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―第1章:リベルタス騒乱―
第2話:潮騒の町
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潮風が吹き抜ける宿屋の一室で、俺は目を覚ました。
天井の染みと、潮と埃の混ざった匂い。ここが今日からの寝床だ。
世間的には「神聖冒涜者」の烙印を押された身。
ギルド宿に部屋など借りられるはずもなく、町はずれのボロ宿で夜を明かした。
……ま、屋根と飯があるだけマシだ。贅沢を言える立場じゃない。
支度を済ませ、宿の爺さんに一声かけると、朝一番でギルドへ向かった。
――目論見通り、一番乗り。
港町ノトスのギルドは潮風で古び、冒険者たちのやる気もすっかり潮と一緒に流されたようだ。
中には受付嬢が一人。俺を見るなり、ピクリと眉を動かす。
「……おはようございます」
「よう、レイジー。さっそくだが、依頼を一つ受けさせてもらおうか」
掲示板の一枚を指差す。
――銀級冒険者パーティの行方不明調査、報酬五十万ガルド。
破格の額。再起を狙うにはうってつけの依頼だ。
「残念ですが……」
そう言ってレイジーは静かに首を振った
「ラルゴさんには資格がありません。この依頼は銀級以上、もしくは四人以上のパーティ限定です」
「俺は金級だった。実力なら申し分ないだろう」
「“元”、ですよね?」
言葉が刺さる。
今まで、どれほど肩書きに守られていたのか。
だが、落ちたならまた登ればいい。それだけの話だ。
そうしている間にも、レイジーは新しい依頼票を何枚も貼っていく。
徐々にギルドが賑わいはじめ、冒険者たちのざわめきが広がった。
俺の顔を見るなり――
「うわ……」
「近寄るなよ、神聖冒涜者」
予想通りの反応だ。
だが、下を向いている暇はない。冤罪だろうと、失った信用は自分で取り戻すしかない。
「俺をパーティに入れてくれ。共に、行方不明の冒険者を探そう」
「依頼を餌に襲う気か?」
「もう四人いるんで」
……ま、そうなるわな。
「ギルドの誰も俺を見ようとしなかった。だが、忘れねぇよ。お前ら全員の、その目を」
結局その日、誰一人として俺と組もうとする者はいなかった。
だが、仕事自体はある。
誰も受けたがらない安くて危険な依頼なら、いくらでも余っている。
港の清掃。下水の処理。ゴミ回収に焼却窯の掃除――。
もはや剣より、モップを握る時間の方が長い。
中には依頼に記載されていない危険物の分別や、下水に紛れた魔物の処理まで、手当なしで行わされた事も少なくなくなかった。
こんなものを駆け出しの冒険者がやらされれば、一瞬で転職を考えられるだろう。
そんな日々を繰り返してるうちに、塩と腐敗の臭いが染みついて、気づけば自分の皮膚の匂いもわからなくなっていた。
二週間後。
通常の冒険者が二週間でこなせるのはせいぜい十四件、それを俺は三倍やった。
こうして依頼達成の功績は、ようやく銅級へと辿り着くに至った。
――昇格を果たした俺は華々しくギルドの扉を開き、冒険者達の前に躍り出る。
扉が開くと同時にカランと音を立てる看板の音が、新たな銅級冒険者の誕生を祝福しているようだ。
「うわ……」
「臭いんだよ、近寄るな」
……祝福、じゃなかったらしい。
冒険者たちはどいつもこいつも、相も変わらず俺を忌み嫌っている。
ただ違うのは――神聖冒涜者に“ゴミ”の肩書きまで付いた分、視線がさらに刺さるようになったことだ。
「大丈夫、あなたの努力はきちんと評価されていますから」
ふとカウンターに視線を移すと、心なしかレイジーが微笑んでいるような気がする。
腐りかけていた心に、ふと熱い何かが沸き上がった。
しかし、そう感慨に耽っているのも僅か――
「憤ッ!!」
怒鳴り声が天井を突き抜けた。
思わず肩が跳ねる。空気が一瞬で凍りついた。
ギルド内が一瞬で静まり返る。視線が一斉に上へ――。
階段を軋ませながら、巨躯の中年がゆっくりと降りてきた。
鋭い目つき。厚い胸板。体中に刻まれた古傷。
「貴様がラルゴか」
重い声が、床まで響いた。
「まずは昇格おめでとうと言っておこう。……ここの連中は、礼儀を忘れちまったようだからな」
「そりゃどうも。で、あんた誰だ?」
その瞬間、ギルド全体の空気が変わった。
誰かが息を呑む音。木の床が軋む音。
「……貴様、ギルドマスターの顔も知らんのか!」
――ドゴォッ!
