上 下
14 / 24
組織(ハウス)入団編

ー 13 ー 最終試験②

しおりを挟む
…山頂の肌寒くクリアな空気がゆっくりと頬を撫でる…。
真っ赤な夕陽に照らされ、人も巨大なケヤキも、火口を囲む無数の鳥居も、あらゆる影が細長く伸び、地面に広がっている…。

コン太はブルっと身震いをして腕を抱えた…。
この震えは寒さだけが原因じゃない…。

20メートルほど離れて、翼を閉じた天狗が憤怒の形相で、受験者たちと対峙している。禍々しくドス黒い威圧感を筋肉隆々の身体から放ちながら…。

コン太 (お、重い。重すぎるぞ…。この距離でこんなにプレッシャーだなんて…。まともに向き合ったら、ど、どうなってしまうんだろう…。うう…。うっかりすると重圧に押しつぶされてしまうぞ………。ん?)

ふと隣をみると、クロロもブルブルと震えているようだ…。

コン太 (ま、まさかクロロも気後れしている…?い、いやまてよ。こ、こいつはきっと…)

クロロが歯を見せてニヤリと笑う。
クロロ「…おい、コン太、ははっ!こいつはものすごい圧力だな…!すげえ怖いけど、同じくらいワクワクして体が震えるぜっ!!!あはは、武者震いってやつだな、これは!」

コン太 (や、やっぱり!ポジティブ!逆にこいつにはネガティブな感情が存在しないのか!?)
コン太がドン引きした目でクロロを見つめる。

クロロ「ん!?なんだなんだ?なんで気色の悪い顔してんだ?鼻にダンゴムシでも入ったのか?いや、やっぱあれか?小便したかったのか!?あんまり小便、我慢するもんじゃねえぞ!ほれ、はやく小便してこいよ!」
そう言って、バシンをコン太の背中を叩いた!

コン太「おまっ!誰のせいだ!鼻にダンゴムシってどういう状況だ!?どうしたらそうなる!?いま、なぜダンゴムシを探して鼻に入れたと思った!?ああっ言いたいことが多すぎて整理がつかん!」
ぽかりとクロロの頭を小突く。

コン太「そんで、小便、小便って、小便キャラにすんじゃねえ!」
更に力任せにボコボコとど突き続ける。
クロロ「いててっ!いつもより強いなおい!いてっ!」





ぐおおおおおっ!!!!!

不意に天狗が咆哮を上げた!
大気が波打ち、火口の断崖を揺らし、大小の石や岩がガラガラと転げ落ちる。

そして、丸太のような右腕を天高く振り上げると、一気に地面に叩きつけた!!!

「!!!」

雷が目の前で炸裂するような轟音と振動!

コン太「うわああ」
クロロ「あぶねえ!」
ペンネ「きゃっ!!!」

ビシィ!!!

クロロとコン太の足元までヒビが走る!まるで噴火時の地割れだ!





クロロ「ひ、ひええ~!こ、これはとんでもねえ力だな…!」

天狗は地面から腕を離すと、拳を握りボキボキと指を鳴らした。

天狗の口角からは、噴煙のように蒸気が噴出している。
血管が浮き出て、もともと真っ赤な顔がさらに赤黒く変色しているようだ。
これは…

コン太「あ、も、もしかして、もっと怒らせちゃった…?」

モーリー「ふうむ、どうやらそのようですね…。騒がしいのが苦手なのかもしれないですね」

ふと横を見ると、ペンネが凍ったようなまなざしをクロロとコン太に向けている。

コン太 (げげー最悪だ!!!ああ~ペ、ペンネさんの目が冷たいー!泣きたい気分だ…ああ…)
コン太は地表に走ったひび割れに視線を落とした。

コン太 (し、しかも…このひび割れ…!『騒がしいのが苦手です』とかそんなレベルじゃないぞ、これは!ちょっとしたことでこんなことされたら命がいくつあっても足りないぜ!こ、こんなバケモノ、どうやったら…!はっ、そうか。みんなでかかればチャンスがあるかも…!ペンネさんにもそこで良いところを見せられれば挽回できるか…!?い、いやそれよりも…ここが天狗の住んでるところだとすれば、羽の一つや二つ、その辺に落ちてるんじゃないか…?誰かが戦ってるうちにこっそりと探してみれば…そ、そしたら合格できるかも…。っていやだめか…そんなので合格しても、きっと実戦では即死だぞ…。いや、もとい、こんな状況でまぐれの羽ゲットが叶うなら、運も実力のうちってことにならないか?だってあいつ、どんな構造か分からんが、羽を背中に仕舞ってるし…。いやでも、やっぱりそれは本末転倒で…。いやでも命あっての人生だし…。いや、まてよ、ペンネさんにもう一度振り向いてもらうにはどうすればよいかの視点で考えると…ぶつぶつ…)


