが・・・・・・」
「そうだな、一朝一夕でできるようになるもんじゃないし、そもそもできる奴の方が少ないさ。 ウィル、あれは持ってきているか?」
「は、はい・・・・・・ここに」

 そう言ってウィルは背中から、ドニーが使っていた呪いの長刀、"鈍刀・牛歩"(命名俺)を取り出して見せた。

「そいつを少し、シャーヴィスに預けてくれないか」
「ラルゴさんがそう言うなら・・・・・・」

 ウィルは渋々、シャーヴィスに牛歩を受け渡した。
シャーヴィスもよくわからないと言った様子でこれを受け取ると、不思議そうに目を通していく。

「この刀の刃には、思念と精霊が最初からセットで籠められている。 恐らくは高名な鍛冶師の作品の1つだろう。 そして、お前も体感しただろう? この牛歩に籠められたのは鈍化の呪い・・・・・・いわば魔法の一種だ。 このように能力を付加された武器を総称して、俺たちは付与武器エンチャントウェポンと呼んでいる」
「エンチャント・・・・・・ウェポン・・・・・・」
「そしてだ。 こいつの呪いを食らってから元に戻るまでの時間が、魔力に対する抵抗力の強さということになる。 シャーヴィス、ウィルに対してこいつを当ててみてくれ」
「なっ!? 魔力無しの俺に? 冗談でしょラルゴさん!?」
「使う得物の強さを自分が知らないでどうする? なに、ノトスには優秀な教会もある、後遺症の心配はしないで大丈夫だ」

 そう言うと、シャーヴィスはやんわりと牛歩を構える。

「ということらしい・・・・・・。 ウィル、覚悟!」
「ま、待てシャーヴィッ・・・・・・」

 コツンと、ウィルに対して牛歩で峰打ちを行うシャーヴィス。
結果、すぐさまウィルは鈍化した。
速さは普段の4分の1程度、その一挙手一投足が止まって見える程だ。
しかもそれでいて1分以上も効果が持続している。

「魔力抵抗が低いと、こんなにも長い時間隙を晒すことになるんだ。 シャーヴィスの時はどれくらい効果が続いていたか覚えているか?」
「はっきりとは思い出せないですが・・・・・・20秒・・・・・・くらいでしょうか?」
「それがシャーヴィスの魔力抵抗力だ。 基準がわからんから強いとも言い切れんが・・・・・・」
「ラルゴさんに至っては効いていませんでしたしね・・・・・・」

 と話していると、やっとウィルの呪いがとけたらしい。
解放されたウィルは、汗を垂らしながら派手に息を切らしていた。

「ぜぇ・・・・・・ぜぇ・・・・・・この刀・・・・・・こんな恐ろしいものだとは・・・・・・」
「そういうことだ、大事にしろよウィル。 持ち前の魔力が低くたって、付与武器を駆使できれば他の冒険者にだって引けを取らない。 後は使い手の膂力の問題だ」
「あ・・・・・・ありがとうございます・・・・・・でも、これって別に、誰にでも使えるんですよね?」
「まあ、使い手を選ばないのが付与武器の優れた利点の1つだからな。 そこは臨機応変に使い分けろよ?」
「はぁ・・・・・・ますます自信無くなってきました・・・・・・」

 そう言ってウィルは残念そうに肩を落とした。

「そうしょげるなよウィル。 適材適所という言葉がある、お前の特性は斥候をするにあたっては天性のものだ。 故にこのパーティではお前にしかできない仕事だ、誇りを持っていい」
「そ、そうですよね! ありがとうございます!」
「ああ。 それじゃ、これらの話を踏まえて依頼に行くぞ」

 朝一の座学を終え、依頼を受けるべくギルドの受付へと向かう
待ち受けるのは、アンビション宛ての特命依頼の山。
最初に目指すは、銀級冒険者への昇格。
今はただ、その目標に向かって邁進するのみだ。
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