拳が見えた瞬間には、俺の体は宙を舞っていた。
重く、速い。まるで人間の拳じゃない。
背中から地面に叩きつけられ、肺の空気が一気に抜ける。
周囲がざわめき、レイジーの声が飛んだ。
「この方はドルフさん。南部ギルド全体を統括しておられる方です」
「……そりゃまた、偉い人で」
俺が苦笑すると、ドルフは鼻を鳴らした。
ゆっくりと身体を起こす俺をよそに、レイジーが静かに言い放った。
「マスター、少々やりすぎでは?」
「ワハハ、元金級の力がどれ程かと気になってな、つい手が出てしまった」
マスターは白髪交じりの髪をかき上げ、俺を睨みつけた。
「見込み違いではなさそうだ。明日、俺の部屋に来い」
「“来い”ってのはそういう意味か?」
一瞬、空気が歪んだ。
ドルフの目が鋭く光る。
「くだらん冗談は嫌いだ。依頼が欲しいなら、真面目に来い」
「……了解」
ドルフは背を向け、階段を上がっていった。
残された冒険者たちの視線が、再び俺に集まる。
「おーおー、ゴミ犯罪者がマスターに呼ばれてやがる。どんな地獄に放り込まれるんだ?」
銀級らしき男が下卑た笑いをあげる。
取り巻きの笑い声が、潮風に乗って耳に刺さる。
「ったく、不愉快な連中だな」
「……でしょう? まったく、忌々しい」
レイジーがぽつりと呟いた。
心なしかその言葉は、今までのレイジーの中で一番感情がこもっている気がした。
「失礼、なんでもありません。ではラルゴさん、マスターの期待に応えられるよう頑張ってくださいね」
「あ、ああ……」
ギルドを後にする。
潮風が、どこか懐かしい匂いを運んでいた。
――ふと、掲示板に目をやる。
そこには、まだあの日と同じ依頼が貼られていた。
『当ギルド所属・銀級パーティ行方不明。
捜索者求ム。
報酬:50万ガルド』
依頼書が、潮風に揺れた。
まるで、俺の再出発を待っているかのように。
天井の染みと、潮と埃の混ざった匂い。ここが今日からの寝床だ。
世間的には「神聖冒涜者」の烙印を押された身。
ギルド宿に部屋など借りられるはずもなく、町はずれのボロ宿で夜を明かした。
……ま、屋根と飯があるだけマシだ。贅沢を言える立場じゃない。
支度を済ませ、宿の爺さんに一声かけると、朝一番でギルドへ向かった。
――目論見通り、一番乗り。
港町ノトスのギルドは潮風で古び、冒険者たちのやる気もすっかり潮と一緒に流されたようだ。
中には受付嬢が一人。俺を見るなり、ピクリと眉を動かす。
「……おはようございます」
「よう、レイジー。さっそくだが、依頼を一つ受けさせてもらおうか」
掲示板の一枚を指差す。
――銀級冒険者パーティの行方不明調査、報酬五十万ガルド。
破格の額。再起を狙うにはうってつけの依頼だ。
「残念ですが……」
そう言ってレイジーは静かに首を振った
「ラルゴさんには資格がありません。この依頼は銀級以上、もしくは四人以上のパーティ限定です」
「俺は金級だった。実力なら申し分ないだろう」
「“元”、ですよね?」
言葉が刺さる。
今まで、どれほど肩書きに守られていたのか。
だが、落ちたならまた登ればいい。それだけの話だ。
そうしている間にも、レイジーは新しい依頼票を何枚も貼っていく。
徐々にギルドが賑わいはじめ、冒険者たちのざわめきが広がった。
俺の顔を見るなり――
「うわ……」
「近寄るなよ、神聖冒涜者」
予想通りの反応だ。
だが、下を向いている暇はない。冤罪だろうと、失った信用は自分で取り戻すしかない。
「俺をパーティに入れてくれ。共に、行方不明の冒険者を探そう」
「依頼を餌に襲う気か?」
「もう四人いるんで」
……ま、そうなるわな。
「ギルドの誰も俺を見ようとしなかった。だが、忘れねぇよ。お前ら全員の、その目を」
結局その日、誰一人として俺と組もうとする者はいなかった。
だが、仕事自体はある。
誰も受けたがらない安くて危険な依頼なら、いくらでも余っている。