クロロ「よしっ!コン太!」
不意にバシン!と背中を叩かれ、コン太は我に返った。

クロロ「今度こそオレたちが一番乗りだっ!いくぞっ!」
そのままぐいぐいと背中を押され、天狗の正面に躍り出る。

コン太「ちょ、ちょちょちょっと待て!お前はいつも行き当たりばったりすぎなんだよっ!!!」

ちらっと視線を前に向けると、天狗が微動だにせず、目玉から火花が飛び出しそうな勢いでコン太を睨みつけている。

コン太「あ、あはっ…、あのですね、これはつまり…」

そこへ、デュラムがずいっと前に出た。

デュラム「ふぉふぉふぉ、ここはわしが行こう」

クロロ「ええっ!?」

コン太 (…ほっ)

デュラム「なんとなくの、あやつの倒し方がわかったかもしれんからの」
そう言って、あごひげをクイクイと引っ張った。



クロロ「!!!ええっ!?ほんとに!どんな作戦だっ!?教えてよ!」

デュラムが人差し指を立てる。
デュラム「ちっちっち。わしの戦いを見て、答えを見つけるが良い」

クロロ「ちぇ…そりゃそうか…。いやでもだったら、やっぱりオレたちが先にっ!」
クロロがデュラムの前に立とうとする!が、コン太が慌てて襟首を引っ張って止める!
コン太「お、おい!目上の方の言うことは聞いておけよ!なっ!」

デュラム「コン太の言う通りじゃわい、殊、老人の言うことはの」

クロロ「ちぇー、わかったよー!」
クロロが首をさすりながら後ろに下がる。

ディラム「ふぉふぉふぉ、目を大皿のようにして、わしの戦いを見逃さんようにな」

モーリー「………」



-  デュラムVS天狗  -



デュラム (さて…と)
右肩をぐるぐると回しながら、徐に天狗と対峙する。

デュラム (ふぉふぉふぉ、ああは言ったものの、…!)

両手の指をボキリと鳴らす。

デュラム (むしろ、…。!…いや、しかし…。微細…。表面的…。今まで捉えたことがない感じじゃ。いやはやこれは、妖怪というのもまんざら出鱈目ではないようじゃな。神通力か妖気か…おそらくそういった、気以外の未知の力が働いておるのじゃろう…。しかし気が捉えられんとこんなに不便だとは…。まるで目隠しをされている気分じゃ…)

首を左右に捻って、ポキっと音を鳴らす。

デュラム (…目隠し状態のうえ無策でかかれば、みすみすやられに行くようなもんじゃ。そもそもクロロ、コン太はまだ気も捉えることができん。やられるにしても、何が起こったかすらわからないだろう…。。これは試験じゃし、本来は止める義理もないんじゃがな。どうしても、という思いが強く出た。そう、ここでの敗退は勿体ないぞい。まだまだ未来が広がっとるんじゃからの。ふぉふぉふぉ。わしも歳をとったもんじゃわい)

右腕を伸ばし、スッと腰をおろした。ふうう…と呼吸を整える。

デュラム (…先ほどの言葉の中で、じゃ。じゃが、無論、やられにいくつもりは毛頭ない。「」。これが正解じゃ。気が捉えられずとも、それを補って余りある『武道の神髄』がわしにはある!わしの小輪寺に、古代生物も宇宙人も平伏した。次は妖怪、お前じゃ!)


クロロ・コン太「!!!」

デュラムを取り巻く空気が変わった!

空気がビンッ!と鋼鉄のように張り詰め、飄々とした好々爺の体が、瞬間で吹き飛んだ。

デュラム (クロロ、コン太よ。しかと、目に焼き付け、己らの戦いに生かすが良い!)



デュラムの目がギラリと光る!

クロロ (…しかける!!)



ドンッ!!!

石つぶてを巻き上げ、カタパルトで弾かれたように一気に間合いを詰める!

コン太「!!!」
クロロ「はやっ!!!」

そのまま滑るようにステップを踏み、天狗の眼前に躍り出た!

デュラム「つぁっ!!!」
ブンっと低いうなりをあげて、天狗の顔面目掛けて掌底を繰り出した!

しかし!天狗は首を傾けて躱す!

デュラム「ふっ!」
素早く間合いを詰めながら、右手左手での掌底、手刀、突き!
目に見えないほどの連撃を繰り広げる!

クロロ「す、すげえ!腕の動きが見えねえ!」
コン太「しょ、少輪寺ってこんなにすごいの…!?」
ペンネ「…少輪寺は護身の武道…!攻めよりカウンターが主体だと思ったけど…こんなに攻撃的だなんて…!」
白州「…」

しかし、天狗はわずかな体の動きで、紙一重で拳を躱していく!

デュラム (むう…!想像以上の達人じゃ!しかも、気が捉えられん分、こやつの回避の方向が予測しづらい…!行き当たりばったりな攻撃になりかねん…。であれば…)



デュラムがバックステップを踏み、天狗と距離を取った。

すうっと右手を突き出し、徐に腰を落とす…!

コン太「あっ!これは!」
クロロ「ああっ!宇宙一チャレンジの時、だ!」

フッ!

……

音も立てずにデュラムの体が消え、瞬きより速く、天狗の背後に移った!

デュラム「完全に死角じゃぞ!これならどうじゃっ!」

天狗の背中を目掛けて、掌底を繰り出した!
しかし!

デュラム「なにいっ!?」
ブンっ…!
拳が空を切る!
正面からの攻撃同様、紙一重で躱された!


デュラム「つおっ!!!」
先ほど見せた、両手での連撃!!!
無数の拳が、天狗の背後から嵐のように降り注ぐ!

しかし、

デュラム「はあっ!」

足払いをしかける!
が、くるぶしにヒットする直前に跳んで回避された!

デュラム「おおっ!!!」
こめかみを狙った回し蹴りも、背中への正拳突きも、



-  天狗の攻撃  -



デュラムが再び距離を置く…!

デュラム「…ありえん!じゃぞ!!!」
息を切らしながら、汗を拭う。
デュラム「妖気か神通力か…!これは苦戦しそうじゃわい…!」


冷たい風が吹き抜け、ケヤキの木の葉が火口の広場を舞っていく


天狗が半歩前へ出ると、ゆっくりと首を傾けて言った。
天狗「


コン太「ひっ!!!しゃ、しゃべった!」
低く太く、岩と岩をぶつけているような、頭上で轟く雷のような、おぞましい声だ。


デュラム「…あ、当ててみろじゃと!?」

天狗「………今回は避けん」
天狗は、に打ってこいと言うように、首を傾けたままだ。


デュラム (な、なめおって!だがこれは何かの罠か作戦だと捉えるほうが正解じゃろう…)
デュラムのこめかみを汗が伝う。

デュラム (…だが…情けないが、今のまま避けられ続けても、埒が明かん…)

拳と拳をぶつけ、叫ぶ!!!
デュラム「…よかろう、その挑発に乗ってやろう!後悔するが良い!」



デュラムが天狗に向かって駆け出すと、右足を鞭のようにしならせ、渾身の一撃を天狗の首元に叩きつけたっ!!!

ズドン!!!
鉄球を打ち付けたような鈍い音が火口に響く!


クロロ「!!!」
クリーンヒットだ!デュラムの右足甲が天狗の頸部を完全に捉えていた!

しかし…

デュラム「ぐあっ!!!」

倒れ込んだのはデュラムの方だった!右足を押さえてうずくまる!
デュラム (ぐぐっ!な、なんという硬さじゃ!ひ、皮膚の下は鋼鉄か!?)


天狗「…残念だったな。なんともないぞ…」

天狗がゆっくりとデュラムに近づく…!

デュラム「!!!」

瞬時に体勢を整えた!
背中に氷水を浴びせられたような、おぞましい悪寒がデュラムを襲う!

デュラム (攻撃が、来る!)

ブワッ!!!
天狗がデュラムに向かって跳んだ!初めて見せる攻撃動作だ!
そして、右腕をググっと後ろに引くと…
腕が消えた!!!

デュラム「!!!」
衝撃が右耳を掠める!!!
その一瞬後にブンっという、鉄の塊を振り回したような音が響く!

デュラム (速い!!!)
危機一髪だ!なんとか天狗の拳を躱した!!!

考える暇もなく、すぐに別の角度から拳が飛んでくる!!!
まるで竜巻のようにあらゆる方向から拳を打ち付ける!

デュラム「ぐっ!!!(普段から気に頼りすぎていたかっ!このまま避け続けられんっ!!!)」



ペンネ「お、押されてるわっ!」
クロロ「まずいっ!!!」

ロケットのように突き上げられた天狗の拳が、デュラムの顎の先をかすり、わずかにバランスを崩した!


デュラム「し、しまっ!!!」
体が浮いてしまっている!これでは体勢が…!!!

その隙をついて、天狗の前蹴りがデュラムの鳩尾を捉えた!!!