港の清掃。下水の処理。ゴミ回収に焼却窯の掃除――。
もはや剣より、モップを握る時間の方が長い。
中には依頼に記載されていない危険物の分別や、下水に紛れた魔物の処理まで、手当なしで行わされた事も少なくなくなかった。
こんなものを駆け出しの冒険者がやらされれば、一瞬で転職を考えられるだろう。
そんな日々を繰り返してるうちに、塩と腐敗の臭いが染みついて、気づけば自分の皮膚の匂いもわからなくなっていた。
二週間後。
通常の冒険者が二週間でこなせるのはせいぜい十四件、それを俺は三倍やった。
こうして依頼達成の功績は、ようやく銅級へと辿り着くに至った。
――昇格を果たした俺は華々しくギルドの扉を開き、冒険者達の前に躍り出る。
扉が開くと同時にカランと音を立てる看板の音が、新たな銅級冒険者の誕生を祝福しているようだ。
「うわ……」
「臭いんだよ、近寄るな」
……祝福、じゃなかったらしい。
冒険者たちはどいつもこいつも、相も変わらず俺を忌み嫌っている。
ただ違うのは――神聖冒涜者に“ゴミ”の肩書きまで付いた分、視線がさらに刺さるようになったことだ。
「大丈夫、あなたの努力はきちんと評価されていますから」
ふとカウンターに視線を移すと、心なしかレイジーが微笑んでいるような気がする。
腐りかけていた心に、ふと熱い何かが沸き上がった。
しかし、そう感慨に耽っているのも僅か――
「憤ッ!!」
怒鳴り声が天井を突き抜けた。
思わず肩が跳ねる。空気が一瞬で凍りついた。
ギルド内が一瞬で静まり返る。視線が一斉に上へ――。
階段を軋ませながら、巨躯の中年がゆっくりと降りてきた。
鋭い目つき。厚い胸板。体中に刻まれた古傷。
「貴様がラルゴか」
重い声が、床まで響いた。
「まずは昇格おめでとうと言っておこう。……ここの連中は、礼儀を忘れちまったようだからな」
「そりゃどうも。で、あんた誰だ?」
その瞬間、ギルド全体の空気が変わった。
誰かが息を呑む音。木の床が軋む音。
「……貴様、ギルドマスターの顔も知らんのか!」
――ドゴォッ!
拳が見えた瞬間には、俺の体は宙を舞っていた。
重く、速い。まるで人間の拳じゃない。
背中から地面に叩きつけられ、肺の空気が一気に抜ける。
周囲がざわめき、レイジーの声が飛んだ。
「この方はドルフさん。南部ギルド全体を統括しておられる方です」
「……そりゃまた、偉い人で」
俺が苦笑すると、ドルフは鼻を鳴らした。
ゆっくりと身体を起こす俺をよそに、レイジーが静かに言い放った。
「マスター、少々やりすぎでは?」
「ワハハ、元金級の力がどれ程かと気になってな、つい手が出てしまった」
マスターは白髪交じりの髪をかき上げ、俺を睨みつけた。
「見込み違いではなさそうだ。明日、俺の部屋に来い」
「“来い”ってのはそういう意味か?」
一瞬、空気が歪んだ。
ドルフの目が鋭く光る。
「くだらん冗談は嫌いだ。依頼が欲しいなら、真面目に来い」
「……了解」
ドルフは背を向け、階段を上がっていった。
残された冒険者たちの視線が、再び俺に集まる。
「おーおー、ゴミ犯罪者がマスターに呼ばれてやがる。どんな地獄に放り込まれるんだ?」
銀級らしき男が下卑た笑いをあげる。
取り巻きの笑い声が、潮風に乗って耳に刺さる。
「ったく、不愉快な連中だな」
「……でしょう? まったく、忌々しい」
レイジーがぽつりと呟いた。
心なしかその言葉は、今までのレイジーの中で一番感情がこもっている気がした。
「失礼、なんでもありません。ではラルゴさん、マスターの期待に応えられるよう頑張ってくださいね」
「あ、ああ……」
ギルドを後にする。
潮風が、どこか懐かしい匂いを運んでいた。
――ふと、掲示板に目をやる。
そこには、まだあの日と同じ依頼が貼られていた。
『当ギルド所属・銀級パーティ行方不明。
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