デュラム「ぐあっ!!!」

体がバラバラになるような強い衝撃で飛ばされ、数十メートル先の巨大ケヤキに叩きつけられた!
ドゴン!!!

デュラム「ごおっ!!!」
開いた口から血しぶきが上がる!!!

ドサっ………

そのまま、岩場に倒れこみ、大の字になり天を仰いだ。



-  千載一遇  -


デュラムがごほっと咳き込んだ!
真っ赤な血潮がオレンジ色の拳法着に降りかかる…

デュラム (お、重すぎる…!な、なんじゃ、この一撃は…!ぐぐう…、だ、ダメージが深すぎる…!動けん…!)


天狗は、前方で倒れこむデュラムを一瞥すると、ググっと体を震わし、背中側のプロテクターから漆黒の翼を取り出し、バサっと開いた!

コン太「!!!」

そして、空気を押し上げる重々しい音を立てると、ミサイルのようなスピードで、倒れているデュラムの元へと飛んだ!!!


デュラム「!!!」
枕元に立つように、天狗が見下ろしている…!

天狗「…終わりだ…」

右足を持ち上げる!倒れているデュラムの顔に足の形の影が差し、砂粒がパラパラと降りかかる。



クロロ「やっやめろー!!!」

ズドン!!!

クロロの叫び声も空しく、デュラムの顔面をめがけて、かかとが振り落とされた!!!

コン太「わあっ!!!」
ペンネ「きゃあっ!!!」
思わず目を逸らす!!!

あまりの衝撃で、周囲の岩は砕け地面がひび割れ、煙のように粉粒が舞った…!

クロロ「じ、じいちゃーん!!!」



……
………

デュラム (………)
デュラムはぎゅっと閉じていた目を薄く開いた。
雲の中にいるような靄が視界を覆っている…
し、死んだのか…?
顔中に何やらバラバラとした刺激を感じる…雨に打たれているような…
…いや…雨ではない…
これは…砂粒だ!

目を見開いた。
少しずつ靄が晴れていく…!クロロの叫ぶ声が聞こえてくる…!

デュラム (…!無事じゃ…なぜだ…!?)

眼だけを右に向ける。
顔の真横に天狗の足がある…!

デュラム (…は、外れた?いや、外したのか?)
天狗の足はデュラムの頬を少し掠めただけだった。


デュラム (…これもわざとか!?それとも…!?)


ひゅうううう…
乾いた山の風が砂煙を徐々に剥がしていく…

デュラム (か、考えている暇はないぞ!外れたのであれば、紛れもなく…!!!)

デュラムは力を振り絞り、全身に残ったを込めた!

デュラム (千載一遇のチャンスじゃ!!!!!)


デュラム「おおおっ!!!」

バネのように立ち上がる!全身に雷で撃たれたような痛みが走り抜ける!

天狗「!!!」
デュラム (!!!この天狗の反応!!)

デュラムの両手の先から、まるで爆発のように光がカッと炸裂する!
予備動作が完全に省かれた行動に、天狗も一瞬反応が遅れた!!!

デュラム「これで決めるぞ!フルパワーの発勁じゃ!はああっっっ!!!!!」

両掌を立て、噴き出す光の塊を、天狗の胴体に押し込んだ!!!

ゴオッ!!!!!

天狗の体の中を、胸から背に向けて光が通り過ぎ、背中から巨大なガスバーナーのような光が噴出した!


ゴオオオオオ……!!!

発勁の衝撃波が大気を伝う!!!地表の石が巻き上げられ、デュラムと天狗を中心とした大粒の砂嵐が波紋を描いて広がる!

グオオオオオ!!!!!

砂嵐が迫る!!!
ペンネ「きゃあっ!!!ふ、吹き飛ばされるっ!?」
クロロ「伏せるんだ!」

竜巻に襲われたような分厚い圧力が全身を打ち付ける!
クロロとペンネは、地面に飛びついた!
白州とモーリーは立ったままだ!

クロロ(!!!は、白州とモーリー…!こ、この衝撃波をものともしない…!?)


コン太はというと、足を掬われて空き缶のようにドテドテとすっ転がっていった!
コン太「いででででで!!!」




……
………

衝撃が止み、巻き上げられた砂粒が、地面を打ち付けている。
粉塵のもやが徐々に晴れていき、天狗とデュラムの姿がはっきりとしてきた。

天狗の体で炸裂した光は消えている。天狗は立ち尽くしたままだ。
デュラムも発勁の構えのまま動かない…

クロロ「ど、どうなった…?」

モーリー「…」

沈みかけた夕陽の向こうから、再び冷たい風が吹き抜けていった…
しおりを挟む

処理中です...